【完結】プリテンダーは恋の夢を見る〜うそつきアルファはハイスペアルファに堕とされる〜

八陣はち

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記念日

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 ソファに並んで座る真山に、桐野は静かに向き直ると口を開いた。

「専属契約のことなんだが」

 緊張しているのか、先程までよりも少しばかり表情は硬い。しかしそれは真剣そのもので、真山も思わず背筋が伸びる。
 真山も何の覚悟もせずに来たわけではない。きっとこの話をするのだろうと思ってついてきた。

「もし、嫌じゃなければ、俺の恋人になってほしい。それで、その、君さえ良ければ、うちに来てくれないか。そんなに広くはないが」
「いやいや、めちゃくちゃ広いですって」
「そう言ってもらえて光栄だ。ここで暮らすのに、不便がないようにする。君の望みはできるだけ叶えたい。だから」

 桐野は膝の上に置いていた手を握りしめた。喉仏が上下する。真山から見ても桐野が緊張しているのがわかる。

「あの、そーいちさん」
「だめ、か?」

 おそるおそる真山を見上げる桐野は眉を下げ、怒られるのを待っている子どものようだった。

「いや、そうじゃなくて。何度も聞きますけど、俺でいいんですか?」

 息をひとつついて真山は続けた。

「おれ、アルファだし、でかいし、かわいくもないでしょ」

 この問答も何度目かわからない。
 真山は自分で言って少しだけ凹んだ。オメガに比べたら、その差は見るまでもないことだ。それに、聞きたいことはまだあった。

「それに、俺、あんたに嘘ついたし」

 真山はずっと気になっていた。桐野にベータだと嘘をついた自分の印象は最悪のはずなのに。どうして桐野はこんなにも自分に愛を囁いてくれるのか、真山には理由がわからなかった。
 嘘つきなアルファの自分には、そんなに愛される資格があるとも思えなかった。

「ベータだって嘘ついてた俺を、どうしてそんなに好きになってくれるの」

 不安だった。自分が許されないことをした自覚はある。だから、突き放すなら早くしてほしかった。
 不安を滲ませた真山に、桐野は微笑みかける。

「君がベータでもアルファでも、関係ない。俺が好きになったのは、慎くん、君だから」

 静かな桐野の言葉には切なる思いが滲んでいて、真山の胸を締め付けた。

「慎くんがいいんだ。もう、君以外考えられない」

 不安げだった桐野の表情は柔らかく綻ぶ。それでも桐野は、自分がいいと言ってくれる。 
 そんなに真っ直ぐに熱っぽく見つめられては、真山に断る理由などなかった。

「……よろしくお願いします」

 真山は深々と頭を下げた。

「慎くん、顔を上げてくれ」

 優しく頬を撫でられ、真山は弾かれたように顔を上げる。

「泣きそうな顔してる」
「だって、嬉しくて」

 自分を見つめる桐野の笑みを見ると、抑えていた気持ちが溢れそうだった。嬉しくて、苦しくて、思わず表情を歪めた。喉奥が、引き攣ったみたいに痛む。

「おれ、そーいちさんのこと、好きでいていいの」

 唇から溢れる声は上擦り震えていた。でも、止められなかった。

「ああ」
「よかった。そーいちさん、好き」
「俺も、好きだよ」

 桐野の穏やかな声に好きだと伝えられ、視界が熱くぼやけた。ぐず、と鼻が鳴る。真山の好きは勝手に涙声になってしまった。
 目からは熱いものが溢れて頬が濡れた。

「ああほら、泣かないでくれ、慎くん」

 熱く濡れた頬を桐野の温かな手に撫でられて、真山の中には温かな気持ちと共に実感が湧いてくる。
 涙に濡れた顔で笑う真山を引き寄せ、桐野はしっかりと抱きしめてくれた。

「ずっとそばにいてくれ」
「ふふ、ありがとう」

 この日、キャストのマヤと会員のソウイチだった二人の関係は、アルファの真山とアルファの桐野という関係に変わった。

 真山がずっと夢見ていた、アルファとの恋が成就した記念すべき日だった。

 桐野は優しい笑みを絶やさず、真山が泣き止むまで抱きしめて頭を撫でていてくれた。
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