R18 短編集

上島治麻

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烏山 柊亜    バーテンダー(元ホスト)×千戸 久礼    専門学校生




僕、千戸久礼は、今日、ついに、ついに、大好きな人と、ど…同、棲…、を、始めます!
ドキドキしながら、マンションのエントランスを通り抜けて、エレベーターに乗って上へ。
何度も来たことがある部屋のドアベルを鳴らす。
先週のうちに、必要なものは全部運んでもらってあったから、荷物は身の回りの物を入れたボストンバック一つだけ。
お泊まりセットみたい、なんて思って、先週のお泊りを思い出して、一人で照れていたら、
「はい。」
ガチャりと鍵を開ける音がして、中からイケメンなお兄さんが出て来た。
「お、ぉはよう!」
「おう、何だ。合鍵渡してあったろ?」
「うん…でも、なんか、使うの気が引けちゃって…。」
「ばか。今日からお前の家でもあるんだから、そんな事気にしてもしょうがないだろ?」
そう言って、ポンポンと僕の頭を撫でてくれた、このイケメンが、僕の彼氏です。
身長は高いし、かっこいいし、優しいし、申し分ないこの人は、烏山柊亜くん。
バイト先で知り合って、仲良くなって、お付き合いが始まって一年目の、まだまだラブラブカップルです。
「ほら、入んな。」
「あ、うん。お邪魔しま…、じゃなくて、えっと。ただい、ま?」
中に入るように促され、いつもの癖でお邪魔します、と言いかけて、今日から僕の家って言ってくれたのを思い出し、言い直す。
そんなに表情が豊かでない柊亜くんが、くすりと笑う。
「おかえり。」
僕は、柊亜くんの笑った顔が大好きだ。
思わず抱きついて、頭一個半上にある柊亜くんの頬にキスをした。
「久礼…。そっちじゃなくて、こっち。」
と、唇を指で示され、心臓が飛び出そうになる。
したいけど、恥ずかしくて動けないでいたら、柊亜くんの方からキスをしてくれた。
ちょっとひんやりした唇に、朝から蕩けそうになってしまう。
でもでも、どうしても言っておきたいことがあって、離れ難い唇を名残惜しくも離して一歩下がる。
「あのね、柊亜くん!今日から、よろしくお願いします!」
お辞儀付きで言うと、ちょっと驚いたように目を開いて、でもすぐ笑顔に戻った柊亜くんは、こちらこそ、とお辞儀を返してくれた。
「よろしくお願いします。」
言おう言おうと思ってたことを、ちゃんと言う事ができてホッとしていると、柊亜くんが僕の荷物を持ってくれた。
「お前の部屋、ちゃんと準備できてるよ。おいで。」
さりげなく指を絡め取られ、手をつないだまま玄関を上がって廊下を進む。
柊亜くんが数年前から住んでいるというこのマンションは、ちょっとイイ土地の駅近くと言う、高級マンションだ。
二十四歳の柊亜くんが一人で住むには広すぎる3LDKは、家賃もそれなりのお値段なんだけど、元ホストの柊亜くんには高すぎる家賃ではないらしい。
このルックスと人当たりの良さだもん、ホスト時代はちょー売れっ子だったに違いない。
今はホストをやめてバーテンダーをしているんだけど、ホスト時代に荒稼ぎした貯蓄が結構ある、みたいなことを聞いたことがある。
僕なんかが住むなんて、恐れ多いと思っていたけど、一緒にいられる時間が増えるのは、単純に嬉しかった。
柊亜くんは夜の仕事をしているし、僕はまだ専門学校に通う学生。
生活リズムはほとんど真逆だし、なかなかデートも出来なかったけれど、今日からは家にいる時間はずっと一緒にいられる。
一番突き当りの、一番日当たりのいい部屋を柊亜くんは僕に用意してくれた。
「仕事上がって帰ってきてから寝るには明るすぎる部屋だから、元々使ってなかったんだ。」
そんな事言ってはいたけど、僕の事を大切にしてくれているんだな、ってゆうのが実感できて、すごく嬉しかった。
「あ、ごめん。あいつらまた入り込んだらしい。」
そう言って、半開きだったドアの中を覗いた柊亜くんが、ため息をついた。
視線の先には、日向でまどろむ可愛こちゃんが三人。
「にゃあー。」
もとい、三匹のお猫様。
三毛とキジトラと真っ白の彼女たちは、柊亜くんの家族だ。
「シードル、キルシュ、シェリー、今日からよろしくねー!」
「にゃーあ。」
三匹を順番に撫でてご挨拶して、部屋を見渡す。
ベッドもタンスも、家具は全て柊亜くんが用意してくれた。
本当は実家にある今まで使っていたのを持ってこようと思ってたんだけど、それはダメだって言われてしまった。
まあ、中学の時から使ってるベッドは結構子供っぽい感じのやつで、柊亜くんの部屋みたいに落ち着いた雰囲気には似合わなかっただろうけど。
柊亜くんがコーディネートしてくれた部屋は、僕の好きな淡い緑を基調とした、シンプルな部屋だった。
今日からここが、僕の部屋。
嬉しくて、いてもたってもいられなくて、キルシュを抱っこしたままベッドにダイブした。
「こら、毛だらけになるぞ。」
そう言ってキルシュを取り上げた代わりに、柊亜くんが僕の腕の中に収まった。
サラサラの黒髪から覗く、切れ長の目。
意外に長めの睫毛。
通った鼻筋。
唇は薄くて、大きな口。
整った顔のドアップに、心臓がバクバク言い始める。
付き合い始めて一年経つし、キスも、それ以上も数え切れないくらいしたけど、でも、まだ僕は柊亜くんにこんなにドキドキしている。
「久礼…。」
柊亜くんに名前を呼ばれ、頬に手を添えられ、腰を引き寄せられて、深く深く、口づけられた。
たったそれだけで、僕はあっという間に蕩けてしまい、カーっと体が熱くなっていく。
柊亜くんの唇が、唇から頬、耳元、首筋へと、ゆっくり下りていく。
「ん!ま、待って!」
シャツの裾を捲られそうになって、思わず僕は身を捩って、柊亜くんに背を向ける。
「久礼?」
「あ、えっと。…そう、僕もう行かないと!」
「…そっか、これからバイトだったっけ?」
「うん、ごめんね。今日どうしてもスタッフ足りないって頼まれちゃって。」
「しょうがないよ、俺も店休めなかったし。」
「ううん。だって僕のワガママだし。」
本当は、二人共お休みの日に引越しを延期しても良かったんだけど、僕がどうしても今日がいいとワガママを言ったのだ。
何故なら、今日は柊亜くんの二十四歳の誕生日だから。
「でもでも、早く上がっていいって言われたし、上がったら速攻帰ってくるからね!」
「無理しないでいいよ。俺は七時に家出れば間に合うし、ゆっくり帰ってきな。」
「でも…。」
「でもじゃなくて、急いだせいで途中で事故にでもあったら困るだろ?」
「…うん。」
なだめるように頭を撫でられて、渋々頷く。
いつの間にか起き上がっていた柊亜くんに抱き起こさて、膝に座らされる。
「夕飯用意しておくから、一緒に食べような。」
「えー、僕もやるー!」
「お前はいてくれるだけでいいの。」
「うー。確かに僕は料理出来ないけどさー。」
むくれた頬に誤魔化すようにキスされたけど、僕は単純だから、それだけで誤魔化されてしまう。
「さて、もうすぐ八時になるけど、時間大丈夫か?」
部屋の時計を指さされて、僕ははっと立ち上がった。
そろそろ出なきゃ。
慌てて出勤準備をする僕を、ニコニコと機嫌良さそうに柊亜くんが眺めている。
あれ、そう言えば、柊亜くんいつもしてる腕時計してない。
服装もラフな部屋着だし、もしかして寝る前だったのかも。
朝方まで仕事で、もう眠いだろうに、ちゃんと起きてて僕を出迎えてくれた。
嬉しい。
カバンに携帯と財布が入っているのを確認して、僕は再び柊亜くんに抱きついた。
「じゃあ、いってきます!」
「うん、がんばっておいで。」
ギュって抱きしめてもらって、いってらっしゃいのキスももらって、僕はウキウキでマンションを出た。

「くーれーいーちゃーん、おコンニチハー。」
お店がオープンして小一時間。
お客様のお見送りに外へ出たら、急に後ろから抱きつかれた。
顔を見なくても、このオネエ口調で判別がつく。
「こんにちは、じゃないですよ店長。副店長カンカンですよ?」
そう、僕のバイト先である、美容室プリンクスの店長、桐島虎之助さんだ。
「あの子が不機嫌なのはいつものことじゃない。」
「店長がいっつも不機嫌になるようなことしてるからじゃないですか?」
ぺっと抱きつく腕を放り出し、僕は店に入る。
今帰ったお客様で午前中の予約は最後だ、昼過ぎに混み合うのを見越して、交代でランチに入る時間。
そんな時間に、悠々と遅刻してくる店長は、これでもこの業界ではそれなりに名の知れた有名な美容師だ。
今日もただの遅刻ではなくて、お得意様の何とかというモデルの家に、出張美容室をしに行くとか聞いたきがする。
「だって、あの子からかうの楽しいんですものー。」
オホホホホとたか笑う声に、バックヤードから副店長が顔を出す。
「誰をからかうのが楽しいって?」
「あら、誰かしらねー?」
「ったく、そんなことどうでもいいです。昨日のメール読んでくれました?」
「お仕事の話はランチの後にして、俺朝から何も食ってなくて腹ペコで死にそうなのよ。」
そう言って副店長をあしらって、店長はバックヤードに消えた。
よく店を開ける店長に代わって、経営を完璧にこなす店長の右腕、副店長の犀川仁央さんは、深いため息をつく。
「まったく、しょうがない。千戸くんも休憩入っていいよ。」
「はーい。」
そんなに大きくはないこの美容室は、僕を含めてスタッフが全部で九人。
ここにバイトで通い始めてもうすぐで三年になる。
僕はまだ見習いで雑用しかやれないけど、無事資格が取れて卒業できたら、正規スタッフとして雇ってくれると言ってくれた。
スタッフみんないい人たちだし、仲良いし、すごく恵まれた職場だと思う。
そして、この美容室は、何を隠そう、僕と柊亜くんが出会った記念の場所でもあるのです。
お客様だった柊亜くんを初めて見た時は、綺麗でカッコイイけど、ちょっと近寄り難い人だな、って思ったっけ。
なんて、思い出に浸っていたら、とっくにランチにかぶりついていた店長が、ニヤニヤこちらを見ているのに気がついた。
「な、何ですか?」
「いや、べーつーにー。幸せそうでムカつくなー、と思っただけよん。」
「…幸せですもん!」
耳まで赤くなっているであろう顔を背けて、僕は店長の隣の空いている椅子に座り、お相伴に預かることにした。
ここの店では、ランチは大体みんな一緒にデリバリーを頼んでしまう。
今日は中華のケータリングだ。
「で、同棲一日目はどーよ?青少年。」
「ぶっ。」
耳元で囁かれ、思わず中華スープを吹き出しそうになった。
そう、店長はオネエ口調に恥じることない(?)立派なゲイで、男性のパートナーと海外で挙式までしてしまった、オープンな人だった。
僕と柊亜さんが付き合いだした時も、すぐに同種の勘とかでバレてしまった。
それ以来、よく相談に乗ってもらっている。
何せ、僕にとって初めての彼氏なもので、わからないこととか、相談したくても人に言えないことがいっぱいだったのだ。
その道の先輩がこんなに近くにいて、頼らない道理がない。
「あら、その反応は朝から激しく愛し合っちゃった感じ?」
だけど、この人はいかんせんデリカシーがない。
時々、この人に相談したことを後悔しなくもない。
「そ、そんなこと、してませんよ!」
「そんな事って、ど、ん、な、こ、と?」
「店長!もう、からかわないでください!」
「あーら、ごめんあそばせ。おじさん若い子の恋愛に興味津々なものだから。」
意地悪く笑われ、返す言葉も見当たらなくて、無言でチャーハンを掻き込む。
何食わぬ顔で隣の席で食後のスイーツを食べていた女性スタッフ達が、さりげなく会話に入ってきた。
「そう言えば、今日は千戸くんの彼氏の誕生日なんでしょ?」
そう、ここのスタッフ達は店長が店長なので、割と偏見なく受け入れてくれる人達だった。
このお店では、僕と柊亜くんは公認カップルなのだ。
「そうなんです!今日は夕方の予約少ないし、早く帰れますかね?」
「そうねー、飛び込みとか変な客来たりしなけりゃいいんだけどー。」
「ねえねえ、千戸くん。プレゼントは何買ったの?」
「キーケースです。好きなブランドの。」
「へー、喜んでくれるといいね。」
「はい!」
お姉さん達はもう休憩終わりらしく、頑張ってね、と応援してくれながら、バックヤードを出て行った。
僕は食べ終わった食器を片付け、自分のお茶を淹れるついでに店長のお茶も淹れる。
「それで?お揃いのキーケース二個買って、家の鍵をお揃いに♡とかゆうアレだったり?」
まさしく図星を突かれて固まった僕の手から、ヒョイっと湯呑を奪って店長も席を立った。
「あーあー、わかりやすいわねえ。」
「どうせ、僕は単純ですよう。」
「直球もいいけど、あんまりいつもバカ正直だと、飽きられちゃうわよー?」
柊亜くんはそんなことない、と言い返そうとして、でも、もしかしたら、と考えてしまい、口を噤む。
どうしよう、柊亜くんは僕のこと飽きちゃう?
ぐるぐると考え込み始めてしまった僕に、店長は慌てる。
「あら、ちょっとした冗談よ!貴方の彼氏に限って、そんなことあるわけないじゃない。」
「…そうです、かね?」
「そうよー。だってあの彼氏、久礼くんにベタ惚れじゃない。だから同棲始めたんでしょ?」
「そ、そうですけど…。」
自信が持てなくて、項垂れていると、ガシャガシャと髪をかき混ぜられた。
「まったくもう、そんな顔じゃ接客できないでしょうが。」
「あ…、ごめんなさい。」
「大体、彼氏はちゃんと久礼くんの家族にご挨拶までしに行ったんでしょ?そんなの、生半可な気持ちじゃ出来ないわよ。」
「…挨拶ってゆうか、フツーに友達としてしか、紹介出来なかったですけど…。」
「そりゃそうよ!俺だって結婚決めてから家族にカミングアウトして、紹介出来るまで何年かかったことか!」
いっぱい慰められて、ようやく気持ちが浮上してきた。
そっか、そうだよね。
挨拶に行きたいって柊亜くんから言ってくれたし、それだけ僕のこと真剣に思ってくれてる、って信じていいんだよね。
「ほらほら、顔上げて。この虎之助さんが、とっておきの秘策を教えてあげるから、元気出しなさいな!」
「秘策?」
「そう、大好きな彼氏が久礼くんに惚れ直してくれること請け合いよ?」
うふふ、と含み笑いした店長にコショコショと耳打ちされ、僕は柊亜くんに惚れ直してもらうべく、一念発起したのだった。

「ただいま!」
約束通り、早く上がらせてもらえたので、五時半には家に帰ることが出来た。
初めて合鍵を使って上がり、小走りにリビングに向かったのだけど、柊亜くんの声どころか、物音一つしない静けさだった。
「…柊亜くん?」
柊亜くんは、リビングのソファーで眠っていた。
テーブルには、ちゃんと夕飯の用意がしてある。
僕は柊亜くんを起こさないように、そっとソファーの前を通り抜け、帰りがけに買ってきたケーキを冷蔵庫にしまった。
また音を立てないようにソファーまで戻って、柊亜くんの顔を覗き込む。
いつも、お泊まりしても、僕の方が柊亜くんより先に寝てしまうし、起きたら柊亜くんも起きていることが多いから、こんなにちゃんと寝顔を見たのは、初めてかもしれない。
柊亜くんは、寝顔もかっこいいなあ。
うっとりと眺めていたら、どこからともなくシェリーが現れ、ひょいっと柊亜くんの胸に飛び乗った。
重みに気づいた柊亜くんが目を覚ます。
「ん…。」
「柊亜くん、ただいま。」
「…あぁ、久礼か。おかえり。」
そう言って、シェリーを片手で抱いて床に下ろし、反対の手で僕を引き寄せる。
「わわ!」
急だったので、僕はバランスを崩して柊亜くんの上に倒れこんでしまう。
「ただいまのチュウは?」
「…うん。」
促されて、照れながらも今度はちゃんと唇にキスをする。
満足そうに笑った柊亜くんがかっこよすぎて直視できない。
照れ隠しに首元に顔を埋めると、柊亜くんの大きい手が、僕の頭を撫でる。
はうーん、幸せすぎる…。
ずっとこのままでいたかったけど、柊亜くんは出勤前で時間が限られている。
せっかくの誕生日なんだから、もっと有意義に過ごさなければ!
名残惜しみながらも起き上がると、まだ足元にいたシェリーが甘えたようににゃーんと鳴く。
「シェリーお腹すいたの?」
「にゃーん。」
「今ご飯用意してあげるね。」
猫の棚からカリカリを出して皿にあけると、他の子も飛んできた。
美味しそうに食べる彼女たちを、微笑ましいなあと眺めていたら、背中にずっしりとした重さがのしかかってきた。
「うわあ。」
重みを支えきれずにバランスを崩す僕を、柊亜くんはそのまま床に押し倒した。
「ちょ、柊亜くん?もしかかして、寝ぼけてる?」
「ちゃんと起きてるよ。」
そう言いつつも、柊亜くんはちょっと眠そうだ。
いや、ちょっと不機嫌なのかな?
微かだけど眉間にシワがあるような気がして、そっと頬を指でなぞる。
その瞬間、柊亜くんの表情が緩んで、そのままガブリと音がしそうなキスをされた。
「ん…。」
「今朝…。」
「?」
キスの合間に、柊亜くんがつぶやく。
「オアズケされたから、もう、我慢できない。」
唇が触れたままの至近距離で、じっと目を見つめられて、顔も体も発熱する。
言葉を裏付けるように、Tシャツの上から熱っぽく胸を撫でられる。
「あ…、ん。待って…。」
「なんだ、まだオアズケなのか?」
「そうじゃなくて…。」
僕は柊亜くんの下で身を捩り、近くに放り出されたままだったカバンから、小さな包を取り出した。
「先にお祝いしたいの!お誕生日おめでとう!」
「俺に?もらっていいの?」
「もちろん!…高価なものじゃなくて、ゴメンだけど。」
「ううん。嬉しい。ありがとう。」
本当に嬉しそうに包を開け始めた柊亜くん。
出てきたキーケースに、すぐさま鍵を付け替えてくれた。
喜んでもらえて良かった。
それから…。
「あの、ね。柊亜くん。もう一個、プレゼント…、あるんだ、けど…。」
「もう一個?」
「う、ん。…えっと、ちょっと待ってね。」
店長から伝授された秘策。
ちょー恥ずかしいし、めちゃくちゃ勇気がいるけれど、だけど、柊亜くんが惚れ直してくれるなら…。
僕は柊亜くんをソファーに座らせると、冷蔵庫にケーキと一緒にしまった物を取り出した。
覚悟を決めるんだ久礼!
柊亜くんに惚れ直してもらうんだ!
けど、どうしても気恥ずかしくて、柊亜くんの目を塞いだ。
「久礼?」
「準備するから、目閉じてて!」
「うん?」
首をかしげながらも、柊亜くんは目を閉じた。
目の前で手をひらひらさせて、ちゃんと見えてないのを確認してから、覚悟を決めてTシャツを脱いだ。
ズボンも脱いで、パンイチになる。
店長からプレゼントされた猫耳カチューシャを装着。
それから、パンツにピンで留めるタイプの猫しっぽも装着。
それから、それから…。
ええい!ここまで来たら、やるだけやってやるう!
ギュッと目をつぶって、自分の胸からお腹にかけて、ホイップクリームを絞り出した。
「ひゃうっ!」
あまりの冷たさに、思わず声が漏れてしまった。
「久礼?」
声に驚いて目を開けてしまった柊亜くんは、僕の格好を見て、更に驚愕の表情を浮かべた。
えっと、えっと…。
見られたものは仕方ない。
ってゆうか、そもそも、見せるつもりで準備してたわけで、見られたも何もないんだけど。
耳どころか、顔中、下手したら全身真っ赤になってるかも。
恥ずかしすぎて火を吹きそうだったけど、腹をくくって柊亜くんの膝の上に跨る。
「と、柊亜くん…。」
「…。」
「えっと、その…。」
しどろもどろな僕を、柊亜くんは怪訝な目で見る。
そんな風に見られると、やっぱりちょっと自信がなくなって、言葉が紡げない。
でも、言うって決めたから、言う!
「た…、食べ、て?」
意を決して僕が言ったのに、何故か柊亜くんはため息をついた。
あれ?
店長が言ってた反応と違う。
「コレで落ない男はいないわよ!絶対に喜んで食べてくれるんだから!」
って、言ってたんだけどなあ…。
やっぱり、僕に魅力がないからダメだったのかな?
落ち込んで項垂れた僕に、また柊亜くんはため息をつく。
「お前…、誰になんて言われたんだ?」
「え?」
「お前が自分でこんなことするわけない。」
…バレてた。
こうなった場合の対処法は、店長は教えてくれなかった。
「あー…、えっと…。」
「わかった、あいつだろ。あのオネエ店長の入れ知恵だろ?」
まさしく言い当てられてしまい、言葉につまる。
僕の表情で全てを察したらしい柊亜くんは、またため息をついた。
店長の嘘つき。
全然効果ないじゃないか。
「おい、なんでお前が泣くんだよ。」
そう言われて、はじめて自分が泣いていることに気がついた。
せっかくの柊亜くんの誕生日なのに、僕が泣いて柊亜くんを困らせちゃダメなのに、意思とは関係なく涙は止まってくれなかった。
「ほら、泣くなってば。」
「ぅう…だってぇ…。」
「なんでこんなことしようと思ったか、ちゃんと教えな?」
指で涙を拭ってくれた柊亜くんは、洋服が汚れるのも気にせずに、ぎゅっと僕を抱きしめてくれた。
温かい胸に抱きしめられて、クリームも僕の凹んだ気持ちも、ドロドロに溶け始めた。
「ぁう、だって。店長が、店長がぁ…。」
「やっぱりあいつか。あいつに何言われたんだ?」
「とぉあくんが、ぼくに、あきちゃうって…。」
「は?なんで?」
「ぼくが、たんじゅんだから。だから、ほれなお、させなきゃっ、て。」
うわーん、と声を上げてなく僕に、柊亜くんは呆れながらも背中をさすってくれた。
その手は、すごく優しくて、温かくて、僕は更に泣く。
「ほら、泣くなってば。」
そう言って柊亜くんは僕の顔を両手ですっぽりと覆うと、こつんとおでこを合わせてきた。
間近に迫った柊亜くんの目が、とても真剣で、僕も思わず黙る。
「いいか?お前はわかってないようだから、もう一回言うけど、俺はお前が思ってる以上に久礼が好きなんだ。」
「…本当に?」
「本当に、好き。大好き。愛してる。」
たまにしか言ってくれない言葉を、一度に沢山言われて、びっくりして涙が引っ込んだ。
「俺は素直で、単純で、可愛い久礼が好きなんだよ。」
「…。」
「時々こうゆう馬鹿な勘違いして突っ走るけど、それも含めて全部好き。」
「…。」
「なのに、なんで俺が飽きるとか言う発想になるかなあ?」
「…ご、ごめんなさい。」
思わず謝ると、ふっと笑ってキスされた。
単純な僕は、もうすっかり上機嫌だ。
すんすんと鼻をすする僕に、柊亜くんは続ける。
「好きすぎて、会えない時間が辛いから、一緒に住もうって言ったじゃん。」
「ぅん。」
「一緒に住む相手を知らないと心配かけると思って、久礼の家族にも会いに行ったろ?」
「…ぅん。」
「本当は、恋人ですって宣言したかったけど、初対面でいきなり言ったら、お前の家族がブッ倒れちまいそうだし、信頼関係ちゃんと出来てから、改めて挨拶に行くから。」
「…?」
「息子さんを俺にくださいって、ちゃんと言いに行くから。」
「…!?」
「俺はそれくらいの覚悟で同棲決めたから。もちろん、久礼はまだ若いし、学生だし、そんな事考えてないだろうけど、久礼の気持ちが追いつくまで、俺ちゃんと待つから。」
なんか、なんだか…、これって…。
「プロポー、ズ…?」
思わず溢れた言葉に、自分で赤面する。
柊亜くんが、こんな風に思っていてくれたなんて、全然知らなかった。
どうしよう、すごい嬉しいけど、僕はなんて言えば言いんだろう?
胸いっぱいに膨らんだこの想いを、どうにか表現しようと、言葉を探すけれど見当たらなくて、僕は柊亜くんに抱きついた。
「柊亜くん!柊亜くん!」
「好きだよ、久礼。こんな事しないでも、ちゃんと久礼が食べたいって思うから。」
そう言って、柊亜くんの指が胸のクリームを掬う。
真っ赤な舌が、クリームを舐めとる。
食べるの意味が、僕の思ってたのと違うことに気づいた。
今更ながら、自分がすんごいことをしようとしていたんだと痛感し、血が沸騰しそうだ。
そんな僕にはお構いなしで、柊亜くんの唇が僕の胸を這う。
「あ、ん。ちょ…、柊亜、くんっ!」
「もう待たない。」
「でも、でも、汚いよぅ。」
「汚くない、美味しい。」
ぺろりと唇の端のクリームを舐めとる舌先が、あまりに艶かしくて、思わず顔を背ける。
「なんだ、食べてって言ったのは久礼なのに、今更恥ずかしがってるのか?」
「…だって、そう言う意味だったと思わなくて…。」
「そう言う意味って、どういう意味?」
意地悪く笑った柊亜くんは、僕の胸の弱いところを甘噛みした。
ゾクゾクと何かが背筋を走り抜ける。
甘噛みしたところを、執拗に舐められて、思わず声が漏れる。
「う、あぁ…んぅ。」
柊亜くんと触れているトコ全部が、ジンジンと熱を持って、僕を溶かしていく。
「ねえ?久礼を食べたいんだけど。」
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