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第66話 神秘
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ジョーカーは紅い結晶のトランプカードを投げる。レイチェルは触手により人々を突き刺す。メイリは人の肉体を拡散させる。
各々、自身の超能力によって人々を鏖殺しようとした。が、
「悪いけど、これ以上殺させないから」
「⋯⋯は、空?」
三人の襲撃者は、突然、遙か上空に飛ばされた。
いや、自由落下していない。ここは空中だが、落ちることがない。
異空間だ。
「ここは夢と現実の境界。そして君たちの墓場だ」
「ミリア・アインドラ⋯⋯これがあんたの超能力か⋯⋯」
「超能力? ははは! そうだね。でも惜しい。これは超能力の原型だよ!」
レイチェルは触手でミリアを絞め殺そうとした。だが、触手はバラバラに切断される。
メイリが彼女の真後ろを取り、触れようとした。だが、そこにミリアは居なかった。
「っ──」
ジョーカーの眼前に現れたミリアは、彼の首に触れようとした。
思わずゾッとするほどの脅威を、ジョーカーは感じた。だから彼は全力で避けた。
そう、わざわざ避けたのである。
(──は、能力が──)
避けたことで体制を崩したジョーカーを、ミリアは逃さない。確実に彼に触れて──その四肢を、切断する。
「君たちの超能力は全て把握している。つまりどういうことか、分かるかい?」
達磨になったジョーカーは痛みに叫ぶ余裕もなく、気絶する。
だが、隙はできた。レイチェルがミリアの体の至るところに風穴を開ける。
そのままミリアは倒れて、ピクリとも動かなくなった。
「⋯⋯なんて奴なの。まさかジョーカーが⋯⋯」
しかし、死んでいないのなら問題ない。レイチェルは切断された彼の四肢を、能力を用いて接合することができる。
──が、突然、メイリが叫ぶ。
「レイチェル避けてっ!」
「──え」
レイチェルの背中を、殺したはずのミリアが触った。するとレイチェルの全身は細切れにされ、肉片が散らばった。
「さっきの質問の答えだけど、君たちの実力だとこの私には敵わない、ってこと。この私が殺したくらいで死ぬとでも? まさか!」
レイチェルは能力を用いて自らを再生させるが、粉々の状態から元に戻ることは、彼女の脳に無視できない負荷を掛けた。
「⋯⋯何者? この空間を作り、触れたものを切断し、その上テレポートもする。⋯⋯能力に一貫性がない」
メイリは、ミリアの能力が理解できなかった。彼女の超能力ならば、大抵の超能力を無効化できる。にも関わらず、ミリアの能力には一切干渉ができなかった。
つまるところ、何か物理的な影響を及ぼす能力ではないはずだ。
「⋯⋯神秘、って知ってるかい? さっきも言ったけど、それは超能力の原型。君たちに分かりやすく言えば、能力開発を伴わない超能力のことさ。そして私の神秘は⋯⋯」
ミリアはレイチェルとメイリの背後に現れる。それは転移と全く同じ原理で行われた移動だ。
「⋯⋯ありとあらゆる境界を操り、そして作り出すこともできる」
背後、空間そのものに亀裂が入り、開いた。先には真っ黒な空間があり、そこから銃口が現れる。
引き金は引かれ、弾幕がレイチェルとメイリを襲った。二人とも能力によって銃撃を防御する。
「っ! こんなもの!」
メイリは能力によって銃を全て破壊する。
しかし、それは囮でしかない。ミリアはメイリに触れて、その肉体をレイチェルと同じように細切れにしようとした。
「⋯⋯ふむ。驚いた」
だが、メイリは全身に傷を負うだけで細切れにはならなかった。
確かにメイリの超能力では、ミリアの神秘そのものを止めることはできない。しかし、発生する現象へは対応することができる。
メイリとレイチェルはミリアから距離を取った。一瞬で距離を詰められるとはいえ、タイミングを読むことはできるから無意味ではないはずだ。実際、ミリアは速攻で転移し、距離を縮めには来ていない。
「⋯⋯どうするのかしら? アンノウンとあんまり変わらないくらいの実力な気がするんだけど」
アンノウンとはまた違った圧倒感。抗うことはできるが、抗っても意味がないという、ある種、アンノウンを相手にするよりも絶望感があるような実力差を感じる。
「⋯⋯ワタシにいい案がある。レイチェルはアレの足止めをして欲しい」
「⋯⋯あー、うん。やるだけやるけど、できれば二分⋯⋯ごめん一分以内にその案とやらを成功させて頂戴」
「大丈夫。一分も必要ない」
レイチェルは覚悟を決めて、ミリアに向かって突っ走る。その様子に違和感を覚えた彼女は、レイチェルを避けてメイリを狙う。
(成程。少しは考えたようだね。まあだから何だって話なんだけど)
メイリは自身の超能力を用いてこの異空間に穴を開けようとしていた。
夢と現実の狭間──この異空間は存在として、曖昧な状態である。つまり、現実に引き戻すには空間の確実性を高められば良い。
メイリの予想はあっている。だが、ミリアとの実力差があるせいで、少なからずこの空間の秩序性を高めるのには時間が必要だ。
(大体四十五秒くらいかな。宵本メイリならば一分もかからないうちにこの異空間を元に戻せるだろうね。⋯⋯だから、そうなる前に先に叩く)
レイチェルの攻撃を受けるよりも前に、ミリアは神秘の力を使ってメイリの目の前に移動した。そのまま、有無を言わせず彼女の肉体をバラバラにしようとした。
が、突如としてミリアの体は真後ろに引っ張られた。
レイチェルの触手に囚われたのだ。いや、だとしても速すぎる。距離的にそれは有り得ない──。
「そうか。私の能力が視えたのね!」
「ご名答! あなたのその力、利用させてもらったわ!」
ミリアはレイチェルの触手に触れ、それらを滅多切りにする。どうも彼女の触手は彼女の身体の一部として判定されないらしい。先程もそうだったが、触手を通じてレイチェルに神秘を使うことができなかった。
(まあなんであれ面倒。時間稼ぎとしてはこれ以上ない程に。⋯⋯さて、どうするか)
この異空間には、これといって特別な効果はない。別段、ミリアの身体能力が高くなるだとか、そういったものはない。
だから異空間から脱出されようとミリアが死ぬことはないのだが、問題は周囲の人間を守ることができない点だ。
いくらミリアでも、レイチェル、メイリからあの人数の人間を守り切り、戦うことは難しい。
よって、ミリアは残る三十二秒以内にレイチェルとメイリを殺さなければいけない。
「全く、やはり面倒になった!」
確かにレイチェルは時間稼ぎ要員としてはこれ以上にないほど適任だ。しかし、何も問題はない。
レイチェルは触手による質量攻撃を繰り出す。伸ばされたそれらをミリアは触れることで微塵切りにした。
が、違和感が生じた。それは目くらましだ。脇腹にレイチェルが迫ってきていた。彼女の触手による打撃がミリアを捉えた。
「っ!?」
しかし、ミリアは恐ろしいほど速く反応し、触手を切断。レイチェルに蹴りを入れ、触れようとした。彼女は触手で防御し本体が木端微塵にされることを防いだが──、
「メイリっ!」
隙を見せてしまった。レイチェルのスピードでは間に合わない。ミリアは神秘を使わず、身体能力のみでメイリに迫っていた。
「──させるか!」
赤い結晶の塊がミリアを押しつぶすように降った。
それをやったのは誰でもない。ジョーカーだ。
ミリアは転移で避けたが、メイリからは離された。
(ジョーカー⋯⋯どうやってあの状態から回復を? レイチェル? それとも⋯⋯いや、今は回復できるという事実だけ把握していれば、それで良い)
残り十四秒。
ミリアは焦っていた。このままではこの異空間を脱出される。実際、メイリは小さいが、既に穴を開いていた。そして穴は肥大しつつある。
チャンスは一度。しかし、状況は先程より悪くなっている。
「⋯⋯仕方ない」
ミリアは神秘の力を出力最大で行使する。
この空間は夢と現実の間。完全に夢へと移行させてしまえば、現実との同期が無くなり、この空間内で起きたあらゆる事象は現実に反映されなくなる。要は、時間稼ぎしようが、殺そうが、全く無意味となるのだ。
だから、この空間は曖昧な状態で固定しなければいけなかった。
しかし、一瞬だけ夢の世界に切り替えて、また戻すことはできる。そうすれば反動で異空間は崩壊するが、崩壊するまでの間には数秒の猶予が生まれる。
そして、夢の世界に切り替えた場合、ミリアは想像を具現化することが可能。
つまるところ、この異空間の崩壊が確定する代わりに、ミリアは一度だけ空想を具現化することができる。ただし、具現化できる空想には制約があり、他者への直接的な影響を及ぼすことは不可能であることなどが挙げられる。
「────は」
一瞬。そう一瞬だけ、体が軽くなった。そう思った直後、ジョーカーたちは信じられない光景を目にした。
目の前には魚雷のような円柱形の物体が現れ、それが何であるかを理解するよりも先に、熱が生じた。風圧が生じた。
それは一瞬であり、それは刹那的であり、それは壊滅的であった。ここが夢の世界でなければ学園都市は壊滅していただろう。
「⋯⋯⋯⋯驚いた。今ので殺れなかったなんて」
夢と現実の狭間の世界は崩落し、四人は現実空間へと帰還する。時間経過は二つの世界において完全に同期しておらず、現実空間では数秒程度しか経っていなかった。
「⋯⋯何、考えてやがる。あれは⋯⋯」
あれは、核爆弾だ。ミリアは爆発する核爆弾を具現化し、それによりジョーカーたちを木端微塵にしようとしたのだ。
「自爆ってわけでもない。私が想像したものだ。私への影響は一切ないんだよ。⋯⋯でも、やっぱり驚いたよ。できても判断は間に合わないと思ったんだけどね」
ミリアはジョーカーたちを生きたまま捕まえようとした。が、あの状況下では難しいと判断し、核爆弾により爆殺しようとした。
しかし、メイリは核爆弾を対象に能力を使い、その爆発の威力を殆ど掻き消したのだ。消しきれなかった威力も、ジョーカーとレイチェルならば問題なく耐えられる程度だった。
だが、メイリはそうではなかった。爆発を抑えることに手一杯で、少なからずそのダメージを受けた。死にはしなかったが、気絶してしまった。
「⋯⋯が、これで俺たちが優位だ。ミリア・アインドラ。ここに居る大多数の命とあんたの身柄を交換といこう」
「⋯⋯ふーん。私の身柄にそんな価値があるとは思えないけれど? 騙される気はないよ」
「いいや。これは本当だ。確かに俺たちはここに居る人間の殺戮を頼まれた。が、ミリア・アインドラ、そしてそこのアリストリア・グルーヴの命は奪わず、確保しろとな」
「⋯⋯誰に?」
「言わなくても分かるだろ、あんたなら」
アリストリアの命を奪わない理由は予想がつく。彼女はイア・スカーレットの主だ。イアはアリストリアに忠誠を誓っているし、彼女のことを大切にしているらしい。そんな者を殺せば、かの最強を、拘束が外れた状態で怒らせることになるだろう。どうなるかは想像もしたくない。
問題はミリアだ。
「でもやっぱりわからないね。私は精々超能力と神秘について大体何でも知ってるだけの少女に過ぎない」
「それが答えだ。自分の命に価値がないと思うのなら、なぜ俺たちを煽る? ⋯⋯あんたは異常存在の力を抑制している、その神秘によって。違うか?」
「⋯⋯⋯⋯」
「図星のようだな」
ジョーカーの言っていることは間違っていない。
異常存在──それは全て理外の存在であり、現代科学、魔術理論等、何にせよいかなる法則にも当てはまらない挙動をする物体、生物、存在のことである。
それらを抑制するための機構を財団は備えているが、その管理者兼機構の源力となっているのはミリア・アインドラの神秘である。
もし彼女が死亡した場合、アノマリーの抑制は解除され、収容は不可能となる。世界を滅ぼすような化物をこの世に放つことになるだろう。
「⋯⋯そうだ。あんたの命はここにいる誰より重い。あんたの神秘は最強だが無敵じゃない。殺す手段はいくらでもある。それとも、自分の命可愛さに抑制を開放してもいい。⋯⋯さて、どうする?」
アノマリーを開放すれば間違いなく世界は壊滅的な被害を被る。そしてそれは、ただ開放された場合の話。
『革命家』のバック⋯⋯色彩に、もし、アノマリーを制御する術があるのだとすれば?
(⋯⋯言葉から察するに完全に制御する方法はない。ただ、全く無いわけでもない⋯⋯ってところね。なら付け入ることは無理なわけだ。⋯⋯全く、詰み、ね)
そうだ。ジョーカーの言うとおり、ミリアの命はここに居る誰よりも重い。彼女の損失は何より避けるべきだ。それは彼女本人が一番理解している。
ここでの正答は、人質を全員死なせてでもジョーカーたちを殺すこと。
だから、ジョーカーはいつでもミリアを足止めし、逃げられるように構えている。レイチェルは既にメイリの安全を確保し、人質たちの首を締め付けいつでも殺せるようにしている。
ミリア・アインドラはどちらを優先するのか。感情か、合理性か。そしてそのどちらにせよ、ジョーカーたちにとっては好都合の結果となる。
ミリアは悩む。どうすればいい。どうすれば、人質の命を助けることができる。だが何も思い浮かばない。
彼女は諦めようとした。しかし、その時ふと、目があった人物がいた。
「⋯⋯⋯⋯分かった。なら、私はどちらも選択しない」
ミリアは、笑った。それができるのなら、何も心配はいらない。
「⋯⋯なにを──」
「私はGMCとの間に確かに約束した、特級魔術師の学園都市への派遣の禁止をね。でもそれはさっき、取り下げることを許可した。⋯⋯その意味が分かるかい?」
「⋯⋯まさか」
アリストリアは手袋を付けていた。その手袋には彼女の魔術が刻まれていた。
それはイア・スカーレットの力を抑制するための封印術式であると同時に、自らの従僕への命令権を持つ。
「──来て、イア」
術陣が地面に展開された。
各々、自身の超能力によって人々を鏖殺しようとした。が、
「悪いけど、これ以上殺させないから」
「⋯⋯は、空?」
三人の襲撃者は、突然、遙か上空に飛ばされた。
いや、自由落下していない。ここは空中だが、落ちることがない。
異空間だ。
「ここは夢と現実の境界。そして君たちの墓場だ」
「ミリア・アインドラ⋯⋯これがあんたの超能力か⋯⋯」
「超能力? ははは! そうだね。でも惜しい。これは超能力の原型だよ!」
レイチェルは触手でミリアを絞め殺そうとした。だが、触手はバラバラに切断される。
メイリが彼女の真後ろを取り、触れようとした。だが、そこにミリアは居なかった。
「っ──」
ジョーカーの眼前に現れたミリアは、彼の首に触れようとした。
思わずゾッとするほどの脅威を、ジョーカーは感じた。だから彼は全力で避けた。
そう、わざわざ避けたのである。
(──は、能力が──)
避けたことで体制を崩したジョーカーを、ミリアは逃さない。確実に彼に触れて──その四肢を、切断する。
「君たちの超能力は全て把握している。つまりどういうことか、分かるかい?」
達磨になったジョーカーは痛みに叫ぶ余裕もなく、気絶する。
だが、隙はできた。レイチェルがミリアの体の至るところに風穴を開ける。
そのままミリアは倒れて、ピクリとも動かなくなった。
「⋯⋯なんて奴なの。まさかジョーカーが⋯⋯」
しかし、死んでいないのなら問題ない。レイチェルは切断された彼の四肢を、能力を用いて接合することができる。
──が、突然、メイリが叫ぶ。
「レイチェル避けてっ!」
「──え」
レイチェルの背中を、殺したはずのミリアが触った。するとレイチェルの全身は細切れにされ、肉片が散らばった。
「さっきの質問の答えだけど、君たちの実力だとこの私には敵わない、ってこと。この私が殺したくらいで死ぬとでも? まさか!」
レイチェルは能力を用いて自らを再生させるが、粉々の状態から元に戻ることは、彼女の脳に無視できない負荷を掛けた。
「⋯⋯何者? この空間を作り、触れたものを切断し、その上テレポートもする。⋯⋯能力に一貫性がない」
メイリは、ミリアの能力が理解できなかった。彼女の超能力ならば、大抵の超能力を無効化できる。にも関わらず、ミリアの能力には一切干渉ができなかった。
つまるところ、何か物理的な影響を及ぼす能力ではないはずだ。
「⋯⋯神秘、って知ってるかい? さっきも言ったけど、それは超能力の原型。君たちに分かりやすく言えば、能力開発を伴わない超能力のことさ。そして私の神秘は⋯⋯」
ミリアはレイチェルとメイリの背後に現れる。それは転移と全く同じ原理で行われた移動だ。
「⋯⋯ありとあらゆる境界を操り、そして作り出すこともできる」
背後、空間そのものに亀裂が入り、開いた。先には真っ黒な空間があり、そこから銃口が現れる。
引き金は引かれ、弾幕がレイチェルとメイリを襲った。二人とも能力によって銃撃を防御する。
「っ! こんなもの!」
メイリは能力によって銃を全て破壊する。
しかし、それは囮でしかない。ミリアはメイリに触れて、その肉体をレイチェルと同じように細切れにしようとした。
「⋯⋯ふむ。驚いた」
だが、メイリは全身に傷を負うだけで細切れにはならなかった。
確かにメイリの超能力では、ミリアの神秘そのものを止めることはできない。しかし、発生する現象へは対応することができる。
メイリとレイチェルはミリアから距離を取った。一瞬で距離を詰められるとはいえ、タイミングを読むことはできるから無意味ではないはずだ。実際、ミリアは速攻で転移し、距離を縮めには来ていない。
「⋯⋯どうするのかしら? アンノウンとあんまり変わらないくらいの実力な気がするんだけど」
アンノウンとはまた違った圧倒感。抗うことはできるが、抗っても意味がないという、ある種、アンノウンを相手にするよりも絶望感があるような実力差を感じる。
「⋯⋯ワタシにいい案がある。レイチェルはアレの足止めをして欲しい」
「⋯⋯あー、うん。やるだけやるけど、できれば二分⋯⋯ごめん一分以内にその案とやらを成功させて頂戴」
「大丈夫。一分も必要ない」
レイチェルは覚悟を決めて、ミリアに向かって突っ走る。その様子に違和感を覚えた彼女は、レイチェルを避けてメイリを狙う。
(成程。少しは考えたようだね。まあだから何だって話なんだけど)
メイリは自身の超能力を用いてこの異空間に穴を開けようとしていた。
夢と現実の狭間──この異空間は存在として、曖昧な状態である。つまり、現実に引き戻すには空間の確実性を高められば良い。
メイリの予想はあっている。だが、ミリアとの実力差があるせいで、少なからずこの空間の秩序性を高めるのには時間が必要だ。
(大体四十五秒くらいかな。宵本メイリならば一分もかからないうちにこの異空間を元に戻せるだろうね。⋯⋯だから、そうなる前に先に叩く)
レイチェルの攻撃を受けるよりも前に、ミリアは神秘の力を使ってメイリの目の前に移動した。そのまま、有無を言わせず彼女の肉体をバラバラにしようとした。
が、突如としてミリアの体は真後ろに引っ張られた。
レイチェルの触手に囚われたのだ。いや、だとしても速すぎる。距離的にそれは有り得ない──。
「そうか。私の能力が視えたのね!」
「ご名答! あなたのその力、利用させてもらったわ!」
ミリアはレイチェルの触手に触れ、それらを滅多切りにする。どうも彼女の触手は彼女の身体の一部として判定されないらしい。先程もそうだったが、触手を通じてレイチェルに神秘を使うことができなかった。
(まあなんであれ面倒。時間稼ぎとしてはこれ以上ない程に。⋯⋯さて、どうするか)
この異空間には、これといって特別な効果はない。別段、ミリアの身体能力が高くなるだとか、そういったものはない。
だから異空間から脱出されようとミリアが死ぬことはないのだが、問題は周囲の人間を守ることができない点だ。
いくらミリアでも、レイチェル、メイリからあの人数の人間を守り切り、戦うことは難しい。
よって、ミリアは残る三十二秒以内にレイチェルとメイリを殺さなければいけない。
「全く、やはり面倒になった!」
確かにレイチェルは時間稼ぎ要員としてはこれ以上にないほど適任だ。しかし、何も問題はない。
レイチェルは触手による質量攻撃を繰り出す。伸ばされたそれらをミリアは触れることで微塵切りにした。
が、違和感が生じた。それは目くらましだ。脇腹にレイチェルが迫ってきていた。彼女の触手による打撃がミリアを捉えた。
「っ!?」
しかし、ミリアは恐ろしいほど速く反応し、触手を切断。レイチェルに蹴りを入れ、触れようとした。彼女は触手で防御し本体が木端微塵にされることを防いだが──、
「メイリっ!」
隙を見せてしまった。レイチェルのスピードでは間に合わない。ミリアは神秘を使わず、身体能力のみでメイリに迫っていた。
「──させるか!」
赤い結晶の塊がミリアを押しつぶすように降った。
それをやったのは誰でもない。ジョーカーだ。
ミリアは転移で避けたが、メイリからは離された。
(ジョーカー⋯⋯どうやってあの状態から回復を? レイチェル? それとも⋯⋯いや、今は回復できるという事実だけ把握していれば、それで良い)
残り十四秒。
ミリアは焦っていた。このままではこの異空間を脱出される。実際、メイリは小さいが、既に穴を開いていた。そして穴は肥大しつつある。
チャンスは一度。しかし、状況は先程より悪くなっている。
「⋯⋯仕方ない」
ミリアは神秘の力を出力最大で行使する。
この空間は夢と現実の間。完全に夢へと移行させてしまえば、現実との同期が無くなり、この空間内で起きたあらゆる事象は現実に反映されなくなる。要は、時間稼ぎしようが、殺そうが、全く無意味となるのだ。
だから、この空間は曖昧な状態で固定しなければいけなかった。
しかし、一瞬だけ夢の世界に切り替えて、また戻すことはできる。そうすれば反動で異空間は崩壊するが、崩壊するまでの間には数秒の猶予が生まれる。
そして、夢の世界に切り替えた場合、ミリアは想像を具現化することが可能。
つまるところ、この異空間の崩壊が確定する代わりに、ミリアは一度だけ空想を具現化することができる。ただし、具現化できる空想には制約があり、他者への直接的な影響を及ぼすことは不可能であることなどが挙げられる。
「────は」
一瞬。そう一瞬だけ、体が軽くなった。そう思った直後、ジョーカーたちは信じられない光景を目にした。
目の前には魚雷のような円柱形の物体が現れ、それが何であるかを理解するよりも先に、熱が生じた。風圧が生じた。
それは一瞬であり、それは刹那的であり、それは壊滅的であった。ここが夢の世界でなければ学園都市は壊滅していただろう。
「⋯⋯⋯⋯驚いた。今ので殺れなかったなんて」
夢と現実の狭間の世界は崩落し、四人は現実空間へと帰還する。時間経過は二つの世界において完全に同期しておらず、現実空間では数秒程度しか経っていなかった。
「⋯⋯何、考えてやがる。あれは⋯⋯」
あれは、核爆弾だ。ミリアは爆発する核爆弾を具現化し、それによりジョーカーたちを木端微塵にしようとしたのだ。
「自爆ってわけでもない。私が想像したものだ。私への影響は一切ないんだよ。⋯⋯でも、やっぱり驚いたよ。できても判断は間に合わないと思ったんだけどね」
ミリアはジョーカーたちを生きたまま捕まえようとした。が、あの状況下では難しいと判断し、核爆弾により爆殺しようとした。
しかし、メイリは核爆弾を対象に能力を使い、その爆発の威力を殆ど掻き消したのだ。消しきれなかった威力も、ジョーカーとレイチェルならば問題なく耐えられる程度だった。
だが、メイリはそうではなかった。爆発を抑えることに手一杯で、少なからずそのダメージを受けた。死にはしなかったが、気絶してしまった。
「⋯⋯が、これで俺たちが優位だ。ミリア・アインドラ。ここに居る大多数の命とあんたの身柄を交換といこう」
「⋯⋯ふーん。私の身柄にそんな価値があるとは思えないけれど? 騙される気はないよ」
「いいや。これは本当だ。確かに俺たちはここに居る人間の殺戮を頼まれた。が、ミリア・アインドラ、そしてそこのアリストリア・グルーヴの命は奪わず、確保しろとな」
「⋯⋯誰に?」
「言わなくても分かるだろ、あんたなら」
アリストリアの命を奪わない理由は予想がつく。彼女はイア・スカーレットの主だ。イアはアリストリアに忠誠を誓っているし、彼女のことを大切にしているらしい。そんな者を殺せば、かの最強を、拘束が外れた状態で怒らせることになるだろう。どうなるかは想像もしたくない。
問題はミリアだ。
「でもやっぱりわからないね。私は精々超能力と神秘について大体何でも知ってるだけの少女に過ぎない」
「それが答えだ。自分の命に価値がないと思うのなら、なぜ俺たちを煽る? ⋯⋯あんたは異常存在の力を抑制している、その神秘によって。違うか?」
「⋯⋯⋯⋯」
「図星のようだな」
ジョーカーの言っていることは間違っていない。
異常存在──それは全て理外の存在であり、現代科学、魔術理論等、何にせよいかなる法則にも当てはまらない挙動をする物体、生物、存在のことである。
それらを抑制するための機構を財団は備えているが、その管理者兼機構の源力となっているのはミリア・アインドラの神秘である。
もし彼女が死亡した場合、アノマリーの抑制は解除され、収容は不可能となる。世界を滅ぼすような化物をこの世に放つことになるだろう。
「⋯⋯そうだ。あんたの命はここにいる誰より重い。あんたの神秘は最強だが無敵じゃない。殺す手段はいくらでもある。それとも、自分の命可愛さに抑制を開放してもいい。⋯⋯さて、どうする?」
アノマリーを開放すれば間違いなく世界は壊滅的な被害を被る。そしてそれは、ただ開放された場合の話。
『革命家』のバック⋯⋯色彩に、もし、アノマリーを制御する術があるのだとすれば?
(⋯⋯言葉から察するに完全に制御する方法はない。ただ、全く無いわけでもない⋯⋯ってところね。なら付け入ることは無理なわけだ。⋯⋯全く、詰み、ね)
そうだ。ジョーカーの言うとおり、ミリアの命はここに居る誰よりも重い。彼女の損失は何より避けるべきだ。それは彼女本人が一番理解している。
ここでの正答は、人質を全員死なせてでもジョーカーたちを殺すこと。
だから、ジョーカーはいつでもミリアを足止めし、逃げられるように構えている。レイチェルは既にメイリの安全を確保し、人質たちの首を締め付けいつでも殺せるようにしている。
ミリア・アインドラはどちらを優先するのか。感情か、合理性か。そしてそのどちらにせよ、ジョーカーたちにとっては好都合の結果となる。
ミリアは悩む。どうすればいい。どうすれば、人質の命を助けることができる。だが何も思い浮かばない。
彼女は諦めようとした。しかし、その時ふと、目があった人物がいた。
「⋯⋯⋯⋯分かった。なら、私はどちらも選択しない」
ミリアは、笑った。それができるのなら、何も心配はいらない。
「⋯⋯なにを──」
「私はGMCとの間に確かに約束した、特級魔術師の学園都市への派遣の禁止をね。でもそれはさっき、取り下げることを許可した。⋯⋯その意味が分かるかい?」
「⋯⋯まさか」
アリストリアは手袋を付けていた。その手袋には彼女の魔術が刻まれていた。
それはイア・スカーレットの力を抑制するための封印術式であると同時に、自らの従僕への命令権を持つ。
「──来て、イア」
術陣が地面に展開された。
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