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「体は、辛いか?」
しおりを挟む目を開けると、ウォルフリートの腕の中にいた。
(……いつの間に、寝ちゃった?)
男は寝台のふちに座った状態で、フィルエシュカを落とさないように、しっかりとその腕で包み込んでいた。体は怠くて、まるで全力疾走をした後のような疲労を感じる。
なぜそんなにも疲れているのだろうと、ぼうっとする頭で考えるが、なかなか思い出せない。
「……起きたか?」
返事の代わりに顔を上げると、とても心配そうな顔が覗き込んでくる。
「体は、辛いか?」
辛いというよりは、重いと感じる。
こくりと頷くと、ウォルフリートの顔が途端に曇っていく。
「無理をさせたな……」
体を支えてくれている手とは反対の手が、そっと伸びてくる。その手はこめかみに触れて撫でると、耳と首へ移りそこを撫で、またこめかみに戻る、を繰り返した。
(なんでウォルが、そんな顔をするの?)
この体に残る疲労感に、もしかして関係あるのだろうか。
眠る前のことを思い出そうと、必死に記憶をたぐる。
ーーゾフィ、そう、彼女が訪ねてきてくれた。村長からの手紙のようなものを、置いていった。たいしたもてなしも出来ないうちに帰ると言うから、まじないをした。その彼女を送っていくという彼に、まじないをねだられて、自分はそれに応じようとした。
(そ、うだ……)
唇に甘い記憶がまざまざと蘇る。
まじないをしようとして、何故か、初めてウォルフリートに口づけをされたのだ。
加えてその感触の記憶は、一度ではない。彼が帰宅した後に二度目もあった。そしてその後、彼はーー。
眠る直前のことを、とうとう細部まで思い出してしまって、自分が赤面していくのがわかった。
「……フィルエシュカ?」
恥ずかしすぎて、見下ろしてくる彼の顔をまともに見られない。慌てて目線を下げると、背中をゆるりと撫でられた。
そうされると、朝から二度も味わった、あの、得も言われぬ感覚が甦りそうになる。
「まだ辛いんだな。すまん、俺のせいだ。お前が可愛すぎて、途中でやめられなかった」
「か……」
自分の耳はおかしくなったのかもしれない。
聞き間違いでないなら、今、ウォルフリートに可愛いと言われた。
あり得ない、と頭が必死に否定する。
彼が何かに対して可愛いとか綺麗とか、褒めるところを聞いた覚えがないからだ。
もしくはここにいるのはウォルフリートじゃなくて、別人がすり替わっているのかもしれない。
「ウォル、ほ、ほんもの、ですか?」
「は?」
(あ、本物だ)
眉間のしわの入り方で判断していると、抱く腕の力が強まった。
「……何を考えているのか分からんが……俺は、本物だぞ」
「ん……」
彼の腕がもたらしてくる、程よい圧迫感が心地良い。
分かったのは、こうなると自分は、てんで駄目だということ。
なぜ口付けたのかという疑問も、彼の行動を非難しようという心すらも、この快楽の前では小さくなってしまう。それが普通なのか分からないけれど、もしそうなら、なんと危険なのだろう。
(ウォルがこうするのは、私を、魔女にするため……)
それが分かっていても、触れる場所から広がる穏やかで甘い毒は、耐え難いものだ。
それに侵されることすら、心地好くて。もっと与えて欲しくて、彼の胸に擦り寄った。
「……っ」
擦り寄るとほぼ同時に、彼が息を呑む気配が伝わってくる。
「お前な……」
すると何を思ったのか、彼は抱えていたフィルエシュカを寝台に横たわらせた。そのまま足元に固まっていた毛布を引き上げると、それをしっかりと掛ける。一瞬でそれを終わらせた男の顔は、いつもよりも少し赤い気がした。
フィルエシュカの首元まで毛布を引き上げた手は、毛布がただの布になるんじゃないかと思うくらい、強く握り込まれていた。
「……荷の整理と、食事の支度を、してくる」
痛みを堪えるような顔をしながら言う言葉ではない。
どこか痛めたのでは、と身を起こそうとしても男の手に押し止められた。
「大丈夫ですか? ウォル、辛そうですけど……」
「問題ない……」
彼は一度、かなり長く息を吐き出して、その後は振り返ることなく部屋を出ていった。
一連の異常な行動に、やっぱり偽物じゃないのか。そう思いつつも、もう一度聞くことは出来なかった。
***
「ウォル、これもすっごく美味しいです」
「……そうか」
グラタン、という料理を作ってくれた男はなぜか沈んでいた。
朝から何も食べていなかった胃に、染み渡る優しい味。舌鼓を打ちながらも、男の様子に首を傾げた。
(落ち込んでる? 何かあったのかな)
端正な顔は打ちひしがれているようにも見えた。
食事を終えてもそれは全く変わらないから、空腹が原因ではないのだろう。
聞いていいものか、そっとしておくべきか。
悩みながら、とろけたチーズの下に隠れていたカボチャを口に運んだ時だった。
天井が、ミシリ、と音を立てた。
「……失礼いたします、殿下」
「ーーひっ!?」
なんと屋根裏から男の声がしたのである。
驚きに叫び出しそうになった口を、自身の手で慌てて塞ぐ。
声は殿下と言っていた。なら、用があるのは自分ではない。
正面に座るウォルフリートは動じず、天井を睨みつけている。
「フィルエシュカといる時は、俺に話しかけるな」
怒りの滲んだ声だ。彼は、声の主が誰なのか分かっているらしい。
「お許しをーー陛下より急ぎの書簡を、お届けに参りましたゆえ」
「兄上から?」
天井から手紙でも降ってくるのだろうかと、じっと見つめていたが、そうではないらしい。
ウォルフリートは溜め息をついて立ち上がり、外へと足を向ける。
追いかけようと腰を浮かせるも、気づいた彼によって制止された。
「すぐ終わる」
その言葉どおり、ウォルフリートは外で皇帝の遣いと二言三言交わすだけで戻ってきた。
なぜ分かるのか、というと。
玄関扉の横のガラス窓に張り付いて、見ていたからである。
ウォルフリートに何かを手渡した皇帝の遣いは、全身真っ黒な服を纏っていた。
細身の体は、向かい合う男の半分くらいだろう。もしかすると、まだ若いのかもしれない。
けれどその頭髪も顔も、目元以外は全て黒い布に隠されていて、本当のところは分からなかった。
(急ぎってなんだろう)
戻ってきた男はすでに書簡の中身に目を通したらしい。表情はなく、足取りはやや重かった。
窓際に立つフィルエシュカの目の前で足を止めたウォルフリートは、じっとこちらを見下ろしている。
「……フィルエシュカ、少しいいか」
「は、はい」
下ろした左手の先には書簡らしき紙が握り締められている。その反対の手で髪を掻き上げ額を押さえる男は、苦悶の表情を浮かべていた。
「――俺の、父上が……病で、お倒れになったらしい」
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