Reセカイ

月乃彰

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第63話 始動

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 ミース学園の一年生たちが林間合宿中に能力犯罪者の集団によって襲撃を受けた。
 襲撃による死傷者は十四名。重傷者は半数以上にも及ぶ。
 その翌日、これらを以て、ミース学園は閉鎖。全校生徒の出席を停止。
 学園都市理事会もこれを重大に受け止め、都市全体に緊急事態宣言を発令した。

「⋯⋯⋯⋯」

 二○一九年、十一月二十六日。
 林間合宿襲撃事件から三日後の夜。ミース学園寮の一室にて。
 外は雨が降っていた。屋根や窓ガラスに雨粒が当たって、パラパラという音を鳴らせていた。
 部屋は電灯によって照らされていたものの、薄暗く感じてしまう。
 特にやることもないため、ミナ、リエサはスマホを弄ったり、勉強したりして時間を潰していた。

「⋯⋯ミナ、一つ聞きたいことあるんだけど」

「なに?」

 リエサは教科書を閉じ、シャープペンシルを机に置き、ベッドに寝転がっていたミナの方を向いた。

「三日前、能力犯罪者の襲撃に私たちは遭ってしまった。間違いないわよね?」

「⋯⋯そうだね」

「⋯⋯本当にそれだけ? 何か、違和感があるのよ。犯罪者だけじゃなかった。もっと、悍ましいものがいたような⋯⋯」

 あの事件の後、ミナたちはGMCによって記憶処理を受けた。魔術的な方法であったためか、ミナはこれを無効化し記憶処理されなかった。

「えっ。それってまさか⋯⋯ちょっとリエサ、わたしに目合わせて」

 リエサはミナに言われるがままに、彼女の紅い目を見る。しばらくその状態が続くと、ミナは少し驚いたように口を開いた。

「⋯⋯どうも、リエサには魔術の素養があるみたい。⋯⋯いやでもなんか変なような⋯⋯?」

 ミナはお得意の感覚と才能でリエサの魔術的素養を見抜いた。しかし、違和感もあった。真っ当な魔術の才能ではないような。そんな気がした。が、ミナには魔術の知識がほぼないため、詳しくはわからなかった。

「私に魔術の才能が、ね⋯⋯」

 どうも実感はなかった。魔力の流れとやらは分からないし、感覚的に使えそうにはなかった。

「またエストさんに会うから、その時聞こうか?」

「どうせならついていくわ。今度いつ会うの?」

「今週末」

 魔術とは超能力以上に感覚的なものであり、ミナも魔術を偶然使うまでは全く分からなかった。

「それにしてもよく分かったわね」

「わたしは魔力の流れとかをよく視ることができるらしくて。その点だけならエストさんにも負けないぐらいなんだって」

「ふーん。そうなんだ」

 雑談も切り上げ、二人は各々やりたいこと、やるべきことに戻る。
 SNSで可愛い服やお店を見ていたミナだが、突然、ネット通信が途絶える。雨だから通信状況が悪くなったのかと思ったが、だとしても途切れるのはおかしい。
 それに、一向に復旧しない。
 また、少し遅れて電灯が消える。部屋は真っ暗となった。流石にこれは異常事態だ。

「停電⋯⋯ネットも繋がらないし、何が⋯⋯」

 ミナは外を見た。⋯⋯そして、異常に気がついた。
 遥か遠くだが、ひと目で分かる。夜の闇より真っ黒な壁があった。それはおそらく、ミース学園自治区を丸ごと囲っている。上空まで壁は続いており、半円状になっているようだ。

「⋯⋯リエサ」

「⋯⋯そうね。間違いなく⋯⋯」

 シャフォン教団及び革命家──色彩の仕業に違いない。
 おそらくこの黒い壁は結界術の一種だろう。そしてその効果は現時点で分かるだけで通信網の途絶。
 目的は不明だが、碌でもないはずだ。

「メディエイト⋯⋯いけるかどうか分からないけど、とりあえず行こう。リエサ」

 明らかな非常事態。能力の行使も止むなしだ。リエサはミナにおんぶされると、窓から外に飛び出た。
 能力を使って、二人は飛行した。が、メディエイトには到着できなかった。
 壁はどうも通過できないようだ。触れると水面のように波紋が広がるものの、まるで鋼鉄のような硬さを感じる。

「⋯⋯⋯⋯」

 ミナは超能力により壁の破壊を試みた。対人用の火力ではなく、全力全開。星屑を圧縮した一点集中の火力だが、凄まじい爆発音を響かせるだけで傷一つ付かなかった。
 魔術も試してみたが、こちらも無意味である。
 リエサは壁を凍らせようとしたが、これも無意味だった。

「まるで駄目みたい。破壊して突破はできないね。⋯⋯と、なると」

「この中を探索するしかない。まずは状況を把握すべき」

 大人顔負けの冷静さと判断でミナとリエサは行動を開始する。また飛行し、結界内全体を見渡そうとした時。
 悲鳴が聞こえた。

「⋯⋯ミナ」

「⋯⋯既視感が」

 身の毛がよだつような感覚。今ならばわかる。これは、魔力を感知しているときのものだ、と。
 そしてこれは、おそらく魔術師、人間のものではない。
 ──魔族のものだ。
 急いで悲鳴のもとへ駆け付けるが、時すでに遅し。哀れな被害者は既に食われている。女性の上半身が、それの口元からボタっと落ちた。顔には恐怖の表情が張り付いていた。

「⋯⋯っ」

 それは、見るかに異形の魔族だ。
 魚の頭蓋骨から人間の背骨が生えており、終端には三対の、骨でできた虫の足がある。神経のような赤い糸みたいなものが体中を巡っており、肉らしいものはないが動いている。
 カタカタ、カタカタと、それは音を出し動く。眼窩の奥には赤い光が灯っていた。

「────」

 骨の魔族はミナたちの方を向く。その口を開く。そこには光が既に収束しており──、

「きゃあっ!?」

 ミナたちの足元にて、爆発が生じた。嫌な予感がして避けようとしなければ今頃二人の肉体は蒸発していただろう。掠ってすらいないのに、足に火傷を負った。

「っ!」

 全長四メートルはありそうな巨体なのに、骨の魔族は素早かった。リエサの目の前に迫っており、彼女を捕食しようと口を広げていた。
 
「〈黄金の剣ゴールド・シュベアート〉!」

 黄金の剣が骨の魔族に突き刺さる。魔族はひるみ、ミナから距離を取った。警戒しているようだ。

「リエサ、逃げて」

「わかった。死なないでよ」

 リエサは結晶で足場を作り、その場から逃走。魔族は彼女を追いかける素振りも見せない。ミナを最優先で殺すことにしたようだ。
 林間合宿の時に現れた魔族とは違う。あれよりも格段に強い。
 ミナには魔術らしい魔術を扱えるだけの技術、技能はない。所詮付け焼き刃程度。高位の魔族には猫騙し程度だ。

「──っ!」

 魚の頭蓋骨が突っ込んでくる。単純だが、速い。
 ミナは爆発を推進力にその場から跳ぶように回避。空中に居る彼女に対し、骨の魔族は口から光線を放つ。
 一般攻撃魔術のようなビームではない。非常に細い光。瞬く間に消え去るが、直後、着弾点にて爆発が生じる。
 ミナの背後の建物の屋上付近が丸々蒸発した。断面は真っ赤、ドロドロに溶けている。

(今の、事前に魔力を感知できないと発射タイミングも分からなかった。見てから避けるのは無理⋯⋯)

 魔力反応があったから、ミナは反射的に避けただけ。弾道はもちろん分からない。運が悪ければ直撃していたかもしれない。
 骨の魔族にとって、その光線攻撃は必殺技でも何でもないようだ。当たれば即死の魔術を、平然と連射してくる。
 
(わたしの動きを学習して、偏差射撃してる⋯⋯)

 回避運動の速度を上げたり、逆に下げたりすることで偏差をずらして今は何とか躱せている。が、射撃する度に精度は増している。あと何度か試行回数を重ねるだけで、光線はミナに命中するだろう。

「なら一気に叩く!」

 遠距離だと分が悪い。距離を詰めることは、それだけ光線が当てやすくなるということでもあるが、リスクを取らねば勝てる相手ではない。
 魔力感知で発射タイミングを読んでいることを悟られているのだろう。骨の魔族は魔力を隠蔽している。
 だが、ミナの感知能力の前では隠蔽しきれなかった。

「今っ!」

 完璧にタイミングを読み、大幅に動くことで魔族の視界外から外れた。
 ミナは骨の魔族の懐に入っていた。魔力を込めた拳によって、頭蓋骨を真下から突き上げる。
 強烈な一撃は頭蓋骨を貫き、顎を叩き割る。
 無論、それだけでは終わらない。ミナは術陣を展開。ゼロ距離ならばコントロールは不要。魔力を全方位に放出する。
 爆発と共に、骨の魔族の頭蓋骨は木っ端微塵となった。
 しかし、骨の魔族は死ななかった。

「⋯⋯!?」

 背骨の先端から触手のようなものが伸びて、ミナの首を掴み、投げる。
 ミナは勢い良く背中から先程半壊した建物に突っ込んだ。
 そして骨の魔族の触手の先端に光が収束。光がミナ目掛けて発射される。
 骨の魔族は魚の頭蓋骨を再生させ、その中に触手を忍ばせた。一本の触手からまるで神経のような糸が伸び、それらは骨の表面、内部を通る。これにより、魔族は骨を動かす。
 背骨、足も同じ原理で動いている。この魔族の正体は触手のようなワームであり、骨は鎧兼武器である。

「⋯⋯⋯⋯はぁ、はぁ⋯⋯」

 ミナは何とか生きていた。骨の魔族にとっては予想外だったらしく、少々驚いたような表情を見せていた。
 答えは、防御魔術が間に合ったから。しかしミナの実力、死の恐怖という要因によって、防御魔術は非効率の極みで展開された。判断ミスも相成り、過剰な魔力が込めてしまった無理のある術式の運用。魔力回路へのダメージは酷く、麻痺してしまった。
 対して骨の魔族にはまだまだ余裕があった。

「⋯⋯⋯⋯」

 勝てない。負ける。このままでは、死ぬ。
 でも、これで良い。もう、大丈夫だ。十分、リエサは逃げ切ったはずだ。周辺に人がいないことは確認済みである。
 魔族に物理的なダメージは、魔力を纏っていない限り通用しない。が、ダメージがないだけで全く無意味というわけではない。ノックバックくらいならば、足止めくらいならば、できる。

「出力最大⋯⋯っ!」

 骨の魔族は一直線にミナに突っ込んできた。が、ミナはこれを躱し、背後に回って右手を前に突き出す。
 一点に収束された星屑。ミナが引き出せる最大火力による爆裂。
 背面からの強烈な衝撃、及び熱。骨の魔族は建物に叩きつけられ、崩落した瓦礫の下敷きとなる。
 ミナはすぐさまその場を離脱した。

 ◆◆◆

 ──20:10、結界外。
 20:00、ミース学園自治区の全域を覆う結界が展開された。現場の近くに居た魔術師、リン、ヨセフ、ホタル、リクはGMCから連絡があり、一足先に結界内部への侵入及び原因の調査、閉じ込められた一般人の救助が命じられた。

「⋯⋯駄目だね。この結界、相当強力みたい」

 ホタルは結界に対して何度か魔術を行使したが、破壊できなかった。勿論素通りすることはできない。
 ホタルでも破壊できない結界となると、この結界を張った人物は特級でも結界に特化した魔詛使か、あるいは⋯⋯、

「近くに結界師、もしくは維持者が居る、ってことですね」

 ヨセフの言葉にホタルは頷いて肯定する。
 魔術はデメリットを受け入れることでメリットを享受することができるシステム、『縛り』がある。
 結界外部に結界の維持をする術師が居ることは、縛りとしては強力な部類となるだろう。なればこそ、この強度にも納得がいく。

「今は夜です。僕の魔術なら⋯⋯」

 ヨセフの足元から地面に向かって、否、影に向かって何かが伸びる。その魔力反応は影に広がる。
 数十秒後、ヨセフは閉じていた目を開き、言う。

「ここから二百メートル北東、丁度、あのビルの屋上ですね。そこに結界を維持している魔道具、魔詛使が居ます」

 更に言うと、ビル内部には無数の魔族が居た。普通に駆け上がるのは面倒そうだ。

「じゃあそのまま行こう」

 リクはビルに向かって歩きながらそう言った。

「そのまま? どうやって?」

 各々付いていくも、問題はその方法だ。三百メートルはありそうなビルをどのようにして登るというのか。

「文字通りだよ、リン」

 ビルの真下についた四人。リクはおもむろに、各々の足元に魔術陣を展開した。

「僕の魔術で黄金の柱を生成する。その生成速度を利用して、一気に頂上までひとっ飛びだ」

「は──」

 瞬間、魔術が起動する。瞬く間に、四人は上空三百メートル──ビルの頂上まで、登っていた。あまりの速度で柱は生成されたため、頂上に到着と同時に体が空中へ放り出された。
 だが、問題なく着地する。
 目の前には魔詛使四名。青年一人、中年の男二人、老齢の女一人。

「なんだコイツら──」

「まずは一人、ね」

 リンの魔術が炸裂。中年の男、スーツを着た方を断頭する。
 奇襲は成功したが、魔詛使の反応も早かった。ホタルは結界術師と思われる老齢の女を狙って魔術を使ったが、茨は近くの青年によって弾かれた。

「っ」

 中年の男──白シャツ、黒ズボンのラフな格好をしている──がホタルに接近する。
 男はホタルに組み付く。あまりの力強さに振りほどくことができなかったが、魔術で無理矢理引き剥がそうとしたときだった。

「⋯⋯え」

 男は、ホタルに組み付いたままビルの屋上から投身した。あまりの判断の速さ、躊躇のなさに、ホタルは組み付きを剥がすことができずに、一緒に落下してしまう。

「ホタルさんっ!?」

 ホタルが落下したことに、リン、ヨセフ、リクは動揺し、思わずそちらに目を向けてしまう。それが致命的な隙となり、老婆の魔術の行使を許してしまった。

「──心核結界、〈怪魔霊園庭〉」

 合計五名の魔術師、魔詛使は一つの心核結界内に閉じ込められる。
 青みがかった薄暗い空間。霊園とあるように、森の中にある墳墓と言える情景の心核結界だった。
 結界中央に老婆が座り込んでおり、彼女はずっと何かを唱えている。青年はそこから動こうとしなかった。

「心核結界──」

 この心核結界の効果がなんであれ、閉じ込められた瞬間に死んでいない。つまり、即死性に突出したものではない。即座にそう判断したリンは間違っていなかった。
 墓、森の中から動く死体が現れ、三人を襲う。が、ヨセフは死体の胴体を真っ二つにし、リクは剣で刺殺した。
 ヨセフとリクが居るのなら、リンは結界を展開できる。
 完全詠唱には少なくない時間が必要。遅行性の即死効果であることを憂慮し、彼女は省略詠唱により、心核結界を展開する。

「〈葬審祈拝殿〉」

 墓地の結界を内側から侵食していく。硝子の軋むような音が結界内に響き渡る。
 青年はリンの魔術に少し驚いた様子を見せたが、特に何もしなかった。
 何も、しなかったのである。

「──!?」

 ──リンの心核結界は、侵食を中断する。彼女の足元周辺が畳になっているだけで、未だ結界内の大部分は墳墓のままだ。
 どうやら老婆の心核結界は、リンのそれと拮抗しているらしい。結界に付与された術を、おそらく妨害するに留まっている。

(⋯⋯結界を塗り替えることはできなかったけれど、今、私とあの老婆は心核結界の押し合いをしている状態。長引けば私が負けるとはいえ⋯⋯)

 結界内に召喚された死体の数は先程より増している。更には単なる腐肉の死体だけではなく、骸骨や、幽霊らしきものも確認できる。半透明の白い何かが浮遊している。
 中には剣を持ったもの、弓を持ったもの、杖を持ったものも居た。

「⋯⋯ヨセフ、リク、私が結界内に一瞬だけ穴を作る。あれだけ詠唱しても、私の省略詠唱の結界術を一瞬で崩せない程度の相手。二度も三度も連続で心核結界は展開できないはず」

 リンが二度目の心核結界の展開を完全詠唱で行えば、この心核結界を塗り替えることは可能だろう。だが、もしそれをしてしまえば、ここでリンはリタイアとなる。
 ここはリンの魔力を温存しつつ、無傷で突破する必要がある。

「⋯⋯わかった。その隙を作ればいいってことだね。じゃあ僕が前に出る。リンは結界を維持。ヨセフは彼女を守って」

「了解です、空井さん」

 リクは魔術を詠唱。黄金の剣を生成し、老婆と青年に向かって一斉掃射した。
 青年はそれらを、全力で弾く。全て弾き切ることはできなくて、彼は何本か剣が刺さるが、詠唱を続ける老婆には一つも当てなかった。

「なるほど中々手練なようだね。黄金化も抵抗されている。⋯⋯けど、あと何本が刺せば、君を黄金の像に変えられそうだ」

 リクは更に黄金の剣を生成する。

「ねぇ、リン。別に彼らを無力化してもいいんでしょ?」

 リクに返答を待つ気はなかった。青年は弱くはないが、かと言って強いわけでもない。老婆も詠唱に専念するだけでそれ以上は何もしてこない。
 ゾンビ、スケルトン、ゴーストはヨセフで十分対処できている。
 問題はない。

(強いて言うのであれば、こんなにも楽勝できそうなところが問題。まあ十中八九、何か狙ってるのかもしれないから⋯⋯)

 リクは言葉では相手を舐めているが、決して油断はしていなかった。
 十分警戒し、本気で倒す。リクは黄金の剣を再装填し、もう一度、掃射する。
 青年を黄金化するまでもなく殺害し、老婆もその掃射では殺せなかった。
 ゾンビやスケルトンでは力不足だ。もう老婆を守る者はいない。

「⋯⋯こういうのは、さっさと倒すに限る」
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