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春の咬み痕
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小気味の良い音とともに視界がぶれて、左頬に熱と痛みが広がる。不意打ちだったので口の中が切れたみたいだった。温くてしょっぱいものが口の中に滲む。呼吸とともに鼻に抜ける鉄の匂いに、僕はそれが血だと認識した。
平日の昼下がり、もう何度も訪れたリビングは遮光カーテンが閉ざされている。真昼だというのに薄暗い部屋は、白昼堂々、後ろ暗いことをするにはお誂え向きだ。
だというのに、この部屋の主人である彼も僕もソファに座るでもなく向き合って、挙句僕は頬を引っ叩かれた。
理由はひとつ。僕がキスをしたからだ。まあ、これは想定内だけど。
彼は、僕の大学の先輩だ。医学部を中退してしがない会社員をしている僕とは違って、ちゃんと医学部を卒業して、医者になった。
そんな対照的な先輩と僕は、大学からの付き合いだった。ひとつ年上の僕の憧れの人は、いつからか僕と爛れた関係を持つようになった。
「気は済んだか」
春の日差しが残す熱に澱んだ空気に、冷たく鋭い、なのにどこか悔しそうな声が響く。
声の主の先輩は俺を引っ叩いた張本人だというのに、その声は震えて、どこか怯えているように思えた。
僕は床に落ちた視線を持ち上げる。目を合わせると、うすら闇の中で先輩の瞳が揺れるのが見えた。
「お前なんか、好きじゃねえ」
声とともに、視線が逃げた。
僕を抱くたび、先輩はそう言う。先輩の口癖みたいなものだ。
僕が言い出した。あなたを受け止められるのは僕だけだと。そこに好きとか嫌いとか、そんな感情は要らなかった。
なのに、先輩は律儀にも愛を探そうとする。あったところで、あなたには邪魔なだけ。あなたの愛は歪んで、到底人並みの愛にはならないのに。
だからあなたは、歪な想いをそんな可愛らしい言葉で誤魔化す。
そう言いながら、股間はもう臨戦体勢なことも、僕は知ってる。
「知ってます」
怯えた視線が僕を見上げる。
あなたの言葉が、精一杯の虚勢だっていうことも。
あなたの目の奥にある怯えに似た揺らめく熱も僕は知っている。
誰かを殴って傷つけて苦しめて興奮するあなたの性を、僕は愛している。
それを、あなたはちゃんと理解している。その身体で、ちゃんと覚えている。
あなたの頭にも体にも、僕がちゃんと教えたから。
裸に剥かれて、皺なく張られた白いシーツの上に転がされて、ベッドの上が緩やかに波打ち撓む。
無防備に晒された僕の首を大きな手が覆う。ゆっくりと力が込められて、頸動脈が押し込まれる。
太い指が脈打つ血管を押さえつけて、僕の鼓動があなたの指先に刻まれる。あなたの手のひらが僕の鼓動を受け止めている。それだけで僕の腹には熱い澱みが溜まっていく。
「ね、入れてよ、先生」
「その呼び方はやめろ」
苛立った声とともに熱く湿った手のひらが緩く左頬を打つ。
仕事で散々呼ばれているせいか、先輩は僕に先生と呼ばれるのを嫌がる。
忙しい勤務の合間、こうやって呼び出されては、倒錯的なあなたとの愛のやり取りに興じる。
僕にだけ見せる、本当の、深いところのあなたを知るのは僕だけだ。
「先輩」
呼び直すと忌々しげな舌打ちが聞こえて、首を抑える手が離れた。
ベルトを外す音がして、先輩がタイトなトラウザーの前を寛げる。
下着が見えて、はっきりと猛りの輪郭が見える。先端はもう、カウパーで湿って生地の色が変わっていた。
そこは何より饒舌に先輩の興奮を物語っていて、僕は密かに頬を緩めた。
僕の方の支度はしてあるから、すぐ繋がれる。僕は言われるまでもなく拡げた脚を抱えて全てを晒した。
僕を映す澱んだ目がかすかに細められる。
先輩が興奮してる証拠に、僕ははしたなく唇を舐めた。
先輩の張り詰めた先端が物欲しげな窄まりに押し付けられた。そのまま圧をかけられて、先輩の猛りがゆっくりと入ってくる。
張り詰めた先端が中へと潜り込んできて、張り出した段差を飲み込んで、前立腺を抉れらて、そのまま奥の襞までみっちりと埋められた。
「っは、あ、気持ち、いい」
「っ、く、締めん、な」
そんなの無理だよ。こんなに、気持ちいいのに。
「ん、ぐ」
喉に大きな手がかかって、ゆっくりと力が込められる。同時に、先輩はゆったりと腰を揺する。
先輩の手で首を絞められながら犯されてる。
理想の道を進んだあなたに、道半ばで挫折した僕が。
首を絞められながら、腹の中を掻き回されて視界がちらつく。
あなたも僕も、もうこれじゃないといけない。
「あ、は」
「っ、く」
いい。気持ちいい。
頭の中が、視界が、白くぼやける。
「っは、あ、いく」
「っ、く、ぁ」
腹の奥で熱いものが脈打って、爆ぜた。腹の上でも、熱いものが溢れる。
一緒にいけたのが嬉しくて、俺は頬を緩める。
「へへ」
思わず笑いが漏れた。
首が解放されて、急に流れ込んできた空気に僕は咳き込む。
先輩の目には、まだ熱が揺らめいている。
「まだ、足りないでしょ。先輩」
悔しげに歪む表情は、僕を甘やかに満たしていく。
返事の代わりに目が伏せられる。
僕は笑った。
まだ終わらない。このまま朝まで続けばいいと思いながら、情欲に澱んだ先輩の目を見上げた。
あの日過ちのように蒔いた種は、また今日も大きく花開いた。
研究室の片隅で口論になった僕と先輩。殴った先輩と殴られた僕。どちらも、あの日、歪んでしまった。
どうかしていると思いながらも、その思いを頭の片隅に追いやって、先輩は僕を抱き、僕は先輩に抱かれた。
引き金になったのは、先輩の平手打ちが僕の頬を叩いたことだ。
それ以来、僕は先輩の暴力を引き金に性的興奮を覚えるようになった。
それは先輩もだ。僕に暴力を振るうことでしか、性的な興奮を覚えることがない。
そんな二人は、いつまで経っても離れられないでいた。
すんなり受け入れた僕とは違って、先輩は悩んでいた。でもプライドの高い先輩は誰かに相談もできない。かと言って受け入れることもできない。なのに、吐き出す場所はない。
苦しんで苦しんで、先輩は僕に言った。
助けてくれと。
苛立ちと焦燥を滲ませ、端正な顔を歪ませたあなたの震える声を、僕はいまだに覚えている。
狂ってしまったことを受け入れられないあなたを、僕は受け入れた。
そうなる前から、僕にとってあなたはそういう対象だったからだ。
あなたに抱かれることは、快感でしかない。どんなに痛めつけられても、僕の心はちゃんと快感を拾う。
そんな僕を、あなたは狂っていると言う。そう言って、安心する。
だから僕は教えてあげた。狂っているのは、僕だけじゃなくてあなたもだと。
目を逸らそうとするたびに、何度も。
僕の言葉に抗って、暴れて、僕に暴力を振るうたびに、先輩は絶望とともに自分の性を思い知る。そして、怯えながら僕に縋るのだ。
そうやって、季節はもう何度巡っただろう。
先輩との関係はまだ続いている。
そんな先輩を、僕は愛している。
「っ、は、幸野」
荒い息の合間、先輩が珍しく僕を呼ぶ。
ベッドに突っ伏した僕に腰を押し付け、肩の辺りに血が滲むほど歯形を残して、甘えるような縋るような声で呼ぶ先輩。
「いなくならないでくれ……おまえじゃないと、だめだ」
そんな迷子の子供みたいなか細い声で言われて、僕はなんだか嬉しくなってしまう。
「いなくなんてなりませんよ」
ピリピリと引き攣れるように痛む肩に、温かな唇が触れた。先輩が甘えるような仕草を見せるなんて珍しい。
「あとでちゃんと、手当してください」
「ああ」
まだ血を滲ませる傷を舐められる。
痛いけれど、それは先輩からの愛の証でもある。いかれた僕と先輩にはお似合いだと、シーツに滲む体温を感じながらぼんやりと思った。
平日の昼下がり、もう何度も訪れたリビングは遮光カーテンが閉ざされている。真昼だというのに薄暗い部屋は、白昼堂々、後ろ暗いことをするにはお誂え向きだ。
だというのに、この部屋の主人である彼も僕もソファに座るでもなく向き合って、挙句僕は頬を引っ叩かれた。
理由はひとつ。僕がキスをしたからだ。まあ、これは想定内だけど。
彼は、僕の大学の先輩だ。医学部を中退してしがない会社員をしている僕とは違って、ちゃんと医学部を卒業して、医者になった。
そんな対照的な先輩と僕は、大学からの付き合いだった。ひとつ年上の僕の憧れの人は、いつからか僕と爛れた関係を持つようになった。
「気は済んだか」
春の日差しが残す熱に澱んだ空気に、冷たく鋭い、なのにどこか悔しそうな声が響く。
声の主の先輩は俺を引っ叩いた張本人だというのに、その声は震えて、どこか怯えているように思えた。
僕は床に落ちた視線を持ち上げる。目を合わせると、うすら闇の中で先輩の瞳が揺れるのが見えた。
「お前なんか、好きじゃねえ」
声とともに、視線が逃げた。
僕を抱くたび、先輩はそう言う。先輩の口癖みたいなものだ。
僕が言い出した。あなたを受け止められるのは僕だけだと。そこに好きとか嫌いとか、そんな感情は要らなかった。
なのに、先輩は律儀にも愛を探そうとする。あったところで、あなたには邪魔なだけ。あなたの愛は歪んで、到底人並みの愛にはならないのに。
だからあなたは、歪な想いをそんな可愛らしい言葉で誤魔化す。
そう言いながら、股間はもう臨戦体勢なことも、僕は知ってる。
「知ってます」
怯えた視線が僕を見上げる。
あなたの言葉が、精一杯の虚勢だっていうことも。
あなたの目の奥にある怯えに似た揺らめく熱も僕は知っている。
誰かを殴って傷つけて苦しめて興奮するあなたの性を、僕は愛している。
それを、あなたはちゃんと理解している。その身体で、ちゃんと覚えている。
あなたの頭にも体にも、僕がちゃんと教えたから。
裸に剥かれて、皺なく張られた白いシーツの上に転がされて、ベッドの上が緩やかに波打ち撓む。
無防備に晒された僕の首を大きな手が覆う。ゆっくりと力が込められて、頸動脈が押し込まれる。
太い指が脈打つ血管を押さえつけて、僕の鼓動があなたの指先に刻まれる。あなたの手のひらが僕の鼓動を受け止めている。それだけで僕の腹には熱い澱みが溜まっていく。
「ね、入れてよ、先生」
「その呼び方はやめろ」
苛立った声とともに熱く湿った手のひらが緩く左頬を打つ。
仕事で散々呼ばれているせいか、先輩は僕に先生と呼ばれるのを嫌がる。
忙しい勤務の合間、こうやって呼び出されては、倒錯的なあなたとの愛のやり取りに興じる。
僕にだけ見せる、本当の、深いところのあなたを知るのは僕だけだ。
「先輩」
呼び直すと忌々しげな舌打ちが聞こえて、首を抑える手が離れた。
ベルトを外す音がして、先輩がタイトなトラウザーの前を寛げる。
下着が見えて、はっきりと猛りの輪郭が見える。先端はもう、カウパーで湿って生地の色が変わっていた。
そこは何より饒舌に先輩の興奮を物語っていて、僕は密かに頬を緩めた。
僕の方の支度はしてあるから、すぐ繋がれる。僕は言われるまでもなく拡げた脚を抱えて全てを晒した。
僕を映す澱んだ目がかすかに細められる。
先輩が興奮してる証拠に、僕ははしたなく唇を舐めた。
先輩の張り詰めた先端が物欲しげな窄まりに押し付けられた。そのまま圧をかけられて、先輩の猛りがゆっくりと入ってくる。
張り詰めた先端が中へと潜り込んできて、張り出した段差を飲み込んで、前立腺を抉れらて、そのまま奥の襞までみっちりと埋められた。
「っは、あ、気持ち、いい」
「っ、く、締めん、な」
そんなの無理だよ。こんなに、気持ちいいのに。
「ん、ぐ」
喉に大きな手がかかって、ゆっくりと力が込められる。同時に、先輩はゆったりと腰を揺する。
先輩の手で首を絞められながら犯されてる。
理想の道を進んだあなたに、道半ばで挫折した僕が。
首を絞められながら、腹の中を掻き回されて視界がちらつく。
あなたも僕も、もうこれじゃないといけない。
「あ、は」
「っ、く」
いい。気持ちいい。
頭の中が、視界が、白くぼやける。
「っは、あ、いく」
「っ、く、ぁ」
腹の奥で熱いものが脈打って、爆ぜた。腹の上でも、熱いものが溢れる。
一緒にいけたのが嬉しくて、俺は頬を緩める。
「へへ」
思わず笑いが漏れた。
首が解放されて、急に流れ込んできた空気に僕は咳き込む。
先輩の目には、まだ熱が揺らめいている。
「まだ、足りないでしょ。先輩」
悔しげに歪む表情は、僕を甘やかに満たしていく。
返事の代わりに目が伏せられる。
僕は笑った。
まだ終わらない。このまま朝まで続けばいいと思いながら、情欲に澱んだ先輩の目を見上げた。
あの日過ちのように蒔いた種は、また今日も大きく花開いた。
研究室の片隅で口論になった僕と先輩。殴った先輩と殴られた僕。どちらも、あの日、歪んでしまった。
どうかしていると思いながらも、その思いを頭の片隅に追いやって、先輩は僕を抱き、僕は先輩に抱かれた。
引き金になったのは、先輩の平手打ちが僕の頬を叩いたことだ。
それ以来、僕は先輩の暴力を引き金に性的興奮を覚えるようになった。
それは先輩もだ。僕に暴力を振るうことでしか、性的な興奮を覚えることがない。
そんな二人は、いつまで経っても離れられないでいた。
すんなり受け入れた僕とは違って、先輩は悩んでいた。でもプライドの高い先輩は誰かに相談もできない。かと言って受け入れることもできない。なのに、吐き出す場所はない。
苦しんで苦しんで、先輩は僕に言った。
助けてくれと。
苛立ちと焦燥を滲ませ、端正な顔を歪ませたあなたの震える声を、僕はいまだに覚えている。
狂ってしまったことを受け入れられないあなたを、僕は受け入れた。
そうなる前から、僕にとってあなたはそういう対象だったからだ。
あなたに抱かれることは、快感でしかない。どんなに痛めつけられても、僕の心はちゃんと快感を拾う。
そんな僕を、あなたは狂っていると言う。そう言って、安心する。
だから僕は教えてあげた。狂っているのは、僕だけじゃなくてあなたもだと。
目を逸らそうとするたびに、何度も。
僕の言葉に抗って、暴れて、僕に暴力を振るうたびに、先輩は絶望とともに自分の性を思い知る。そして、怯えながら僕に縋るのだ。
そうやって、季節はもう何度巡っただろう。
先輩との関係はまだ続いている。
そんな先輩を、僕は愛している。
「っ、は、幸野」
荒い息の合間、先輩が珍しく僕を呼ぶ。
ベッドに突っ伏した僕に腰を押し付け、肩の辺りに血が滲むほど歯形を残して、甘えるような縋るような声で呼ぶ先輩。
「いなくならないでくれ……おまえじゃないと、だめだ」
そんな迷子の子供みたいなか細い声で言われて、僕はなんだか嬉しくなってしまう。
「いなくなんてなりませんよ」
ピリピリと引き攣れるように痛む肩に、温かな唇が触れた。先輩が甘えるような仕草を見せるなんて珍しい。
「あとでちゃんと、手当してください」
「ああ」
まだ血を滲ませる傷を舐められる。
痛いけれど、それは先輩からの愛の証でもある。いかれた僕と先輩にはお似合いだと、シーツに滲む体温を感じながらぼんやりと思った。
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受けに攻めがコントロールされてる!?見えない手綱を握り締めて乗りこなしている絵面がみえました!!
嫌いだと言った先輩の言葉の奥の葛藤は、きっと人としてこうあるべきという真っ当で痛い先輩の心があるんでしょうね🥹✨
一足先に歪んでしまった受けが、隠そうとしている心の部分まで暴いていくから、先輩の逃げ道が狭まっていく。結局上っ面の言葉だけの逃げはもろく崩れて、醜い執着をさらけ出す未来が鮮明に浮かび上がります!
はち先生の、ギリギリ線の内側に留まってるような闇BLのプロローグ的な小説が刺さりますね!!
これ漫画で読みたいです〜!!!!
だいきちせんせい!お読みくださりありがとうございます!!
細かいところまで拾っていただけで嬉しいです!
ありがとうございます!!!!