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【第38話】世界の命運分かれる日
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さらに日は経ち、夜になった。
格安ホテルの201号室に潜伏するプラムとアローは、部屋の灯りを消して静かに過ごしていた。時間はすでに23時を過ぎている。
『はばたき』の打ち上げまで、残り20時間を切っている。明日に控えた作戦・・・プラムはベッドに寝そべり、アローはデスクチェアに座るかたちで、最後の段取りをしていた。
「明日、もし身バレして捕まりそうになったら・・・」
「そンときゃ突っ込む。とにかく防災ベルを押すのが最優先だ」
「そうね。ランエボは?」
「壊したくないから待機させときたい」
「じゃあ、歩いて行くの?」
「そうしたい」
「そ。分かったわ」
デスクチェアの背もたれに寄りかかるアローは、ライティングデスクに置いてある銃を手に取った。
「あたしたち、明日で死ぬかもね」
「いっつもそうだろ」
部屋の照明を消しているから、よく見えない。だが、簡潔に答えたプラムが、いつものように眠たそうな顔をしていることは、アローにはよく分かった。手に持った銃の輪郭を撫でるように指でなぞりながら、少し昔を思い出す。
「ねえ」
「ん?」
暗闇の中、プラムはベッドに横になったまま、アローの方に視線を移した。
「あんたと初めて会った時のこと、覚えてる?」
「あ? あぁ、なんとなく」
「あの時のプラムって、闇の深そうな顔してたわよね~」
「そうか? 今と変わんない気がするけど」
「ンなわけないじゃな~い。負のオーラ全開だったんだからねアンタ」
「そうだったっけ」
「そうよ~」
「ソレ、お前があたしにしつこく質問してきたからじゃね? 趣味だの恋人だの好きな食べ物だの。あン時からうるさかったもんなぁ、アローは」
「失礼ね~。仲良くなろうとしてただけじゃない」
・・・。
「そうだな──」
しんと静かな部屋の中、しっとりとした時間が流れていく。
「アローがうるさかったお陰で、ちょっとはあたしも元気になったかもな」
「そう言ってくれると嬉しいわね~」
「んじゃ、あたし寝るわ。2時間後起こして」
「はーい」
日が昇った。明るくなった空。時間は午前7時。人工衛星『はばたき』の打ち上げまで、残り数時間。
軽食を済ませたプラムとアローは、いつもと変わらぬ調子で身支度を進めていた。テレビをつけると、どこぞのテレビ局が『はばたき』の打ち上げをライブ放送している。
「ついに今日ね。いや~、緊張するなー」
「そうか?」
「だって、今日死ぬかも知んないのよ~?」
「まぁな」
「ねぇ、プラム」
「ん?」
靴紐を結んでいたプラムは、アローの顔を見上げた。
「この前さ、アンタ、過去の経歴を語り合うのは死に際だって言ってたんじゃん?」
「言ったっけ」
「言ったわよ~」
「そうか」
「いま、言わない?」
「はぁ? なんで」
「だって今日死ぬかもじゃん」
「え~」
「なによ。嫌なの?」
「んー。イヤってわけじゃないけど」
「じゃー言おうよ~。お互い秘密にしときゃベル姉にもバレないわよ」
「そうさなぁ」
・・・。
プラムが徐にベットから起き上がった。アローも、デスクチェアから静かに立ち上がる。ふたりともガンホルスターから銃を取り出し、入り口のドアに鋭い視線を向ける。
「・・・ひとりか」
「そうね」
スライドを静かに引き、入り口のドアに向けて銃口を向ける。ドア1枚を隔てた廊下から漂う、ただならぬ気配。銃を構えたまま、ふたりは慎重にドアに近づく。
・・・・・・・・・。
・・・・・。
・・・。
・・・・・・・!!
途端にアローに飛びかかるプラム。
「ゥグッ!」
そのまま床に倒れ込むと同時に、軽機関銃のおびただしい銃撃がドアを穴だらけにした。
プラムの下敷きになったアロー。彼女の背中に熱を感じる。手にベタリとした感覚。見えなくても分かる。血だ。背中に銃弾が掠ったのか、プラムは苦悶の表情を浮かべている。
鳴り響くマシンガンの銃撃音の中、プラムとアローは匍匐前進でベッドの陰まで後退。横殴りの雨のように降り注ぐ銃弾から身を守りつつ、反撃の機会をうかがう。
「クソッ! 派手な奴め!」
「アタシたちも似たようなことしてたわよ!」
その時、嵐のように猛威を奮っていた銃撃がピタリと止んだ。
「・・・?」
「止んだ・・・」
すると、穴だらけになったドアから、石ころのような物がヒョイと投げ込まれ、ふたりの足元まで転がってきた。
「ヤバッ!」
脊髄反射並の素早さで、ふたりは背後の窓ガラスに体当たりを敢行。粉々に砕け散るガラスと共に2階からダイブ。同時に凄まじい爆発が201号室を襲い、粉々に破られた窓の枠から爆煙が舞い上がった。
2階から飛び降りたプラムとアローは、そのまま地面に着地し、降り注ぐガラスの破片から頭を守る。
「くそ! 誰だ?!」
「分っかんないわよ!」
「とにかくランエボに乗るんだ!」
走り出すふたり。少しいけば、ランエボを停めてある駐車場がある。ふたりが駐車場に差し掛かった時、背後で強い着地音が聞こえた。
プラムとアローは走るのを辞めて振り返った。そこには、真っ黒なコートに身を包んだ不気味な男が。両手には黒い手袋。つまみ帽を被っていて、目元が見えづらい。口元には中年男性を思わせる皺があり、口は円の上半分を描くように下に下がって、硬く結ばれている。
プラムがすかさず発砲。しかし、分かっていたかのように男はこれを回避。駐車車両の陰に隠れてしまった。
速い・・・!
再び、男が車から姿を現した。アローが銃を連射するも、あまりの速さに掠りすらしない。男は、事もなげに車から別の車へと走り移動していった。
プラムとアロー、両者の背中に悪寒が走る。慌てるように、車の影に向かって走り出した。
その瞬間だった──。
走り出したプラムの左肩に、熱い激痛が走った。
「ギッ・・・!」
「プラム!」
左肩から吹き出す血しぶき。撃たれたと理解するのに、そう時間はかからなかった。倒れ込むように車の陰に隠れたプラムは、左肩から流れ出す血を右手で強く抑えつけた。
「大丈夫?!」
「ち、く、しょぉおお・・・!」
体中から汗が吹き出る。真っ赤に染まる右手。左肩を中心に、ひどい痛みがプラムを襲う。アローは銃を構え直し、男が隠れている車に向かって銃を構えた。
「挨拶も無しに失礼ね!」
構わず発砲。当たる当たらないに限らず、一発お見舞いした。男が車の陰から出てくる気配はない。
「立てる?」
「よ、よゆーだ・・・!」
「そうこなくっちゃ!」
アローは男がいる場所から視線を切らさず、プラムに肩を貸して立ち上がった。
「いい? あたしが合図したらランエボまで走って」
「お前は・・・?」
「あたしが敵を引き寄せる・・・!」
《皆さんが見ているのは人工衛星『はばたき』です。本日ここ、種子島宇宙センターから打ち上げられます。打ち上げ時刻は、午前9時ごろを予定しております》
《ライブ中継をご覧の皆様、おはようございます。前回の打ち上げからおよそ2年という月日が流れました。今回、人工衛星『はばたき』打ち上げの様子を、生配信でお届けします》
テレビ、動画アプリ、ラジオ・・・多岐にわたる媒体で、宇宙センターの様子がライブ中継されている。
「宇宙センター広報担当の山田です。よろしくお願いします」
「技術解説員、エンジニアの川畑です。よろしくお願いします」
「川畑さん。前回の打ち上げから2年が経過していますね。前回の打ち上げは成功という形で終わりましたね」
「はい。やはり日本の技術を世界に示すことができたことは嬉しいです。前回打ち上げられた人工衛星も、多難ではありましたが課されたミッションを完遂してくれました。この勢いで『はばたき』もぜひミッションを遂行してほしいです」
その頃、種子島某所に潜伏するベルたちは焦りの表情を見せていた。
「定刻まであと30分です」
「プラムとアローは?」
「確認できていません」
「何してるのよあのふたりは・・・!」
細く丸い腕時計を確認するベル。人工衛星『はばたき』の打ち上げ時刻まで、残り数時間。
種子島某所に潜伏する実行部隊はすでに準備を完了しており、いつでも宇宙センターに突撃できる状態になっていた。
あとは、プラムとアローが防災ベルを鳴らすのを待つのみ。ちょうど今頃、宇宙センターとその付近は観光客で盛り上がっている。予想される混乱に乗じて、一気に作戦を遂行する。それが、ベルの描く理想図だ。
作戦では、プラムとアローはすでに宇宙センターに潜伏していなければならない時間だ。しかし、監視員からの情報によると、ふたりは潜入していないどころか、未だに連絡さえつかない様子。ベルの胸に、いやなざわつきが襲いかかる。
「・・・何が起きてもおかしくないわ。全員、今すぐ行ける準備をしなさい」
謎の男の急襲により、肩に被弾したプラム。
負傷した彼女に肩を貸しつつ立ち上がったアローは、男が隠れている駐車車両の方を向いた。
車の陰から男が出てくる様子はない。こちらの動きを読んでいるようだ。
「あたしがアイツを食い止める。その間にプラムはランエボに行って」
「ハァ・・・ハァッ・・・ど、どうする気だよ」
「あんたが防災ベルを押しに行くのよ」
「グッ・・・バカ言う・・・な。お、お前ひとりで倒せる相手かよ」
アローはプラムの方を向くことなく、男のいる方から視線を切らさずに、スーツの懐から手榴弾を取り出した。
「それでもやるしかないのよ。いつもそうでしょ」
「・・・分かった」
肩からは滲み出る赤黒い血が、黒いスーツに沁みていく。弾丸が掠った背中も嫌に痛む。呼吸も荒い。プラムは意を決し、ポケットからランエボのキーを取り出した。
「3つ数えたら走って」
敵の方を注意深く見つめたまま言うアローに、プラムは静かに頷いた。
「3、2・・・」
アローが、手榴弾のピンを抜いた。すかさず、男が身を守る車の下に投げつけ、滑り込ませる。
「・・・1!」
同時に車の壁から飛び出したアロー。男がいる車にめがけて銃を連射する。直後、プラムは意を決して駆け出した。
爆発。吹き飛ぶ車。爆炎が飛び散る。向かい側の駐車車両に向かって走るアロー。
「・・・ッ?!」
刹那、意識もしていなかった方向から、男が飛び込んできた。
どこから・・・?!
思考と共に迫り来るナイフ。咄嗟に回避。避け切れない。
「イッ・・・!!」
右の上腕を深く切り裂かれた。すかさず、袖に仕込んでいたナイフを滑り出させて振りかざす。ヒラリと避ける男。すかさず銃を向ける。そこに、すでに男の姿はない。
はやッ・・・イ!!!
左腹部に衝撃と激痛。強烈な蹴り。吹き飛ぶ身体。銃が手から離れ、地面に転がり落ちた。
「グッ・・・おぇ・・・」
あまりの痛みにうずくまる。男は、アローが落とした銃を拾い上げた。革のブーツの音が近づいてくる。ナイフを投げつけるも、簡単に避けられてしまった。
くそ・・・!
やっとの思いで後ずさるアロー。男は容赦しなかった。アローの元まで歩み寄ると、彼女の腹に長い足を放り込んだ。
「グォエッ・・・!」
口から血を吐き出してしまった。地面に、ビシャリと血が飛び散る。さらにもうひと蹴り。おもちゃのように蹴り飛ばされるアロー。
何度蹴られたか分からない。身体中を痛めつけられ満身創痍となったアローは、その痛みにもはや意識を保つことさえ困難だった。
「グッ・・・」
そんな彼女の首を鷲掴みにし、無理やり身体を起こさせる男。細身な体からは想像もつかない怪力。立ち上がる体力さえ残っていないアローは、男にされるがまま。片手で首を掴まれたまま、背後にあるコンクリートの壁に叩きつけられた。
目と目が合う。
アローの朦朧とした瞳。絞められる首。苦しくなる呼吸の中、必死に男を睨みつける。男の目。光が宿っていない。死んだ魚のような目。冷徹な目。
「もうひとりはどこに行った」
口を開いた男。アローの首を掴む手を、さらに強めていく。
「ううぅ・・・!」
徐々に顎が上がっていく。呼吸ができない。凄まじい握力。しかしアローは、男に向かって強気に笑みを浮かべるだけだった。
「・・・」
男の膝がアローの腹にめり込んだ。
「ゥグゥッ!」
鈍い音。肋骨が折れたか。もはや痛みさえ分からない。口から大量の血が吹き出す。それでも男は、アローの首を掴む手を緩めない。もう片方の手に持っていた銃を、アローのこめかみに突きつけた。先ほど、アローが地面に落としてしまった銃だ。
「もうひとりはどこだ」
なおも冷酷な声。口周りが血だらけになったアローは、弱々しく笑みを浮かべたまま。
男はそれでも表情を変えない。アローの首を片手で掴んだまま、彼女のこめかみに銃をさらに食い込ませた。
「言え」
「そ、の銃は・・・もう、弾切れ・・・よ・・・ッ!」
男は視線を銃に移した。
・・・。
銃を投げ捨て、懐からピストルを取り出すと、再びアローのこめかみに突きつける。
「言え。あとひとりはどこだ」
「・・・ヘッ・・・・・・!」
弱々しく笑うアロー。男は、アローの首を握りつぶす勢いで、全力で握りしめた。
「ううぅううう・・・ッッ!」
「これが最後だ。言え」
男の吹雪のような冷たい声。アローは血が滲む唇でニッと笑うと、口に溜まった血を男めがけて吐き出した。赤い飛沫しぶきが飛び散る。
「・・・」
顔面がアローの血に塗れた男。ニヤリと、弱々しく笑い続けるアロー。
カチリ・・・撃鉄を起こす音が、駐車場で静かに溶けていった。
男はひと言、言い放った。
「死ね」
格安ホテルの201号室に潜伏するプラムとアローは、部屋の灯りを消して静かに過ごしていた。時間はすでに23時を過ぎている。
『はばたき』の打ち上げまで、残り20時間を切っている。明日に控えた作戦・・・プラムはベッドに寝そべり、アローはデスクチェアに座るかたちで、最後の段取りをしていた。
「明日、もし身バレして捕まりそうになったら・・・」
「そンときゃ突っ込む。とにかく防災ベルを押すのが最優先だ」
「そうね。ランエボは?」
「壊したくないから待機させときたい」
「じゃあ、歩いて行くの?」
「そうしたい」
「そ。分かったわ」
デスクチェアの背もたれに寄りかかるアローは、ライティングデスクに置いてある銃を手に取った。
「あたしたち、明日で死ぬかもね」
「いっつもそうだろ」
部屋の照明を消しているから、よく見えない。だが、簡潔に答えたプラムが、いつものように眠たそうな顔をしていることは、アローにはよく分かった。手に持った銃の輪郭を撫でるように指でなぞりながら、少し昔を思い出す。
「ねえ」
「ん?」
暗闇の中、プラムはベッドに横になったまま、アローの方に視線を移した。
「あんたと初めて会った時のこと、覚えてる?」
「あ? あぁ、なんとなく」
「あの時のプラムって、闇の深そうな顔してたわよね~」
「そうか? 今と変わんない気がするけど」
「ンなわけないじゃな~い。負のオーラ全開だったんだからねアンタ」
「そうだったっけ」
「そうよ~」
「ソレ、お前があたしにしつこく質問してきたからじゃね? 趣味だの恋人だの好きな食べ物だの。あン時からうるさかったもんなぁ、アローは」
「失礼ね~。仲良くなろうとしてただけじゃない」
・・・。
「そうだな──」
しんと静かな部屋の中、しっとりとした時間が流れていく。
「アローがうるさかったお陰で、ちょっとはあたしも元気になったかもな」
「そう言ってくれると嬉しいわね~」
「んじゃ、あたし寝るわ。2時間後起こして」
「はーい」
日が昇った。明るくなった空。時間は午前7時。人工衛星『はばたき』の打ち上げまで、残り数時間。
軽食を済ませたプラムとアローは、いつもと変わらぬ調子で身支度を進めていた。テレビをつけると、どこぞのテレビ局が『はばたき』の打ち上げをライブ放送している。
「ついに今日ね。いや~、緊張するなー」
「そうか?」
「だって、今日死ぬかも知んないのよ~?」
「まぁな」
「ねぇ、プラム」
「ん?」
靴紐を結んでいたプラムは、アローの顔を見上げた。
「この前さ、アンタ、過去の経歴を語り合うのは死に際だって言ってたんじゃん?」
「言ったっけ」
「言ったわよ~」
「そうか」
「いま、言わない?」
「はぁ? なんで」
「だって今日死ぬかもじゃん」
「え~」
「なによ。嫌なの?」
「んー。イヤってわけじゃないけど」
「じゃー言おうよ~。お互い秘密にしときゃベル姉にもバレないわよ」
「そうさなぁ」
・・・。
プラムが徐にベットから起き上がった。アローも、デスクチェアから静かに立ち上がる。ふたりともガンホルスターから銃を取り出し、入り口のドアに鋭い視線を向ける。
「・・・ひとりか」
「そうね」
スライドを静かに引き、入り口のドアに向けて銃口を向ける。ドア1枚を隔てた廊下から漂う、ただならぬ気配。銃を構えたまま、ふたりは慎重にドアに近づく。
・・・・・・・・・。
・・・・・。
・・・。
・・・・・・・!!
途端にアローに飛びかかるプラム。
「ゥグッ!」
そのまま床に倒れ込むと同時に、軽機関銃のおびただしい銃撃がドアを穴だらけにした。
プラムの下敷きになったアロー。彼女の背中に熱を感じる。手にベタリとした感覚。見えなくても分かる。血だ。背中に銃弾が掠ったのか、プラムは苦悶の表情を浮かべている。
鳴り響くマシンガンの銃撃音の中、プラムとアローは匍匐前進でベッドの陰まで後退。横殴りの雨のように降り注ぐ銃弾から身を守りつつ、反撃の機会をうかがう。
「クソッ! 派手な奴め!」
「アタシたちも似たようなことしてたわよ!」
その時、嵐のように猛威を奮っていた銃撃がピタリと止んだ。
「・・・?」
「止んだ・・・」
すると、穴だらけになったドアから、石ころのような物がヒョイと投げ込まれ、ふたりの足元まで転がってきた。
「ヤバッ!」
脊髄反射並の素早さで、ふたりは背後の窓ガラスに体当たりを敢行。粉々に砕け散るガラスと共に2階からダイブ。同時に凄まじい爆発が201号室を襲い、粉々に破られた窓の枠から爆煙が舞い上がった。
2階から飛び降りたプラムとアローは、そのまま地面に着地し、降り注ぐガラスの破片から頭を守る。
「くそ! 誰だ?!」
「分っかんないわよ!」
「とにかくランエボに乗るんだ!」
走り出すふたり。少しいけば、ランエボを停めてある駐車場がある。ふたりが駐車場に差し掛かった時、背後で強い着地音が聞こえた。
プラムとアローは走るのを辞めて振り返った。そこには、真っ黒なコートに身を包んだ不気味な男が。両手には黒い手袋。つまみ帽を被っていて、目元が見えづらい。口元には中年男性を思わせる皺があり、口は円の上半分を描くように下に下がって、硬く結ばれている。
プラムがすかさず発砲。しかし、分かっていたかのように男はこれを回避。駐車車両の陰に隠れてしまった。
速い・・・!
再び、男が車から姿を現した。アローが銃を連射するも、あまりの速さに掠りすらしない。男は、事もなげに車から別の車へと走り移動していった。
プラムとアロー、両者の背中に悪寒が走る。慌てるように、車の影に向かって走り出した。
その瞬間だった──。
走り出したプラムの左肩に、熱い激痛が走った。
「ギッ・・・!」
「プラム!」
左肩から吹き出す血しぶき。撃たれたと理解するのに、そう時間はかからなかった。倒れ込むように車の陰に隠れたプラムは、左肩から流れ出す血を右手で強く抑えつけた。
「大丈夫?!」
「ち、く、しょぉおお・・・!」
体中から汗が吹き出る。真っ赤に染まる右手。左肩を中心に、ひどい痛みがプラムを襲う。アローは銃を構え直し、男が隠れている車に向かって銃を構えた。
「挨拶も無しに失礼ね!」
構わず発砲。当たる当たらないに限らず、一発お見舞いした。男が車の陰から出てくる気配はない。
「立てる?」
「よ、よゆーだ・・・!」
「そうこなくっちゃ!」
アローは男がいる場所から視線を切らさず、プラムに肩を貸して立ち上がった。
「いい? あたしが合図したらランエボまで走って」
「お前は・・・?」
「あたしが敵を引き寄せる・・・!」
《皆さんが見ているのは人工衛星『はばたき』です。本日ここ、種子島宇宙センターから打ち上げられます。打ち上げ時刻は、午前9時ごろを予定しております》
《ライブ中継をご覧の皆様、おはようございます。前回の打ち上げからおよそ2年という月日が流れました。今回、人工衛星『はばたき』打ち上げの様子を、生配信でお届けします》
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「宇宙センター広報担当の山田です。よろしくお願いします」
「技術解説員、エンジニアの川畑です。よろしくお願いします」
「川畑さん。前回の打ち上げから2年が経過していますね。前回の打ち上げは成功という形で終わりましたね」
「はい。やはり日本の技術を世界に示すことができたことは嬉しいです。前回打ち上げられた人工衛星も、多難ではありましたが課されたミッションを完遂してくれました。この勢いで『はばたき』もぜひミッションを遂行してほしいです」
その頃、種子島某所に潜伏するベルたちは焦りの表情を見せていた。
「定刻まであと30分です」
「プラムとアローは?」
「確認できていません」
「何してるのよあのふたりは・・・!」
細く丸い腕時計を確認するベル。人工衛星『はばたき』の打ち上げ時刻まで、残り数時間。
種子島某所に潜伏する実行部隊はすでに準備を完了しており、いつでも宇宙センターに突撃できる状態になっていた。
あとは、プラムとアローが防災ベルを鳴らすのを待つのみ。ちょうど今頃、宇宙センターとその付近は観光客で盛り上がっている。予想される混乱に乗じて、一気に作戦を遂行する。それが、ベルの描く理想図だ。
作戦では、プラムとアローはすでに宇宙センターに潜伏していなければならない時間だ。しかし、監視員からの情報によると、ふたりは潜入していないどころか、未だに連絡さえつかない様子。ベルの胸に、いやなざわつきが襲いかかる。
「・・・何が起きてもおかしくないわ。全員、今すぐ行ける準備をしなさい」
謎の男の急襲により、肩に被弾したプラム。
負傷した彼女に肩を貸しつつ立ち上がったアローは、男が隠れている駐車車両の方を向いた。
車の陰から男が出てくる様子はない。こちらの動きを読んでいるようだ。
「あたしがアイツを食い止める。その間にプラムはランエボに行って」
「ハァ・・・ハァッ・・・ど、どうする気だよ」
「あんたが防災ベルを押しに行くのよ」
「グッ・・・バカ言う・・・な。お、お前ひとりで倒せる相手かよ」
アローはプラムの方を向くことなく、男のいる方から視線を切らさずに、スーツの懐から手榴弾を取り出した。
「それでもやるしかないのよ。いつもそうでしょ」
「・・・分かった」
肩からは滲み出る赤黒い血が、黒いスーツに沁みていく。弾丸が掠った背中も嫌に痛む。呼吸も荒い。プラムは意を決し、ポケットからランエボのキーを取り出した。
「3つ数えたら走って」
敵の方を注意深く見つめたまま言うアローに、プラムは静かに頷いた。
「3、2・・・」
アローが、手榴弾のピンを抜いた。すかさず、男が身を守る車の下に投げつけ、滑り込ませる。
「・・・1!」
同時に車の壁から飛び出したアロー。男がいる車にめがけて銃を連射する。直後、プラムは意を決して駆け出した。
爆発。吹き飛ぶ車。爆炎が飛び散る。向かい側の駐車車両に向かって走るアロー。
「・・・ッ?!」
刹那、意識もしていなかった方向から、男が飛び込んできた。
どこから・・・?!
思考と共に迫り来るナイフ。咄嗟に回避。避け切れない。
「イッ・・・!!」
右の上腕を深く切り裂かれた。すかさず、袖に仕込んでいたナイフを滑り出させて振りかざす。ヒラリと避ける男。すかさず銃を向ける。そこに、すでに男の姿はない。
はやッ・・・イ!!!
左腹部に衝撃と激痛。強烈な蹴り。吹き飛ぶ身体。銃が手から離れ、地面に転がり落ちた。
「グッ・・・おぇ・・・」
あまりの痛みにうずくまる。男は、アローが落とした銃を拾い上げた。革のブーツの音が近づいてくる。ナイフを投げつけるも、簡単に避けられてしまった。
くそ・・・!
やっとの思いで後ずさるアロー。男は容赦しなかった。アローの元まで歩み寄ると、彼女の腹に長い足を放り込んだ。
「グォエッ・・・!」
口から血を吐き出してしまった。地面に、ビシャリと血が飛び散る。さらにもうひと蹴り。おもちゃのように蹴り飛ばされるアロー。
何度蹴られたか分からない。身体中を痛めつけられ満身創痍となったアローは、その痛みにもはや意識を保つことさえ困難だった。
「グッ・・・」
そんな彼女の首を鷲掴みにし、無理やり身体を起こさせる男。細身な体からは想像もつかない怪力。立ち上がる体力さえ残っていないアローは、男にされるがまま。片手で首を掴まれたまま、背後にあるコンクリートの壁に叩きつけられた。
目と目が合う。
アローの朦朧とした瞳。絞められる首。苦しくなる呼吸の中、必死に男を睨みつける。男の目。光が宿っていない。死んだ魚のような目。冷徹な目。
「もうひとりはどこに行った」
口を開いた男。アローの首を掴む手を、さらに強めていく。
「ううぅ・・・!」
徐々に顎が上がっていく。呼吸ができない。凄まじい握力。しかしアローは、男に向かって強気に笑みを浮かべるだけだった。
「・・・」
男の膝がアローの腹にめり込んだ。
「ゥグゥッ!」
鈍い音。肋骨が折れたか。もはや痛みさえ分からない。口から大量の血が吹き出す。それでも男は、アローの首を掴む手を緩めない。もう片方の手に持っていた銃を、アローのこめかみに突きつけた。先ほど、アローが地面に落としてしまった銃だ。
「もうひとりはどこだ」
なおも冷酷な声。口周りが血だらけになったアローは、弱々しく笑みを浮かべたまま。
男はそれでも表情を変えない。アローの首を片手で掴んだまま、彼女のこめかみに銃をさらに食い込ませた。
「言え」
「そ、の銃は・・・もう、弾切れ・・・よ・・・ッ!」
男は視線を銃に移した。
・・・。
銃を投げ捨て、懐からピストルを取り出すと、再びアローのこめかみに突きつける。
「言え。あとひとりはどこだ」
「・・・ヘッ・・・・・・!」
弱々しく笑うアロー。男は、アローの首を握りつぶす勢いで、全力で握りしめた。
「ううぅううう・・・ッッ!」
「これが最後だ。言え」
男の吹雪のような冷たい声。アローは血が滲む唇でニッと笑うと、口に溜まった血を男めがけて吐き出した。赤い飛沫しぶきが飛び散る。
「・・・」
顔面がアローの血に塗れた男。ニヤリと、弱々しく笑い続けるアロー。
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