Reセカイ

月乃彰

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第69話 会敵

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 ミース学園自治区外、西方、結界の外側。
 21:03、イア・スカーレット、現着。

「⋯⋯入れるみたいね」

 イアが結界内への侵入を開始する。
 直後──彼女は、テレポートしたことを理解した。
 転移先は結界内中心、ミース学園の下に通じる地下鉄の線路内。
 真っ暗闇だったが、イアの目には昼間と変わらない明るさだ。

「⋯⋯なるほど。罠に嵌められたみたい。そして、それは私専用。じゃなきゃ通じないもの」

 イアは眼前、四体の魔族を見て、口元に微かな笑みを浮かべる。

「ねぇ、魔族共」

 近年、と言っても数百年だが、魔族は人の形をしていることが多い。
 その理由は一つ。人間は人間を殺すことに忌避感を覚えることが多いからだ。だから、食人種である魔族は人間を模倣する。
 しかし、だからといって魔族とは擬態しなければ食人もできない弱い種というわけではない。
 魔族とは人を食らう化物であり、そして、魔術にその生涯を捧げ高めようとする生粋の魔術師でもある。
 故に、長く生きる魔族ほど高位の魔術が使うことができる。
 それが特級魔族。魔族の中でも最高位の存在だ。

「⋯⋯さて、面倒だ。こういうのはさっさと終わらせるに限る」

 イアは右手を前に出し、術陣を展開。そして詠唱を行う。

「──『十二の死槍』、心核結界──」

 イアは心核結界を展開し、四体の推定特級魔族を一網打尽にしようとした。だがその時だった。
 突然、人々が現れる。人々は魔族たちの周りに集まった。
 彼らは恐怖の表情を浮かべているが、体は何ともない。いや、動かされているのだ。肉体の自由を奪われているのだ。
 イアは心核結界の展開を中断した。

「できない、でしょう。あなたの心核結界に巻き込まれれば、この人間たちは死ぬのですから」

 黒い外套を纏った人形はおそらく男型の魔族。
 綺麗めな緑を基調とした暗めの服装をした白髪の美青年の姿をした魔族。
 白いブラウスに黒のショートパンツを穿いた紫髪の少女型の魔族。
 人間的な魅力に溢れた顔と体つきをした、黒シャツのスーツを着ている赤髪の女型の魔族。
 赤髪の魔族は口を開いた。その声には、どこか惹かれるものがあった。

「さて、自己紹介といきましょう。私はノイ。この女の子がレグで、白髪の青年がラウ。そこの外套のヒトがサエ、と言います。ところであなたは──」

「五月蝿い。魔族の名前なんぞどうでもいい」

「そうですか? ヒトは初対面の相手には自己紹介なるものをすると、学んだのですが⋯⋯」

 ノイは本当に疑問に思っている、と言った風に喋っている。それは嘘であるはずだ。意味なんて考えていないはずだ。
 魔族は食人種であり、人間種とは精神構造からして異なる。
 それは半吸血鬼であるイアとも違う。イアは半分が人間だし、もう半分だって完全な化物の魔族とは違うのだ。

「黙っていろ」

「あははー! ノイ、コイツもうさっさと殺しちゃおうよ! さっきから話が通じなぁいからさぁ!」

 レグの声には魔族らしい感情があったが、人間らしい感情は一切なかった。

「それもそうですね。じゃあレグ、一番はあなたにあげましょう」

「わぁい!」

 特級魔族、レグ。魔族としては若いが、素質からしてただの魔族とは別物。
 並の一級魔術師では目で追うことができないスピード。瞬く間にイアの背後を取り、彼女の首を手で引き千切ろうとした。
 だが、ノールックでその手は掴まれ、引き寄せられたかと思えば次の瞬間、レグの頭は吹き飛んでいた。イアが殴ったから、そうなったのだ。
 肉体を魔力により構成している魔族は、身体の損傷は簡単に修復することができる。しかし、頭部や心臓といった重要な器官を破壊されると修復は不可能。つまりは即死する。

「⋯⋯⋯⋯?」

 違和感を覚えたイアは後に飛ぶ。すると、頭が潰れたまま、レグは立ち上がった。
 時間が経過すると共にレグの頭は元に戻っていった。

「いったいなぁー! もう怒ったから!」

 レグは線路内を三次元的に飛び回る。素早い。音なんて疾うに置き去りにしていて、残像がいくつもあった。
 イアから見て右脇。レグが突っ込んでくる。イアは問題なく対応し、拳を振り下ろした。しかしレグは避ける。
 背後。刀のようなグロテスクな武器を持ったサエが斬りかかってきていた。
 イアは一目もせず、爪で刀の連撃を全て弾き、蹴りを叩き込む。そして距離を取る。

「────」

 ノイは指先をイアに向けていた。彼女は「ばん」と言うと、イアに対して超高密度の魔力の塊が放たれた。
 イアは素手で弾いたが、その手は大怪我を負った。

「⋯⋯ほう。中々やるじゃあない」

 傷は瞬く間に治った。吸血鬼特有の再生能力だ。

「余裕だね」

 イアの上に無数の武器が生成されていた。それらは火や雷、風などを纏っていた。
 射出した音はまるで爆発音。銃弾を超える速度だっただろう。
 しかしそこにイアは居ない。

「そりゃあそうだ」

 武器を生成したのはラウだ。彼の真横にイアはいつの間にか移動していた。
 そのまま顔面を掴み、壁に叩きつけた。
 壁には亀裂が入り、ラウの顔面は叩き割れたろう。血飛沫が飛び散るが、それで魔族が死ぬことはない。
 レグ、サエがイアに飛び掛るが、不可視の衝撃が生じて二人は吹き飛ぶ。どころか、地面に押し付けられた。まるで重力操作を受けたかのようだ。

「魔圧⋯⋯」

 サエはこれがただの魔圧であることを理解した。
 物理的に影響を及ぼす魔圧でさえ常識外。どころか特級魔族を押さえつけるほどともなれば、規格外中の規格外だ。

「固有魔力を使わず、単純な魔力強化と魔圧のみでこれほどまで、とは。⋯⋯最強の魔術師と言われるだけはありますね」

「まさかとは思うけど、諦めたわけじゃあないよね?」

 イアはラウをボロ雑巾みたいに投げ捨て、ノイの方を振り返る。

「夜はまだまだこれから。さあ掛かってこいよ」

 イアの目が紅く光る。影が蠢く。
 ノイは指先を向け、魔力弾を放つ。放った頃には遅かった。イアは既に、ノイとは背中合わせの状態にあった。
 右の裏拳一発。ノイの全身が弾ける。

「⋯⋯ん? よっわ。まるで人間並みの耐久度」

 魔圧から解き放たれたサエが、地面のノイだった血肉を踏みながらイアに斬りかかる。やはり爪で、しかも片手で、残像を作るほどの速度の連撃を的確に全て弾く。
 レグがそこに加わる。が、使う腕が片手から両手に変わるだけだ。レグの拳を全て受け流す。

「はははははは。驚いた」

 イアは腕を一薙した。それだけで真空が作られ、サエとレグの胴体に深い引っ掻き傷が付けられた。
 血がドバドバと流れる。

「驚いた⋯⋯?」

 何にイアは驚いたというのか。まず間違いなく、特級魔族たちの強さに、ではないことは確定的に明らかだ。
 ならばその逆だろう。

「この程度の奴四匹でこの私の相手をできる思ったお前たちの頭の出来に、驚いたと言ったんだ。分かる?」

 イアの周りを囲むように無数の武器が造られた。全て一級魔道武具は下らない代物だった。

「僕たちを舐めるなっ!」

 ラウの全力の魔力を込めた魔術。武器で対象を突き刺した後、その魔道武具の魔力を暴走させ爆発させる、二段構えの攻撃魔術だ。
 いくら特級魔術師と言えど、まともに食らえば死ぬ。間違いはない。

「舐めるなという方が難しいとは思わない? この実力差でさ」

 だが目の前にいるのは最強例外の魔術師だ。
 魔圧で武器は叩き落とされ、魔力爆発も掻き消されたのである。

(とは言うけど、厄介だ。人質を殺さず⋯⋯つまり魔術を使わずコイツらを仕留めるのはなかなかどうして骨が折れる)

 個々の能力と言うより、連携力と人質の有無がイアから決定打を取り上げていた。
 それが魔族たちの狙いであることも理解している。それを知ってるから、魔族たちは深追いして来ない。
 これ以上時間をかけることは、少なくとも良い判断ではないだろう。

(ごめん。全員は救えない。⋯⋯でも必ずコイツらを仕留める)

 何か嫌な予感がする。いや、違う。魔族たちの目的がおそらく時間稼ぎである以上、文字通り時は金だ。
 奴らは何かを狙っている。だから、ここで終わらせなければいけない。

「お遊びはもう終わりだ」

「⋯⋯そう、ですか」

 ノイは人質を操り、イアに襲い掛からせた。人質の価値がなくなったことを肌で理解したのだろう。
 しかしただの人間がイアの足を止められるはずはなかった。
 イアは一気に距離を詰め、四体の魔族の背後に回る。しかし振り返りはしない。そのままでいい。

「『十二の死槍。六十の呪縛』、心核結界〈壊れた幻想ブロークン・レヴァリエ〉」

 それは一瞬であった。一瞬であったが、効果は絶大であった。
 イアの心核結界〈壊れた幻想ブロークン・レヴァリエ〉の効力は、対象の時間を消し去ることによる存在の否定だ。
 しかしそれはある程度──時間にして数秒程度、結界内に封じ込めた場合の効果である。
 例えば一秒未満、心核結界に引き込んだだけでは効果は十全に発揮されない。その結果は、対象の記憶の喪失や肉体時間の巻き戻しなどに留まるだろう。

「強すぎる力というものは、時に扱いづらいと感じる時がある。それが今だ」

 巻き込まれた一般人のうち、二十代程度の人間は赤子になった。人によってはそのうち死ぬだろう状態だ。無事な人も記憶が飛んだりして数週間は意識を取り戻さないだろう。
 魔族には人間ほどの影響はなかったが、それでも数分間程度は巻き戻しを原因とする意識の喪失に見舞われていた。
 心核結界を展開したことによる魔力回路の麻痺こそあれど、問題はない。
 彼らの不死性がなんであれ、意識喪失状態で機能するとは思えない。首を飛ばし、粉砕し、心臓も穿けば流石に死ぬだろう。
 イアは魔族たちを殺そうとした。
 その時だった。
 パチパチ、という拍手する音が線路の奥から聞こえてきた。

「一般人の命を救えないと判断し、即座に心核結界を展開したことは間違っていない判断だ。⋯⋯でも悪手だったね。伏兵を考えて、魔力回路の麻痺は避けるべきだろう? 最強の魔術師、イア・スカーレット」

 細身であるが、体幹はしっかりしている。焦げ茶色の長髪、長身の男だ。ただのシャツに黒ズボン。その上に白いコートを羽織っている。
 その姿に見覚えはない。だが、

「⋯⋯お前を殺した記憶があるが、これは思い違いか?」

「酷いじゃないか。私は君という怨敵を今日までずっと想ってきたというのに。君は私の存在を記憶違いで済まそうというのかい?」

 彼の魔力を、イアは知っている。二年前、イアが特級魔術師になった年、その理由となった戦争でも彼は裏で糸を引いていて、その時に殺したはずだ。
 否、イアは彼を殺している。そう断言できる。その上で彼は生き残っている、ただそれだけの問題だ。

「答えろ。お前は何者だ?」

「今の私の名はマリオ。マリオ・ロンバルディ。君にはギーレ、と名乗ったほうがいいかな? どちらでも好きな方で呼ぶといい。所詮は無数にある名の一つでしかない」

 ギーレ。この騒動に手を貸した魔族の名であり、かつて何度もGMCを敵に回し、大量の死傷者を生み出した最悪の魔詛使いでもある。

「そうか。どうでもいい。ならばもう一度殺すだけ」

「おお、怖い怖い。でもそれはできないよ。私が一度殺された相手の前に、無策にも現れるとでも?」

 ギーレの右側の空間に亀裂が入る。亀裂は一瞬で広がり、中から化物が現れた。
 白い人形。全長はおよそ三メートル。頭部に目らしきものはなく、歯茎が丸出しで、恐竜のような歯並び。常に不気味な笑顔を浮かべている。
 その両手には二メートルはあるだろう大剣が握られている。持ち手には柄はなく、代わりに包帯が巻かれているだけだった。

「特級魔獣、『グラディウス』。私が使役する魔獣、魔族、全ての中で最強の存在だ」

「成程。それで私を殺そうってわけだ。⋯⋯だがやはりお前は馬鹿だ。なにせ、私の前に現れた」

 ──瞬間、イアはギーレの目の前で、グラディウスの大剣にその体を貫かれていた。

「おお、本当に怖いな。⋯⋯しかしだね。先も言ったろう? この私が、一度殺された相手の目の前に、無策にも姿を見せるのか、と」

「かはっ⋯⋯」

 グラディウスはもう一方の大剣でイアの首を撥ねる。
 最強の魔術師はこれにて討ち取った──はずはない。
 イアの体は影となり、蠢き、グラディウスの頭頂部付近で再び実体を得た。
 グラディウスは大剣を振り払うが、イアはそれを受け止めて奪い、投げ捨てつつグラディウスの頭に踵落としを食らわせた。勿論、頭蓋骨は粉砕した。
 しかしグラディウスは頭部の損傷を気にもせず、イアを掴み、線路内からホームに向かって投擲した。
 イアはホームのコンビニに突っ込んだ。

「⋯⋯くく。はは。アハハハ。いい駒を用意してくれたじゃあないか、ギーレ。全く⋯⋯愉快だ」

 イアの顔は不愉快に満ちている。
 ギーレは芋虫のような魔獣の体内から、剣を取り出す。何かの骨で造られたそれは特級魔道武具『断骨』。剣の形をしているが刃はない。しかし、モノが斬れない鈍らではない。

「教えてあげよう。本当のラスボスってやつを」
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