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07王女の一手がするどい
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私たちは、中核貿易都市ゼノグラシアを訪れていた。
魔王討伐のための情報収集――それが、この街に足を運んだ理由だ。
ゼノグラシアの冒険者ギルドは、国内最大級と名高い。
各地から集まる冒険者、商人、密偵まがいの者までが行き交い、
魔族の動向、魔王軍の侵攻、王国軍との衝突地点など、
ありとあらゆる情報がここに集積されている。
どの土地に何が出現したのか。
どこで戦線が膠着しているのか。
そして――魔王城へ至る道は、今も通れるのか。
私たちは、それらの断片を拾い集め、
魔王城への到達ルートを、何度も練り直していた。
ここ数日は、
朝から晩までギルドに詰め、
時には気晴らしと称して街を見物し、
緊張と緩和を繰り返す日々を過ごしていた。
そんなある日のことだ。
ギルド長に呼び止められ、
この都市に居を構える貴族――グレイム・ヴァルディオ伯爵が、
私たちに用があるので屋敷まで来てほしい、と伝えられた。
勇者一行に、貴族からの呼び出し。
自然と、依頼の話だろう、と察しはついた。
私たちは連れ立って、伯爵の屋敷へ向かった。
「ようこそ。勇者諸君。ご足労かたじけない」
出迎えたグレイム伯爵は、温厚そうな初老の紳士だった。
柔らかな笑みの奥に、長年この街を治めてきた者の落ち着きが滲んでいる。
「実は、あなた方に会いたいと望んでいる方がおられてな」
そう言って、伯爵は私たちを屋敷の奥へと案内した。
いったい、誰だろう。
扉が開かれ、部屋の中へ足を踏み入れる。
整えられた調度品、豪奢だが派手すぎない室内。
その中央にはソファが置かれ――
その傍らに、一人の女性が立っていた。
見覚えがある。
女性は、こちらに穏やかな微笑みを向ける。
「お久しぶりですね。勇者マルク」
胸の奥が、わずかにざわめいた。
この人は――
国王陛下との謁見の折、王宮でお目にかかった。
アレイシア王女だ。
ブラムたちも気づいたらしく、
「あっ」
と声を上げ、慌てて膝をつく。
私も倣おうとした、そのときだった。
「堅苦しい挨拶は不要です。さあ、こちらへ。おかけになって」
そう言って、王女は手でソファを示す。
誘われるまま、私たちは腰を下ろした。
「今はお忍びの身なのです。どうか皆さんも、気楽にしてください」
私たちの向かいに、アレイシア王女が座る。
その背後には、無言で佇む近衛兵の姿。
距離が、近い。
思った以上に。
ソファ越しとはいえ、向かい合って座るアレイシア王女との距離は、
王宮での謁見のときとは比べものにならないほど近く、
どうにも、落ち着かない。
とくに――エリオだ。
彼は、背筋をぴんと伸ばしたまま、
まるで石像のように固まり、微動だにしていなかった。
……そういえば。
偉い人は苦手だ、と、言っていたな。
◇
「旅は、順調ですか?」
ほんの形式的な挨拶のあと、
アレイシア王女は、わずかに表情を引き締めた。
「勇者パーティの皆さん。あなたたちに、どうしても急ぎお伝えしたいことがあり、
こうしてお待ちしていました」
「……はい」
私たちは、自然と身を固くする。
「今、ここより東の――バナ高原で、
国王軍第一師団と魔王軍が対峙していることは、ご存じですか?」
「その話は、ギルドでの情報収集で、存じております」
私が答えると、王女は小さくうなずいた。
「では、話が早いですね。
現在、国王軍第一師団は、苦戦を強いられています」
王女は、言葉を選ぶように、静かに続ける。
「大きな原因は――
魔王軍が引き連れている大型魔獣の存在です。
ドラゴン、そしてヘビーモス。
その圧倒的な威力に、部隊の陣形が幾度も崩されているそうです」
話の方向が、まだ見えない。
国王軍が苦戦している。
由々しき事態であることは間違いない。
だが、それを――なぜ、私たちに?
王女は、私の怪訝な視線を察したかのように、
小さく首を縦に振り、続きを告げた。
「そのような大型魔獣は、軍の兵士とは相性が悪い。
そこで――」
王女は、はっきりと言った。
「それらの討伐を目的として、
一時、勇者パーティを国王軍第一師団に合流させる。
その方針が、先日の軍議で決まりました」
「ええ?」
横で、ブラムが思わず声を上げる。
「王女様。
古来より、勇者パーティは単独行動が常。
軍と共に行動するなど、聞いたことがありません」
「そのとおりです、戦士ブラム」
王女は、否定しなかった。
「だからこそ――
その常識を覆さねばならないほど、
軍は、追い詰められているのです」
静かな口調だったが、
その言葉には、重みがあった。
「時期に、
わが父――国王より、その旨、正式な勅命が届くでしょう」
「……国王のご命令とあらば」
サミュエルが、低く言う。
「そのとおりに従うほか、ありませんな」
私たちが、ひとまず納得した様子を見せた、そのときだった。
王女は、少しだけ視線を伏せ、
まるで、言いにくいことを切り出すように、付け加えた。
「なお……
軍に合流するからには、その間、
あなたたちは、軍の指揮下に入っていただくことになります」
――?
その意味が、すぐには飲み込めず、
私は聞き返した。
「……すなわち、どういうことでしょうか」
王女は、表情を曇らせる。
「第一師団長の統括のもと、
一兵士として、他の兵士たちに混ざって行動してもらう、ということです」
胸の奥が、ひやりとした。
「それは……」
ブラムが、言葉を継ぐ。
「勇者パーティが、
バラバラになる、ということでしょうか?」
「はい」
王女は、はっきりと答えた。
「おそらく、皆さんはそれぞれ、
戦士、魔術師、レンジャー――
各兵科の部隊へ配置されることになるでしょう」
頭の中が、真っ白になる。
それは――
他の兵士との、共同生活を意味する。
男たちに混ざっての、野営。
寝起きも、着替えも、常に人目のある環境。
……女であることを、
隠し通せるわけがない。
私は、思わず青ざめた。
ふと、ブラムが、こちらを見る。
私の顔色を、窺うように。
そして、彼は、はっきりと言った。
「それには、賛同しかねます」
まっすぐに、王女を見据えて。
「我々は、パーティで行動することでこそ、
本来の力を発揮できる。
分断されては、勇者パーティである意味がない」
その言葉に、
エリオも、サミュエルも、無言でうなずく。
室内に、一瞬の静寂が落ちた。
――だが。
アレイシア王女は、
ふっと、柔らかく笑った。
「ええ。そう言うと思っていました」
そして、私たち一人ひとりを見渡し、
静かに、告げる。
「だからこそ――
勅命が下る前に、
あなたたちを探し、こうして直接、会いに来たのです」
「――策を、授けましょう」
アレイシア王女は、静かにそう切り出した。
「第一師団長に、はっきりと告げるのです。
軍には協力する。
しかし、勇者パーティは、軍の配下には属さない。
あくまで、軍とは対等の立場で、独立して行動すると」
一瞬、部屋の空気が張りつめる。
「第一師団長は、軍の規律を何よりも重んじる人物です。
勇者パーティを各隊に配属するという案も――
彼女自身の方針によるもの」
王女は、淡々と続けた。
「ですから――
彼女に、それを認めさせればよいのです」
第一師団長、エルザ・フォン・クライフェル。
私も、剣士だった身だ。
その名を知らぬはずがない。
年は、たしか二十代前半。
貴族の令嬢でありながら、
血筋でも、後ろ盾でもなく――
ただ剣一本で、幾多の猛者を打ち破り、
国王軍第一師団長の座にまで上り詰めた女傑。
剣士であれば、誰もが一度は憧れる存在だ。
……そんな人物の意見を、
本当に、曲げることなどできるのだろうか。
その疑問は、自然と口をついて出ていた。
「……それほどの英傑を、説得できるのでしょうか」
すると王女は、
まるでその問いを待ち構えていたかのように、微笑んだ。
「私は、彼女のことをよく知っています」
そして、はっきりと言う。
「彼女にとって、価値基準はただひとつ。
力です。
――自分より強い相手の言葉なら、聞くでしょう」
「……すなわち」
「すなわち?」
王女の視線が、
まっすぐに、私を射抜いた。
「勇者マルク。
第一師団長エルザに、試合を申し込みなさい」
「「「ええ!?」」」
私たち――
エリオを除く全員が、思わず声を揃えた。
だが、王女は止まらない。
「勇者マルク。
あなたは――第一師団長エルザに、勝てますか?」
その声色を聞いた瞬間、
私は悟った。
この試合は、
ただの力比べではない。
ここでの敗北は――
勇者パーティという形が終わることを意味する。
勝てるかどうかは、正直、わからない。
だが。
勝たなければならない。
それだけは、はっきりしていた。
「……勝ちます」
私は、王女の目をまっすぐに見て、そう答えた。
「おい!」
ブラムが、思わず声を上げる。
だが、王女はそれを手で制し、
満足そうに微笑んだ。
「ええ。
あなたなら、そう言うと思っていました」
そして、静かに告げる。
「では――健闘を、祈ります」
その直後。
「勇者マルク。
……少し、ふたりだけで話があります。よろしいでしょうか?」
そう言って、王女は席を立ち、
私を促した。
私は仲間たちに、
「少し待っていてくれ」と目で伝え、
王女の後を追う。
◇
屋敷の中庭。
高い塀に囲まれたその場所には、周囲に人影はなく、
昼下がりの光だけが静かに差し込んでいた。
先を歩いていたアレイシア王女が、ふと足を止め、振り向く。
「マリア。元気そうでよかった」
――胸が、わずかに跳ねた。
王女は、
私の本当の名を呼んだ。
そうだ。
この方は、私の正体を知っている。
自然と、記憶がよみがえる。
旅立ちの日。
王都での謁見を終えたあと、
王女は私に声をかけ、
今と同じように、ひとり王宮の中庭へと連れ出した。
そして、開口一番――こう言ったのだ。
「あなた、女でしょう?」
息が止まるほど、驚いた。
男装は、完璧なはずだった。
実際、誰からも一度たりとも怪しまれてはいなかった。
それを、この王女は――
一目で、見抜いた。
意表を突かれ、言葉を失っている私に、
王女は、こともなげに言った。
「私、そういう勘は鋭いのよ」
そして、続けて。
「その男の恰好……
何か事情があるのだとは思いますが、
そこまでして勇者を引き受ける必要はありません」
穏やかな声だった。
だが、その内容は、はっきりしていた。
「すぐに、辞退なさい」
謁見の間でお見かけしたときは、
いかにも箱入りの王女、といった
柔らかく、優しげな雰囲気だった。
――だが、このときの瞳は違った。
鋭く、まっすぐに私を射抜くその視線は、
とても同一人物とは思えなかった。
この人は、只者ではない。
その直感は、今でもはっきりと覚えている。
それでも私は、
勇者という役目は名誉であり、
何としても引き受けたいのだと答えた。
すると王女は、
呆れたように肩をすくめ、
「剣士という人種の考えは、
どうにも理解できません」
そう言ってから――
私の手を取った。
「それでも」
王女の声が、少しだけ柔らぐ。
「そこまでして、魔王を倒そうとするあなたの覚悟には、
感服しました」
そして、はっきりと。
「私は、なるべくあなたの力になりたいと思います」
あの言葉が、
どれほど私を支えてきたか。
そして今回も――
王女は、わざわざこの地まで、
単身で忠告に来てくださった。
そのフットワークの軽さ。
行動の大胆さ。
改めて、
この方の底知れぬ強さを感じずにはいられなかった。
そんな私の思いを知ってか知らずか、
王女は、再びあの鋭い瞳を向ける。
「男のふりをしなさい、の次は、
軍に合流しなさい、ですよ?」
小さく、ため息をつく。
「皆さん、勝手なことを言いすぎです」
そして、静かに。
「マリア。
あなた、これを機会に……
もう、勇者なんてやめてしまっても、
よろしいのでは?」
「……お気遣い、ありがとうございます」
私は、一度息を整え、答えた。
「でも、私――
まだ、がんばれます」
その言葉に、
王女はしばし私を見つめ、
やがて、苦笑する。
「あなたも、相当頑固ですね」
そして、どこか楽しそうに。
「エルザと、いい勝負です」
ふっと肩の力を抜き、
「わかりました。
もう、止めません」
そう言って、私の手を取り、
穏やかに微笑んだ。
「存分に、やりなさい」
皆の待つ部屋へ戻る、その途中。
王女は、ふと思い出したように足を止める。
「そうそう。
ひとつ、言っておかなければならないことがあります」
そして、さらりと――
だが、決定的な一言を告げた。
「第一師団長エルザは……
大の、男嫌いです」
◇
屋敷からの帰り道。
すでに日は傾き、
石畳の通りには、長い影が伸びていた。
「それで?」
サミュエルが、歩きながら横目でこちらを見て、
にやりと笑う。
「いったい、王女様と二人きりで、
何を話していたのだ?」
「……」
答える前に、
今度はエリオが、ぶっきらぼうに口を挟む。
「やっぱり、王女様も、
お前がいいってことなんだろう」
そう呟く声は、
どこか、面白くなさそうだった。
「違う」
私は、即座に否定する。
「そういう話じゃない。
今回の件について、忠告を受けていただけだ」
それ以上は、語らなかった。
そのやり取りを、
ブラムは少し離れた位置から、黙って聞いていた。
やがて、彼は立ち止まり、
真剣な表情で、私を見る。
「……師団長と対決する、だなんて」
低い声で、言った。
「本当に、それでいいのか?」
なぜだろう。
ブラムは、いつもこうして、
私の身を案じてくれる。
「……ああ」
私は、少しだけ胸を張って答えた。
「俺も、勇者だ。
相手が師団長だろうと、
負けるつもりはない」
――強がりだ。
自分でも、そう思う。
だが、ここで弱音を吐くわけにはいかなかった。
ブラムは、しばらく何も言わず、
やがて、小さく息をつく。
「……そうか」
それ以上、彼は何も言わなかった。
その沈黙が、
かえって、胸に重く残る。
そして――
国王軍第一師団より、
正式な合流要請が届いたのは、
それから、ほどなくしてのことだった。
魔王討伐のための情報収集――それが、この街に足を運んだ理由だ。
ゼノグラシアの冒険者ギルドは、国内最大級と名高い。
各地から集まる冒険者、商人、密偵まがいの者までが行き交い、
魔族の動向、魔王軍の侵攻、王国軍との衝突地点など、
ありとあらゆる情報がここに集積されている。
どの土地に何が出現したのか。
どこで戦線が膠着しているのか。
そして――魔王城へ至る道は、今も通れるのか。
私たちは、それらの断片を拾い集め、
魔王城への到達ルートを、何度も練り直していた。
ここ数日は、
朝から晩までギルドに詰め、
時には気晴らしと称して街を見物し、
緊張と緩和を繰り返す日々を過ごしていた。
そんなある日のことだ。
ギルド長に呼び止められ、
この都市に居を構える貴族――グレイム・ヴァルディオ伯爵が、
私たちに用があるので屋敷まで来てほしい、と伝えられた。
勇者一行に、貴族からの呼び出し。
自然と、依頼の話だろう、と察しはついた。
私たちは連れ立って、伯爵の屋敷へ向かった。
「ようこそ。勇者諸君。ご足労かたじけない」
出迎えたグレイム伯爵は、温厚そうな初老の紳士だった。
柔らかな笑みの奥に、長年この街を治めてきた者の落ち着きが滲んでいる。
「実は、あなた方に会いたいと望んでいる方がおられてな」
そう言って、伯爵は私たちを屋敷の奥へと案内した。
いったい、誰だろう。
扉が開かれ、部屋の中へ足を踏み入れる。
整えられた調度品、豪奢だが派手すぎない室内。
その中央にはソファが置かれ――
その傍らに、一人の女性が立っていた。
見覚えがある。
女性は、こちらに穏やかな微笑みを向ける。
「お久しぶりですね。勇者マルク」
胸の奥が、わずかにざわめいた。
この人は――
国王陛下との謁見の折、王宮でお目にかかった。
アレイシア王女だ。
ブラムたちも気づいたらしく、
「あっ」
と声を上げ、慌てて膝をつく。
私も倣おうとした、そのときだった。
「堅苦しい挨拶は不要です。さあ、こちらへ。おかけになって」
そう言って、王女は手でソファを示す。
誘われるまま、私たちは腰を下ろした。
「今はお忍びの身なのです。どうか皆さんも、気楽にしてください」
私たちの向かいに、アレイシア王女が座る。
その背後には、無言で佇む近衛兵の姿。
距離が、近い。
思った以上に。
ソファ越しとはいえ、向かい合って座るアレイシア王女との距離は、
王宮での謁見のときとは比べものにならないほど近く、
どうにも、落ち着かない。
とくに――エリオだ。
彼は、背筋をぴんと伸ばしたまま、
まるで石像のように固まり、微動だにしていなかった。
……そういえば。
偉い人は苦手だ、と、言っていたな。
◇
「旅は、順調ですか?」
ほんの形式的な挨拶のあと、
アレイシア王女は、わずかに表情を引き締めた。
「勇者パーティの皆さん。あなたたちに、どうしても急ぎお伝えしたいことがあり、
こうしてお待ちしていました」
「……はい」
私たちは、自然と身を固くする。
「今、ここより東の――バナ高原で、
国王軍第一師団と魔王軍が対峙していることは、ご存じですか?」
「その話は、ギルドでの情報収集で、存じております」
私が答えると、王女は小さくうなずいた。
「では、話が早いですね。
現在、国王軍第一師団は、苦戦を強いられています」
王女は、言葉を選ぶように、静かに続ける。
「大きな原因は――
魔王軍が引き連れている大型魔獣の存在です。
ドラゴン、そしてヘビーモス。
その圧倒的な威力に、部隊の陣形が幾度も崩されているそうです」
話の方向が、まだ見えない。
国王軍が苦戦している。
由々しき事態であることは間違いない。
だが、それを――なぜ、私たちに?
王女は、私の怪訝な視線を察したかのように、
小さく首を縦に振り、続きを告げた。
「そのような大型魔獣は、軍の兵士とは相性が悪い。
そこで――」
王女は、はっきりと言った。
「それらの討伐を目的として、
一時、勇者パーティを国王軍第一師団に合流させる。
その方針が、先日の軍議で決まりました」
「ええ?」
横で、ブラムが思わず声を上げる。
「王女様。
古来より、勇者パーティは単独行動が常。
軍と共に行動するなど、聞いたことがありません」
「そのとおりです、戦士ブラム」
王女は、否定しなかった。
「だからこそ――
その常識を覆さねばならないほど、
軍は、追い詰められているのです」
静かな口調だったが、
その言葉には、重みがあった。
「時期に、
わが父――国王より、その旨、正式な勅命が届くでしょう」
「……国王のご命令とあらば」
サミュエルが、低く言う。
「そのとおりに従うほか、ありませんな」
私たちが、ひとまず納得した様子を見せた、そのときだった。
王女は、少しだけ視線を伏せ、
まるで、言いにくいことを切り出すように、付け加えた。
「なお……
軍に合流するからには、その間、
あなたたちは、軍の指揮下に入っていただくことになります」
――?
その意味が、すぐには飲み込めず、
私は聞き返した。
「……すなわち、どういうことでしょうか」
王女は、表情を曇らせる。
「第一師団長の統括のもと、
一兵士として、他の兵士たちに混ざって行動してもらう、ということです」
胸の奥が、ひやりとした。
「それは……」
ブラムが、言葉を継ぐ。
「勇者パーティが、
バラバラになる、ということでしょうか?」
「はい」
王女は、はっきりと答えた。
「おそらく、皆さんはそれぞれ、
戦士、魔術師、レンジャー――
各兵科の部隊へ配置されることになるでしょう」
頭の中が、真っ白になる。
それは――
他の兵士との、共同生活を意味する。
男たちに混ざっての、野営。
寝起きも、着替えも、常に人目のある環境。
……女であることを、
隠し通せるわけがない。
私は、思わず青ざめた。
ふと、ブラムが、こちらを見る。
私の顔色を、窺うように。
そして、彼は、はっきりと言った。
「それには、賛同しかねます」
まっすぐに、王女を見据えて。
「我々は、パーティで行動することでこそ、
本来の力を発揮できる。
分断されては、勇者パーティである意味がない」
その言葉に、
エリオも、サミュエルも、無言でうなずく。
室内に、一瞬の静寂が落ちた。
――だが。
アレイシア王女は、
ふっと、柔らかく笑った。
「ええ。そう言うと思っていました」
そして、私たち一人ひとりを見渡し、
静かに、告げる。
「だからこそ――
勅命が下る前に、
あなたたちを探し、こうして直接、会いに来たのです」
「――策を、授けましょう」
アレイシア王女は、静かにそう切り出した。
「第一師団長に、はっきりと告げるのです。
軍には協力する。
しかし、勇者パーティは、軍の配下には属さない。
あくまで、軍とは対等の立場で、独立して行動すると」
一瞬、部屋の空気が張りつめる。
「第一師団長は、軍の規律を何よりも重んじる人物です。
勇者パーティを各隊に配属するという案も――
彼女自身の方針によるもの」
王女は、淡々と続けた。
「ですから――
彼女に、それを認めさせればよいのです」
第一師団長、エルザ・フォン・クライフェル。
私も、剣士だった身だ。
その名を知らぬはずがない。
年は、たしか二十代前半。
貴族の令嬢でありながら、
血筋でも、後ろ盾でもなく――
ただ剣一本で、幾多の猛者を打ち破り、
国王軍第一師団長の座にまで上り詰めた女傑。
剣士であれば、誰もが一度は憧れる存在だ。
……そんな人物の意見を、
本当に、曲げることなどできるのだろうか。
その疑問は、自然と口をついて出ていた。
「……それほどの英傑を、説得できるのでしょうか」
すると王女は、
まるでその問いを待ち構えていたかのように、微笑んだ。
「私は、彼女のことをよく知っています」
そして、はっきりと言う。
「彼女にとって、価値基準はただひとつ。
力です。
――自分より強い相手の言葉なら、聞くでしょう」
「……すなわち」
「すなわち?」
王女の視線が、
まっすぐに、私を射抜いた。
「勇者マルク。
第一師団長エルザに、試合を申し込みなさい」
「「「ええ!?」」」
私たち――
エリオを除く全員が、思わず声を揃えた。
だが、王女は止まらない。
「勇者マルク。
あなたは――第一師団長エルザに、勝てますか?」
その声色を聞いた瞬間、
私は悟った。
この試合は、
ただの力比べではない。
ここでの敗北は――
勇者パーティという形が終わることを意味する。
勝てるかどうかは、正直、わからない。
だが。
勝たなければならない。
それだけは、はっきりしていた。
「……勝ちます」
私は、王女の目をまっすぐに見て、そう答えた。
「おい!」
ブラムが、思わず声を上げる。
だが、王女はそれを手で制し、
満足そうに微笑んだ。
「ええ。
あなたなら、そう言うと思っていました」
そして、静かに告げる。
「では――健闘を、祈ります」
その直後。
「勇者マルク。
……少し、ふたりだけで話があります。よろしいでしょうか?」
そう言って、王女は席を立ち、
私を促した。
私は仲間たちに、
「少し待っていてくれ」と目で伝え、
王女の後を追う。
◇
屋敷の中庭。
高い塀に囲まれたその場所には、周囲に人影はなく、
昼下がりの光だけが静かに差し込んでいた。
先を歩いていたアレイシア王女が、ふと足を止め、振り向く。
「マリア。元気そうでよかった」
――胸が、わずかに跳ねた。
王女は、
私の本当の名を呼んだ。
そうだ。
この方は、私の正体を知っている。
自然と、記憶がよみがえる。
旅立ちの日。
王都での謁見を終えたあと、
王女は私に声をかけ、
今と同じように、ひとり王宮の中庭へと連れ出した。
そして、開口一番――こう言ったのだ。
「あなた、女でしょう?」
息が止まるほど、驚いた。
男装は、完璧なはずだった。
実際、誰からも一度たりとも怪しまれてはいなかった。
それを、この王女は――
一目で、見抜いた。
意表を突かれ、言葉を失っている私に、
王女は、こともなげに言った。
「私、そういう勘は鋭いのよ」
そして、続けて。
「その男の恰好……
何か事情があるのだとは思いますが、
そこまでして勇者を引き受ける必要はありません」
穏やかな声だった。
だが、その内容は、はっきりしていた。
「すぐに、辞退なさい」
謁見の間でお見かけしたときは、
いかにも箱入りの王女、といった
柔らかく、優しげな雰囲気だった。
――だが、このときの瞳は違った。
鋭く、まっすぐに私を射抜くその視線は、
とても同一人物とは思えなかった。
この人は、只者ではない。
その直感は、今でもはっきりと覚えている。
それでも私は、
勇者という役目は名誉であり、
何としても引き受けたいのだと答えた。
すると王女は、
呆れたように肩をすくめ、
「剣士という人種の考えは、
どうにも理解できません」
そう言ってから――
私の手を取った。
「それでも」
王女の声が、少しだけ柔らぐ。
「そこまでして、魔王を倒そうとするあなたの覚悟には、
感服しました」
そして、はっきりと。
「私は、なるべくあなたの力になりたいと思います」
あの言葉が、
どれほど私を支えてきたか。
そして今回も――
王女は、わざわざこの地まで、
単身で忠告に来てくださった。
そのフットワークの軽さ。
行動の大胆さ。
改めて、
この方の底知れぬ強さを感じずにはいられなかった。
そんな私の思いを知ってか知らずか、
王女は、再びあの鋭い瞳を向ける。
「男のふりをしなさい、の次は、
軍に合流しなさい、ですよ?」
小さく、ため息をつく。
「皆さん、勝手なことを言いすぎです」
そして、静かに。
「マリア。
あなた、これを機会に……
もう、勇者なんてやめてしまっても、
よろしいのでは?」
「……お気遣い、ありがとうございます」
私は、一度息を整え、答えた。
「でも、私――
まだ、がんばれます」
その言葉に、
王女はしばし私を見つめ、
やがて、苦笑する。
「あなたも、相当頑固ですね」
そして、どこか楽しそうに。
「エルザと、いい勝負です」
ふっと肩の力を抜き、
「わかりました。
もう、止めません」
そう言って、私の手を取り、
穏やかに微笑んだ。
「存分に、やりなさい」
皆の待つ部屋へ戻る、その途中。
王女は、ふと思い出したように足を止める。
「そうそう。
ひとつ、言っておかなければならないことがあります」
そして、さらりと――
だが、決定的な一言を告げた。
「第一師団長エルザは……
大の、男嫌いです」
◇
屋敷からの帰り道。
すでに日は傾き、
石畳の通りには、長い影が伸びていた。
「それで?」
サミュエルが、歩きながら横目でこちらを見て、
にやりと笑う。
「いったい、王女様と二人きりで、
何を話していたのだ?」
「……」
答える前に、
今度はエリオが、ぶっきらぼうに口を挟む。
「やっぱり、王女様も、
お前がいいってことなんだろう」
そう呟く声は、
どこか、面白くなさそうだった。
「違う」
私は、即座に否定する。
「そういう話じゃない。
今回の件について、忠告を受けていただけだ」
それ以上は、語らなかった。
そのやり取りを、
ブラムは少し離れた位置から、黙って聞いていた。
やがて、彼は立ち止まり、
真剣な表情で、私を見る。
「……師団長と対決する、だなんて」
低い声で、言った。
「本当に、それでいいのか?」
なぜだろう。
ブラムは、いつもこうして、
私の身を案じてくれる。
「……ああ」
私は、少しだけ胸を張って答えた。
「俺も、勇者だ。
相手が師団長だろうと、
負けるつもりはない」
――強がりだ。
自分でも、そう思う。
だが、ここで弱音を吐くわけにはいかなかった。
ブラムは、しばらく何も言わず、
やがて、小さく息をつく。
「……そうか」
それ以上、彼は何も言わなかった。
その沈黙が、
かえって、胸に重く残る。
そして――
国王軍第一師団より、
正式な合流要請が届いたのは、
それから、ほどなくしてのことだった。
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