勇者の様子がおかしい

しばたろう

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06賢者の様子がおかしい

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 俺たちは、嘆きの洞窟を抜けた。
 サキュバスのヴェルネは、マルクに撃退されて以来、ついに姿を現さなかった。
 その後は、拍子抜けするほど平穏な道のりだった。

 ……もっとも、
 ときおり、天井の闇から大ムカデが降ってくるという小事件はあったが。

 そのたびに、マルクは、
「ひっ……!」
 と短い悲鳴を上げ、派手に飛びのく。

 俺たちも、もう心得たものだ。
 さっと陣形を組み、自然な流れでマルクをかばいながら、
 大ムカデにとどめを刺す。

 正直なところ、
 ヴェルネから俺たちを守ってくれたマルクに比べれば、
 大ムカデを百匹倒したところで、借りは返しきれないだろう。

 ――だが。

 ヴェルネの術が、マルクにまったく効かなかったことについては、
 俺は、どうしても腑に落ちなかった。

 エリオは、
 「勇者の精神力が成せることだ」
 と納得していたが。

 魔力耐性には人一倍自信のある賢者である俺でさえ、
 抗うことのできなかった、あの支配の術だ。
 それを、精神力の一言で片づけるには、無理がある。

 出会った当初から、
 風変わりな勇者だとは思っていた。

 だが、マルクからは、
 それだけでは説明できない――
 なにか、得体の知れないものを感じる。

 なにかを、隠している。
 そんな直感が、消えない。

 そして、俺は、
 マルクの正体について、ひとつの仮説に至った。



 俺たちは、近くの村にたどり着き、
 久しぶりに、まともな宿に泊まることができた。

 もちろん、
 マルクだけは、別室だ。

 その夜。
 宿の一室で、俺は、
 ブラムとエリオに、自分の仮説を打ち明けた。

「ヴェルネの件で、俺は、ほぼ確信した。
 マルクは――ではないんじゃないか」

「ええっ?」
 エリオが、素っ頓狂な声を上げる。
「たしかに変わってはいるけど、それは飛躍しすぎじゃないか?」

 ブラムは、眉ひとつ動かさず、静かに聞き返した。
「では、マルクは何者だと考えている?」

 俺は、言葉を選びながら答える。

「おそらく、マルクは――」

「おそらくは?」
 二人が同時に促す。

「……魔族だ。
 魔族が、人間に化けている。
 だから、ヴェルネの支配が効かなかった」

「さすがに、それは――!」
 エリオが、思わず立ち上がる。
「飛躍しすぎだろ!!」

「いや、根拠はまだある」
 俺は、冷静に続けた。
「マルクは、かたくなに俺たちと温泉に入ろうとしなかった。
 背中に黒い翼があるか、尻にしっぽが生えている可能性がある」

「いやいやいや!」
 エリオは、頭を抱える。
「それ、完全に妄想だぞ!」

 ブラムだけは、落ち着いたままだった。

「……仮に、そうだとして」
「なぜ、魔族が勇者のふりをしている?」

「それが、わからない」
 俺は、正直に答える。
「俺たちを始末するためか。
 それとも、魔王に恨みがあるのか……」

「本人に聞けばいいんじゃない?」
 エリオが、気軽に言う。

「無理だな」
 ブラムが即座に否定する。
「いきなり“お前、魔族だろ”とは聞けない」

 そして、ブラムは、言葉を続けた。

「それに……」
「仮に、マルクが正体を隠しているとしても、
 彼は神に選ばれ、勇者となった存在だ」

「それは、
 マルクが信用に足る人物だという証でもある」

「……それは、そうだね」
 エリオが、うなずく。

「正体を隠しているなら、きっと理由がある」
 ブラムは、静かに締めくくった。
「時が来れば、マルク自身が明かすだろう。
 それまで、俺たちは待てばいい」

 ――説得力があった。

「そうだな」
 俺も、うなずく。
「このパーティは、うまくいっている。
 わざわざ、波風を立てる必要はない」

「だが、用心だけはしてくれ」
「それだけは、覚えておいてほしい」

「わかった」
 ブラムが応じる。

「ああ、そうするよ」
 エリオは肩をすくめた。
「……気にしすぎだと思うけどね」

 ブラムの言う通りかもしれない。
 俺は、少し警戒心が強くなりすぎていたのだろう。

 この件は、
 ひとまず、ここまでだ。

 久しぶりに、柔らかなベッドに身を沈める。
 今夜は、ゆっくり休めそうだ。

 ――

 眠りに落ちる刹那、
 まどろみの底で、ふと、
 ブラムは、マルクの肩を持ちすぎではないか?
 という疑念が頭をよぎったが。

 その考えも、
 深い眠りに飲み込まれ、
 すぐに、消えてしまった。



 翌朝。

 俺たちが宿の食堂に赴くと、
 すでに、マルクは席についていた。

 湯気の立つ茶杯を手に、
 静かにお茶を飲んでいる。

 いつも通りの旅装。
 乱れのない身なり。
 整えられた髪。

 そして――
 変わらない、穏やかな表情。

「おはよう」

 先に声をかけてきたのは、
 マルクのほうだった。

「おう。早いな」
「おはよう」

 ブラムもエリオも、
 いつも通りの調子であいさつを返す。

 なにも、おかしなところはない。

 俺も、
「ああ、おはよう」
 そう応じながら、
 無意識のうちに、マルクをまじまじと観察していた。

 どう見ても、
 普通の人間の男だ。

 異様な気配も、
 魔力の揺らぎもない。

 それが――
 かえって、不自然に思えるほど。

 俺の視線に気づいたのだろう。
 マルクが、少し首をかしげる。

「どうした? サミュエル」

 怪訝そうな顔。
 ごく、自然な反応。

「……いや、なんでもない」

 俺は、そう言って、視線を外した。
 
『勇者マルクは、実は魔族。』

 俺のこの仮説は、
 あながち、間違っていないのではないかと、
 今でも、思っている。

 だが同時に、
 胸の奥に、なにか小さな棘のような違和感が残っているのも事実だ。

 なにか、
 とんでもない思い違いをしている。
 あるいは、
 決定的ななにかを、見落としている。

 そんな気がしてならない。

 ――だが、
 それが、なにかは、わからない。

 今は、まだ、考える材料が足りないのだろう。

 いましばらくは、様子見だ。

 そう、結論づけた俺の内心など、
 誰にも知られることなく。

 朝の食堂では、
 湯気の立つ料理が運ばれ、
 食器の触れ合う音が、穏やかに響き。

 勇者マルクを中心に、
 何事もなかったかのように、
 平穏な朝食の時間が、流れていった。
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