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とろける琥珀と石油王
新しい日常
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ルイとアダムとジェイとの暮らしが始まった。
香港では夜明け近くに眠って昼過ぎから夕方に起きる夜型の生活をしていたユーシーだが、時差ボケの落ち着く頃には、すっかり昼型の生活になっていた。
朝八時になると、部屋に猫のジェイがやってくる。アダムが言うには、朝の見回りだそうだ。ジェイは賢い。身体を伸ばして前脚をドアノブに引っ掛けてドアを開けると、開いた隙間に鼻先を捩じ込んで押し開けて器用に部屋に入ってくる。
ジェイは静かにベッドまで進み、音もなくベッドに上がる。白い枕と白い布団の隙間から少しだけ覗くユーシーの黒い絹糸のような髪の束の匂いを嗅いで、前脚で二度三度弄ぶ。
それがユーシーの目覚ましだった。
ユーシーが布団から腕だけ突き出して伸びをしたのを確認すると、ジェイは撫でろとでも言うようにその手に頭を擦り付ける。
ユーシーが柔らかな毛並みを撫でると、ジェイは満足げにその喉を鳴らした。
この家で一番新入りのユーシーは、ジェイにとっては弟のようなものだった。
身体を起こしたユーシーに尚もまとわりつくジェイの柔らかい身体を抱き上げ、肩に乗せるとユーシーはベッドを降りた。
ユーシーの部屋から廊下を通って階段を降りるとリビングがあり、その向こうにキッチンがある。東向きで朝の真っ白い光の入るキッチンは眩しい。そこに、色素の薄いアダムがいる。後光のように朝日を受けるその姿は神々しさすらあった。
「おはよう、アダム」
「おはようございます、ユーシー」
キッチンに到着すると、ジェイはユーシーの肩から飛び降りた。
「早速ですみませんが、ジェイの朝食をお願いします」
ユーシーはジェイの食事係になった。
アダムに教えられて缶詰とキャットフードをジェイのための皿に乗せて差し出す。
ジェイが食事をしているうちに、ユーシーは洗面所で顔を洗って歯を磨く。
この家はどこも眩しい。光がちゃんと入る設計になっているのだろう。
ルイの家らしいと思う。
ルイの明るく朗らかな性格をそのまま映したような家は、どこも光に満ちていて眩い。
ユーシーはまだその明るさに慣れない。明るいのは、まだ少し苦手だった。
手櫛で髪を梳くと、ユーシーの素直な髪はさらりと整った。
キッチンに戻ると、ジェイは食事を終えたようで、アダムのいるシンクのそばで顔を洗っていた。
アダムはスムージーを用意してくれた。
ユーシーは食が細い。肉は食べるが、そんなにたくさんは食べられない。それでもユーシーが栄養を摂れるように作ってくれたものだった。見た目は濃い緑だが、フルーツの味もして不慣れなユーシーにも飲みやすかった。
そうしているうちにルイがキッチンに降りてきて、三人で朝食を摂る。
スムージーに、パン、目玉焼きと焼いたソーセージにチーズ。
三人が食卓につくと、ジェイもそこにやってくる。三人と一匹で囲む食卓には穏やかな空気が流れていた。
食事を終えるとルイは自室で仕事を始める。
リビングに残ったユーシーはアダムと一緒にニュースを見て、フランス語の勉強をする。それから家事をするアダムの手伝いをして昼食、洗い物を済ませた後は少し休んで、庭でアダムとのトレーニングの時間だ。
ユーシーは身体を思いきり動かせるこの時間が楽しみだった。
そして夕方にはアダムと買い物に行って、帰ってきたところでジェイに晩御飯を用意する。
晩御飯も食卓には三人と一匹が揃う。
その後はテレビを見たり映画を見たりして、各自風呂を済ませて、アダムが入れてくれたお茶を飲んで部屋に帰る。
その後は暖かな布団に潜って眠る。ユーシーの部屋だったりルイの部屋だったりするが、だいたいルイと一緒だった。
そうやって一日が終わる。
そんな暮らしを一週間も続けると、さすがに退屈が頭を擡げてきた。
ルイと毎日一緒にいても、だ。
この暮らしには刺激が少ない。
穏やかではあるが、散々命のやり取りをしてきたユーシーには、物足りなかった。
持て余す感情がざわめきになった。
このお上品な街には、地下闘技場などない。
ユーシーがその持て余しがちな元気を発散する場所はあまりに少なかった。
アダムはどう思っているのだろう。
アダムはこんなふうにはならないのだろうか。
夜更けに差し掛かろうという時間、寝返りを繰り返しても寝つけないユーシーは、起き出すと部屋を出た。
青黒い闇に染まった夜の家は静かだった。なんとなく足音を殺して階段を降り、キッチンへ向かう。リビングに着いたところで名前を呼ばれてユーシーは咄嗟に身を固くした。
「ユーシー?」
声のした方に視線を向けると、明かりのついたキッチンにはアダムの姿があった。
アダムがいてくれたことに、ユーシーは安堵して、ユーシーは足早にキッチンへ向かう。
「眠れなくて」
ユーシーが肩を竦めてみせると、アダムは優しい笑みを浮かべた。
「お茶を淹れましょうか」
アダムは流れるように手際よくお茶の支度をしてくれた。
ハーブの香りがする。名前はわからないが、いつも寝る前にアダムが用意してくれるものだ。
アダムは耐熱ガラスのカップにできたお茶を注ぐ。
「熱いので気をつけて」
ユーシーの前に、湯気の踊るカップが差し出された。
「アダムは、退屈しないの?」
「退屈、ですか」
少し考えて、アダムは薄く笑った。
「ふふ、そうですね。退屈ですよ。この生活は」
アダムが悪戯ぽく笑うのを見て、ユーシーは自分ばかりが退屈していたのではないとわかって安堵した。
「そうだ、まだ教えていませんでしたね」
なんだろうと見上げるユーシーの眼差しを受け止め、アダムの澄んだグレーの瞳が細められる。
「私の、秘密基地に案内しますよ」
香港では夜明け近くに眠って昼過ぎから夕方に起きる夜型の生活をしていたユーシーだが、時差ボケの落ち着く頃には、すっかり昼型の生活になっていた。
朝八時になると、部屋に猫のジェイがやってくる。アダムが言うには、朝の見回りだそうだ。ジェイは賢い。身体を伸ばして前脚をドアノブに引っ掛けてドアを開けると、開いた隙間に鼻先を捩じ込んで押し開けて器用に部屋に入ってくる。
ジェイは静かにベッドまで進み、音もなくベッドに上がる。白い枕と白い布団の隙間から少しだけ覗くユーシーの黒い絹糸のような髪の束の匂いを嗅いで、前脚で二度三度弄ぶ。
それがユーシーの目覚ましだった。
ユーシーが布団から腕だけ突き出して伸びをしたのを確認すると、ジェイは撫でろとでも言うようにその手に頭を擦り付ける。
ユーシーが柔らかな毛並みを撫でると、ジェイは満足げにその喉を鳴らした。
この家で一番新入りのユーシーは、ジェイにとっては弟のようなものだった。
身体を起こしたユーシーに尚もまとわりつくジェイの柔らかい身体を抱き上げ、肩に乗せるとユーシーはベッドを降りた。
ユーシーの部屋から廊下を通って階段を降りるとリビングがあり、その向こうにキッチンがある。東向きで朝の真っ白い光の入るキッチンは眩しい。そこに、色素の薄いアダムがいる。後光のように朝日を受けるその姿は神々しさすらあった。
「おはよう、アダム」
「おはようございます、ユーシー」
キッチンに到着すると、ジェイはユーシーの肩から飛び降りた。
「早速ですみませんが、ジェイの朝食をお願いします」
ユーシーはジェイの食事係になった。
アダムに教えられて缶詰とキャットフードをジェイのための皿に乗せて差し出す。
ジェイが食事をしているうちに、ユーシーは洗面所で顔を洗って歯を磨く。
この家はどこも眩しい。光がちゃんと入る設計になっているのだろう。
ルイの家らしいと思う。
ルイの明るく朗らかな性格をそのまま映したような家は、どこも光に満ちていて眩い。
ユーシーはまだその明るさに慣れない。明るいのは、まだ少し苦手だった。
手櫛で髪を梳くと、ユーシーの素直な髪はさらりと整った。
キッチンに戻ると、ジェイは食事を終えたようで、アダムのいるシンクのそばで顔を洗っていた。
アダムはスムージーを用意してくれた。
ユーシーは食が細い。肉は食べるが、そんなにたくさんは食べられない。それでもユーシーが栄養を摂れるように作ってくれたものだった。見た目は濃い緑だが、フルーツの味もして不慣れなユーシーにも飲みやすかった。
そうしているうちにルイがキッチンに降りてきて、三人で朝食を摂る。
スムージーに、パン、目玉焼きと焼いたソーセージにチーズ。
三人が食卓につくと、ジェイもそこにやってくる。三人と一匹で囲む食卓には穏やかな空気が流れていた。
食事を終えるとルイは自室で仕事を始める。
リビングに残ったユーシーはアダムと一緒にニュースを見て、フランス語の勉強をする。それから家事をするアダムの手伝いをして昼食、洗い物を済ませた後は少し休んで、庭でアダムとのトレーニングの時間だ。
ユーシーは身体を思いきり動かせるこの時間が楽しみだった。
そして夕方にはアダムと買い物に行って、帰ってきたところでジェイに晩御飯を用意する。
晩御飯も食卓には三人と一匹が揃う。
その後はテレビを見たり映画を見たりして、各自風呂を済ませて、アダムが入れてくれたお茶を飲んで部屋に帰る。
その後は暖かな布団に潜って眠る。ユーシーの部屋だったりルイの部屋だったりするが、だいたいルイと一緒だった。
そうやって一日が終わる。
そんな暮らしを一週間も続けると、さすがに退屈が頭を擡げてきた。
ルイと毎日一緒にいても、だ。
この暮らしには刺激が少ない。
穏やかではあるが、散々命のやり取りをしてきたユーシーには、物足りなかった。
持て余す感情がざわめきになった。
このお上品な街には、地下闘技場などない。
ユーシーがその持て余しがちな元気を発散する場所はあまりに少なかった。
アダムはどう思っているのだろう。
アダムはこんなふうにはならないのだろうか。
夜更けに差し掛かろうという時間、寝返りを繰り返しても寝つけないユーシーは、起き出すと部屋を出た。
青黒い闇に染まった夜の家は静かだった。なんとなく足音を殺して階段を降り、キッチンへ向かう。リビングに着いたところで名前を呼ばれてユーシーは咄嗟に身を固くした。
「ユーシー?」
声のした方に視線を向けると、明かりのついたキッチンにはアダムの姿があった。
アダムがいてくれたことに、ユーシーは安堵して、ユーシーは足早にキッチンへ向かう。
「眠れなくて」
ユーシーが肩を竦めてみせると、アダムは優しい笑みを浮かべた。
「お茶を淹れましょうか」
アダムは流れるように手際よくお茶の支度をしてくれた。
ハーブの香りがする。名前はわからないが、いつも寝る前にアダムが用意してくれるものだ。
アダムは耐熱ガラスのカップにできたお茶を注ぐ。
「熱いので気をつけて」
ユーシーの前に、湯気の踊るカップが差し出された。
「アダムは、退屈しないの?」
「退屈、ですか」
少し考えて、アダムは薄く笑った。
「ふふ、そうですね。退屈ですよ。この生活は」
アダムが悪戯ぽく笑うのを見て、ユーシーは自分ばかりが退屈していたのではないとわかって安堵した。
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