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みかん星人

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【第38話】世界の命運分かれる日

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 さらに日は経ち、夜になった。
 格安ホテルの201号室に潜伏するプラムとアローは、部屋の灯りを消して静かに過ごしていた。時間はすでに23時を過ぎている。
 『はばたき』の打ち上げまで、残り20時間を切っている。明日に控えた作戦・・・プラムはベッドに寝そべり、アローはデスクチェアに座るかたちで、最後の段取りをしていた。

「明日、もし身バレして捕まりそうになったら・・・」

「そンときゃ突っ込む。とにかく防災ベルを押すのが最優先だ」

「そうね。ランエボは?」

「壊したくないから待機させときたい」

「じゃあ、歩いて行くの?」

「そうしたい」

「そ。分かったわ」

 デスクチェアの背もたれに寄りかかるアローは、ライティングデスクに置いてある銃を手に取った。

「あたしたち、明日で死ぬかもね」

「いっつもそうだろ」

 部屋の照明を消しているから、よく見えない。だが、簡潔に答えたプラムが、いつものように眠たそうな顔をしていることは、アローにはよく分かった。手に持った銃の輪郭を撫でるように指でなぞりながら、少し昔を思い出す。

「ねえ」

「ん?」

 暗闇の中、プラムはベッドに横になったまま、アローの方に視線を移した。

「あんたと初めて会った時のこと、覚えてる?」

「あ? あぁ、なんとなく」

「あの時のプラムって、闇の深そうな顔してたわよね~」

「そうか? 今と変わんない気がするけど」

「ンなわけないじゃな~い。負のオーラ全開だったんだからねアンタ」

「そうだったっけ」

「そうよ~」

「ソレ、お前があたしにしつこく質問してきたからじゃね? 趣味だの恋人だの好きな食べ物だの。あン時からうるさかったもんなぁ、アローは」

「失礼ね~。仲良くなろうとしてただけじゃない」


 ・・・。


「そうだな──」

 しんと静かな部屋の中、しっとりとした時間が流れていく。

「アローがうるさかったお陰で、ちょっとはあたしも元気になったかもな」

「そう言ってくれると嬉しいわね~」

「んじゃ、あたし寝るわ。2時間後起こして」

「はーい」









 日が昇った。明るくなった空。時間は午前7時。人工衛星『はばたき』の打ち上げまで、残り数時間。
 軽食を済ませたプラムとアローは、いつもと変わらぬ調子で身支度を進めていた。テレビをつけると、どこぞのテレビ局が『はばたき』の打ち上げをライブ放送している。

「ついに今日ね。いや~、緊張するなー」

「そうか?」

「だって、今日死ぬかも知んないのよ~?」

「まぁな」

「ねぇ、プラム」

「ん?」

 靴紐を結んでいたプラムは、アローの顔を見上げた。

「この前さ、アンタ、過去の経歴昔のことを語り合うのは死に際だって言ってたんじゃん?」

「言ったっけ」

「言ったわよ~」

「そうか」

「いま、言わない?」

「はぁ? なんで」

「だって今日死ぬかもじゃん」

「え~」

「なによ。嫌なの?」

「んー。イヤってわけじゃないけど」

「じゃー言おうよ~。お互い秘密にしときゃベル姉にもバレないわよ」

「そうさなぁ」






 ・・・。





 プラムがおもむろにベットから起き上がった。アローも、デスクチェアから静かに立ち上がる。ふたりともガンホルスターから銃を取り出し、入り口のドアに鋭い視線を向ける。

「・・・ひとりか」

「そうね」

 スライドを静かに引き、入り口のドアに向けて銃口を向ける。ドア1枚を隔てた廊下から漂う、ただならぬ気配。銃を構えたまま、ふたりは慎重にドアに近づく。






 ・・・・・・・・・。


 ・・・・・。


 ・・・。






 ・・・・・・・!!

 途端にアローに飛びかかるプラム。

「ゥグッ!」

 そのまま床に倒れ込むと同時に、軽機関銃マシンガンのおびただしい銃撃がドアを穴だらけにした。
 プラムの下敷きになったアロー。彼女の背中に熱を感じる。手にベタリとした感覚。見えなくても分かる。血だ。背中に銃弾が掠ったのか、プラムは苦悶の表情を浮かべている。
 鳴り響くマシンガンの銃撃音の中、プラムとアローは匍匐ほふく前進でベッドの陰まで後退。横殴りの雨のように降り注ぐ銃弾から身を守りつつ、反撃の機会をうかがう。

「クソッ! 派手な奴め!」

「アタシたちも似たようなことしてたわよ!」

 その時、嵐のように猛威を奮っていた銃撃がピタリと止んだ。

「・・・?」

「止んだ・・・」

 すると、穴だらけになったドアから、石ころのような物がヒョイと投げ込まれ、ふたりの足元まで転がってきた。

「ヤバッ!」

 脊髄反射並の素早さで、ふたりは背後の窓ガラスに体当たりを敢行。粉々に砕け散るガラスと共に2階からダイブ。同時に凄まじい爆発が201号室を襲い、粉々に破られた窓の枠から爆煙が舞い上がった。
 2階から飛び降りたプラムとアローは、そのまま地面に着地し、降り注ぐガラスの破片から頭を守る。

「くそ! 誰だ?!」

「分っかんないわよ!」

「とにかくランエボに乗るんだ!」

 走り出すふたり。少しいけば、ランエボを停めてある駐車場がある。ふたりが駐車場に差し掛かった時、背後で強い着地音が聞こえた。
 プラムとアローは走るのを辞めて振り返った。そこには、真っ黒なコートに身を包んだ不気味な男が。両手には黒い手袋。つまみ帽を被っていて、目元が見えづらい。口元には中年男性を思わせる皺があり、口は円の上半分を描くように下に下がって、硬く結ばれている。
 プラムがすかさず発砲。しかし、分かっていたかのように男はこれを回避。駐車車両の陰に隠れてしまった。

 速い・・・!

 再び、男が車から姿を現した。アローが銃を連射するも、あまりの速さに掠りすらしない。男は、事もなげに車から別の車へと走り移動していった。
 プラムとアロー、両者の背中に悪寒が走る。慌てるように、車の影に向かって走り出した。

 その瞬間だった──。
 走り出したプラムの左肩に、熱い激痛が走った。

「ギッ・・・!」

「プラム!」

 左肩から吹き出す血しぶき。撃たれたと理解するのに、そう時間はかからなかった。倒れ込むように車の陰に隠れたプラムは、左肩から流れ出す血を右手で強く抑えつけた。
 
「大丈夫?!」

「ち、く、しょぉおお・・・!」

 体中から汗が吹き出る。真っ赤に染まる右手。左肩を中心に、ひどい痛みがプラムを襲う。アローは銃を構え直し、男が隠れている車に向かって銃を構えた。

「挨拶も無しに失礼ね!」

 構わず発砲。当たる当たらないに限らず、一発お見舞いした。男が車の陰から出てくる気配はない。

「立てる?」

「よ、よゆーだ・・・!」

「そうこなくっちゃ!」

 アローは男がいる場所から視線を切らさず、プラムに肩を貸して立ち上がった。

「いい? あたしが合図したらランエボまで走って」

「お前は・・・?」

「あたしが敵を引き寄せる・・・!」



《皆さんが見ているのは人工衛星『はばたき』です。本日ここ、種子島宇宙センターから打ち上げられます。打ち上げ時刻は、午前9時ごろを予定しております》

《ライブ中継をご覧の皆様、おはようございます。前回の打ち上げからおよそ2年という月日が流れました。今回、人工衛星『はばたき』打ち上げの様子を、生配信でお届けします》

 テレビ、動画アプリ、ラジオ・・・多岐にわたる媒体で、宇宙センターの様子がライブ中継されている。

「宇宙センター広報担当の山田です。よろしくお願いします」

「技術解説員、エンジニアの川畑です。よろしくお願いします」

「川畑さん。前回の打ち上げから2年が経過していますね。前回の打ち上げは成功という形で終わりましたね」

「はい。やはり日本の技術を世界に示すことができたことは嬉しいです。前回打ち上げられた人工衛星も、多難ではありましたが課されたミッションを完遂してくれました。この勢いで『はばたき』もぜひミッションを遂行してほしいです」

 その頃、種子島某所に潜伏するベルたちは焦りの表情を見せていた。

「定刻まであと30分です」 

「プラムとアローは?」

「確認できていません」

「何してるのよあのふたりは・・・!」

 細く丸い腕時計を確認するベル。人工衛星『はばたき』の打ち上げ時刻まで、残り数時間。
 種子島某所に潜伏する実行部隊はすでに準備を完了しており、いつでも宇宙センターに突撃できる状態になっていた。
 あとは、プラムとアローが防災ベルを鳴らすのを待つのみ。ちょうど今頃、宇宙センターとその付近は観光客で盛り上がっている。予想される混乱に乗じて、一気に作戦を遂行する。それが、ベルの描く理想図だ。

 作戦では、プラムとアローはすでに宇宙センターに潜伏していなければならない時間だ。しかし、監視員からの情報によると、ふたりは潜入していないどころか、未だに連絡さえつかない様子。ベルの胸に、いやなざわつきが襲いかかる。

「・・・何が起きてもおかしくないわ。全員、今すぐ行ける準備をしなさい」



 謎の男の急襲により、肩に被弾したプラム。
 負傷した彼女に肩を貸しつつ立ち上がったアローは、男が隠れている駐車車両の方を向いた。
 車の陰から男が出てくる様子はない。こちらの動きを読んでいるようだ。

「あたしがアイツを食い止める。その間にプラムはランエボに行って」

「ハァ・・・ハァッ・・・ど、どうする気だよ」

「あんたが防災ベルを押しに行くのよ」

「グッ・・・バカ言う・・・な。お、お前ひとりで倒せる相手かよ」

 アローはプラムの方を向くことなく、男のいる方から視線を切らさずに、スーツの懐から手榴弾を取り出した。

「それでもやるしかないのよ。いつもそうでしょ」

「・・・分かった」

 肩からは滲み出る赤黒い血が、黒いスーツに沁みていく。弾丸が掠った背中も嫌に痛む。呼吸も荒い。プラムは意を決し、ポケットからランエボのキーを取り出した。

「3つ数えたら走って」

 敵の方を注意深く見つめたまま言うアローに、プラムは静かに頷いた。

「3、2・・・」

 アローが、手榴弾のピンを抜いた。すかさず、男が身を守る車の下に投げつけ、滑り込ませる。

「・・・1!」

 同時に車の壁から飛び出したアロー。男がいる車にめがけて銃を連射する。直後、プラムは意を決して駆け出した。
 爆発。吹き飛ぶ車。爆炎が飛び散る。向かい側の駐車車両に向かって走るアロー。

「・・・ッ?!」

 刹那、意識もしていなかった方向から、男が飛び込んできた。

 どこから・・・?!

 思考と共に迫り来るナイフ。咄嗟に回避。避け切れない。

「イッ・・・!!」

 右の上腕を深く切り裂かれた。すかさず、袖に仕込んでいたナイフを滑り出させて振りかざす。ヒラリと避ける男。すかさず銃を向ける。そこに、すでに男の姿はない。

 はやッ・・・イ!!!

 左腹部に衝撃と激痛。強烈な蹴り。吹き飛ぶ身体。銃が手から離れ、地面に転がり落ちた。

「グッ・・・おぇ・・・」

 あまりの痛みにうずくまる。男は、アローが落とした銃を拾い上げた。革のブーツの音が近づいてくる。ナイフを投げつけるも、簡単に避けられてしまった。

 くそ・・・!

 やっとの思いで後ずさるアロー。男は容赦しなかった。アローの元まで歩み寄ると、彼女の腹に長い足を放り込んだ。

「グォエッ・・・!」

 口から血を吐き出してしまった。地面に、ビシャリと血が飛び散る。さらにもうひと蹴り。おもちゃのように蹴り飛ばされるアロー。
 何度蹴られたか分からない。身体中を痛めつけられ満身創痍となったアローは、その痛みにもはや意識を保つことさえ困難だった。

「グッ・・・」

 そんな彼女の首を鷲掴みにし、無理やり身体を起こさせる男。細身な体からは想像もつかない怪力。立ち上がる体力さえ残っていないアローは、男にされるがまま。片手で首を掴まれたまま、背後にあるコンクリートの壁に叩きつけられた。

 目と目が合う。
 アローの朦朧とした瞳。絞められる首。苦しくなる呼吸の中、必死に男を睨みつける。男の目。光が宿っていない。死んだ魚のような目。冷徹な目。

「もうひとりはどこに行った」

 口を開いた男。アローの首を掴む手を、さらに強めていく。

「ううぅ・・・!」

 徐々に顎が上がっていく。呼吸ができない。凄まじい握力。しかしアローは、男に向かって強気に笑みを浮かべるだけだった。

「・・・」

 男の膝がアローの腹にめり込んだ。

「ゥグゥッ!」

 鈍い音。肋骨が折れたか。もはや痛みさえ分からない。口から大量の血が吹き出す。それでも男は、アローの首を掴む手を緩めない。もう片方の手に持っていた銃を、アローのこめかみに突きつけた。先ほど、アローが地面に落としてしまった銃だ。

「もうひとりはどこだ」

 なおも冷酷な声。口周りが血だらけになったアローは、弱々しく笑みを浮かべたまま。
 男はそれでも表情を変えない。アローの首を片手で掴んだまま、彼女のこめかみに銃をさらに食い込ませた。

「言え」

「そ、の銃は・・・もう、弾切れ・・・よ・・・ッ!」

 男は視線を銃に移した。

 ・・・。

 銃を投げ捨て、懐からピストルを取り出すと、再びアローのこめかみに突きつける。

「言え。あとひとりはどこだ」

「・・・ヘッ・・・・・・!」

 弱々しく笑うアロー。男は、アローの首を握りつぶす勢いで、全力で握りしめた。

「ううぅううう・・・ッッ!」

「これが最後だ。言え」

 男の吹雪のような冷たい声。アローは血が滲む唇でニッと笑うと、口に溜まった血を男めがけて吐き出した。赤い飛沫しぶきが飛び散る。

「・・・」

 顔面がアローの血に塗れた男。ニヤリと、弱々しく笑い続けるアロー。

 カチリ・・・撃鉄を起こす音が、駐車場で静かに溶けていった。

 男はひと言、言い放った。

「死ね」
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