Reセカイ

月乃彰

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第67話 Master of Vampire

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「────」

 場が、凍る。
 それが現れた瞬間、何もかもが止まった。
 圧倒的な存在感。圧倒的な強者故の威圧。
 たかが155センチメートルしかない少女から放たれるものではない。それは皮でしかなく、本質はもっと恐ろしい。

「⋯⋯⋯⋯」

 濁っている紅い目。白黒のツートンカラーの長髪。ワインレッドのドレス。麗しく可憐な美貌と、それに相反するかのような得体の知れない雰囲気。
 永遠に幼い姿をした怪物。形容するならば、こうだろう。

我が主マスター、全員殺しても?」

「いいえ。一人は捕えて」

「了解した」

 この少女こそが、あのイア・スカーレットだ。
 そうだと認識する前に、血は既に飛んでいた。
 狙われたのはレイチェルで、彼女はまったく何が起きたのかを理解できていなかった。
 ジョーカーが身を挺してレイチェルを守っていなければ、心臓が素手で貫かれていたのは彼女だっただろう。

「⋯⋯まさか、これほどとは」

 否。ジョーカーはレイチェルを守るために命を投げ捨てたのではない。そも、今のジョーカーは彼本人ではない。
 同期はあと少しで完了する。
 ──色彩の人格が顕れたジョーカーは、色彩本体ほどとは言わずとも、それに近しい力はあったはずだ。

「────」

 『ジョーカー』はイアに対して超能力を使った。アンノウンの腕を千切った衝撃波の超能力だ。
 しかし、イアには全くの無意味だった。彼女は避ける素振りを見せなかったが、命中した様子もなかった。
 通用していない──何かしらの防御術があるようだ。

「⋯⋯ふむ」

 続いて、『ジョーカー』は赤い結晶の弾丸を生成した。ジョーカーのそれとは異なり、質量も硬度も速度も、完全上位互換だ。
 しかし、無駄だ。

「終わり?」

「⋯⋯なるほど。最強と呼ばれるだけはあるね。今の僕じゃあ、まるで歯が立たない」

 『ジョーカー』が言葉を言い終わった直後、彼の首が飛んでいた。
 イアは掴んだ頭を粉砕し、適当に投げ捨てた。
 しかし、『ジョーカー』は再生する。頭部という器官を失ったところで、彼は即死しないようだ。

「魔力を感じない。魔術を使っている様子も、その防御を除き、ない。⋯⋯これが吸血鬼か」

 今のイアは、魔力強化も何もしていない。純粋な身体能力のみで、超能力者の最高峰たるジョーカー、いくつもの身体強化能力が施されているそれを凌駕しているのだ。

「逃げるしかなさそうだ」

「逃がすわけないでしょう」

 能力による集団テレポート。それでさえ間に合わない。『ジョーカー』は超能力を使う暇さえなく、二度目の死を迎えた。今度は心臓を掴まれたことによる失血死だ。
 再生こそするが、イアは同じ轍を踏まない。首を掴み、地面に叩きつけ、『ジョーカー』を血飛沫に変えた。
 銃声よりも大きい音と共に、彼の姿は消え去った。

「さて」

 イアはレイチェルの眼前に迫っていた。抵抗することもなく、レイチェルはイアの目を見て⋯⋯そして眠った。

「終わりよ、マスター。ごめんね。一番情報持ってそうな奴は殺すしかなかった」

「うん。大丈夫。あなたがそう判断したのなら」

 二分にも満たない間に、事は終わった。
 これが最強の特級魔術師か。おそらくこの場で一番の実力者だったミリアでも、イアには及ぶことができないと思った。

(とんでもない化物ね。次元が違う。そしてこれで力が封じられている状態か⋯⋯)

 こんなのを敵に回したくはない。味方にできてよかったと、心の底から思う。
 とりあえず捕らえたレイチェルと気絶しているメイリを、今度は逃さないように監禁しなくてはならない。
 いや、今はこの惨劇の始末をしなければいけない。
 ミリアは残っていた財団職員にそう命じようとした、その時だ。

「うごく、な」

「⋯⋯っ!?」

 ミリアの首元に『ジョーカー』の赤い結晶の刃が突きつけられていた。

「────」

 イアは動こうとした。だが、赤い結晶が彼女の足元にて爆散した。
 イアは無傷だったが、それで下手に動けなくなってしまった。つまり、『ジョーカー』はイアの動きに反応できるということだからだ。

(まさかこの私が人質に取られるとは⋯⋯!)

「無駄だ。僕は君の動きに対応できるようになった。君が本気で殺そうとすれば僕は今度こそ死ぬけれど⋯⋯人質一人くらい殺せるだろうさ⋯⋯」

「イア、動かないで。あの人は死なせたら駄目」

「⋯⋯⋯⋯」

「それでいい。アリストリア・グルーヴ。正しい判断をした。⋯⋯イア・スカーレット。今回は僕たちの負けでいい。けれど、今度はそうはいかないよ」

 『ジョーカー』、レイチェル、メイリの姿がそこから消え去る。イアならば追撃できただろうが、その瞬間、ミリアが死んで、アノマリーたちが収容違反を起こていただろう。
 これで良かった、そのはずだ。

 ◆◆◆

 2016年、7月。グルーヴ邸にて。
 丁度、日付が変わった頃。当時十三歳だったアリストリアは眼前の光景に怯え、クローゼットの中、身震い一つできなかった。
 刀を持った女が一人。彼女はアリストリアの両親を殺害していた。そして母親が付けていた手袋を奪ったのである。
 あの手袋はグルーヴ家相伝の魔術式が刻まれたものだ。それを狙う理由は一つしか考えられない。

「⋯⋯さて。居るんだろう、お嬢さん? 怯えて魔力潜伏が雑になっているぞ」

「⋯⋯っ!」

「ああ、殺すつもりはない。君の両親を殺したのは反抗されたからだ。⋯⋯君はイア・スカーレットと仲が良かったらしいではないか? 私と一緒に来てもらおう」

 女はクローゼットを開き、手を伸ばす。
 躓き転んだ令嬢に、手を差し伸べる執事のような格好だが、その実態はまるで異なる。
 本当に殺されないのか。何もされないのか。定かではない。
 でもそれ以上に、女の目的が分かった気がして。自分の命に価値があると理解して。
 しかし何より、両親が目の前で殺されておいて、何もできずにいた自分が、この状況になっても未だ怯えていることに怒りを覚えて。

「っ!」

 魔術を放った。
 でも無意味だった。
 至近距離からの一般攻撃魔術。女はそれを素手で弾いた。

「⋯⋯そうか。では少し、痛い目に遭ってもらおう」

 女はアリストリアを蹴り付ける。すんでのところでアリストリアはクローゼットから飛び出し、避ける。クローゼットは破砕した。
 女が動く。直後、アリストリアの腹部に女の足がめり込んでいて、反対側の壁に叩きつけられていた。死なない程度に加減されているとはいえ、激痛には変わらない。血反吐を吐く。

「⋯⋯⋯⋯ほう。侮っていたか」

 しかし、女はあることに気がついた。奪ったはずの手袋が、奪い返されていたのだ。
 また、アリストリアは防御魔術で気絶相当のダメージを軽減したようだ。
 アリストリアは全力で逃走する。女は攻撃魔術を放つが、アリストリアは結界術の応用によりそれらを防御。
 その隙に、いざという時の為に備えられていた隠し通路に繋がる扉を通る。

(どうしよう⋯⋯どうしよう⋯⋯このままじゃそのうち見つかって殺される! 何とかして逃げないと⋯⋯!)

 あの女の強さは異常だ。等級に当てはめれば一級はあるだろう両親を、瞬く間に殺したのだ。アリストリアが今逃げられているのだって、あの女が彼女を殺そうとしていないからに過ぎない。
 この隠し通路の先は屋敷の外だが、真っ暗闇の森の中を走って逃げられるはずがない。
 恐怖で魔力隠密が雑になったと言われたが、それはほんの一瞬だけだし、探知しようとすればできる程度には実力差がありすぎる。

(⋯⋯逃げるのも隠れるのも無理。迎撃なんて以ての外。⋯⋯このまま、死ぬしかないのかな)

 外に出て、屋敷の外壁に背を預ける。星空は雲に遮られているのか目に見えない。
 夜の冷たい風はまるで黄泉から流れてきているようだ。
 アリストリアはあの時奪い返した手袋を見る。魔力を流してみても、術式は起動しない。
 術式を奪われても、イアへの命令権までは奪われないように、きちんとした継承儀式を行わなければいけないようになっているからだ。

「ようやく見つけたぞ」

「⋯⋯⋯⋯!」

 しばらく、という言葉が使えないほど短い間を経て、アリストリアは女に見つかってしまった。
 今度こそ、抵抗虚しく命を握られる。ならばせめて、人質にならないように自らの命を潰す。魔力操作で脳を壊そうとした、その時だ。

「────」

 突然、地面が割れた。かと思えば、そこには一人の少女が立っていた。
 彼女は飛んできたようだ。いつもは生えていない翼が背中から生えていた。そしてその翼で、アリストリアを庇っている。

「⋯⋯イア・スカーレット」

「⋯⋯⋯⋯」

 そこから先のことは、よく覚えていない。
 致命傷と恐怖、イアが来てくれたことによる安堵で、記憶が曖昧になってしまった。
 でも覚えていることは一つ。
 後にも先にも、イアの拘束が全て解除されたのはあの時だけだったことだ。

「──アリス」

 瞑っていた目を開ける。
 疲れて昼寝し過ぎたようだ。昔のことを夢として見ていた。
 昼は散々な目に遭った。あの後、アリストリアたちは数時間掛けて屋敷に直帰した。
 現在時刻は20:40である。

「どうしたの、イア。夜食? お腹空いた?」

 一人の少女が横になるには広すぎるベッド。部屋の中は真っ暗であるが、隣にいる従者の顔くらいは見ることができた。
 アリストリアは寝間着の袖を二の腕まで捲る。傷跡は飲み方が良いのか全く無いが、もう幾度もイアには血を吸わせている。

「血飲みたいわけじゃないけど⋯⋯GMCから連絡。至急学園都市まで来いだってさ」

「⋯⋯昨日の今日でも一日は空いてるわよ」

「ええ、そうね。⋯⋯アリス、それでどうする?」

「いいよ。イア、行ってきなさい。学園都市と財団に恩を売っておいて損はないわ。私も遅れて向かうから」

「⋯⋯⋯⋯アリスは来ないほうがいい、かも」

 イアは片目を閉じながらそう言った。彼女がそうしている時は、吸血鬼の目で使い魔と視覚を共有している時だ。学園都市に自らの使い魔を置いてきたのだろうか。
 それで何を見たかはアリストリアには分からないが、一級魔術師相当のライセンスを持つアリストリアに来ないほうがいいというくらいには混沌としているらしい。

「⋯⋯そう。じゃあ⋯⋯イア、私の許可無しで拘束を解いてもいいよ」

「⋯⋯? ここには私たちしか⋯⋯」

「ふふ、癖になったんだ⋯⋯と言いたいけど、あるでしょ? いついかなる時でも、私の許可が必要な拘束」

「⋯⋯あー、あったね。成程。アリス⋯⋯マスターは私に見敵必殺サーチ&デストロイをお望みってわけね」 

 アリストリアは封印術式を全て解く。これで、あとはイアが開放された力を覚醒させるだけで、彼女はその全力を発揮することができる。
 普段の任務であればGMCから始末書の提出を求められる判断だろうが、今回の事件においてはその限りではない。

「目的は学園都市に蔓延る不届者の魔詛使、超能力者を打倒すること。手段は問わない。準備はあなたに一任する。頼んだよ、私の騎士マイ・ナイト

 イアは部屋の窓の扉を少しだけ開く。振り返り、

完全試合パーフェクト・ゲームで終わらせてくるよ、我が主マイ・マスター

 イアの姿が真っ黒なシルエットとなり、端から風に吹かれた砂山のように零れていく。
 しかし消えているわけではない。砂粒は蝙蝠の形をしたシルエットに変化していき、何匹ものそれらが、窓から外へ飛び出していった。
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