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第68話 合流
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20:45。
ミナはあの魔族を撃退した後、リエサと合流し、人命救助に可能な限り努めていた。
しかし、状況は最悪だ。
結界内は非常に暗い。月明かりがないからだ。
そこで火などの光源を灯すと、大抵、そういう光源はすぐさま消える。魔族にとっては餌が自己をアピールしているようなものだからだ。
「⋯⋯死者が増えてる。臭いが⋯⋯」
超能力者は基礎的な身体機能が上昇している。
これには目の機能も含まれている。高位の能力者なら完全に光がないような暗闇でもない限り、目が見えなくなることはない。
リエサ、ミナは今の状況下でも、薄暗い程度には周囲を見渡すことができた。
それはつまり、その悲惨な都市の状態を確認できるというわけだ。
地震でも起きたみたいに家屋が崩れている。ダンプカーが突っ込んで、一階部分が抉れたようなビルがある。
コンクリートの地面には赤い墨汁で出鱈目に字を書いたような痕があり、街頭の先端には肉塊が連なっている。
花壇を覗く気にはなれない。路地裏に行く気にはなれない。だからといって、大通りがいつもどおり何もないわけではないのだが、おそらくその辺りはより酷いだろう。
「⋯⋯ミナ?」
隣で歩いていたミナの様子がおかしい。リエサは何となくそう思い、彼女の名を呼んだ。
「え? どうしたの、リエサ?」
「いや、何でもないけど⋯⋯」
反応が少し遅かった。心ここにあらず、といった雰囲気だ。疲れているのだろう。こんな悲惨な状況。掻っ開かれた、引き裂かれた、抉られた、切断された、溶かされた死体をいくつも見てきた。
精神的な負担は、この前高校生になったばかりの少女にはあまりに重かった。
(私も何度か吐きそうになったけど⋯⋯多分ミナは⋯⋯)
リエサはミナを連れて近くの比較的綺麗な状態の建物に入った。どうやら個人経営の飲食店らしく、店内には片付けられていない冷めたご飯がそのままだ。
「ミナ、少し休憩しよう」
「⋯⋯大丈夫よ。⋯⋯うん」
「じゃあ私が大丈夫じゃない。疲れたから半時間くらい休む」
「⋯⋯わかった」
使われていなかったテーブル席に座り、休憩する。十分ほどの間、無言が続いた。
でも、突然、ミナが「ありがとう」と言った。
「⋯⋯リエサ、わたし、何もできなかった」
「⋯⋯うん」
「人を助けるヒーローになりたいなんて言っといて、いざこんな状況になったら、なんにもできなかった」
声が少しだけ震えている。
「助けられなかった。行った頃には遅かった。母親が子供を庇ったまま死んでいた。それで化物はいなくなった」
「⋯⋯⋯⋯うん」
「わたしの力なんて、本当に無力なんだなって思った。魔力が使えるのに、あの魔族には一切通じてなかった。逃げなきゃ殺されてたのはわたしだった」
声が震えている。
「⋯⋯あはは。⋯⋯ごめん」
「いいよ。どうせそんなことだろうって思ってた」
リエサは立ち上がり、寝転がったミナの横に座り込む。
「先言っとくけど、慰めるつもりないから。だからこれだけ言っとく。ミナ、一人で抱え込まないで」
声の震えは一切ない。
「確かにミナは弱い。魔族一匹殺せない。撃退っても、殺さなきゃまた被害が拡大する。対処療法以下だよ。今こうして休んでいる間にも殺されている人がいるかもしれない」
ミナは歯を噛みしめる。
「でもね、それはミナだけのせいじゃない。私だってそうだ。逃げるしかできなかった。⋯⋯だから、ミナに全部任せるつもりなんてない。全責任をあんたに負わせるつもりは毛頭ない。その半分、私が負ってやるからさ、そんなに自分を責めないでよ」
「⋯⋯ふふ。そう。そうね。うん、⋯⋯よし、リエサ、良いアイデアが思いついたんだ」
ミナは勢い良く飛び起きた。
既にその顔に憂いはない。あるのは自信と決意に満ちた表情だけだ。
「そう来なくちゃ。手伝ったげるよ」
休憩は終えた。二人は建物を飛び出し、周辺で最も高い所に登る。その際に建物内を探索したが、無人だったことを確認した。
その屋上にて。
──暗闇の中で光はよく目立つ。そしてその光に魔族は寄ってくる。だから、光はつけないほうが良い。
「っ!」
ミナは上空まで星屑を飛ばす。直後、煌煌と、花火みたいな爆発が生じた。一瞬だけではなく、しばらく。時間にして一分ほど爆発し続けた。
それは十分なほどの光と音で魔族にアピールしただろう。すぐに、ヤツらの押し寄せる音がした。
「引っかかった⋯⋯!」
化物共が押し寄せる。間違いなく、ミナとリエサでは対応できないくらいだ。しかし、それが狙いだ。つまり問題ない。
ビルに魔族が侵入する。すぐさまミナの居る屋上までやってくるだろう。
だが──瞬間、ビルが凍る。全体が一瞬とはいえ絶対零度の低温空間となった。
魔族に超能力による氷結は通用しない。魔族が魔術以外の方法で凍ることはない。
しかし、生成された氷が魔族の体を覆い、それらは動けなくなった。
「⋯⋯ふう⋯⋯上手くいった」
リエサは自身の凍結を解除する。以前よりも早く、負担も軽くなっている。これならあと何棟か凍りつかせても余裕がありそうだ。
その足で屋上まで行き、ミナに気になったことを言う。
「魔族はどこから来ていた?」
「あっち」
ミナが指をさした方向は、結界内の中心──ミース学園の方だった。
全ての魔族がそちらから来たわけではないが、大多数はそうだった。
「完全に無作為、ってわけじゃないみたいね。⋯⋯調べる価値はありそう」
「じゃあ次は学校?」
「いいや、まずは戦力を探さないと。私たち二人だけじゃ辛いと思う」
おそらく魔術師たちがこの騒動を察知し、救助に来るはずだ。
もしくは結界内で誰かと合流するか。宛があるとすればイーライだろう。
「でもミース学園の方には向かう」
「と、いうと?」
「餌のない所に捕食者は集まらないでしょ?」
ミナとリエサは手を繋ぎ、そのままビル屋上から飛び降りる。着地のためにミナは能力で減速しつつ、落下の衝撃を相殺した。
問題なく着地する。
そして目的地に向かって歩き出した。その時だ。
「⋯⋯おい! 星華、月宮!」
遠くから二人を呼ぶ男の声がした。その方向を見ると、そこには黒いコートを着た男──イーライが立っていた。
「あ、先生!」
二人は駆け寄る。
「無事だったか」
「はい。先生こそどうしてここに?」
「あれだけ派手に爆破、凍りつかせておいて言うか? そんなことができるのは君たち二人ぐらいだろう、とな」
どうもあの作戦は魔族だけでなく、人の注意も引いたようだ。想定外の収穫を得た。
「とにかく、話は走りながらだ。知っての通りここは危険だ。近くに避難所がある。そこに行くぞ」
「分かりました」
ミナ、リエサはイーライについていきつつ、自分たちの考えや魔族についてを話した。
「⋯⋯魔族、か」
イーライ曰く、避難所には百人にも満たない程度しか避難できていないらしい。周辺にいたS.S.R.F.隊員や動くことができる超能力者たちが外で生存者の救助活動に勤しんでいるが、成果はあまりないらしい。
対して魔族の数は多い。中心に行けば行くほどその傾向は強いとのこと。
21:20。
情報を共有していると、避難所に到着した。
そこはミース学園自治区内を担当する中央南方都市庁舎だ。
白い外壁の巨大なL字型の建物である。外から見ると、全ての窓に内側から板が貼り付けられているのが確認できた。
「⋯⋯⋯⋯」
内部のエントランスホールには大量の負傷者が集められていた。医療従事者等が彼らの手当をしているが、まるで人手が足りない。見捨てられた人も居る。そういう人は得てして四肢がなくなったりしていた。
酷い状況には変わりない。
「⋯⋯あ、ミナ、リエサ! 良かった⋯⋯生きてた!」
イーライに付いてきて入った部屋には、ヒナタが居た。彼女は二人の生存を喜びつつも、パソコンを触り続けていた。
ヒナタだけではない。レオン、アルゼス、そしてアレンも居た。
「みんな⋯⋯どうしてここに⋯⋯?」
メディエイトはミース学園自治区外にあるはずだ。合流はできないものだと思っていたミナたちは、驚いた。
「自分とこの従業員が危険な目に遭ってるのに、事務所で居てられないからな。そしたら全員付いてきてたんだ。とりあえず、二人とも無事でよかった」
「アレンさんと一緒だ。⋯⋯この前の借りはここで返させてもらう」
「なんかやべぇことが起きてるって聞いて、ぶっ飛んで来たんだぜ」
これだけ居れば戦力は十分か。
リエサはメディエイトの面々に、ミース学園が怪しいこと、そこであればこの騒動の原因と止める方法が見つけられるかもしれないことを伝えた。
「分かった。協力しよう⋯⋯と言いたいが⋯⋯」
アレンはヒナタの方に目をやる。
そういえば、先程からずっとヒナタはパソコンと睨み合ってキーボードを叩いている。ここは電気とインターネットが遮断されたはずだが、一体何をしているのか。
「ヒナタは能力の『情報掌握』で電子機器の復旧をやっているんだが、どうもあの⋯⋯結界の解析が進まないようだ」
「あの結界は魔術関連ですからね。そもそも魔術を知らないと、いくらヒナタの能力でも厳しいものがあるでしょう」
「いやそれが意外といけそうなんです。あれ⋯⋯結界って言うんです? その結界自体の破壊は無理でも、通信を通すことはできそう⋯⋯というかもうできます。⋯⋯できました」
リエサがスマホを見ると、通信が復旧していることを確認した。まさかできるとは思っていなかったため、驚きを隠せなかった。
「嘘ぉ⋯⋯ホントにできた⋯⋯」
「結界を直接見て触ったことができたのが大きかったですね。じゃなきゃ能力で解析もできなかったです⋯⋯が、同時にこれ以上はできないですね。根本からして仕組みが違う。わたしの知識じゃ下手げに触れません」
結界術の構造を一種のプログラムであると仮定し、超能力を通じてパソコンを接続。からのハッキングという中々に強引な方法ではあるが、これで通信環境の復旧は完了した。
ただ、通信環境の妨害はヒナタの専門分野に近いコードであったが、その他は全く理解できないものだった。全く言語からして異なるようなものであったのだ。
「いいや、それで十分。外に中の状況を伝えられるだけでもいい。とにかく救助要請を学園都市に伝えないと」
「もうやりました。一時間後には来ているでしょう」
仕事はもう済ませてあるようだ。
「じゃあヒナタ、ミース学園付近の監視カメラとかって見れる?」
リエサの問いに対して、ヒナタは「勿論です」とだけ答えて、そのハッキングを開始しようとした。数秒もあれば終わる作業だったが、それよりも先に、ヒナタのパソコンに連絡があった。
「ん? メール? ⋯⋯ちょっとこっち先に見ますね」
送り元は学園都市。内容は以下の通り。
『ミース学園に近づかないように。また、安全なところで救助が来るまで待機すること。絶対に外には出ないこと』
内容自体は当たり前のことだ。しかし、どうもリエサは違和感を覚えた。特に、ミース学園に近づくな、という文言。安全なところで待機しろ、と言うだけで良いのに、なぜそこを強調する必要があるのか。
「⋯⋯これはどういう──」
──その瞬間、建物を揺らすような地響きがした。
「⋯⋯っ!? 何これっ!?」
そしてミナが突然叫んだ。リエサも、何か、背中がゾワゾワするような感覚がした。
まさか。
「ミナ⋯⋯」
「もしかしてリエサも⋯⋯?」
「どうしたんだ二人とも? 確かにすげぇ地響きだったが⋯⋯?」
「⋯⋯魔力を感じた」
「魔力⋯⋯?」
一瞬、尋常ではない魔力を感じた。あの地響きと同じタイミングで。
問題はその魔力が、ミナは元より、まだまだ疎いはずのリエサにさえ感じられるほど強大であったということ。
方向で言えば、ミース学園だ。
「⋯⋯何が起きてるの」
ミナたちは都市庁舎の屋上に出て、地響きの方を見る。
「────」
「──嘘、でしょ」
およそ半径にして二百メートル。その全てが崩壊し、更地になっていることが遠目に見てもわかった。
ミース学園自体は健在だが、そこの周辺一帯が消し飛んでいたのだ。
結界が展開され、住民が閉じ込められてから1:30が経過し、現在時刻は21:30。
──事態は最悪の方向へと進み出していることを、ミナたちはすぐに知ることになる。
ミナはあの魔族を撃退した後、リエサと合流し、人命救助に可能な限り努めていた。
しかし、状況は最悪だ。
結界内は非常に暗い。月明かりがないからだ。
そこで火などの光源を灯すと、大抵、そういう光源はすぐさま消える。魔族にとっては餌が自己をアピールしているようなものだからだ。
「⋯⋯死者が増えてる。臭いが⋯⋯」
超能力者は基礎的な身体機能が上昇している。
これには目の機能も含まれている。高位の能力者なら完全に光がないような暗闇でもない限り、目が見えなくなることはない。
リエサ、ミナは今の状況下でも、薄暗い程度には周囲を見渡すことができた。
それはつまり、その悲惨な都市の状態を確認できるというわけだ。
地震でも起きたみたいに家屋が崩れている。ダンプカーが突っ込んで、一階部分が抉れたようなビルがある。
コンクリートの地面には赤い墨汁で出鱈目に字を書いたような痕があり、街頭の先端には肉塊が連なっている。
花壇を覗く気にはなれない。路地裏に行く気にはなれない。だからといって、大通りがいつもどおり何もないわけではないのだが、おそらくその辺りはより酷いだろう。
「⋯⋯ミナ?」
隣で歩いていたミナの様子がおかしい。リエサは何となくそう思い、彼女の名を呼んだ。
「え? どうしたの、リエサ?」
「いや、何でもないけど⋯⋯」
反応が少し遅かった。心ここにあらず、といった雰囲気だ。疲れているのだろう。こんな悲惨な状況。掻っ開かれた、引き裂かれた、抉られた、切断された、溶かされた死体をいくつも見てきた。
精神的な負担は、この前高校生になったばかりの少女にはあまりに重かった。
(私も何度か吐きそうになったけど⋯⋯多分ミナは⋯⋯)
リエサはミナを連れて近くの比較的綺麗な状態の建物に入った。どうやら個人経営の飲食店らしく、店内には片付けられていない冷めたご飯がそのままだ。
「ミナ、少し休憩しよう」
「⋯⋯大丈夫よ。⋯⋯うん」
「じゃあ私が大丈夫じゃない。疲れたから半時間くらい休む」
「⋯⋯わかった」
使われていなかったテーブル席に座り、休憩する。十分ほどの間、無言が続いた。
でも、突然、ミナが「ありがとう」と言った。
「⋯⋯リエサ、わたし、何もできなかった」
「⋯⋯うん」
「人を助けるヒーローになりたいなんて言っといて、いざこんな状況になったら、なんにもできなかった」
声が少しだけ震えている。
「助けられなかった。行った頃には遅かった。母親が子供を庇ったまま死んでいた。それで化物はいなくなった」
「⋯⋯⋯⋯うん」
「わたしの力なんて、本当に無力なんだなって思った。魔力が使えるのに、あの魔族には一切通じてなかった。逃げなきゃ殺されてたのはわたしだった」
声が震えている。
「⋯⋯あはは。⋯⋯ごめん」
「いいよ。どうせそんなことだろうって思ってた」
リエサは立ち上がり、寝転がったミナの横に座り込む。
「先言っとくけど、慰めるつもりないから。だからこれだけ言っとく。ミナ、一人で抱え込まないで」
声の震えは一切ない。
「確かにミナは弱い。魔族一匹殺せない。撃退っても、殺さなきゃまた被害が拡大する。対処療法以下だよ。今こうして休んでいる間にも殺されている人がいるかもしれない」
ミナは歯を噛みしめる。
「でもね、それはミナだけのせいじゃない。私だってそうだ。逃げるしかできなかった。⋯⋯だから、ミナに全部任せるつもりなんてない。全責任をあんたに負わせるつもりは毛頭ない。その半分、私が負ってやるからさ、そんなに自分を責めないでよ」
「⋯⋯ふふ。そう。そうね。うん、⋯⋯よし、リエサ、良いアイデアが思いついたんだ」
ミナは勢い良く飛び起きた。
既にその顔に憂いはない。あるのは自信と決意に満ちた表情だけだ。
「そう来なくちゃ。手伝ったげるよ」
休憩は終えた。二人は建物を飛び出し、周辺で最も高い所に登る。その際に建物内を探索したが、無人だったことを確認した。
その屋上にて。
──暗闇の中で光はよく目立つ。そしてその光に魔族は寄ってくる。だから、光はつけないほうが良い。
「っ!」
ミナは上空まで星屑を飛ばす。直後、煌煌と、花火みたいな爆発が生じた。一瞬だけではなく、しばらく。時間にして一分ほど爆発し続けた。
それは十分なほどの光と音で魔族にアピールしただろう。すぐに、ヤツらの押し寄せる音がした。
「引っかかった⋯⋯!」
化物共が押し寄せる。間違いなく、ミナとリエサでは対応できないくらいだ。しかし、それが狙いだ。つまり問題ない。
ビルに魔族が侵入する。すぐさまミナの居る屋上までやってくるだろう。
だが──瞬間、ビルが凍る。全体が一瞬とはいえ絶対零度の低温空間となった。
魔族に超能力による氷結は通用しない。魔族が魔術以外の方法で凍ることはない。
しかし、生成された氷が魔族の体を覆い、それらは動けなくなった。
「⋯⋯ふう⋯⋯上手くいった」
リエサは自身の凍結を解除する。以前よりも早く、負担も軽くなっている。これならあと何棟か凍りつかせても余裕がありそうだ。
その足で屋上まで行き、ミナに気になったことを言う。
「魔族はどこから来ていた?」
「あっち」
ミナが指をさした方向は、結界内の中心──ミース学園の方だった。
全ての魔族がそちらから来たわけではないが、大多数はそうだった。
「完全に無作為、ってわけじゃないみたいね。⋯⋯調べる価値はありそう」
「じゃあ次は学校?」
「いいや、まずは戦力を探さないと。私たち二人だけじゃ辛いと思う」
おそらく魔術師たちがこの騒動を察知し、救助に来るはずだ。
もしくは結界内で誰かと合流するか。宛があるとすればイーライだろう。
「でもミース学園の方には向かう」
「と、いうと?」
「餌のない所に捕食者は集まらないでしょ?」
ミナとリエサは手を繋ぎ、そのままビル屋上から飛び降りる。着地のためにミナは能力で減速しつつ、落下の衝撃を相殺した。
問題なく着地する。
そして目的地に向かって歩き出した。その時だ。
「⋯⋯おい! 星華、月宮!」
遠くから二人を呼ぶ男の声がした。その方向を見ると、そこには黒いコートを着た男──イーライが立っていた。
「あ、先生!」
二人は駆け寄る。
「無事だったか」
「はい。先生こそどうしてここに?」
「あれだけ派手に爆破、凍りつかせておいて言うか? そんなことができるのは君たち二人ぐらいだろう、とな」
どうもあの作戦は魔族だけでなく、人の注意も引いたようだ。想定外の収穫を得た。
「とにかく、話は走りながらだ。知っての通りここは危険だ。近くに避難所がある。そこに行くぞ」
「分かりました」
ミナ、リエサはイーライについていきつつ、自分たちの考えや魔族についてを話した。
「⋯⋯魔族、か」
イーライ曰く、避難所には百人にも満たない程度しか避難できていないらしい。周辺にいたS.S.R.F.隊員や動くことができる超能力者たちが外で生存者の救助活動に勤しんでいるが、成果はあまりないらしい。
対して魔族の数は多い。中心に行けば行くほどその傾向は強いとのこと。
21:20。
情報を共有していると、避難所に到着した。
そこはミース学園自治区内を担当する中央南方都市庁舎だ。
白い外壁の巨大なL字型の建物である。外から見ると、全ての窓に内側から板が貼り付けられているのが確認できた。
「⋯⋯⋯⋯」
内部のエントランスホールには大量の負傷者が集められていた。医療従事者等が彼らの手当をしているが、まるで人手が足りない。見捨てられた人も居る。そういう人は得てして四肢がなくなったりしていた。
酷い状況には変わりない。
「⋯⋯あ、ミナ、リエサ! 良かった⋯⋯生きてた!」
イーライに付いてきて入った部屋には、ヒナタが居た。彼女は二人の生存を喜びつつも、パソコンを触り続けていた。
ヒナタだけではない。レオン、アルゼス、そしてアレンも居た。
「みんな⋯⋯どうしてここに⋯⋯?」
メディエイトはミース学園自治区外にあるはずだ。合流はできないものだと思っていたミナたちは、驚いた。
「自分とこの従業員が危険な目に遭ってるのに、事務所で居てられないからな。そしたら全員付いてきてたんだ。とりあえず、二人とも無事でよかった」
「アレンさんと一緒だ。⋯⋯この前の借りはここで返させてもらう」
「なんかやべぇことが起きてるって聞いて、ぶっ飛んで来たんだぜ」
これだけ居れば戦力は十分か。
リエサはメディエイトの面々に、ミース学園が怪しいこと、そこであればこの騒動の原因と止める方法が見つけられるかもしれないことを伝えた。
「分かった。協力しよう⋯⋯と言いたいが⋯⋯」
アレンはヒナタの方に目をやる。
そういえば、先程からずっとヒナタはパソコンと睨み合ってキーボードを叩いている。ここは電気とインターネットが遮断されたはずだが、一体何をしているのか。
「ヒナタは能力の『情報掌握』で電子機器の復旧をやっているんだが、どうもあの⋯⋯結界の解析が進まないようだ」
「あの結界は魔術関連ですからね。そもそも魔術を知らないと、いくらヒナタの能力でも厳しいものがあるでしょう」
「いやそれが意外といけそうなんです。あれ⋯⋯結界って言うんです? その結界自体の破壊は無理でも、通信を通すことはできそう⋯⋯というかもうできます。⋯⋯できました」
リエサがスマホを見ると、通信が復旧していることを確認した。まさかできるとは思っていなかったため、驚きを隠せなかった。
「嘘ぉ⋯⋯ホントにできた⋯⋯」
「結界を直接見て触ったことができたのが大きかったですね。じゃなきゃ能力で解析もできなかったです⋯⋯が、同時にこれ以上はできないですね。根本からして仕組みが違う。わたしの知識じゃ下手げに触れません」
結界術の構造を一種のプログラムであると仮定し、超能力を通じてパソコンを接続。からのハッキングという中々に強引な方法ではあるが、これで通信環境の復旧は完了した。
ただ、通信環境の妨害はヒナタの専門分野に近いコードであったが、その他は全く理解できないものだった。全く言語からして異なるようなものであったのだ。
「いいや、それで十分。外に中の状況を伝えられるだけでもいい。とにかく救助要請を学園都市に伝えないと」
「もうやりました。一時間後には来ているでしょう」
仕事はもう済ませてあるようだ。
「じゃあヒナタ、ミース学園付近の監視カメラとかって見れる?」
リエサの問いに対して、ヒナタは「勿論です」とだけ答えて、そのハッキングを開始しようとした。数秒もあれば終わる作業だったが、それよりも先に、ヒナタのパソコンに連絡があった。
「ん? メール? ⋯⋯ちょっとこっち先に見ますね」
送り元は学園都市。内容は以下の通り。
『ミース学園に近づかないように。また、安全なところで救助が来るまで待機すること。絶対に外には出ないこと』
内容自体は当たり前のことだ。しかし、どうもリエサは違和感を覚えた。特に、ミース学園に近づくな、という文言。安全なところで待機しろ、と言うだけで良いのに、なぜそこを強調する必要があるのか。
「⋯⋯これはどういう──」
──その瞬間、建物を揺らすような地響きがした。
「⋯⋯っ!? 何これっ!?」
そしてミナが突然叫んだ。リエサも、何か、背中がゾワゾワするような感覚がした。
まさか。
「ミナ⋯⋯」
「もしかしてリエサも⋯⋯?」
「どうしたんだ二人とも? 確かにすげぇ地響きだったが⋯⋯?」
「⋯⋯魔力を感じた」
「魔力⋯⋯?」
一瞬、尋常ではない魔力を感じた。あの地響きと同じタイミングで。
問題はその魔力が、ミナは元より、まだまだ疎いはずのリエサにさえ感じられるほど強大であったということ。
方向で言えば、ミース学園だ。
「⋯⋯何が起きてるの」
ミナたちは都市庁舎の屋上に出て、地響きの方を見る。
「────」
「──嘘、でしょ」
およそ半径にして二百メートル。その全てが崩壊し、更地になっていることが遠目に見てもわかった。
ミース学園自体は健在だが、そこの周辺一帯が消し飛んでいたのだ。
結界が展開され、住民が閉じ込められてから1:30が経過し、現在時刻は21:30。
──事態は最悪の方向へと進み出していることを、ミナたちはすぐに知ることになる。
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