君と初恋

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10、守りたい 灯里side

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 彼女に初めて会った時の記憶は正直そこまでない。
 ただ、困ったおばあさんを助けようとしておばあさん以上に困る彼女を何となくかわいそうに思って、優しい彼女に優しくしたいと思った。
 案の定、困り顔で途方に暮れていた彼女は俺にすごく感謝していた。
 その場はすぐに別れたしそれ以降会うことはないと思っていた。何となく自分の中で少しだけいいことをしたという記憶に留められていた。

「なんで私じゃダメなの!」

 ヒステリックに叫ぶ目の前の女の子をどう慰めたものかと考えあぐねていればじっと突き刺さる視線を感じた。
 この子は三日前に俺に告白してくれたけど俺が断ったらいろんな女の子に俺が自分ともう一人とで二股をかけていたというようなこと言いふらし始めてしまった。しかも、そのもう一人の子も俺が告白を断った子で二人で共謀していたらしい。
 もちろん真実じゃない俺は生まれてこの方彼女なんてできたことがないのだから、二股なんてかけようがない。
 俺からしたらどちらもたまにしゃべる知り合いくらいに思っていたのでここにきてどうしていいかわからない。
 こんなことを言ったら嫌味かもしれないが俺は結構モテるほうだと思う。
 尊人にも女の子と話すときは慎重に。愛想が悪いくらいで充分だと言い含められている。
 それは俺がどうしても女の子に好かれたくないというのを知っているが故の言葉だった。
 小六の時、俺は幼馴染の遠藤なのかという子が好きだった。
 小学生だったし、特別付き合うなんて言わなかったけど大好きだったし、なのかも俺を好きでいてくれてたと思う。だけど、一緒に夏祭りに行った帰り、なのかは事故にあった。酔っ払いに突き飛ばされて道路に出てしまったためだった。命に別状はなかったけど足が悪くなってスポーツなんかはできない体になった。親にも子供だけで夏祭りなんて危ないと釘を刺されていたのに俺が押し切った。

「俺が守る」と言った。
 あの時は本気で守れると思っていた。後悔なんてものじゃなかった。もう一生、誰かを守れるだなんて思うのはやめよう。誰かの人生の責任を負うのは俺にはできない。
 とても怖い。今でも、ずっと。
 そのあと彼女は引っ越してそれ以来交流はないけど、俺には相当なトラウマとなっていてそれが克服される機会もない。
 俺らの言い合いをなぜかじっと見る清純そうな彼女を巻き込んで、クソみたいなことを言えばもう近づいてこないだろうと思った。
 とにかくこれ以上女の子をそばに寄せたくなかった。
 だけど、彼女は違った。
 俺の狙い通り彼女は俺のことをクズだと認識してくれたみたいだけど、俺のためにスポドリを買ってきてくれた。
 純粋なお礼の気持ちや緊張で頬を赤くしながらも一生懸命に話してくれる健気さに気が付けば「また話したい」と言っていた。
 肩口で切りそろえられた真っ黒な髪に口から紡がれる柔らかな声、色の白い頬が赤く染まって丸い瞳に透けて見える彼女の心にとても安心した。
 心が洗われるみたいだった。
 今まで俺の周りにはいなかったタイプで柄にもなくたまたま尊人の幼馴染の親友だと言うのを利用してことあるごとに会いに行って視界に移ろうとしていた。
 こんなのは初めての感情だった。
 尊人からなこちゃんが頭がいいと聞いて幻滅されないように図書室で勉強するようになった。
 付き合うとかそんなことじゃないけど少しでも好かれたかった。
 多分この時はよく知らない彼女に純粋に興味があって友達になりたいと思っていたような気がする。
 図書室になんて入学してから初めて入ったかもしれない。

「灯里、最近図書室にいんの?」
「変なもの食ったか?」
「うっせ」

 部活の仲間には急な変化をいぶかしく思われた。
 今までしてこなかった勉強はなかなかにハードルが高くて毎日寝不足だった。
 図書室での勉強を始めてから一週間くらい経った日になこちゃんに会えたときはご褒美かと思った。
 頭がいいのは本当で普段の少しふわっとした印象はそのままに分かりやすく教えてくれた。だけど、なこちゃんは自分の学力にそこまで関心がないみたいで取得がないなんて言うのだ。
 普段、割と楽観的に見える彼女のふと見せた寂しそうな顔に今まで抱いていた興味に近い好意が「好き」に変わった瞬間を感じた。
 自分と同じほの暗い心の闇にひかれたのかもしれない。
 頬を染めたりするなこちゃんを見て俺のことを少しは好きでいてくれているとつけ上がっていたのを落とされたのは図書室からの帰り道だった。
 四人で行くことになった夏祭り、二人で抜けようと提案すれば彼女の顔には困惑が広がった。浮かれて勘違いしたことを気づかれたくなくて尊人たちのためだと言えばなこちゃんは納得したように大きくうなずいてくれた。
 そういえば、なこちゃんは俺にずっと敬語だし、そのくせ尊人には普通にため口で話しているし、スポドリだってただのお礼だ。
 彼女からにじみ出るのは「俺」への好意じゃなくて「男」に対する緊張だったんだ。
 もしかしたら、尊人のことが好きだったりするのだろうか。
 あー、嫌なことを考えてしまった。



「……灯里?」
 なこちゃんと別れた後、公園のベンチで一人、なこちゃんのことを考えていれば鈴の鳴るような声に呼ばれた。
 久し振りに聞く。だけど、一度たりとも忘れたことはなかった声。
 声のした公園の入り口を見れば遠藤なのかが立っていた。心底驚いた反応からは偶然の再会だと言うことはすぐに分かった。
 昔と変わらず少し切れ長で意志の強そうな瞳に腰まである長い髪を高く一つに結んだ姿。まるでこの場所だけ時間が巻き戻ったかのような錯覚に陥る。

「なのか……? ……どうしてここに」
「今も定期的に検査があってここ近くの病院に通っているの。今日は調子が良くて昔の家まで歩いてみたくなって」

 花がほころぶような笑みとともに何でもないことのように話すなのか。
 だけど、確かに今も彼女は傷を抱えている。

「灯里は? 何してんの?」
「俺は、……友達と下校してきたところで」

 言えない。
 好きな人ができたなんて、俺ばかりが幸せになる道なんて選んじゃいけない。俺は一生なのかの人生を台無しにした責任を取らなくちゃいけないんだ。

「そっか。……ねえ、番号教えてよ!」
「あ、うん」

 なのかは昔のまま明るくて、勢いに押されるまま番号交換した。
 少し公園のベンチで話していたらなのかの家の車が迎えに来て、彼女とはそこで別れることになった。
 また、連絡すると言って手を振るなのかに俺は笑えていただろうか。
 夏祭りの日。
 俺はなこちゃんとの約束を破ろうと思っていた。なこちゃんも微妙な反応をしていたし、抜け出さなくたって何も思わないだろうと、言わないまま花火の時間を迎えようとした時なこちゃんのほうから言ってきた。
 無責任な俺をとがめているのかと思ったら断りの一言がのどに張り付いてでて来なかった。
 高台についた。
 昔、家族と遊びに来た場所がまだあってよかった。
 自分でした約束を守ることも破りぬくこともできない自分を忌々しく思う反面、なこちゃんとなんの障害もなく話せる今が永遠に続けばいいと思った。
 だけど、終わりはいつだって突然に訪れる。



「……好き」

 一瞬自分の耳を疑って困惑の声が漏れてしまった。
 きっと、少し前の俺なら今すぐなこちゃんのことを抱きしめたのに今の俺は今すぐに彼女がこの言葉を撤回してくれることを望んでいる。
 自分勝手で最低な俺をどうして彼女は好きになったんだ。
 友達でいよう、などと言う最低な男をこの心の奥底まで透けて見えるようなきれいな子に好きになってほしくはなかった。
 夏休みが明けても言葉とは裏腹に彼女と気軽に話すことはできなかった。友達などと言っておきながら一番そんな関係を演じきれないのは自分自身だった。
 それでも彼女との縁が切れるのは怖い。
 どうしようかとうじうじしている間に体育祭の前日まで来てしまった。
『体育祭の帰り話せないかな?』
 みんな浮足立っていて好きな子に良いところを見せようと意気込んでいる奴も多い。そんななか、尊人から彼女からだと伝言が来た。
 答えが出ずに唸る。

「灯里、綿谷のこと諦めたん?」
「いや、別にそんなんじゃない。俺にはそういう権利ないから」
「なのかだろ?」

 この親友は全部お見通しのようで「ちゃんとしろ」と俺の背中を思い切り叩いてくる。

「まだ中学生の俺らがさ、幸せになっちゃいけないなんてあるはずないだろ? 綿谷ともなのかともちゃんと話せ」
 俺にはもったいないくらいの親友に励まされてもう一度なのかと会うことを決めた俺はあの公園で待ち合わせした。
 なのかを待つ間、緊張しすぎて喉が張り付くのを自販機で買ったスポドリで潤す。
 知り合ってまだ少ししか経っていないのに俺の生活のいたるところになこちゃんの痕跡がちりばめられている。

「灯里! ごめん、お待たせ」
「いや、急に呼び出してごめん」
「ううん。それで話って?」
「…………なのかはさ、今幸せ?

 俺の唐突な問いに彼女は驚きを示さない。

「えー、うん。幸せだと思うよ、すごく。なんで?」

 なのかはきっぱりと頷いてくれた。彼女はきっと俺なんかよりもずっと前に、未来に、進み始めているんだろうなと思う。

「俺も幸せになってもいいかな?
「それを決めるのは私じゃないよ。だけど、手に入れられる幸せを手放すのはあまりにも贅沢だと、私は思うよ。…………それに、このけがを君のせいだなんて思ったことは一度もない」

 どうしてこの人はこんなにも欲しい言葉をくれるんだろうか。
 俺はこんなにも人に大切にされているのに、俺は何をしている?
 お礼を伝えたくて彼女のほうを見ればなぜか必死に笑いをこらえている最中だった。

「え、なんで?」
「律儀な君が変わってなくてうれしいなって」

 そういえば彼女はこんな子だったと俺も笑いがこみあげてくる。 
 同級生なのに妙に年上っぽくふるまっていて、いつも何がそんなにって思うほど楽しそうだった。俺が身に覚えのない人に好かれるのを呆れた顔で見ながら守ってくれていて密かに憧れていたんだ。
 あの日の思い出が色鮮やかによみがえる。後悔とトラウマの霧が晴れた美しい思いでだった。

「ありがとう」

 何に対してのお礼だったのか自分でもわからない。あの日々のことだったかもしれない、今でも変わらず笑っていてくれることかもしれない。
 それでも彼女は満足げに頷く。

「こちらこそ、ありがとう。それじゃあ、行くね。あんまり君と話していたら彼氏が怒るかもしれないから」

 なのかはいたずらっぽく笑って去って行った。
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