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鬼っ娘チャコちゃん

チャコちゃんと責任

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チャコのじゃぶじゃぶ課金事件が発覚した翌日。

俺は朝イチで銀行に突っ走り、クレカの引き落とし口座から預金を全額引き出してきた。

支払いをバックレる為だ。

商取引と言う奴は商品と金銭の授受が完了して初めて契約が成立する。
この契約が成立した後に、返金なり返品なりを要求すると、契約を白紙に戻す作業が加わるのでとたんに面倒な話になる。

支払いを拒否すれば、購入の契約は結ばれていない状態、あるいは保留の状態なので、内容に異議ありとして抵抗の余地が残されているのだ。

これは俺が若い頃、詐欺紛いな情報商材を購入して支払いを請求された際に、消費者センターへ相談した時に言われた事だ。
分割払いの1回目引き落としが迫っている事を知るや、センターのお姉ちゃんは「すぐさまATMに突っ走って、全額預金を引き出して引き落としを阻止してください!」との指示をくれ、すったもんだの手続きの末、結果として俺は1円も払う事なく詐欺被害をスルーできたと言うワケだ。

今回の件は詐欺でもなんでもないが、金銭授受を完了させず、契約を結ばないという意味では同じだ。

まぁ、結局払わないワケにはいかないんだが、いかんせん、今回の話は1発目の引き落としでゲームオーバーなので、まずは生き抜く為と割り切り、ギリギリまで抵抗してみようと思う。

その銀行の帰り道、スーパーに寄って米と醤油を買い帰宅。それらを使って事件後初の昼食となった。

これからやってくる請求は最早節約などではどうにもならないが、預金を全額引き出した所で手持ちはたかがしれている。
ここ数年、基本給以外の収入が無い我が家では貯蓄自体がほとんどなく、毎月ギリギリだったのだ。

今後どうなるのかわからない以上、出費を抑えるのは必須行為だ。

なので今日から三食醤油ご飯。

白飯に醤油をかけただけのシンプルな飯だ! 生卵すら入ってないその簡単さは男の中の男料理と言えよう!!

「おい、ゲリドバ。醤油取ってくれ」

そんな悲しみに満ちた、醤油入れと白飯しかない無残な食卓を4人で囲む中、対面に座るチャコへと醤油を請求。

「・・・・おらよ」

ゲリドバ呼ばわりされたのが気に入らないのか、半目でズーンとした不満顔のまま醤油入れの小瓶を渡してくるチャコ。

「ばかやろー! 醤油様に触るんぢゃねぇ!! 4時間ゲリドバが移るだろうが!!」

「自分で寄越せって言っときながら理不尽過ぎるだろ!! てか移らねぇし移せねぇよ!!」

リリィにぞうきん汁をしこたま流し込まれたチャコは、あの後、案の定シリマッカツノツキゲリドバへと進化して、上でおえ~とやりつつ下からもドバっとやる形で4時間も便所に引き篭もった。

種明かしをすれば、リリィの作ったぞうきん汁は、調味料やらなにやらを混ぜ合わせてそれっぽく作っただけの無害な汁だったので、クソ不味いものの成分的にはなんの問題もない物だったのだが、ホントにぞうきん汁を飲まされたと思ったチャコは、思い込みだけでダメプラシーボ効果を発動させゲリドバおえ~となってしまい、便所から出てきた時には憔悴しきっていた。

そんな残念ぶりはネタとして十分なので、種は明かさずしばらく弄る事にした。

「はいはい。ゲリドバはみんなそう言うんだよ。むしろそう発言するからこそゲリドバなんだよ。己の様な口から雑巾臭のする奴はもう許可なく発言するの禁止な」

「ぐぬぬぬ、ふぁい!!」

納得いかねーぞ!ごるぁ!と今にも言い出しそうだったが、許可を得ていない発言は禁止されたばかりなので、ぐぬ顔で挙手し即座に発言の許可を求めるチャコ。
ソレに対してどうぞと言わんばかりのジェスチャーで先を促す俺。

「整理現象に対して難癖つけるのはイジメだと思うんですがー!」

「このやろー! 誰もしゃべって良いとは言ってねぇだろうが!! 雑巾ビームを撒き散らすんぢゃねぇ!」

「ふざけんなよ!コンチクショウ!!(泣) てか臭くないよ!! 口臭くないよ!! ビームも出てないよ!! ちゃんと消毒薬飲んだもん! 台所の塩素ガブ飲みしたもん!!」

俺の狙い済ましたネタ理不尽に半泣きで異を唱えるチャコ。いや、うん?? 塩素を・・・飲んだ・・・だと?

「おい、お前、今なんつった?」

あまりに突飛な発言だ。俺の聞き間違いかもしれない。
んが、ちらりと他の二人を見れば、俺とチャコのやりとりをくすくす笑って見ていたミントとリリィも真顔で青ざめている。

確かに台所には高濃度の業務用塩素を常備してある。消毒薬はブリーダーなら必ず持って居なくてはならない必須アイテムの一つだ。

それをガブ飲み・・・だと? 再確認必死!

だって言うのに、プイっと横をつん向いて黙り込む鬼娘。

「おーい。チャコちゃ~ん。もう一回さっきのお話聞かせてくださいな~」

努めて猫なで声で語りかけてみるが、

「しゃべると怒られるので、だんまりの助」

と、大変ご立腹な様子。

どうやら理不尽アタックをし過ぎてご機嫌斜めになってしまったらしい。

そんな矢先、

「ぬあー!大変ですご主人様ー!!この間仕入れたばかりの塩素!半分近くなくなってます!!」

台所からリリィの叫び声が上がった。

俺がチャコと問答している内に、リリィは塩素が置いてある台所へと走りその残量を確認したようだ。

「うっは!! まじかー!!」

その叫びを聞いた俺は、とっさにチャコの顎を掴み、口が半開きになった所へガッと手を突っ込んで開口させ、無理矢理気味に口内の臭いを嗅いでみたのだが・・・・。

「くっさ!! 塩素くさ!!」

口内および喉奥から漂ってくるのはドギツイ塩素臭。最早疑う余地はない。コイツ冗談抜きで飲みやがったな!!

「へっへー、だから言ったろう? 雑巾臭くはないって・・・ちゃんと、消毒・・・できてるだろ?・・・な?・・・・はぁ、はぁ、はぁ」

そう自慢気に言うものの、表情はすごぶる暗いし息も荒い! これズーンとした不満顔じゃなくて、もーんとした調子の悪い顔だ!!

「このばかったれー!! 直ぐに医者んトコ行くぞー!」

仮にリリィが飲ませたぞうきん汁が本物だったとしても、悪食な鬼属なら胃腸はかなり丈夫なので大した実害はないんだが(気分は別として)
数倍に薄めて使う高濃度塩素を原液のまま大量にガブ飲みは流石にやばい!

消化器官への物理的ダメージや、体内に吸収されてしまった時の健康被害は想像も付かない。

チャコの表情やぐったり感からも、やばそうな雰囲気が溢れまくっていたので、俺は奴を小脇に抱えてダッシュで最寄の動物病院へと向かった。

こいつの場合、身体的にはほぼ人間なのだが、見た目ではなく「モン娘」と言うカテゴリに分類されてしまう以上、人間の病院では診てくれない。
なので、専門医か動物病院で診て貰うしかないのだが、専門医はほとんどの場合自分では開業しておらず、大御所ブリーダーや政府の管轄下で働くお抱え医師となるので、緊急の場合は動物病院一択だ。

正直、動物専門の病院へとモン娘を連れて行くのは初めてで不安だったんだが、昨今では夜のペット屋で販売している様な家庭用モン娘もチラホラと存在するので、現場ではモン娘が運ばれて来るのも珍しい事ではなくなっているらしい。
拒否られる事も視野に入れていたが、わりと普通に応対された。

とは言え、医者からは塩素ガブ飲みして運ばれてきた患者なんて、モン娘どころか犬猫でも聞いた事ないと言われてしまったが。

事の経緯を医者に端折って説明した所「小さなお子さんに冗談は通じないので気をつけてください!」と説教されてしまった。

いや、まぁ、確かに普通の子供ならその通りなんだろうが、チャコの場合、人間換算にしたらとっくに成人している年齢なんだが・・・。

との反論が喉元まで出かかったが、結局、俺の管理不行き届き&対応ミスと言う事実に変わりは無いので飲み込んだ。

色々と処置をしてもらったおかげか、はたまた鬼属生来の生き汚さ故か、焦らされた割りには大事に至らず、夕方にはチャコの具合も良くなり、今現在、問題児はケロリとしていた。

んが、治療費で結構なマネーが吹き飛んでしまい、いよいよ持って我が家は危険な経済状況へと踏み込んでしまった。

モン娘の治療費は保険が適用されないので、飼い主が全額負担することになる。ペットだって専用の保険があるのになぁ。

「と、まぁ、そんなワケなので、各人無駄な出費は控える様に! 特にチャコ! てめぇはもうなにもすんな!! スマホ弄るのも禁止! ゲームも禁止!! もう全部禁止!! いいな!!」

夕食前、リビングに3匹揃っていたので今後の出費に対して各人に釘を刺しておいた。我が家を危機的経済状況に追い込んだ張本人に対しては当然キツめに。

「いえっさー」

「かしこまりました」

「なになー! 横暴だろー!! ゲームはあたしのライフワークなんだぞー!」

白いのと緑の奴は従順だったが、黒い奴は問題児だけあって反抗的だ。
いや、他の二匹も一癖も二癖もある問題児であることに変わりはないが。

反抗的なチビスケの意見はシカトするとして、今後どうすればこの状況を打破できるのか? それはやっぱりブリーダーの本懐である繁殖に成功するしかない!

「さて、危機的」

ドスドス!

「状況なのは」

ドスドスドス!ビターン!

「お察しの通りなので」

ドスドス!ドスドス!

「ミント君」

ドスドス!ドスドス!ビターン!ビターン!

「♂と一発やってくださいませんかね? エロ本読んでる暇があるなら」

例によって、手持ちの中で繁殖に期待が持てるのはミントだけなので、白羽の矢を立てるのは必然的にこのアバズレ淫魔となる。

ソファーに寝そべってエロ本(人間男性向け)を見ていたミントは、そんな俺の発言に対して露骨に目を反らし、チャコに至っては話すら聞いておらず、さっきから俺の尻へとドスドス執拗にパンチを繰り返し、要所要所でビターンと張り手を入れたりしている。

そのパンチのおかげで俺の身体が揺れ、声も割れてしまってるが、イチイチ反応していては話が進まないので、俺も意地になってシカトを続ける事にした。

そっぽ向いたミントに近づき、その顔を覗き込む様にして再び、

「♂と一発やってくれませんかねぇ? エロ本読んでる暇があるなら」

と、皮肉たっぷりに同じ台詞を繰り返してみた所、

「お、お姉ちゃんがしでかしたのだから、お姉ちゃんが責任とるべきだと思います!」

そんな風にちょっとビビリながら意見具申。

「ああん? あたしがなんだってぇ?」

小声だったとは言え、現在進行形で俺の尻を攻撃しているチャコは身近にいるので当然奴の耳にも入る。

ゲームを禁止され、イライラMAXなチャコはミントの提案に過剰反応だ。

邪魔臭いので足であっち行けよとばかりに押し退けたのだが、再び近寄っては執拗に尻を攻撃してくる。

まるで怒られる寸前まで飼い主にじゃれ付く犬だ。そろそろしっちかるべきだろうか?

「お姉ちゃんが♂とニャンニャンしてくればいいのさー!」

今やらなきゃやらされる!とばかりに決心したのか、ソファーの上で立ち上がり、荒ぶる鷹のポーズで威嚇しながら叫ぶミント。

姉への恐怖より♂とやる嫌悪感の方が勝った様だ。

「なんだとこのやろー! それはエロス担当のお前の仕事だろー!」

対して犯人はお前だーとばかりにミントを指差して反論するチャコ。おかげで執拗な俺の尻への攻撃もストップした。
いや、お前の仕事でもあるんだがな。気性難と無駄スペックのおかげで相手が見つからないだけで。

そんなこんなで、「なによー!」「なんだとー!」と義妹と義姉で取っ組み合いの喧嘩が始まったのだが、ロクな抵抗もできず鳩尾一発で「うーぷっす」と謎発言を残しあっさりミントはKOされた。

「ふん!雑魚が!エロス担当がヒロイン担当のあたしに勝てるはずないだろー! なーはっはっは! は?」

よだれを垂らしながら白目を向いてピクピクと痙攣する妹分を見下し、意気揚々と高らかにふんぞり返って勝利に酔うチャコだったが、ふいに後ろから来たリリィに首からプレートをかけられ高笑いは中断された。

プレートには「私はご主人様のお金で課金しまくった悪い鬼です。責任とってなんでもします。豚とお呼びください」と大きく書かれている。

「んん~?? なになに~? なんなのこのプレート? なんなのぉ~おティヌちゃん??」

困惑気味にリリィへと確認を求めるチャコ。

「ヒロインの証です」

「え? おっきくなんかそれっぽくない事が書いてあるんですが?」

「証です。さっき私が適当にばばっと作成した由緒ある証です」

「いやいや、適当って言ってるぢゃん!! 由緒もへったくれもないぢゃん! こんなもん今すぐ外してやるぜー!」

「許可無く外したら、ぞうきん汁EXを胃袋にぶちこみますよ?」

「え、えええ、なにそれぇ~こえぇぞうきん汁はこえぇぇよぉ、なんだよEXって、あれのパワーアップ版かよぉぉ」

ぞうきん汁が本物の雑巾汁だと思ってるチャコは、EX表現にガクガク震えながら驚愕している。

「チャコさんには責任とって稼いでもらいます。でもブリーダーさんの評判はすごぶる悪いのでそっち方面には期待できません。なのでなんでも屋としてこき使おうと思うのですが、いかがでしょう?」

笑顔で俺に確認を求めるリリィ。その笑顔は俺もちょっと怖かったし別に反論する必要もなかったので、サムズアップしつつ「OKだ!」と言ってしまった。

まぁ、食っちゃ寝しているだけのチャコになにができるのか甚だ疑問だったが、せっかく話が纏まったので突っ込まない事にした。
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