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竜人の街
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アウファトが目覚めたのは夜が明けて間もないころだった。青白い薄明かりが包む部屋には、朝の静かでひんやりとした空気が満ちている。頬に触れる空気の冷たさに、アウファトは布団に潜ろうとした。そこで、体が動かないことに気がつく。
見れば、後ろからジェジーニアに抱きつかれていた。ジェジーニアの腕は思ったよりしっかりと絡みついていて、簡単には解けなそうだった。ぐっすり眠っていたようで、気がつかなかった。
竜人の力は強い。ジェジーニアが起き出すまではここから抜け出すのは難しそうだった。
すぐ後ろに、ジェジーニアの気持ちよさそうな寝息が聞こえる。
アウファトの瞼も誘われるように重くなって、アウファトは再び意識を手放した。
微睡の中を揺蕩うアウファトの意識を引き戻したのは、部屋の扉を叩く音だった。
扉の向こうから声がする。
「朝食の支度ができました」
「……っ、今行きます」
アウファトは寝起きの声で返事をした。すんなり身体を起こすことができて隣を見ると、ジェジーニアは安らかな寝顔を晒している。先程はしっかりとアウファトを捕まえていた腕は無造作に投げ出され、布団から出た長い尾の先が小さく揺れている。何か夢でも見ているのかもしれない。
なんだかその様子が可愛らしくて、アウファトは頬を緩めた。
まだ目を覚ます様子のないジェジーニアに布団をかけ直してやると、アウファトは起き出し、静かに部屋を出た。
食堂に行くと、焼きたてのパンの香りがアウファトの食欲を刺激した。
朝食に出されたのは薄く切った塩漬け肉、野菜のスープ、焼きたてのパンと、山羊のチーズ、みずみずしい果物だった。
普段はさして食べ物に気を使わないアウファトには、ここヴィーエガルテンでの食事は贅沢そのものだった。
係のものに頼んで、ひとり分の食事をジェジーニアのために部屋に持って帰る。部屋に戻ると、朝食の匂いのせいかジェジーニアが目を覚ました。
「あう……パン?」
「ああ。ヴェイエ、ジジ」
パンの匂いに誘われるようにジェジーニアは起き出し、応接席のアウファトの隣に座った。
ふわりと花の香りがしてアウファトの心臓が跳ねた。ジェジーニアからする花の香りだった。
ジェジーニアは嬉しそうに尾の先を揺らしている。腹が減っているのだろう。
ジェジーニアはパンを手に取り、半分にちぎってかぶりついた。
アウファトの眺める横顔は嬉しそうに緩んでいて、思わずアウファトも頬を緩めた。
「あう、おいし」
「ふふ、よかったな」
「よか、た?」
「ジェエーノ」
「ン」
ジェジーニアが満足げに笑うので、アウファトは頭を撫でてやる。子供のように喜ぶので、アウファトもついつい子ども相手のように接してしまう。
ジェジーニアが食事をする傍らで、アウファトは報告書をまとめるための支度を始める。昨夜できなかった報告書のための下準備だ。
記憶を掘り返しながら、白い揺籠のことを手帳に書き留めていく。ジェジーニアのこともだ。
結局、白い揺籠の入り口は古竜語でないと開けることはできなかった。
それから、一年前には見つけることができなかった一文も見つけた。
何度読んでも、宣誓のように見える入口の文。アムを愛と解釈するなら、それはまるで婚姻の儀式の宣誓文のようだった。
やってきたものを選別する意図を感じるそれに、アウファトの意識は引き寄せられる。
扉を開けることができたのは、なぜか。アウファトは宣誓を読み上げただけだ。古竜語を理解するものならば、容易なはずだ。
古竜語が絶えて久しいとはいえ、探せばなんとかなってしまう。
もっと、何か決定的な、鍵になることがあるはずだ。そうでなければ、わざわざこんなものを用意する意味がない。
アウファトは再び宣誓文を思い出す。
宣誓の冒頭にある善なるもの。それはおそらく白き花の一族のことだ。この地に古くから伝わる伝承に出てくる、白き王のしもべ。しかし、アウファトは自分が白き花の一族の末裔かどうかなどわからない。
アウファトが生まれたのは、貧しい普通の家だと思っていた。村も、何か特別な村だと思ったこともない。どこにでもある、小さな村だ。
護るにしろ愛するにしろ、ジェジーニアに対しての忠誠と献身が求められているのは明らかだった。そして、それに背いた場合に与えられる責苦と呪詛。それが何かもわからない。
帰ったら文献を浚い直してみるしかないと小さくため息をついた。
深く考え始めたアウファトの横顔を、ジェジーニアが不思議そうに覗き込む。
「あう?」
澄んだ声に呼ばれて手帳から顔を上げると、口元にパンくずをつけたジェジーニアがアウファトを見つめていた。
「ああ、すまない。食べ終わったのか」
「パン、おいし、アウファト」
「ふふ、ジェウ、ノッテ」
口元を拭ってやると、ジェジーニアは嬉しそうに笑う。ジェジーニアが少しずつ言葉を覚えている。アウファトはそれが嬉しかった。
見れば、後ろからジェジーニアに抱きつかれていた。ジェジーニアの腕は思ったよりしっかりと絡みついていて、簡単には解けなそうだった。ぐっすり眠っていたようで、気がつかなかった。
竜人の力は強い。ジェジーニアが起き出すまではここから抜け出すのは難しそうだった。
すぐ後ろに、ジェジーニアの気持ちよさそうな寝息が聞こえる。
アウファトの瞼も誘われるように重くなって、アウファトは再び意識を手放した。
微睡の中を揺蕩うアウファトの意識を引き戻したのは、部屋の扉を叩く音だった。
扉の向こうから声がする。
「朝食の支度ができました」
「……っ、今行きます」
アウファトは寝起きの声で返事をした。すんなり身体を起こすことができて隣を見ると、ジェジーニアは安らかな寝顔を晒している。先程はしっかりとアウファトを捕まえていた腕は無造作に投げ出され、布団から出た長い尾の先が小さく揺れている。何か夢でも見ているのかもしれない。
なんだかその様子が可愛らしくて、アウファトは頬を緩めた。
まだ目を覚ます様子のないジェジーニアに布団をかけ直してやると、アウファトは起き出し、静かに部屋を出た。
食堂に行くと、焼きたてのパンの香りがアウファトの食欲を刺激した。
朝食に出されたのは薄く切った塩漬け肉、野菜のスープ、焼きたてのパンと、山羊のチーズ、みずみずしい果物だった。
普段はさして食べ物に気を使わないアウファトには、ここヴィーエガルテンでの食事は贅沢そのものだった。
係のものに頼んで、ひとり分の食事をジェジーニアのために部屋に持って帰る。部屋に戻ると、朝食の匂いのせいかジェジーニアが目を覚ました。
「あう……パン?」
「ああ。ヴェイエ、ジジ」
パンの匂いに誘われるようにジェジーニアは起き出し、応接席のアウファトの隣に座った。
ふわりと花の香りがしてアウファトの心臓が跳ねた。ジェジーニアからする花の香りだった。
ジェジーニアは嬉しそうに尾の先を揺らしている。腹が減っているのだろう。
ジェジーニアはパンを手に取り、半分にちぎってかぶりついた。
アウファトの眺める横顔は嬉しそうに緩んでいて、思わずアウファトも頬を緩めた。
「あう、おいし」
「ふふ、よかったな」
「よか、た?」
「ジェエーノ」
「ン」
ジェジーニアが満足げに笑うので、アウファトは頭を撫でてやる。子供のように喜ぶので、アウファトもついつい子ども相手のように接してしまう。
ジェジーニアが食事をする傍らで、アウファトは報告書をまとめるための支度を始める。昨夜できなかった報告書のための下準備だ。
記憶を掘り返しながら、白い揺籠のことを手帳に書き留めていく。ジェジーニアのこともだ。
結局、白い揺籠の入り口は古竜語でないと開けることはできなかった。
それから、一年前には見つけることができなかった一文も見つけた。
何度読んでも、宣誓のように見える入口の文。アムを愛と解釈するなら、それはまるで婚姻の儀式の宣誓文のようだった。
やってきたものを選別する意図を感じるそれに、アウファトの意識は引き寄せられる。
扉を開けることができたのは、なぜか。アウファトは宣誓を読み上げただけだ。古竜語を理解するものならば、容易なはずだ。
古竜語が絶えて久しいとはいえ、探せばなんとかなってしまう。
もっと、何か決定的な、鍵になることがあるはずだ。そうでなければ、わざわざこんなものを用意する意味がない。
アウファトは再び宣誓文を思い出す。
宣誓の冒頭にある善なるもの。それはおそらく白き花の一族のことだ。この地に古くから伝わる伝承に出てくる、白き王のしもべ。しかし、アウファトは自分が白き花の一族の末裔かどうかなどわからない。
アウファトが生まれたのは、貧しい普通の家だと思っていた。村も、何か特別な村だと思ったこともない。どこにでもある、小さな村だ。
護るにしろ愛するにしろ、ジェジーニアに対しての忠誠と献身が求められているのは明らかだった。そして、それに背いた場合に与えられる責苦と呪詛。それが何かもわからない。
帰ったら文献を浚い直してみるしかないと小さくため息をついた。
深く考え始めたアウファトの横顔を、ジェジーニアが不思議そうに覗き込む。
「あう?」
澄んだ声に呼ばれて手帳から顔を上げると、口元にパンくずをつけたジェジーニアがアウファトを見つめていた。
「ああ、すまない。食べ終わったのか」
「パン、おいし、アウファト」
「ふふ、ジェウ、ノッテ」
口元を拭ってやると、ジェジーニアは嬉しそうに笑う。ジェジーニアが少しずつ言葉を覚えている。アウファトはそれが嬉しかった。
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