黄昏の竜王は純白の王を抱く

八陣はち

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王弟レイエルト

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 フィオディークの暮らす王城に北西より王弟陛下がやってくるとの噂が流れたのは、間も無く冬が始まろうかという頃だった。

 大陸の北西に広がる土地を治める王弟、レイエルト・ティスタリオ。聡明で穏やかな人物だと聞いたことがあった。彼ならフィオディークが抱える悩みを話すことができるのではないか。フィオディークは淡い期待を抱いていた。

 数日後、王城にレイエルトがやってきた。馬車ではなく、護衛を従えて飛んできたという。竜人には翼がある。飛ぶことはできるが、レイエルトの住む北西の地域から王都までは数日かかるはずだ。王弟という立場ながら、自らの翼で飛んできたというのがフィオディークの興味を引いた。
 レイエルトは数日王都に滞在するのだとか。しかし、フィオディークは神官。政治に直接携わることのないフィオディークに話をする機会が与えられるかどうかはわからなかった。

 そわそわと落ち着かない気持ちで過ごしていたフィオディークの元に侍従がやってきたのは、レイエルトがやってきてから三日後の昼下がりのことだった。

「フィオディークさま、レイエルト様がお話をしたいと」

 フィオディークの部屋を訪れた侍従から告げられた言葉に、窓辺に座って休んでいたフィオディークは慌てて立ち上がった。まさか声がかかるとは思っていなかった。

「わかりました」

 身なりを整えたフィオディークは、侍従に連れられ、応接室に通された。
 応接用の客間には、王に似た竜人がいた。眩い白金色の鱗に、同じ色の角。瞳は海のような澄んだ青をしている。代々王を輩出するティスタリオの一族の特徴だ。

「お呼び立てして申し訳ない」

 フィオディークの姿を認めると、竜人は深々と頭を下げた。王弟レイエルト。聞いていた通り、飾り気のないひとだと思った。話の通じる相手かもしれないと、フィオディークの胸には希望の光が灯る。

「お会いできて光栄です。王弟陛下」

 フィオディークは跪き頭を垂れた。

「堅苦しいのは無しにしてくれ。王の弟というだけだ。顔を上げてくれ」

 言われるままに顔を上げたフィオディークの髪が揺れる。レイエルトと目が合うと、澄んだ青が優しく細められた。王の青い瞳よりも、優しい色をしていた。

「貴方か、民に施しをしているのは」

 どうしてそれを知っているのか。フィオディークを見つめる青い瞳に怒っている様子はなく、優しい光が見えるだけだ。

「ご存知なのですか」
「ここへ来る前に、街を見てきた。民たちは皆、白い竜人に助けられたと嬉しそうにしていた」

 図らずも民からの声が聞けてフィオディークの胸には喜びが湧いた。

「ティルフィアから聞いている。民を助けようとしている神官がいると。貴方一人では大変だろう」
「いえ、民の苦しさに比べたら、これくらい」

 自分は恵まれている。民の苦しい暮らしに比べたら、自分など弱音を吐くにも値しない。

「貴方こそ、王になるべきではないか」

 レイエルトの声にフィオディークは慌てて首を横に振る。自分が王になるなど、過ぎた役目だ。考えたこともなかった。フィオディークは一介の神官にすぎない。

「私には、過ぎた役目です。レイエルト様の方が相応しいのでは」
「俺だってそうだ。今の暮らしが性に合っている。もうじき子も生まれるしな」

 レイエルトは肩をすくめてみせた。北西の地域を治めるだけの力を持つレイエルトの悪い噂は聞いたことがない。自分に比べたらよほど王に向いているのではないかとフィオディークは思う。

「あれの尻拭いをするのはごめんだ。あなたが王になったらどうだ。助力くらいならできるが」

 王になれるものに思い当たる名は他にない。レイエルトがだめなのであれば、頼れる誰かは思いつかなかった。

「少し、考えさせてください」
「ああ。何かあれば俺を尋ねるといい。ティルフィアも会いたがっていた」

 レイエルトが口にしたのは懐かしい名前だった。

「ティルフィア様はお元気ですか」
「ああ。よく働いてくれている。あれの手腕はこちらで振るうべきだろうに」

 レイエルトは遠くを見る。フィオディークもつられてその視線を追う。応接室の窓の外には、中庭が見えた。

「ティルフィアだけではない。俺の元に置いておくには勿体無いものが大勢いる。皆こちらから飛ばされてきた者たちだ」

 そんなことがあったのか。自分は何も知らなかったのだとフィオディークは俯いた。
 王は意図的に有能な家臣を地方へと追いやっているのか。このままでは、王都の腐敗は止まらない。
 フィオディークは口を噤む。自分にできることはないのだろうかと、思いを巡らせた。

「忘れてくれ。急にすまなかった」
「いえ、お話できて光栄です」

 フィオディークが頭を下げたときだった。

「そういば、聞いたぞ。竜王さまに連れ去られたのだろう?」
「は、え」

 フィオディークは弾かれたように顔を上げた。そこには、悪戯な笑みを浮かべたレイエルトがいた。

「預言を預かる神官だと聞いたが、竜王様は気に入っているようだな」
「トルヴァディア様は、その、私が困っているところを助けてくださっただけで」

 フィオディークは口籠る。レイエルトの澄んだ瞳に何もかも見透かされたようで居た堪れない気分だった。

「ふふ、そうか」

 苦し紛れの言い訳も、笑って受け流されてしまった。

「まだしばらくこちらにいる。よかったらまた話そう」

 どうやらレイエルトはフィオディークとの話が気に入ったようだった。帰るまでの間、毎日のようにフィオディークのもとを訪れては他愛ない話をしていった。

 冬はなんとか越えられた。国は少しずつ良い方向へと向かっているように思えた。

 しかし、そんな矢先に南方の戦乱が激化したとの知らせが王城に届いた。
 このままでは国の安寧には程遠い。
 そんな中フィオディークはまた夢を見た。以前と同じ夢だ。
 王の亡骸の傍らに佇む自分。流れる血。
 まだ、この国には滅びの影が落ちていた。
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