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【第40話】散
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《540》
《打ち上げ、9分前です。機体は最終的な確認作業が続けられており、現在のところ、すべて順調との報告を受けています》
《530》
《It is 9 minutes to launch and counting, eight three is undergoing it's final confirmatory reviews.》
《520》
宇宙センター全域に、ロケット打ち上げのカウント放送が流れる。立入制限区域外に設けられた打ち上げ展望施設には、大勢の観光客が集まっている。
皆、遠くにそびえ立つ人工衛星『はばたき』を見守りながら、静かにその時を待っていた。
《打ち上げ8分前より、打ち上げに向けた秒読みが開始されます》
《The countdown to launch begins 8 minutes before launch.》
《510、509、508、507、506、505、504、503、502、501、500》
《490》
「3班通信途絶!」
「やられたの?!」
大崎射場から遠く離れた茂みの中で、メープル・コープと交戦するベルたち。敵の攻撃の勢いは衰えることなく、容赦なくベルたちを追い詰めていく。
《480》
《打ち上げ、8分前です。現在各系とも、ロケット打ち上げの最終作業を行なっています。また、警戒区域の安全は確保されています》
《470》
「ウッ・・・!」
実行部隊のひとりが撃たれ、ベルのそばに倒れ伏した。身体と地面の間から、赤黒い液体が広がっていく。
「リーダー。もはや我々に攻撃能力はありません。残念ですが、ここは一時撤退が妥当です」
ハイエースを盾に、銃弾の嵐から身を守りつつ、ライフルを装填するビット。ベルは銃のスライドを引きながら、唇を噛み締めた。
「ここで果てるより次の策です。ご決断を!」
《420》
《安全系、準備完了》
《Safety system, ready.》
《射場系、準備完了》
《410、409、408、407、406、405、404、403、402、401、400》
《390》
「ねーおとーさん。ロケットまだー?」
「あと少しで飛ぶよ。よく見ておくんだ」
打ち上げ展望施設。目前に迫ったロケット打ち上げに、人々の胸が高鳴っていく。
《380・・・370・・・》
《360》
《打ち上げ、6分前です。現在射場の天候は晴れ、気温摂氏15.2度。南南西の風、毎秒1.4メートルです》
《350・・・340》
《330》
《本日の打ち上げ予定時刻は、日本時間の午前10時05分55秒です》
メープル・コープの猛攻に苦戦する実行部隊。仲間が次々と倒れ、盾としていたハイエースも横転しかけている今、ベルたちには限界が来ていた。
「リーダー、急ぎ撤退を! ここはもう持ちません!」
「・・・てやる」
「・・・?」
「特攻してやる」
目に細い血管を走らせるベルに、ビットが怒鳴った。
「いい加減にして下さいリーダー! 貴方が生き延びなければ、我々に次は無いんです!」
その時、ビットのライフルが銃弾に弾かれた。すかさず、ポケットからハンドガンを取り出したビットは、怯むことなくハイエースから身を乗り出すと、前方の茂みに潜むメープル・コープに向かって発砲した。
「ここは我々が引き受けます! お早く!」
ベルの目の前が真っ暗になった。
地面はまるで底なしの泥。ズブズブと、手足が溺れていく感覚に陥っていく。
・・・ここですべてを失うわけにはいかない。
ベルが立ち上がった。
「降参よ。銃を撃つのをやめなさい」
「リーダー・・・?!」
ビットの制止も虚しく、ベルはハイエースの前に姿を出した。両手をあげて降伏のサインを示し、大声でメープル・コープに告げる。
「降伏するわ。これ以上の抵抗はしない」
その時、ビットは見た。ベルのポケットを。銃を隠し持っている。それだけで察することができた。彼女は、茂みから出てくるメープル・コープの隊員と刺し違えるつもりだ。
リーダー・・・!!
やがて、メープル・コープの隊員たちが茂みから姿を現した。隊長と思しき人物が、銃を構えながら近づいてくる。
「Drop your weapon. All those who are hiding, come out.」
指示に従い、ビットと実行部隊の数名も武器を捨てて投降する。
「Lie face down with your hands behind your head.」
言われるがまま、全員が頭に手を組み、地面にうつ伏せになった。メープル・コープの隊員が素早く近づいてくる。皆、ベルやビットがスーツの下に隠し武器を持っていることに気づいていない。
・・・殺してやる。
すると、メープル・コープの隊長が、隊員たちに声をかけた。隊員たちの足が止まる。そして、ベルたちをギロリと睨んだ。
・・・バレた?!
隊員たちが、一斉にライフルを構えた。
「You bullshitter…!」
ダメか──。
その時だった。
遠くから、聞いたこともない音が聞こえてきた。草むらの方だ。メープル・コープが、一斉に音のする方向へライフルを向ける。
段々と音が近づいてくる。茂みの中を突き進んでいるようだ。音が確実に大きくなっていく。
まるで、雄叫びのような・・・。
「!!!!!!!!!」
瞬間──草むらから1台の車が飛び出してきた。その勢いたるや、まさに猛虎。
メープル・コープの隊長はライフルを持ったまま、自身を目掛けて突進してくる鉄の塊を、唖然と眺めることしかできなかった。
「どけぇえええええええええええッッッ!!!」
肉が弾ける鈍い音。跳ね飛ばされた隊長。無惨に弾け飛んだ身体は、まるで人形のように地面に打ち付けられ、そのまま動かなくなってしまった。
ビットとベル、その場にいた実行部隊の隊員全てが、目と口を大きく見開いた。
「あれは・・・!」
「ランエボ・・・!」
砂塵を巻き上げ、そのまま打ち上げロケットの方向に突進していくランエボ。ベルは、考えるよりも先に叫んでいた。
「プラム!! アロー!!」
すかさず意識を目の前に戻す。隊長をやられたからか・・・いつの間にか、メープル・コープの隊員は皆逃げ去っていた。彼らが乗っていた軍用車を残して・・・。
ベルは咄嗟に立ち上がると、軍用車に向かって走り出した。
「ビット! みんなを撤退させて!」
「リーダー! どこに行くんです! リーダー!」
ビットの声を無視して、ベルは軍用車に乗って走り去ってしまった。
「今なんか跳ね飛ばさなかった?!」
「気にしてられっか!! 時間はッ?!」
「あと3分よ!」
全速で爆走するランエボ。満身創痍のプラムとアロー。ふたりとも、死に物狂いだ。
「見えた!!」
「アイツかぁッッ!!」
前方に、そびえ立つ打ち上げロケットが見える。
《206、205、204、203・・・》
《2段、液体水素、地上油圧開始》
《2nd stage, liquid hydrogen, ground hydraulics started.》
一方、発射管制室。打ち上げを目前にして、室内はざわめき、異様な空気に満ちていた。漂う困惑の原因はただひとつ・・・モニターに映り込む1台の車だった。
「なんだアレは・・・」
「悪ふざけか?」
「こちら発射管制室! 制限区域内に不審車両を確認。どういうことなんだ! 直ちに退避させろ!」
この騒ぎは、管制室だけに留まらなかった。
同時刻。ロケット打ち上げ実況中継本部。
「打ち上げ秒読みの途中ですが、ここで速報です。さきほど、立ち入り制限区域に不審車両が侵入し・・・ッきゃ!」
「Stop live streaming!」
《──配信は終了しました──》
「あれ・・・? 配信終わった」
「ホントだ」
「てか何今の」
「それな。なんか銃持ってなかった?」
「え、テロ?」
たった今、異常が起こったと伝えるアナウンサーのもとに、ライフルを持った男たちが乗り込んできたのだ。その直後、動画アプリによるライブ配信は終了してしまった。
更に、打ち上げ展望施設でも同様に異様な空気が漂っていた。
「あ! ブーブーだ!」
「ええ? ・・・あれ、ホントだ」
スポーツカーだろうか。若者の悪ふざけにしては度が過ぎている。観光客の視線が一気に、打ち上げロケットから暴走車両に移っていく。
それは、ただまっすぐ・・・ただひたすら、打ち上げロケットを目指して疾走している。その姿にいつしか、観光客のすべてが釘付けになっていった。
「おとーさん」
「・・・」
「おとーさんってばー」
「・・・ん? あぁごめん。どうした?」
息子が、砂煙を巻き上げ駆ける車を見つめながら、呟いた。
「ブーブーもそらをとぶのー?」
そして、ランエボ──。
「アローッ! 誘導弾準備ッ!!」
「プラムッ前ッッ!!!」
前方から、軍用車がランエボに向かって猛スピードで迫ってくる。
「メープル・コープか!!」
このままだと衝突は免れない。すると、軍用車から拡声器越しに声が聞こえてきた。
「This is a restricted area! Evacuate immediately!」
「うるせえッ! どけェッッ!!!!」
「Captain! That car won't stop!」
「It's crazy……Are you planning on Kamikaze⁈」
「We will collide!」
「Don't avoid it!」
「ぶつかる・・・!」
その時、隊長の真横に気配が・・・。
「⁈ Hey! bes......!」
「どきなさいッ!!!」
ランエボと軍用車が正面衝突を起こす寸前・・・軍用車の車体に、真横から1台の車がミサイルのように突っ込んできたのだ。横から体当たりされた軍用車はおもちゃのように吹き飛び、突っ込んできた謎の車もろとも、地面に激しく打ち付けられていった。
「誰?! 何なのッ?!」
「分からん! けど、これで邪魔者は消えたッ!!」
「こちら発射管制室! 総合司令塔応答せよ! 暴走車両の安全確保のため、ロケット打ち上げの中止を・・・ッ?!」
突然、武装集団がライフルを構えて押しかけてきた。
「Continue! Don't stop!」
《62、61、60・・・》
《打ち上げ、1分前です》
世界の鼓動が高鳴る。
《49、48、47・・・》
《フレームデフレクター、冷却開始》
すべての視線が集まる。
《33、32、31・・・》
《ウォーターカーテン、散水開始》
《15、14、13・・・》
《フライトモード、オン》
《6、5、4》
《全システム、準備完了》
《3、2、1》
「行けッ!!」
「吹っ飛べ!!」
アローが、誘導弾を放った──。
《メインエンジンスタート。SRBー3点火、リフトオフ》
爆炎と共に、白い煙が舞い上がる。人々の夢と注目を背負い・・・いま、人工衛星『はばたき』は打ち上げられた。
その直後だった。飛び上がった機体に、ひと筋の白い線が衝突した。数秒後、エンジン付近で小さな爆発が起きた。機体に亀裂が入り、あらゆる箇所から炎と煙が漏れ出している。ロケットは宙で傾き、白い煙が瞬く間に黒に染まった。
そして、完全に失速したその瞬間・・・大爆発。ロケット全体が、爆炎に飲み込まれていく。空を揺るがす轟音と共に、人工衛星『はばたき』は爆散したのだ。
青空に見える黒煙と爆炎。
目撃者となった者たちは皆、揃って口を開けたまま。ただ呆然と、散りゆく破片と灰を見つめていた。
打ち上げ展望施設──
観光客のすべてが、炎に包まれながら地上に降り注ぐ破片を、唖然と見つめていた。
「おとーさんきれいだねー!」
同時刻、警視庁公安部──
《速報です。本日、打ち上げ予定だった人工衛星『はばたき』が・・・》
「土井さん、コレ・・・!」
出前のそばを啜っていた土井たちは、箸を持っていることも忘れて、テレビに夢中になっていた。
《また、今回の事故の詳・・・》
突然、テレビ画面が砂嵐に切り替わった。土井は投げ捨てるように箸を置くと、急いで支度を始めた。
「すぐに出るぞ!」
「ハイ!」
Group Emma本部──
「たった今、観測隊から報告が入りました。作戦は成功です」
オフィスチェアに座ったまま、エマは不敵な笑みを浮かべた。
上空に自衛隊のヘリが現れた。プロペラから生まれる暴風は草木を乱暴に揺らし、ベルの髪を乱していく。やがて、着陸したヘリから隊員が出てきた。
「お迎えにあがりました」
「ありがとう。生存者は?」
「たった今、捜査中です」
「そう・・・」
ベルがヘリに乗りむと、中には実行部隊の生き残り数名とビットが座っていた。
「リーダー・・・! ご無事で何よりです」
ビットたちの安堵した表情に、ベルは微笑んだ。
「心配かけたわね」
ヘリが浮上する。遠くなっていく大地。空には爆発による煙が微かに残っている。遠くに見える宇宙センターはまさに惨事。降り注いだロケットの破片が燃え盛り、混沌としている。
ホント、あんたたちは・・・。上司の気も知らないで無茶ばっかりして・・・。
「ふたりがやったのでしょうか」
ふと、ビットが呟いた。ベルは視線を戻すことなく、遠い地上でもくもくと黒煙を上げるロケットの破片を見つめた。
「帰ったら目一杯怒ってやるわ」
ビットから顔を背けるようにして呟くベルの背中は、どこか小さく見えた。
やがて種子島を離れたヘリコプター。向かいから、自衛隊機が種子島に向けて飛んでいくのが見えた。
「ビット」
「はい」
「・・・世界が変わるわよ」
《打ち上げ、9分前です。機体は最終的な確認作業が続けられており、現在のところ、すべて順調との報告を受けています》
《530》
《It is 9 minutes to launch and counting, eight three is undergoing it's final confirmatory reviews.》
《520》
宇宙センター全域に、ロケット打ち上げのカウント放送が流れる。立入制限区域外に設けられた打ち上げ展望施設には、大勢の観光客が集まっている。
皆、遠くにそびえ立つ人工衛星『はばたき』を見守りながら、静かにその時を待っていた。
《打ち上げ8分前より、打ち上げに向けた秒読みが開始されます》
《The countdown to launch begins 8 minutes before launch.》
《510、509、508、507、506、505、504、503、502、501、500》
《490》
「3班通信途絶!」
「やられたの?!」
大崎射場から遠く離れた茂みの中で、メープル・コープと交戦するベルたち。敵の攻撃の勢いは衰えることなく、容赦なくベルたちを追い詰めていく。
《480》
《打ち上げ、8分前です。現在各系とも、ロケット打ち上げの最終作業を行なっています。また、警戒区域の安全は確保されています》
《470》
「ウッ・・・!」
実行部隊のひとりが撃たれ、ベルのそばに倒れ伏した。身体と地面の間から、赤黒い液体が広がっていく。
「リーダー。もはや我々に攻撃能力はありません。残念ですが、ここは一時撤退が妥当です」
ハイエースを盾に、銃弾の嵐から身を守りつつ、ライフルを装填するビット。ベルは銃のスライドを引きながら、唇を噛み締めた。
「ここで果てるより次の策です。ご決断を!」
《420》
《安全系、準備完了》
《Safety system, ready.》
《射場系、準備完了》
《410、409、408、407、406、405、404、403、402、401、400》
《390》
「ねーおとーさん。ロケットまだー?」
「あと少しで飛ぶよ。よく見ておくんだ」
打ち上げ展望施設。目前に迫ったロケット打ち上げに、人々の胸が高鳴っていく。
《380・・・370・・・》
《360》
《打ち上げ、6分前です。現在射場の天候は晴れ、気温摂氏15.2度。南南西の風、毎秒1.4メートルです》
《350・・・340》
《330》
《本日の打ち上げ予定時刻は、日本時間の午前10時05分55秒です》
メープル・コープの猛攻に苦戦する実行部隊。仲間が次々と倒れ、盾としていたハイエースも横転しかけている今、ベルたちには限界が来ていた。
「リーダー、急ぎ撤退を! ここはもう持ちません!」
「・・・てやる」
「・・・?」
「特攻してやる」
目に細い血管を走らせるベルに、ビットが怒鳴った。
「いい加減にして下さいリーダー! 貴方が生き延びなければ、我々に次は無いんです!」
その時、ビットのライフルが銃弾に弾かれた。すかさず、ポケットからハンドガンを取り出したビットは、怯むことなくハイエースから身を乗り出すと、前方の茂みに潜むメープル・コープに向かって発砲した。
「ここは我々が引き受けます! お早く!」
ベルの目の前が真っ暗になった。
地面はまるで底なしの泥。ズブズブと、手足が溺れていく感覚に陥っていく。
・・・ここですべてを失うわけにはいかない。
ベルが立ち上がった。
「降参よ。銃を撃つのをやめなさい」
「リーダー・・・?!」
ビットの制止も虚しく、ベルはハイエースの前に姿を出した。両手をあげて降伏のサインを示し、大声でメープル・コープに告げる。
「降伏するわ。これ以上の抵抗はしない」
その時、ビットは見た。ベルのポケットを。銃を隠し持っている。それだけで察することができた。彼女は、茂みから出てくるメープル・コープの隊員と刺し違えるつもりだ。
リーダー・・・!!
やがて、メープル・コープの隊員たちが茂みから姿を現した。隊長と思しき人物が、銃を構えながら近づいてくる。
「Drop your weapon. All those who are hiding, come out.」
指示に従い、ビットと実行部隊の数名も武器を捨てて投降する。
「Lie face down with your hands behind your head.」
言われるがまま、全員が頭に手を組み、地面にうつ伏せになった。メープル・コープの隊員が素早く近づいてくる。皆、ベルやビットがスーツの下に隠し武器を持っていることに気づいていない。
・・・殺してやる。
すると、メープル・コープの隊長が、隊員たちに声をかけた。隊員たちの足が止まる。そして、ベルたちをギロリと睨んだ。
・・・バレた?!
隊員たちが、一斉にライフルを構えた。
「You bullshitter…!」
ダメか──。
その時だった。
遠くから、聞いたこともない音が聞こえてきた。草むらの方だ。メープル・コープが、一斉に音のする方向へライフルを向ける。
段々と音が近づいてくる。茂みの中を突き進んでいるようだ。音が確実に大きくなっていく。
まるで、雄叫びのような・・・。
「!!!!!!!!!」
瞬間──草むらから1台の車が飛び出してきた。その勢いたるや、まさに猛虎。
メープル・コープの隊長はライフルを持ったまま、自身を目掛けて突進してくる鉄の塊を、唖然と眺めることしかできなかった。
「どけぇえええええええええええッッッ!!!」
肉が弾ける鈍い音。跳ね飛ばされた隊長。無惨に弾け飛んだ身体は、まるで人形のように地面に打ち付けられ、そのまま動かなくなってしまった。
ビットとベル、その場にいた実行部隊の隊員全てが、目と口を大きく見開いた。
「あれは・・・!」
「ランエボ・・・!」
砂塵を巻き上げ、そのまま打ち上げロケットの方向に突進していくランエボ。ベルは、考えるよりも先に叫んでいた。
「プラム!! アロー!!」
すかさず意識を目の前に戻す。隊長をやられたからか・・・いつの間にか、メープル・コープの隊員は皆逃げ去っていた。彼らが乗っていた軍用車を残して・・・。
ベルは咄嗟に立ち上がると、軍用車に向かって走り出した。
「ビット! みんなを撤退させて!」
「リーダー! どこに行くんです! リーダー!」
ビットの声を無視して、ベルは軍用車に乗って走り去ってしまった。
「今なんか跳ね飛ばさなかった?!」
「気にしてられっか!! 時間はッ?!」
「あと3分よ!」
全速で爆走するランエボ。満身創痍のプラムとアロー。ふたりとも、死に物狂いだ。
「見えた!!」
「アイツかぁッッ!!」
前方に、そびえ立つ打ち上げロケットが見える。
《206、205、204、203・・・》
《2段、液体水素、地上油圧開始》
《2nd stage, liquid hydrogen, ground hydraulics started.》
一方、発射管制室。打ち上げを目前にして、室内はざわめき、異様な空気に満ちていた。漂う困惑の原因はただひとつ・・・モニターに映り込む1台の車だった。
「なんだアレは・・・」
「悪ふざけか?」
「こちら発射管制室! 制限区域内に不審車両を確認。どういうことなんだ! 直ちに退避させろ!」
この騒ぎは、管制室だけに留まらなかった。
同時刻。ロケット打ち上げ実況中継本部。
「打ち上げ秒読みの途中ですが、ここで速報です。さきほど、立ち入り制限区域に不審車両が侵入し・・・ッきゃ!」
「Stop live streaming!」
《──配信は終了しました──》
「あれ・・・? 配信終わった」
「ホントだ」
「てか何今の」
「それな。なんか銃持ってなかった?」
「え、テロ?」
たった今、異常が起こったと伝えるアナウンサーのもとに、ライフルを持った男たちが乗り込んできたのだ。その直後、動画アプリによるライブ配信は終了してしまった。
更に、打ち上げ展望施設でも同様に異様な空気が漂っていた。
「あ! ブーブーだ!」
「ええ? ・・・あれ、ホントだ」
スポーツカーだろうか。若者の悪ふざけにしては度が過ぎている。観光客の視線が一気に、打ち上げロケットから暴走車両に移っていく。
それは、ただまっすぐ・・・ただひたすら、打ち上げロケットを目指して疾走している。その姿にいつしか、観光客のすべてが釘付けになっていった。
「おとーさん」
「・・・」
「おとーさんってばー」
「・・・ん? あぁごめん。どうした?」
息子が、砂煙を巻き上げ駆ける車を見つめながら、呟いた。
「ブーブーもそらをとぶのー?」
そして、ランエボ──。
「アローッ! 誘導弾準備ッ!!」
「プラムッ前ッッ!!!」
前方から、軍用車がランエボに向かって猛スピードで迫ってくる。
「メープル・コープか!!」
このままだと衝突は免れない。すると、軍用車から拡声器越しに声が聞こえてきた。
「This is a restricted area! Evacuate immediately!」
「うるせえッ! どけェッッ!!!!」
「Captain! That car won't stop!」
「It's crazy……Are you planning on Kamikaze⁈」
「We will collide!」
「Don't avoid it!」
「ぶつかる・・・!」
その時、隊長の真横に気配が・・・。
「⁈ Hey! bes......!」
「どきなさいッ!!!」
ランエボと軍用車が正面衝突を起こす寸前・・・軍用車の車体に、真横から1台の車がミサイルのように突っ込んできたのだ。横から体当たりされた軍用車はおもちゃのように吹き飛び、突っ込んできた謎の車もろとも、地面に激しく打ち付けられていった。
「誰?! 何なのッ?!」
「分からん! けど、これで邪魔者は消えたッ!!」
「こちら発射管制室! 総合司令塔応答せよ! 暴走車両の安全確保のため、ロケット打ち上げの中止を・・・ッ?!」
突然、武装集団がライフルを構えて押しかけてきた。
「Continue! Don't stop!」
《62、61、60・・・》
《打ち上げ、1分前です》
世界の鼓動が高鳴る。
《49、48、47・・・》
《フレームデフレクター、冷却開始》
すべての視線が集まる。
《33、32、31・・・》
《ウォーターカーテン、散水開始》
《15、14、13・・・》
《フライトモード、オン》
《6、5、4》
《全システム、準備完了》
《3、2、1》
「行けッ!!」
「吹っ飛べ!!」
アローが、誘導弾を放った──。
《メインエンジンスタート。SRBー3点火、リフトオフ》
爆炎と共に、白い煙が舞い上がる。人々の夢と注目を背負い・・・いま、人工衛星『はばたき』は打ち上げられた。
その直後だった。飛び上がった機体に、ひと筋の白い線が衝突した。数秒後、エンジン付近で小さな爆発が起きた。機体に亀裂が入り、あらゆる箇所から炎と煙が漏れ出している。ロケットは宙で傾き、白い煙が瞬く間に黒に染まった。
そして、完全に失速したその瞬間・・・大爆発。ロケット全体が、爆炎に飲み込まれていく。空を揺るがす轟音と共に、人工衛星『はばたき』は爆散したのだ。
青空に見える黒煙と爆炎。
目撃者となった者たちは皆、揃って口を開けたまま。ただ呆然と、散りゆく破片と灰を見つめていた。
打ち上げ展望施設──
観光客のすべてが、炎に包まれながら地上に降り注ぐ破片を、唖然と見つめていた。
「おとーさんきれいだねー!」
同時刻、警視庁公安部──
《速報です。本日、打ち上げ予定だった人工衛星『はばたき』が・・・》
「土井さん、コレ・・・!」
出前のそばを啜っていた土井たちは、箸を持っていることも忘れて、テレビに夢中になっていた。
《また、今回の事故の詳・・・》
突然、テレビ画面が砂嵐に切り替わった。土井は投げ捨てるように箸を置くと、急いで支度を始めた。
「すぐに出るぞ!」
「ハイ!」
Group Emma本部──
「たった今、観測隊から報告が入りました。作戦は成功です」
オフィスチェアに座ったまま、エマは不敵な笑みを浮かべた。
上空に自衛隊のヘリが現れた。プロペラから生まれる暴風は草木を乱暴に揺らし、ベルの髪を乱していく。やがて、着陸したヘリから隊員が出てきた。
「お迎えにあがりました」
「ありがとう。生存者は?」
「たった今、捜査中です」
「そう・・・」
ベルがヘリに乗りむと、中には実行部隊の生き残り数名とビットが座っていた。
「リーダー・・・! ご無事で何よりです」
ビットたちの安堵した表情に、ベルは微笑んだ。
「心配かけたわね」
ヘリが浮上する。遠くなっていく大地。空には爆発による煙が微かに残っている。遠くに見える宇宙センターはまさに惨事。降り注いだロケットの破片が燃え盛り、混沌としている。
ホント、あんたたちは・・・。上司の気も知らないで無茶ばっかりして・・・。
「ふたりがやったのでしょうか」
ふと、ビットが呟いた。ベルは視線を戻すことなく、遠い地上でもくもくと黒煙を上げるロケットの破片を見つめた。
「帰ったら目一杯怒ってやるわ」
ビットから顔を背けるようにして呟くベルの背中は、どこか小さく見えた。
やがて種子島を離れたヘリコプター。向かいから、自衛隊機が種子島に向けて飛んでいくのが見えた。
「ビット」
「はい」
「・・・世界が変わるわよ」
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上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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