TEST SCENE

みかん星人

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【第40話】散

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《540》

《打ち上げ、9分前です。機体は最終的な確認作業が続けられており、現在のところ、すべて順調との報告を受けています》

《530》

《It is 9 minutes to launch and counting, eight three is undergoing it's final confirmatory reviews.》

《520》

 宇宙センター全域に、ロケット打ち上げのカウント放送が流れる。立入制限区域外に設けられた打ち上げ展望施設には、大勢の観光客が集まっている。
 皆、遠くにそびえ立つ人工衛星『はばたき』を見守りながら、静かにその時を待っていた。

《打ち上げ8分前より、打ち上げに向けた秒読みが開始されます》

《The countdown to launch begins 8 minutes before launch.》

《510、509、508、507、506、505、504、503、502、501、500》





《490》





「3班通信途絶!」

「やられたの?!」

 大崎射場から遠く離れた茂みの中で、メープル・コープと交戦するベルたち。敵の攻撃の勢いは衰えることなく、容赦なくベルたちを追い詰めていく。
 





《480》

《打ち上げ、8分前です。現在各系とも、ロケット打ち上げの最終作業を行なっています。また、警戒区域の安全は確保されています》







《470》







「ウッ・・・!」

 実行部隊のひとりが撃たれ、ベルのそばに倒れ伏した。身体と地面の間から、赤黒い液体が広がっていく。

「リーダー。もはや我々に攻撃能力はありません。残念ですが、ここは一時撤退が妥当です」

 ハイエースを盾に、銃弾の嵐から身を守りつつ、ライフルを装填するビット。ベルは銃のスライドを引きながら、唇を噛み締めた。

「ここで果てるより次の策です。ご決断を!」

 

《420》

《安全系、準備完了》

《Safety system, ready.》

《射場系、準備完了》

《410、409、408、407、406、405、404、403、402、401、400》








《390》








「ねーおとーさん。ロケットまだー?」

「あと少しで飛ぶよ。よく見ておくんだ」

 打ち上げ展望施設。目前に迫ったロケット打ち上げに、人々の胸が高鳴っていく。


《380・・・370・・・》


《360》


《打ち上げ、6分前です。現在射場の天候は晴れ、気温摂氏15.2度。南南西の風、毎秒1.4メートルです》

《350・・・340》






《330》

《本日の打ち上げ予定時刻は、日本時間の午前10時05分55秒です》




 メープル・コープの猛攻に苦戦する実行部隊。仲間が次々と倒れ、盾としていたハイエースも横転しかけている今、ベルたちには限界が来ていた。

「リーダー、急ぎ撤退を! ここはもう持ちません!」

「・・・てやる」

「・・・?」

「特攻してやる」

 目に細い血管を走らせるベルに、ビットが怒鳴った。

「いい加減にして下さいリーダー! 貴方が生き延びなければ、我々に次は無いんです!」

 その時、ビットのライフルが銃弾に弾かれた。すかさず、ポケットからハンドガンを取り出したビットは、怯むことなくハイエースから身を乗り出すと、前方の茂みに潜むメープル・コープに向かって発砲した。

「ここは我々が引き受けます! お早く!」

 ベルの目の前が真っ暗になった。
 地面はまるで底なしの泥。ズブズブと、手足が溺れていく感覚に陥っていく。

 ・・・ここですべてを失うわけにはいかない。


 ベルが立ち上がった。


「降参よ。銃を撃つのをやめなさい」

「リーダー・・・?!」

 ビットの制止も虚しく、ベルはハイエースの前に姿を出した。両手をあげて降伏のサインを示し、大声でメープル・コープに告げる。

「降伏するわ。これ以上の抵抗はしない」

 その時、ビットは見た。ベルのポケットを。銃を隠し持っている。それだけで察することができた。彼女は、茂みから出てくるメープル・コープの隊員と刺し違えるつもりだ。

 リーダー・・・!!

 やがて、メープル・コープの隊員たちが茂みから姿を現した。隊長と思しき人物が、銃を構えながら近づいてくる。

「Drop your weapon. All those who are hiding, come out.」

 指示に従い、ビットと実行部隊の数名も武器を捨てて投降する。

「Lie face down with your hands behind your head.」

 言われるがまま、全員が頭に手を組み、地面にうつ伏せになった。メープル・コープの隊員が素早く近づいてくる。皆、ベルやビットがスーツの下に隠し武器を持っていることに気づいていない。

 ・・・殺してやる。

 すると、メープル・コープの隊長が、隊員たちに声をかけた。隊員たちの足が止まる。そして、ベルたちをギロリと睨んだ。

 ・・・バレた?!

 隊員たちが、一斉にライフルを構えた。





You bullshitter…!このペテン師が・・・!


 ダメか──。



 その時だった。
 遠くから、聞いたこともない音が聞こえてきた。草むらの方だ。メープル・コープが、一斉に音のする方向へライフルを向ける。
 段々と音が近づいてくる。茂みの中を突き進んでいるようだ。音が確実に大きくなっていく。




 
 まるで、雄叫びのような・・・。





「!!!!!!!!!」



 
 瞬間──草むらから1台の車が飛び出してきた。その勢いたるや、まさに猛虎。
 メープル・コープの隊長はライフルを持ったまま、自身を目掛けて突進してくる鉄の塊を、唖然と眺めることしかできなかった。


「どけぇえええええええええええッッッ!!!」


 肉が弾ける鈍い音。跳ね飛ばされた隊長。無惨に弾け飛んだ身体は、まるで人形のように地面に打ち付けられ、そのまま動かなくなってしまった。
 ビットとベル、その場にいた実行部隊の隊員全てが、目と口を大きく見開いた。

「あれは・・・!」

「ランエボ・・・!」

 砂塵を巻き上げ、そのまま打ち上げロケットの方向に突進していくランエボ。ベルは、考えるよりも先に叫んでいた。

「プラム!! アロー!!」

 すかさず意識を目の前に戻す。隊長をやられたからか・・・いつの間にか、メープル・コープの隊員は皆逃げ去っていた。彼らが乗っていた軍用車を残して・・・。
 ベルは咄嗟に立ち上がると、軍用車に向かって走り出した。

「ビット! みんなを撤退させて!」

「リーダー! どこに行くんです! リーダー!」

 ビットの声を無視して、ベルは軍用車に乗って走り去ってしまった。




「今なんか跳ね飛ばさなかった?!」

「気にしてられっか!! 時間はッ?!」

「あと3分よ!」

 全速で爆走するランエボ。満身創痍のプラムとアロー。ふたりとも、死に物狂いだ。

「見えた!!」

「アイツかぁッッ!!」

 前方に、そびえ立つ打ち上げロケットが見える。

《206、205、204、203・・・》

《2段、液体水素、地上油圧開始》

《2nd stage, liquid hydrogen, ground hydraulics started.》






 一方、発射管制室。打ち上げを目前にして、室内はざわめき、異様な空気に満ちていた。漂う困惑の原因はただひとつ・・・モニターに映り込む1台の車だった。

「なんだアレは・・・」

「悪ふざけか?」

「こちら発射管制室LCC! 制限区域内に不審車両を確認。どういうことなんだ! 直ちに退避させろ!」

 この騒ぎは、管制室だけに留まらなかった。





 
 同時刻。ロケット打ち上げ実況中継本部。

「打ち上げ秒読みの途中ですが、ここで速報です。さきほど、立ち入り制限区域に不審車両が侵入し・・・ッきゃ!」

「Stop live streaming!」


《──配信は終了しました──》


「あれ・・・? 配信終わった」

「ホントだ」

「てか何今の」

「それな。なんか銃持ってなかった?」

「え、テロ?」

 たった今、異常が起こったと伝えるアナウンサーのもとに、ライフルを持った男たちが乗り込んできたのだ。その直後、動画アプリによるライブ配信は終了してしまった。



 更に、打ち上げ展望施設でも同様に異様な空気が漂っていた。

「あ! ブーブーだ!」

「ええ? ・・・あれ、ホントだ」

 スポーツカーだろうか。若者の悪ふざけにしては度が過ぎている。観光客の視線が一気に、打ち上げロケットから暴走車両に移っていく。

 それは、ただまっすぐ・・・ただひたすら、打ち上げロケットを目指して疾走している。その姿にいつしか、観光客のすべてが釘付けになっていった。

「おとーさん」

「・・・」

「おとーさんってばー」

「・・・ん? あぁごめん。どうした?」

 息子が、砂煙を巻き上げ駆ける車を見つめながら、呟いた。

「ブーブーもそらをとぶのー?」






 そして、ランエボ──。

「アローッ! 誘導弾準備ッ!!」

「プラムッ前ッッ!!!」

 前方から、軍用車がランエボに向かって猛スピードで迫ってくる。

「メープル・コープか!!」

 このままだと衝突は免れない。すると、軍用車から拡声器越しに声が聞こえてきた。

「This is a restricted area! Evacuate immediately!」

「うるせえッ! どけェッッ!!!!」

「Captain! That car won't stop!」

「It's crazy……Are you planning on Kamikaze⁈」

「We will collide!」

「Don't avoid it!」

「ぶつかる・・・!」

 その時、隊長の真横に気配が・・・。

「⁈ Hey! bes......!」

「どきなさいッ!!!」

  ランエボと軍用車が正面衝突を起こす寸前・・・軍用車の車体に、真横から1台の車がミサイルのように突っ込んできたのだ。横から体当たりされた軍用車はおもちゃのように吹き飛び、突っ込んできた謎の車もろとも、地面に激しく打ち付けられていった。

「誰?! 何なのッ?!」

「分からん! けど、これで邪魔者は消えたッ!!」





「こちら発射管制室LCC! 総合司令塔RCC応答せよ! 暴走車両の安全確保のため、ロケット打ち上げの中止を・・・ッ?!」

 突然、武装集団がライフルを構えて押しかけてきた。

「Continue! Don't stop!」




《62、61、60・・・》

《打ち上げ、1分前です》


 

 世界の鼓動が高鳴る。



《49、48、47・・・》

《フレームデフレクター、冷却開始》



 すべての視線が集まる。



《33、32、31・・・》

《ウォーターカーテン、散水開始》



《15、14、13・・・》

《フライトモード、オン》




《6、5、4》

《全システム、準備完了》





《3、2、1》








「行けッ!!」

「吹っ飛べ!!」




 アローが、誘導弾を放った──。




《メインエンジンスタート。SRBー3点火、リフトオフ》

 爆炎と共に、白い煙が舞い上がる。人々の夢と注目を背負い・・・いま、人工衛星『はばたき』は打ち上げられた。

 その直後だった。飛び上がった機体に、ひと筋の白い線が衝突した。数秒後、エンジン付近で小さな爆発が起きた。機体に亀裂が入り、あらゆる箇所から炎と煙が漏れ出している。ロケットは宙で傾き、白い煙が瞬く間に黒に染まった。
 そして、完全に失速したその瞬間・・・大爆発。ロケット全体が、爆炎に飲み込まれていく。空を揺るがす轟音と共に、人工衛星『はばたき』は爆散したのだ。

 青空に見える黒煙と爆炎。

 目撃者となった者たちは皆、揃って口を開けたまま。ただ呆然と、散りゆく破片と灰を見つめていた。







 打ち上げ展望施設──

 観光客のすべてが、炎に包まれながら地上に降り注ぐ破片を、唖然と見つめていた。

「おとーさんきれいだねー!」





 同時刻、警視庁公安部──

《速報です。本日、打ち上げ予定だった人工衛星『はばたき』が・・・》

「土井さん、コレ・・・!」

 出前のそばを啜っていた土井たちは、箸を持っていることも忘れて、テレビに夢中になっていた。

《また、今回の事故の詳・・・》

 突然、テレビ画面が砂嵐に切り替わった。土井は投げ捨てるように箸を置くと、急いで支度を始めた。

「すぐに出るぞ!」

「ハイ!」






 Group Emma本部──

「たった今、観測隊から報告が入りました。作戦は成功です」

 オフィスチェアに座ったまま、エマは不敵な笑みを浮かべた。








 上空に自衛隊のヘリが現れた。プロペラから生まれる暴風は草木を乱暴に揺らし、ベルの髪を乱していく。やがて、着陸したヘリから隊員が出てきた。

「お迎えにあがりました」

「ありがとう。生存者は?」

「たった今、捜査中です」

「そう・・・」

 ベルがヘリに乗りむと、中には実行部隊の生き残り数名とビットが座っていた。

「リーダー・・・! ご無事で何よりです」

 ビットたちの安堵した表情に、ベルは微笑んだ。

「心配かけたわね」

 ヘリが浮上する。遠くなっていく大地。空には爆発による煙が微かに残っている。遠くに見える宇宙センターはまさに惨事。降り注いだロケットの破片が燃え盛り、混沌としている。

 ホント、あんたたちは・・・。上司の気も知らないで無茶ばっかりして・・・。

「ふたりがやったのでしょうか」

 ふと、ビットが呟いた。ベルは視線を戻すことなく、遠い地上でもくもくと黒煙を上げるロケットの破片を見つめた。

「帰ったら目一杯怒ってやるわ」

 ビットから顔を背けるようにして呟くベルの背中は、どこか小さく見えた。
 やがて種子島を離れたヘリコプター。向かいから、自衛隊機が種子島に向けて飛んでいくのが見えた。

「ビット」

「はい」

「・・・世界が変わるわよ」
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