R18 短編集

上島治麻

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「、、夜間警らに行こうたってそうは行きませんよ、、」

夜半すぎ筆頭庭師は寝台の上で目を覚ました。背後からすっぽり裸の神官の胸に入れられて硬く肩を抱かれていた。

そおっと体を起こしたところで目を閉じたままの神官が腰に腕を回してきた。そうしてうわごとのように小言を呟くとその華奢な膝を枕にして再び寝息を立て始めた。

羊みたくカールのかかった短い髪はふんわりやわらかそうに見えるけれどこうして皮膚の薄い鼠蹊部などに直接触れているとそれなりに硬質でくすぐったい。

日向では乳白色に見えるけれど魔導ランタンに照らされて微かに細かな銀の砂を宿したよう。羊毛のような髪に指先をうずめると小さな魔物は神官の肩に毛布をかけた。

以前ならエラルドは寝台の傍らで椅子に座ったまま黙想がてらの経過観察かたまにうたたねという感じだった。

治癒魔法の一環である溜まりすぎた魔力の浄化の必要性が無ければ抱かないし子供の頃から見てきた自分なんかではなく、恋人を作れ、臣下の忠誠に応えろ、自分の家族を持て。

そう口先にだけ述べては逃げる魔物を追いかけて繋いでを繰り返してようやく小さな魔物は神につかえる魔物を手なづけることに成功した。

そんなことを言って先生は僕のことが嫌いですか、神官だから神を選ぶのですか、と後ろ手を取り背後からはがい締めにすれば神よりもあなただけを看ていたい私の小さな神、とすぐに口を割るので筆頭庭師にとっては尋問が簡単すぎた。

いつも何を見ているようで見ていないのかよくわからないような微笑で神殿長の役割を担う神官が自分の救命とあらば魔物と化すのを庭師はいつも見てきた。だから、そんなことは知っていたのだけれど。

筆頭庭師が非公式諜報部長を務めるオルディネ王国は魔法と魔石の国だ。人の使える魔法はそれぞれに強さも種類も違っている。全く使えない者も多い。

主には魔石を装填し、また魔物素材などの付与を施した魔導具ならば魔法の使えない者でも魔法のような効果を得ることができる。例えば火の魔石と風の魔石の装填されたヘアドライヤーなど。

筆頭庭師のような人の身に余るほどの魔法を携えた魔物が成人を迎えるのは難しい。

上級魔法を持つ成人の魔導師は血筋で高魔力が予測され子供の頃から厚い看護を受けられる高位貴族ならばいくらかは存在する。

数は少ないが庶民でも学院入学健診などで見つかった場合なら、貴族が保護という場合が多い。

彼らの魔法という武力を頼んでのことだが看護にもなるので本人らの得もある。

そんな中でも筆頭庭師の携える上級火魔法となると王国でも片手で数えるほどしか生存していない。

大抵は幼いうちに魔力暴走で亡くなるか、魔法そのものを使えなくすることで命だけは助かるか。

王族の血を引く前王の甥にあたり公爵家当主候補で桁外れの魔力量を持つセラフィノは幼い頃から数え切れないほどの魔力暴走を起こしてきた。

全身から噴き上がる炎をものともせずエラルドは意識の無い彼を抱きしめ口元へと直接治癒魔法を流し込み体内の魔力を浄化してきた。

消えかけた意識の中、炎に照らされていたからだろうか。間近なその深緑の瞳が春に枯れ枝から飛び出す若葉のように銀の光を帯びて輝いていた。

甥の救命を王に命じられたとはいえ王命でさえ神のご意志の前にはすべからく意味も価値も無い、もう諦めて神のご意志に任せては。

そう神殿の教えを口にする他の神官達を前に、王命なんか無くたって絶対に神になど渡すものか俺の小さな魔物と下町言葉で吐き捨て、ポーションを頼んでは魔法をかけ続ける。

そんな神官の様子を先代の神殿長は穏やかに微笑んで、ただ、見守っていた。気の済むまで神の元から逃げ出すが良い、神は我々神官であっても魔物となることをお許しになられています、そう兄弟の身を案じる神官達を諭しながら。

焼けこげた神官服のまま頬も白い髪も煤で染めて石の寝台の傍らへとへたり込んだまま寝息を立てる、魔導ランタンに照らされた彼の横顔を筆頭庭師は思い出していた。

ランタンの灯りを一段強くした。またつきっきりで看させてしまったが顔色は良く唇も薔薇色だ。魔力切れは起こしていない。

下げられていない皿が入り口近くにあるから厨房の方から食事を摂るよう促してくれたのだろう。

「どこにも行かないよ、僕だけの、魔物。たとえ鼠取りに城下へ出かけたとしても必ず帰ってくるからね。あなたの元へ」
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