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「なにか……その、当たるんですけど……」
しおりを挟む森を出て、小屋を離れ、ウォルフリートと共に皇都へ向かう。
それが決まってから、いや、決められてから、フィルエシュカの胸はずっとザワザワと、風の吹く日の森の木々のように落ち着かなかった。
(お城なんて、私の行くところじゃないのに……)
目が覚めてからというもの、薄暗い寝室の中、寝台に転がったまま思い悩んでいた。
体には、ウォルフリートの手足が絡みついている。きっとまた、忍び込んできたのだろう。
昨夜は寝る前まで、あれこれ理由をつけて城に行くのを断ろうと頑張った。しかしどんな理由を言っても、彼はこちらに有無を言わさぬ反論をしてくるので説得は出来ず。明日になれば意見も変わるかもしれない、と諦めて寝台に潜り込んだのである。
一緒に眠りについた記憶はないので、多分フィルエシュカが寝入った後にやってきたのだろう。
いまだ眠る男は、こちらの苦悩など少しも分かっていないかのように、穏やかな寝顔をしていた。
腕を少し抜いて、男の顔にかかる黒髪を指で撫でる。
相変わらず子供みたいな寝顔に、まるでこちらが悪者のような気分になった。
自分は、両親と死別しチセ村に落ち着いてから、この辺りを離れたことなどない。離れるという想像すらしていなかった。
村長の家から解放された時も、これからはまじないと小さな畑から得られる糧で、ずっと静かに生きて行くと、そう思っていたのだ。
(皇都かぁ……)
皇都、という単語を聞くだけで、胸にちくりとした痛みが走る。
別に、チセ村が好きなわけではない。今でこそ、それなりに大切にしてもらえているが、まじないが使えるようになるまでは酷かったのだ。味方だとハッキリ言える人は村長かゾフィくらいで、それ以外の人たちは村長の妻に嫌われている自分に、価値を見出してくれなかった。
ちなみにエリンダは良い人で、昔から余所者の少女のことを気にかけてはくれているが、度が過ぎたお節介が玉に瑕なところもあり、味方とは言い切れない。
眺めていた長い睫毛が、ふるりと震えて開いた。
緑色の宝石に、自分の顔が映り込む。
「お、おはようございます」
「……ああ」
ぼやっとした返答をする男は、巻き付けている腕の位置を調整した上で、抱え直した。
右か左か分からないが、その手でフィルエシュカの頭を撫でることも忘れない。
まるで大切そうに。
離したくない、と言わんばかりに。
(……ウォルは、もしかして)
浮かんだ考えを即座に否定する。
まさかそんなはずはないだろう。自分に都合が良いにも程がある。
この人に、愛されているかも、なんて。
頭頂部の髪をかき分けるように、彼の高い鼻が埋まる。
「……こんな薄ぺらな毛布で、真冬になったらどう乗り切るんだ。お前の体、ゆうべも冷え切ってたぞ」
「あー……その時は、服をあるだけ着ますので……」
どうやら彼はフィルエシュカが冷えていたから、自ら熱源の役割を買って出てくれていたらしい。
そうとは知らず、失礼な想像をしていた自分を恥じた。
「ウォルのおかげで、あったかいです。ありがとうございます」
「……」
ウォルフリートは無言だったが、おもむろに体を起こすと、寝台の上で胡座をかいた。そして、それを黙って見ていたフィルエシュカの脇に手を差し込み持ち上げると、その上に下ろした。
背中が密着する形になると、空いた体の前側がすうすうして少し寒い。
だが冷気よりも何よりも、気になることがあった。
(……これ、なに?)
胡座をかいた男の脚の間に収まった自分の腰回りに、先ほどから固いものがあたるのだ。
言葉を選ばずに言えば、お尻の谷間にそれがぐいぐいと当たるようで、居心地が悪い。
一昨日と違って、昨夜はきちんと着替えてから眠った。いま着ているのは、胸の下に切り替えのあるお古のネグリジェだ。
ゾフィが成長して小さくなった時に譲ってくれたものである。
昼間のように、スカートの下に長ズボンを穿いたりはしていないため、ネグリジェの下はすぐ下着だ。
そもそも譲ってもらってから、何年にもわたって着倒している服だ。生地は薄くてすでにぺらぺらになっている。
だからか、その固い何かの感触が、まるで直接あたっているような気になってくる。
「ウォル……あの……」
「ん」
「なにか……その、当たるんですけど……」
「当ててるからな」
その言葉は思っていたよりもずっと、自分の耳のすぐそばから発せられた。
驚きに身を引くより早く、男の両腕が腹に回る。
「ここも、弱いのか」
「んっ……!」
左耳に柔らかいものが触れる。
ぴちゃり、という水音がしたと思えば、身構えるより早く、それは起きた。
耳の奥に、何かが進んでくる。
「――ひぁあ!」
あたたかく、ざらついて、柔らかいのに力強い。
何度も覚えさせられた、舌の感触である。
耳の穴、穴の縁、縁が形作る湾曲した窪みの、その全てをじっくりと舐められている。
ウォルフリートに。
「~~っ!! ~~んん!!」
「声を抑えるな」
「ひあっ!?」
耳の穴に直接囁き込まれ、体が跳ねる。
腹を押さえていたはずの手が一本、いつのまにか移動していた。
(なん、で、そんな、とこ……?)
手は下腹部をゆるゆると撫でている。
ネグリジェの上から脚の付け根を探しあて、ゆっくりと、付け根のより深いところへと指を伸ばしていく。
そんなところをなぜ触るのだろうか。
しかし疑問を口に出す暇すら与えられることなく、体は変わってゆく。
「……ぁ、う、……はぅ」
まるで、皮膚の下に眠っている神経が、呼び覚まされていくように。
時折、指が間違えて、付け根から外れた時が一番酷かった。
「ゃあ、あっ、ウォル……!」
「ん?」
余裕たっぷりな返答が憎らしい。
「そ、こは、――ゃ、やなの、だめっ……」
嘆願する間に、指は付け根を撫でるのをやめたらしい。脚の間の丘に移動していた。
そこは排泄の場所である。汚いし、自分でも洗う時以外は触ったりしない。なのにウォルフリートはそこを執拗に、優しく撫でる。
その度に言い表すことのできない感覚に襲われる。
むず痒いのとも、痺れるのとも違う。按摩のような穏やかな心地良さとも。
それは凶暴で、フィルエシュカを内側から壊すのにも拘わらず、強い依存性があった。
触って欲しくないのに、ずっと触ってほしい。
相反する感情にいつの間にか翻弄されていた。
「嫌か――なら、ここまでにしよう」
「……ふぇ?」
男の手が脚の間から離れる。
途端に、寂しさのような虚しさのような、とにかく「足りない」という感情が浮かんだ。
(な、なんで? 終わって欲しかったのに)
何かが足りない。
その何かに覚えがあるのに、名前が分からない。
フィルエシュカの考えていることを全て見透かすかのように、男は意地悪な笑みを浮かべた。
「嫌なんだろう? 俺はお前の嫌がることはしたくない」
男は胡座をかいた上でフィルエシュカを持ち上げ、横抱きになるように位置を変えた。
その表情は、きらきらと、充実して、楽しそうである。
もう一度言う。楽しそう、なのである。
「ぃや、じゃ……」
その先を言うことが恥ずかしくて、男の胸元に顔を埋めた。
見られたくない。
「ウォル……」
ぎゅっと男の服を掴み、絶対に顔を見られないよう厚い胸板に押し付け続けた。
こんなこと、言ってはいけない。そう思うのに、体の中で燻らされた欲望が、勝手に口を動かす。
それに対抗する術は、持ち合わせていなかった。
「……や……やめ……ないで……」
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