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「ほんとに何言ってるんですか?」
しおりを挟む収穫祭の前ともなれば、朝はめっきり冷え込む。
日毎に冬の足音が近づいてくるからだ。
(ーーあったかい……?)
いつもなら目が覚める時は必ず寒さに震えるのに、今朝はそうではなかった。
「……うぉる?」
狭い寝台の上。その上でフィルエシュカは男に巻き付かれた状態で目を覚ました。
自分を絡めとるように抱いて眠る男の寝顔は、歳よりも若く見える。少年のようなあどけなさに、つい胸がどきりと脈打つが、ときめいている場合じゃない。
何度も言うが、ここは、自分の寝台だ。
「ウォル!」
「ん……おきたか……」
「起きたか、じゃないです!」
ウォルフリートはまだ寝ぼけているのか、その太くて筋肉質な腕は、フィルエシュカの体にしっかりと巻き付いて離れない。
向かい合うように横になった二人の隙間はほぼないと言っていい。
フィルエシュカが枕にしているのは男の左の二の腕で、その手の先は背中に回っている。
反対の手はと言えば、腰をしっかり掴んでいた。
(な、なんでこんな、体勢で)
ささやかな自分の膨らみが男の上半身に当たっているのが気になってしまう。
けれどひ弱な自分が多少暴れたところで、ウォルフリートが離さない限りはどうにもならない。
大きな欠伸を一つした男は、けれど一向に起きあがろうとしなかった。
「なんなんだ、朝から騒がしいやつだな」
「だってーーひゃん!」
喋りながら男は、なんとフィルエシュカの首筋に、顔を埋めた。
吐息が直接首筋にかかる。
背中の産毛を逆撫でされたように、背筋がぞわりとした。
「ウォ、ル……!」
「ん」
「も、起きて……」
離してもらう為に、自由になる手で男の服を引っ張る。しかしその次の瞬間、首筋にちくんとした痛みが走った。
(ひゃ!? なに?)
痛みだけじゃない、と気づくまではすぐだった。
ちゅ、ちゅ、と吸い上げる音と感触に、ウォルフリートが何をしているのかやっと分かり、顔に血が集まった。
「ウォ……んっ、やめ、ひゃ」
しかも一箇所では終わらない。
犯行を重ねる唇は、そのまま細い首の上を吸い上げながら移動して、顎と喉の境へ到達した。
その境は特別に弱い。前にゾフィにくすぐられた時は地面を転げ回ったものだ。
知ってか知らずか男はそこを吸い上げ、ざらつく舌でつついたのである。
「っあ、ふ……んん!!」
吸った後をぺろりと舐め上げられれば、腰が跳ねるように浮き上がる。
浅い呼吸を重ねる自分の上で身を起こした男は、満足気に微笑んでいた。
雨戸の隙間から差し込む陽光に照らされた緑柱石の目は、いまや生き生きと芽吹いている。
「お前は敏感だな。どこを触っても気持ちよさそうに啼く」
やりがいがある。彼はそう言った気がした。
ウォルフリートは体勢を変えると、フィルエシュカのささやかな胸元を真上から見下ろす。
見れば分かるほど、自分の胸は上下していた。
「ウォル? ウォル? な、なんで? 変です、こ、こんな」
いつのまにか男の指が、その時を待つように脇の下に添えられていた。
「大丈夫だ。痛いことはしない。楽にしてろ」
「待って待ってまっーーきゃん!」
急に胸の先端に、甘い痺れが走った。
何が起きてるのか処理できないうちに、同じような感覚に絶え間なく襲われる。
「や、んん! これっ、やめ、ひゃあ!」
「……フィルエシュカ」
「ひぅ!」
ウォルフリートが話すと痺れは一層酷くなった。
一体自分は何をされているのだろう。必死に首から上を持ち上げ、覗いてみる。
目の前に広がる光景に言葉を失った。
(く、くちで、むね、を)
自分のささやかな膨らみ、その一番先の、突端。
それを男は服の上から、唇で挟み込んでいたのだ。
分厚い手はその膨らみを、やわやわと時折揉み込みながら、脇から支えている。
「どうした? 気持ちよく、ないか?」
「あっ、も、やめーーくち、離し……」
「無理言うな。夕べから散々煽っておいて」
「~~っ!」
強めに喰まれ、じわじわと広がりつつあった未知の感覚が全身に及んだ。
耐えきれず古びた敷布を握っていた手にウォルフリートの手が重なる。
昨日の夜と違って熱くて、そこから燃えそうだった。
「ウォル、ウォルーー……ひゃ、あぁああ!」
ぱちん、と目の前で水泡が弾けたような気がして、体が勝手に強張る。
ガクガクと震える体をウォルフリートがぎゅっと抱き締めてくれた。
「……いい子だ」
(な、に? いまの、なに?)
ゆっくり着実におさまっていく震え。
やがてくたりと男の腕の中で弛緩してしまうと、額に柔らかいものが押し当てられ、離れる。
それは彼の唇だった。
「俺が怖かったか?」
かろうじて動く首を左右に振った。
ほんの少し怖かったが、それはウォルフリートに対してじゃない。
体が強張るその一瞬前、自分が知らないものになってしまう気がして、それが怖かった。
安堵の息を漏らした男は、力の抜けた体を労るように撫でる。
「今のはお前を一人前の魔女にする準備だ。驚いただろうが、少しずつ慣れてくれればいい」
(そう、なんだ)
口内への悪戯といい、今のことといい、魔女になる最後の試練は思ったよりも厳しそうだ。
もしこんなことを、適当に選んだ人から一度にされていたら、自分はどうなっていたか分からない。
その点ではウォルフリートが名乗りを上げてくれて良かったと、心の底から思った。
その後はしばらく男の腕の中でぐったりしていたのが、唐突な物音に心臓が勢いよく跳ねるほど驚いた。
誰かが玄関扉を叩いている。
狭い小屋だから、寝室にいてもよく聞こえた。
そのうち、声まで響いてきた。
「フィルカー! あたしだけど、まだ寝てるの!?」
聞き間違えようもない、ゾフィの声だ。
起きあがるため男の腕を押し退けようとしたが、びくともしない。
何度押しても岩のように動かない。
「ウォル、ゾフィが来てますから、行かなきゃ……」
「ほっとけばいいんじゃないか?」
「何言ってるんですか!?」
男の顔には面倒臭い、と大きく書いてある。
「正直なところ、お前が誰かと話すのも嫌なんだが」
「……は?」
「父上が母上を監禁したくなる気持ちが、ようやく俺にも分かってきたところだ」
「ほんとに何言ってるんですか?」
夫婦で監禁とはどんな家庭環境だ、と突っ込みかけて、思い止まった。ウォルフリートはつい忘れそうになるが皇帝の弟。彼の父は前皇帝である。
前皇帝は皇帝の座から退いた今も、皇帝の相談役をしていると聞く。迂闊な発言は処刑ものだ。
「フィルカー?」
「ちっ」
男は軽く舌打ちすると、気だるげにフィルエシュカを抱いたまま起き上がる。
そのままなんと、フィルエシュカを床に下ろすことなく歩き出した。
慌てるどころじゃなかった。まさかこのままゾフィを迎える気かと、一心不乱に暴れる。
「こら。大人しくしてろ。落とすだろう」
「だって! ゾ、ゾフィに」
友達にこんなところを見られたら、何と言い訳すればいいのだろう。
しかし努力の甲斐もむなしく、男はフィルエシュカを抱えたまま、扉を開けてしまう。
ちらりと見えた友の顔は、引き攣っていた。
「……なにしてんの、あんた」
「そんな目でみないでぇ……」
両手で顔を覆った。消え入りたいほど、恥ずかしかった。
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