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「分かった。俺が悪かった。だから泣くな」
しおりを挟むフィルエシュカが可愛い。
ウォルフリートはこれまでの人生で、女に向かって可愛いなどという感想を、ついぞ持ったことがなかった。
なのに今、自分の腕の中で泣く娘を見ていると、可愛くて可愛くて、滅茶苦茶にしたいという凶暴な欲が止まらない。
「ウォルは、ひどい、です。このまま出る、なんてっ……」
「分かった。俺が悪かった。だから泣くな」
膝にのせたまま背中を叩いて宥める間も、今夜はどうしてやろうかと物騒な妄想ばかりが頭を占めていた。
小さな背中に大きくうねる金の巻き毛を敷布に広げて。
水晶に青空を写し取ったような不思議な瞳が乾かぬよう、責め立てて。
(……泣く姿も、可愛いな)
健康的な小麦色の肌を埋め尽くすほど、跡をつけたい。うっすらと薔薇色に色づく唇を腫れるほど吸い上げたら、どんな顔をするのだろう。
一生そばにいることを約束してくれた娘を、早く抱きたくて堪らなかった。
「済まなかった。お前を離したくなかったんだ」
彼女は、美人かと問われると難しい。けれどついつい表情を目で追いたくなるような、愛嬌のある顔立ちをしている。
いつから自分は、この娘から目が離せなくなっていたのだろう。
思いを自覚したのは、昨日のことだ。
***
フィルエシュカの頼みで村長の元へ戻った自分がまずしたことは、村長以外を部屋から叩き出すことだった。
「出ていけ。貴様らに用はない」
「なんて無礼な! あなた! こんな無礼者は私の父に言って処罰して貰いましょう!」
「無礼なのはお前だ! もうやめてくれ!!」
村長の妻や息子が騒いでいたが、家長が一喝すると不満たらたらで部屋を出て行った。
二人になった途端、村長は床に平伏し謝罪を重ねた。
「当家の者の度重なる無礼、どうか寛大な御心をもってお許し下さい。全ての責任は家長たる私にございますため、どうかーー」
「今回限りは許す、座れ」
民にはどんな時も威厳と親愛をもって語りかけよ。教師からはそう教わってきたし、これまでもその通りに出来た。けれどフィルエシュカへ無礼を働いたこの家の人間には、どうしても体が拒絶反応を示していた。
椅子に座り直す村長はそれを感じ取っていたのだろう。頭が胸より高く上げられることはなかった。
「お前に要求したいものがいくつかある。代わりと言ってはなんだが、お前の願いとやらもきこう」
「有り難きことでございます。な、なんなりとお申し付け下さい」
ウォルフリートは宣言通りいくつか希望を挙げていく。元から交換を希望していた品々に加えてだ。それら全て叶うとは思わなかったが、村長は首が取れるのではないかと思うくらい頷き、全てを請け負った。余程権力者が怖いらしい。
山賊も真っ青になるほどの行為だが、フィルエシュカを空腹にさせるわけにはいかないのだから、仕方ない。
(フィルエシュカに働いた無礼への対価には弱いが、こんなところだろう)
要求しすぎれば却って牙を剥いてくる。
そういった相手がいることを知っているので、これで話は終わりと腰を上げようとしたところだった。
村長がおそるおそる身を乗り出してきたのだ。
「差し出がましいのですが、お耳に入れたいことが」
「なんだ?」
「……フィルカが魔女になる条件が何か、殿下はご存知でしょうか?」
まさか目の前の男からそのような話が出るとは思っていなかったので、目を剥いた。
彼女が魔女になる条件が何なのか、自分はいまだに知らずにいる。
時が経てば満たせるような口ぶりから、もしや成人することが条件かと、とりあえず十八になるまでは見守るつもりでいたのである。
「お耳を拝借してよろしいでしょうか」
顔を近づけ可能な限り声を潜める。そこまでしなければいけない内容か、と一瞬身構えた。聞いてから、村長のその配慮は至極真っ当なことだったと唸る。
「おい……待て、それならばフィルエシュカのやつ、俺の呪いを解くということはーー」
「はぁ、そういうことになるわけで」
全身を強い疲労感が襲い、長い長い溜め息が勝手に漏れ出した。おまけに頭痛までしてくる。
ぐしゃりと髪を掻き上げ、目を閉じた。
(あいつは、俺に黙ってどこの誰に処女をくれてやるつもりなんだ!?)
そもそも自分の年齢を考えているのか。百年どころか千年早い。
怒りまで覚えだしたウォルフリートをどれほど追い込みたいのか。村長は再び思いもよらぬことを言い出した。
「男の私からもう大人であるあの子に色々尋ねるわけにも参りません。なので殿下からーー」
「待て村長。大人とは誰のことだ?」
「はっ?」
そしてその嫌な予感は、当たった。
「フィルカのことですが? あの子はもう十九ですので……」
衝撃だった。
成人していることにも驚いた。けれどそれ以上にフィルエシュカがもう婚姻も可能な年齢だと知った己が、一瞬で浮かべた考えに驚愕させられた。
放っておけば、何もしなければ、あの娘は誰かのものになる。
ーー渡したくない。誰にも。
その欲望の源泉を辿って行き着いた先は、恐ろしい場所である。
泥濘に引き摺り込まれ、甘い蜜を絶えず与えられ。
気がついた時には、抜け出すことなど出来なくなっている。
片手で両目を覆った。
そうでもしなければ、村長に情けない顔を晒してしまうからだった。
***
「もう二度としない。だからもう泣かないでくれ」
「うぅ……」
喜びや親愛を向けられる日々の中で、彼女のそばにいる心地良さは毒のように染み込んで、すっかりこの身を染め上げてしまった。
もう元には戻れない。以前の、フィルエシュカを知らない頃の自分には、戻れないのだ。
「……ねぇ」
大切なひと時の邪魔をしたのは、食卓の向かい側に座る、招かれざる客だ。
とっとと追い返すはずだったのに、フィルエシュカが泣くので仕方なく上げたが、後悔している。
「なんだ」
「なんだじゃないわよ! あんたフィルカに何してるわけ!? 親戚って言ってたじゃない!」
睥睨する先にはうるさくて、煩わしい、邪魔者。
フィルエシュカの友人でなければ対応もしたくなかった。
(しかし村長の口は思ったより固いな)
ウォルフリートの本来の身分については約束通り黙ってくれているらしい。
「親戚同士がこういうことをしてはいかんのか?」
「い、いけなくないけど! そもそもフィルカの同意は得てるんでしょうね!?」
急に会話の中心に置かれた娘は、あぅあぅと情けない声を上げたかと思えば、首を小さく縦に振った。
その姿の破壊力ときたら、凄まじかった。
邪魔者さえいなければ寝室にとって返し、翌朝まで寝台へ縫い止めたくなるほど。
女は悔しげに歯噛みしている。
「……いいわよ。フィルカがいいなら、別に。あたしは邪魔だろうから、用事だけ済まして帰るわ」
「ゾフィ! ゾフィは邪魔じゃないよ! お、お願いだからもっといて」
「嫌よ。命は大事にする主義なの」
はい、と肩掛けの袋から取り出したのは束になった帳面と封蝋の押された封筒だ。
「お父さんがこれ持ってけって。それから荷車はあとで村の男の誰かが運んでくるから」
「……男か」
「あんたがうちから巻き上げた分と、フィルカが村の人達からお礼に貰った分よ? 女にひける重さじゃないわよ」
「巻き上げた?」
フィルエシュカがぽつりと口にする。しまった、と思った時には遅かった。
「~~ウォル!!」
顔を真っ赤にして怒る姿すら、可愛かった。
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