23 / 54
記念日
しおりを挟む
ソファに並んで座る真山に、桐野は静かに向き直ると口を開いた。
「専属契約のことなんだが」
緊張しているのか、先程までよりも少しばかり表情は硬い。しかしそれは真剣そのもので、真山も思わず背筋が伸びる。
真山も何の覚悟もせずに来たわけではない。きっとこの話をするのだろうと思ってついてきた。
「もし、嫌じゃなければ、俺の恋人になってほしい。それで、その、君さえ良ければ、うちに来てくれないか。そんなに広くはないが」
「いやいや、めちゃくちゃ広いですって」
「そう言ってもらえて光栄だ。ここで暮らすのに、不便がないようにする。君の望みはできるだけ叶えたい。だから」
桐野は膝の上に置いていた手を握りしめた。喉仏が上下する。真山から見ても桐野が緊張しているのがわかる。
「あの、そーいちさん」
「だめ、か?」
おそるおそる真山を見上げる桐野は眉を下げ、怒られるのを待っている子どものようだった。
「いや、そうじゃなくて。何度も聞きますけど、俺でいいんですか?」
息をひとつついて真山は続けた。
「おれ、アルファだし、でかいし、かわいくもないでしょ」
この問答も何度目かわからない。
真山は自分で言って少しだけ凹んだ。オメガに比べたら、その差は見るまでもないことだ。それに、聞きたいことはまだあった。
「それに、俺、あんたに嘘ついたし」
真山はずっと気になっていた。桐野にベータだと嘘をついた自分の印象は最悪のはずなのに。どうして桐野はこんなにも自分に愛を囁いてくれるのか、真山には理由がわからなかった。
嘘つきなアルファの自分には、そんなに愛される資格があるとも思えなかった。
「ベータだって嘘ついてた俺を、どうしてそんなに好きになってくれるの」
不安だった。自分が許されないことをした自覚はある。だから、突き放すなら早くしてほしかった。
不安を滲ませた真山に、桐野は微笑みかける。
「君がベータでもアルファでも、関係ない。俺が好きになったのは、慎くん、君だから」
静かな桐野の言葉には切なる思いが滲んでいて、真山の胸を締め付けた。
「慎くんがいいんだ。もう、君以外考えられない」
不安げだった桐野の表情は柔らかく綻ぶ。それでも桐野は、自分がいいと言ってくれる。
そんなに真っ直ぐに熱っぽく見つめられては、真山に断る理由などなかった。
「……よろしくお願いします」
真山は深々と頭を下げた。
「慎くん、顔を上げてくれ」
優しく頬を撫でられ、真山は弾かれたように顔を上げる。
「泣きそうな顔してる」
「だって、嬉しくて」
自分を見つめる桐野の笑みを見ると、抑えていた気持ちが溢れそうだった。嬉しくて、苦しくて、思わず表情を歪めた。喉奥が、引き攣ったみたいに痛む。
「おれ、そーいちさんのこと、好きでいていいの」
唇から溢れる声は上擦り震えていた。でも、止められなかった。
「ああ」
「よかった。そーいちさん、好き」
「俺も、好きだよ」
桐野の穏やかな声に好きだと伝えられ、視界が熱くぼやけた。ぐず、と鼻が鳴る。真山の好きは勝手に涙声になってしまった。
目からは熱いものが溢れて頬が濡れた。
「ああほら、泣かないでくれ、慎くん」
熱く濡れた頬を桐野の温かな手に撫でられて、真山の中には温かな気持ちと共に実感が湧いてくる。
涙に濡れた顔で笑う真山を引き寄せ、桐野はしっかりと抱きしめてくれた。
「ずっとそばにいてくれ」
「ふふ、ありがとう」
この日、キャストのマヤと会員のソウイチだった二人の関係は、アルファの真山とアルファの桐野という関係に変わった。
真山がずっと夢見ていた、アルファとの恋が成就した記念すべき日だった。
桐野は優しい笑みを絶やさず、真山が泣き止むまで抱きしめて頭を撫でていてくれた。
「専属契約のことなんだが」
緊張しているのか、先程までよりも少しばかり表情は硬い。しかしそれは真剣そのもので、真山も思わず背筋が伸びる。
真山も何の覚悟もせずに来たわけではない。きっとこの話をするのだろうと思ってついてきた。
「もし、嫌じゃなければ、俺の恋人になってほしい。それで、その、君さえ良ければ、うちに来てくれないか。そんなに広くはないが」
「いやいや、めちゃくちゃ広いですって」
「そう言ってもらえて光栄だ。ここで暮らすのに、不便がないようにする。君の望みはできるだけ叶えたい。だから」
桐野は膝の上に置いていた手を握りしめた。喉仏が上下する。真山から見ても桐野が緊張しているのがわかる。
「あの、そーいちさん」
「だめ、か?」
おそるおそる真山を見上げる桐野は眉を下げ、怒られるのを待っている子どものようだった。
「いや、そうじゃなくて。何度も聞きますけど、俺でいいんですか?」
息をひとつついて真山は続けた。
「おれ、アルファだし、でかいし、かわいくもないでしょ」
この問答も何度目かわからない。
真山は自分で言って少しだけ凹んだ。オメガに比べたら、その差は見るまでもないことだ。それに、聞きたいことはまだあった。
「それに、俺、あんたに嘘ついたし」
真山はずっと気になっていた。桐野にベータだと嘘をついた自分の印象は最悪のはずなのに。どうして桐野はこんなにも自分に愛を囁いてくれるのか、真山には理由がわからなかった。
嘘つきなアルファの自分には、そんなに愛される資格があるとも思えなかった。
「ベータだって嘘ついてた俺を、どうしてそんなに好きになってくれるの」
不安だった。自分が許されないことをした自覚はある。だから、突き放すなら早くしてほしかった。
不安を滲ませた真山に、桐野は微笑みかける。
「君がベータでもアルファでも、関係ない。俺が好きになったのは、慎くん、君だから」
静かな桐野の言葉には切なる思いが滲んでいて、真山の胸を締め付けた。
「慎くんがいいんだ。もう、君以外考えられない」
不安げだった桐野の表情は柔らかく綻ぶ。それでも桐野は、自分がいいと言ってくれる。
そんなに真っ直ぐに熱っぽく見つめられては、真山に断る理由などなかった。
「……よろしくお願いします」
真山は深々と頭を下げた。
「慎くん、顔を上げてくれ」
優しく頬を撫でられ、真山は弾かれたように顔を上げる。
「泣きそうな顔してる」
「だって、嬉しくて」
自分を見つめる桐野の笑みを見ると、抑えていた気持ちが溢れそうだった。嬉しくて、苦しくて、思わず表情を歪めた。喉奥が、引き攣ったみたいに痛む。
「おれ、そーいちさんのこと、好きでいていいの」
唇から溢れる声は上擦り震えていた。でも、止められなかった。
「ああ」
「よかった。そーいちさん、好き」
「俺も、好きだよ」
桐野の穏やかな声に好きだと伝えられ、視界が熱くぼやけた。ぐず、と鼻が鳴る。真山の好きは勝手に涙声になってしまった。
目からは熱いものが溢れて頬が濡れた。
「ああほら、泣かないでくれ、慎くん」
熱く濡れた頬を桐野の温かな手に撫でられて、真山の中には温かな気持ちと共に実感が湧いてくる。
涙に濡れた顔で笑う真山を引き寄せ、桐野はしっかりと抱きしめてくれた。
「ずっとそばにいてくれ」
「ふふ、ありがとう」
この日、キャストのマヤと会員のソウイチだった二人の関係は、アルファの真山とアルファの桐野という関係に変わった。
真山がずっと夢見ていた、アルファとの恋が成就した記念すべき日だった。
桐野は優しい笑みを絶やさず、真山が泣き止むまで抱きしめて頭を撫でていてくれた。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
メビウスの輪を超えて 【カフェのマスター・アルファ×全てを失った少年・オメガ。 君の心を、私は温めてあげられるんだろうか】
大波小波
BL
梅ヶ谷 早紀(うめがや さき)は、18歳のオメガ少年だ。
愛らしい抜群のルックスに加え、素直で朗らか。
大人に背伸びしたがる、ちょっぴり生意気な一面も持っている。
裕福な家庭に生まれ、なに不自由なく育った彼は、学園の人気者だった。
ある日、早紀は友人たちと気まぐれに入った『カフェ・メビウス』で、マスターの弓月 衛(ゆづき まもる)と出会う。
32歳と、早紀より一回り以上も年上の衛は、落ち着いた雰囲気を持つ大人のアルファ男性だ。
どこかミステリアスな彼をもっと知りたい早紀は、それから毎日のようにメビウスに通うようになった。
ところが早紀の父・紀明(のりあき)が、重役たちの背信により取締役の座から降ろされてしまう。
高額の借金まで背負わされた父は、借金取りの手から早紀を隠すため、彼を衛に託した。
『私は、早紀を信頼のおける人間に、預けたいのです。隠しておきたいのです』
『再びお会いした時には、早紀くんの淹れたコーヒーが出せるようにしておきます』
あの笑顔を、失くしたくない。
伸びやかなあの心を、壊したくない。
衛は、その一心で覚悟を決めたのだ。
ひとつ屋根の下に住むことになった、アルファの衛とオメガの早紀。
波乱含みの同棲生活が、有無を言わさず始まった……!
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
振り向いてよ、僕のきら星
街田あんぐる
BL
大学4年間拗らせたイケメン攻め×恋愛に自信がない素朴受け
「そんな男やめときなよ」
「……ねえ、僕にしなよ」
そんな言葉を飲み込んで過ごした、大学4年間。
理系で文学好きな早暉(さき)くんは、大学の書評サークルに入会した。そこで、小動物を思わせる笑顔のかわいい衣真(いま)くんと出会う。
距離を縮めていく二人。でも衣真くんはころころ彼氏が変わって、そのたびに恋愛のトラウマを深めていく。
早暉くんはそれでも諦めきれなくて……。
星のように綺麗な男の子に恋をしてからふたりで一緒に生きていくまでの、優しいお話です。
表紙イラストは梅干弁当さん(https://x.com/umeboshibento)に依頼しました。
【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>
はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ②
人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。
そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。
そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。
友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。
人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる