3IN-IN INvisible INnerworld-

ゆなお

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一章【集結】

十話 残り七日の変化(前編)

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 昼が過ぎ、ミーンとナスティは畑の世話をし、スティアは今日のことで落ち込んでいるザントを励まして小屋周辺で一緒に遊ぶ。カルロは念入りに武器の手入れ具合を確認する。グレイと姫は二人並んで崖の上で海を眺める。正体と特命の任務中ではないから覆面は不要と外しているようで、二人の長い金色の髪が風でなびいている。ヴィッツにとっては「母」を思い出すあの女性(ひと)が気になって仕方がない。ヴィッツは崖の先端に立っている二人に近づいた。先にグレイに気付かれ睨まれる。余程恨まれているようだ。
「何か用か」
 グレイが低い声で警戒してそう聞くと
「あーえっと、ちょっと姫さんに用があるというかなんというか。少しだけでいい、話がしたい。ダメか?」
 ヴィッツが恐る恐る聞くと、グレイはしばらく考え
「余計なことは言うな」
 と姫に対して言って姿を消した。どうやら許可はもらえたらしい。ヴィッツはドキドキしながら隣に立つ。村の女性たちもそうだったが、スティアにミーンにと癖の強い女性が多かった。ナスティも料理音痴と言う部分で癖が強いに分類されてしまった。そんな中、初めて「母を思い出す女性」に出会い、何故かとても話したい気持ちになったのだ。何を話そうか考えていると、先に姫が話しかけてきた。
「貴方を助けるのは二度になりましたね。初めてこの島に来たとき、そして今日の……」
 と姫が言うと
「ああっ! 両方とも姫さんだった、そうだ……。どっちも俺のせいで危険な目に合わせちまった。特に今日のは、本当悪かった。もう、傷は大丈夫なのか?」
 とヴィッツが心配する。姫は微笑みながら自身の左腕を撫で
「私の体は特殊なのです。普通の回復魔法でも回復はするのですが、半実体化のため魔法をすべて受け止めきれず膨大な魔力が必要で、その分術者の方に負担をかけてしまいます。ですので、傷の手当は彼の中で融合して再生します。彼の魔力はかなり高く、融合しているので卵の殻の中に入っているような状態で魔力の減衰も発生しません。短時間で一番効率よく回復できるのが彼の中なのです。穢れは皆さんと同じように浄化しないといけません」
 姫の説明に
「じゃあグレイのやつは自分の魔力消費して姫さん回復してんのか」
 とヴィッツが聞くので
「私と彼の魔力と一つに合わせて回復に集中します。その間は基本グレイはじっとしていることが多いです。彼は枷ではないと言ってくれますが、それでも私がいることが重荷になっているのではと不安がありました」
 と答えつつ、まだ話していないグレイとの関係を話し始めた。
「この時代に来る前のことは覚えてません。でも、グレイの魂と融合する直前のことはおぼろげながら覚えているような気がします。この時代に来たときは魂だけの状態でしばらく真っ暗な空間をふわふわと漂っていたように思います。そしてある日、私は引き寄せられるようにグレイの中に入っていった。それがどういう経緯かはずっと真っ暗な世界を漂っていたので見ていません。でも、彼の魂と融合してからは彼の中でずっと彼の心を抱きしめて眠っていた。途中から彼の悲痛な心の叫びで目覚めた。外の様子は何も見えないし聞こえない、でも彼の心の叫びだけは聞こえていて見えていた、傷だらけだった心。私は彼の心を抱きしめ癒し、そして慰めていた。そして数年後、彼が国王陛下に助けられそして忠誠を誓った日の夜、私は突然彼から分離したのです。彼は目の前に彼にそっくりな姿の私が現れ、私は彼の中から分離してびっくりしました。彼に言われ鏡を見ると同じ顔が二つ並んでいたのです。こうして私も自我を持つ半実体として動けるようになりました。そして彼と色んなことをお話しました。私たちは自分自身のことをよく知らない、記憶がない状態ですから話すことで理解を深めていきました。それでも謎が多かった……。そして月日が経ち貴方たちが現れた。今までの私たちでは埋められなかった記憶のピースが埋められていった。この旅で私は彼と完全な別人となり、そして記憶が戻る……そうミーンさんが言ってました。そういえばヴィッツさんは何か本来は違う目的があって旅に出たのですよね」
 姫がそう聞いてきたので
「俺が五歳の頃に母さんが流行病で死んじまってな。それを父さんに伝えたくて旅に出た。俺がまだ母さんの腹の中にいる頃、魔法の事故に遭って父さんが転送魔法で今のワルトゥワの村の近くまで飛ばしてくれたらしい。魔法のことは詳しくねーんだが、俺がまだ生まれる前で精霊と契約してないとかで父さんの転送分を使って飛ばされたって。父さんは『必ず生きて会う』って言ってた、そんなことを母さんが話してくれた。そこらへんは覚えてるが、所々記憶が抜けちまってる。その……こんなこと言うと姫さんに対して失礼かもしれねーけど、なんつーか姫さん見てると母さん思い出すんだ、似てる感じがしてさ」
 姫はヴィッツの話に
「どんなところが似てるのですか?」
 と不思議そうな顔をして聞く。ヴィッツは
「喋り方……とか、こう柔らか、あ、いや、なんつーかその優しいところが、なんか雰囲気が似てるなって……。わりぃ、母さんよりよっぽど若いのに」
 と話す。すると姫は少し笑いながら
「ヴィッツさんが五歳のときのお母さんの年齢なら、今の私と同じくらいだと思います。少なくともグレイの中で生きている時間は二十七年ですし、外見も同じ年齢です。その『五歳の時』でヴィッツさんのお母さんに対する思い出が止まっているなら、私のこともそう見えるのかもしれません」
 と言った。やはりこの人は今まで会ってきた母以外の女性とは違う、母に近い女性なのだと改めて思った。そう思っているとグレイが現れ
「時間だ」
 とヴィッツを遠ざけようとする。
「なんだ、もう終わりか。まだもう少し話したかったのに……」
 ヴィッツが渋ると
「この崖から蹴落とされたいか」
 グレイは殺意のこもった一言を放つ。
「グレイ、落ち着いて。ヴィッツさん、ごめんなさい。しばらく私たちだけの時間をください」
 姫もそういうのでヴィッツはため息をつきながら
「わかったよ。戻ってカルロに武器の使い方を教えてもらう。姫さん、少しだが話せて母さんのこと、少し思い出せた。ありがとな」
 と姫に手を振りながらヴィッツは小屋のある奥の方に走っていった。誰もいなくなったのを確認し
「彼も、また重い境遇にいるのですね」
 と姫が言う。それに対してグレイは
「親など……信用できるものか」
 と言葉を漏らした。グレイにとっては自身を捨てた元凶。村の孤児院で何度も言われた「忌み子だから捨てられた」という呪いの言葉。そこからやっと開放されたのがディア王であった。「お前はいずれ立派な大人になる。その髪色、そして目がそう物語っている。お前は忌み子などではない」その言葉にどれだけ救われたか。だから彼にとって王は自身の理解者であり、頼れる存在あり、何よりも大事だった。命を懸けるのは国王のみ、そう誓ったはずだった。彼は国王を護る任務から一時的に外され、旅に同行させられていることが不服なのだ。
「貴方にとっては国王陛下が一番ですものね。でも、私は思うんです。この旅できっと皆、色々と変わっていくのだと。それは私たちも例外ではない、と」
 姫の言葉にグレイは鼻であしらう。
「俺の忠誠は変わらん。国王の命を果たし俺は元の任務に戻るだけだ」
 相変わらず融通の利かないグレイ。この旅で彼の心もきっと変わる。姫はそう願っていた。こうしてグレイと姫も行動に加わり、和やかな無人島生活が始まった。だが、相変わらずグレイは単独行動が多い。彼は他人と時間を共有するのが苦手だから、と姫は言う。姫はグレイと融合して休息をとることでエネルギーの補充をしているので食事をとる必要がないが、グレイはヴィッツたちと同じ人間のため食べる必要がある。姫は皆から離れて食べるグレイのために小屋の屋根の上へ食事を運び、グレイはそれを星空を眺めながら食べた。
「皆さんと食事をしてみませんか? これからの旅、一人で食事は恐らく難しいと思います」
 隣に座っている姫がそう言うが、グレイは黙々と姫が持ってきた料理を食べる。一口飲み込んで
「俺がいたら場の空気が悪くなる。食事も不味くなる」
 と言った。姫はくすくすと笑いながら
「そんなことないですよ。皆さんと食事するのも楽しいですよ。私は食べることはありませんが、そばでお話を聞くだけでも楽しいです」
 と団らんの様子を話す。そして
「もしその気になったら皆さんと食事をしてみてください。きっとそれは貴方に必要なものだから」
 そう言って姫は皆のところに戻った。
「…………」
 一人残ったグレイは最後のひとかけらのパンを口に入れた。一方、小屋の中で食事をとっていた一行は後片付けをする。今日の当番はカルロとスティアだ。食器を拭いているスティアが
「あら? 食器ひとつ増えてる」
 と右に立っているカルロが洗う前の食器を見て言う。今カルロが洗っている分が最後のはずだったからだ。
「ああ、兄貴だよ」
 とカルロが食器を洗いながら言うと
「でも全然気づかなかったわ。いつの間に置いたのかしら」
 スティアは不思議そうにする。
「兄貴は気配消すの得意だから、知らない間に持ってくる」
「別に一人で食べなくても私たちと一緒に食べればいいのに」
「兄貴は飯食うところ人に見せないからな、姉貴以外には」
 カルロがそう話す。そして
「まあそれは置いといて、だ。王族である俺とスティアが食器洗うってなんつーかすっげぇ妙な光景だよな」
 とカルロは笑いながら洗った食器をスティアに渡す。
「ローテーションだから仕方ないでしょ。料理できるのはミーンと私とカルロの三人だけ。食器洗うのは交代、まあザントは無理だから外すけど。ナスティは器用だから洗うの上手だし、ミーンも家庭持ってる人だから料理とか片付けとか得意って言ってたし。ヴィッツは料理は出来なくても、お友達の家でよく食器洗いは手伝ってたって言ってたからそこは助かってる。姫も片付けを手伝ってくれるわね、料理はやっぱり苦手なのかしら。問題はグレイよ。何もしてくれないくれないもの」
 受け取った食器を拭きながらムスッとしたスティアが言うと
「このあたり、温泉があるから魔物が寄ってこないって話したよな。実はあれ完全じゃないんだ。あの湯気を通り越してやってくる魔物もいる。それを夜中に誘導して倒してるのが兄貴だよ。まあ姉貴も手伝ってくれてるが、実は俺、一日目から兄貴が来てるのに気付いてたんだ」
 とカルロが衝撃的な話をした。
「俺も一人の時は何度も魔物の気配と鳴き声っつーのかな、変な音で起こされることもあった。建物までは壊さないのは前にも言ったとおりだが、俺の気配は察して周辺うろうろしてんだ。皆が来てから安心して静かに寝られるのは、兄貴と姉貴が見張ってるからだ。まあそんなことするのは、親父が俺たちを護れつったからだろう。それを忠実に守ってるだけだが、兄貴は何もしてないわけじゃない」
 カルロの話に
「そうだったんだ。私たちが物音で起きないようにずっと護ってくれてたのね……」
 スティアが考え込むように言った。
「まあ兄貴が自主的にやってることじゃない。善意だとかそういうのあんましないんだ。兄貴が信用してるのは親父と姉貴だけだから。俺のことも正直あんま信用してねぇと思う」
「それって寂しくない? ずっと兄として慕ってる人からそんな冷たい態度されて」
 カルロから聞いていたグレイを兄と慕っていること、スティアが疑問に思っていることを話すと
「姉貴から色々聞いてるからさ、兄貴のこと。だから俺はあんまりそこは気にしてない。全く気にしてないっつーと嘘になるが、あんまり兄貴の平穏を乱したくないんだ」
 とカルロは胸の内を明かした。
「あなたもグレイも大変なのね……」
 スティアはそう言うと何か考え事をしながら、黙々とカルロから渡される食器を受け取り拭いていた。

 四日目。カルロとの特訓を終えてヴィッツは一人休憩していた。カルロは倉庫に入ってこの場には居ない。そこにスティアが現れ
「ヴィッツ! ちょっとちょっと」
 何やら小声で話してくる。スティアが耳打ちで色々と話してくる。その内容にヴィッツはうんうんと頷く。そしてヴィッツもスティアに耳打ちする。お互いこくりと頷いて
「カルロー、ちょっとスティアの手伝いしてくるー」
 と倉庫の中のカルロにヴィッツが言うと
「りょーかい」
 と返事が帰ってきたのでスティアとヴィッツはその場を離れた。
「……というわけでカルロとグレイを一緒に食事させたいのよ。なんだかかわいそうじゃない、あんなに兄貴って慕ってるのに一緒に食事すらしたことないって。それにグレイも私たちの身の安全を確保するのに夜明けまでずっと見張りをしている。昼間いないのは恐らく寝てるんでしょうね。姫もいないからグレイの中かしら。姫は食事の時間顔出してくれるけど、本当グレイはどこで食べてるのかしら。まあそれはともかく、労いも込めてグレイに御馳走してあげて、それをカルロと一緒に楽しみたいの。みんなで楽しく食事ができるような場を設けたいのよ」
 スティアがそう話すと
「なるほどな」
 と納得してから
「そういや気配と言えばグレイのやつ、そばにいてもわからないくらいには気配消すのすげーんだよな。姫さんは、何となくだが分かる。最初の二日は分かんなかったけど、三日目に正体が分かってからは俺たちに気を許してくれているのか、姫さんの方はほんの少しだが気配が読み取れるときがある。本当分かるときがある、くらいだけどな」
 とヴィッツが話す。
「へぇ……魔物は分からないのに姫のことは分かるんだ。さーてーは、姫に気があるなっ?」
 スティアが面白半分からかうと
「ちっ、ちげーよ! 姫さんに、何つーか母さんの面影が見えたんだ」
 とヴィッツが困った顔で答え
「あ……ヴィッツのお母さんって姫みたいな感じの人だったんだ。お母さんのこと、思い出させちゃった、かな……」
 とスティアは申し訳なさそうな表情になった。
「あー、気にすんな。姫さんと話してたらさ、母さんあんな感じの優しい人だったなって懐かしい気分になるんだ。抜けた記憶が埋まるような、話してるとそんな感じがして落ち着くんだ。だから、まあ、うん。気がないわけではないが、どっちかってーとやっぱ母さん思い出す方が強い、今はな」
 とヴィッツが気にするなと言う。
「そっか。そうよね、私から見てもとても品のあってお姫様って感じの人だって思うもの。ヴィッツのお母さんもそんな優しい雰囲気の人だったのね。好きになる気持ちも分かるわ」
 スティアはうんうん頷く。するとヴィッツは慌てる。
「待て待て待て! 俺はまだ姫さんのこと好きって言ってねー! それにそんなこと言ったらグレイやミーンに何言われるか……」
「そうよ。どこの一般人が高貴たる姫に好意を抱いたのかしら?」
 後ろを振り向くとミーンが怒りのオーラをまといながら笑顔で近づいてくる。
「あーっ! スティア! とりあえず話は分かったから明日か明後日にでもっ! 俺は逃げる!」
 そう言ってヴィッツは大慌てでその場から走り逃げるが、ミーンの水鉄砲魔法で思いっきり背中を撃たれてその場に倒れ込んでいた。その後、カルロはよく食べるザントのために新鮮な肉をと狩りに出かけ、ナスティとザントは今後の旅での治療薬を作るために薬草を取りに行き、スティアとミーンは残りの食材でどれだけ料理が作れるか献立を考え、ヴィッツは一人剣の扱い方を練習していた。そしてグレイと姫は洞窟の上の方にある安全な日陰にいた。グレイはぐっすりと眠っている。
「(毎晩、皆さんを護るために番をしてましたからね。今はゆっくり休んでください)」
 姫は微笑みながらグレイの寝顔を眺めていた。今日は気持ちのいい快晴。こうして穏やかな時間が過ぎていった。

 五日目。
「スティア。今日はあなたを連れてこの山の頂上へ行くわ」
 と朝食が終わって八人全員が揃うとミーンがスティアを名指しした。
「え、私? 山頂に行くなら修行? それとも何かを取りに行くのかしら?」
 スティアが不思議そうな顔をしていると
「今日は火の日だから、山の頂上に火の精霊が現れる。契約をするためよ」
 と突然の精霊契約の話をされる。
「私やザント、そしてカルロ以外はまだ精霊との契約をしていない。だから精霊との契約がどうやって行われるか、一つの例として皆で見に行くわよ」
 全員が行くことになり、グレイと姫が周囲に気を配りつつ山の頂上を目指す。徐々に進む道は急勾配になってくる。少しずつ息が上がってくる。こうして日が山の頂上に来る前に全員が到着した。頂上は木が生えておらず、草原が広がっている。
「陸でも大丈夫な体を得たとはいえ、やっぱり……陸は苦手だわ。特に山は……」
 ミーンが息を切らしてそう話す。
「やっぱミーンにも苦手なものあるのか」
 ミーンよりは息が上がってないヴィッツ。
「そうね。あとは暑いところと言うより乾いたところも苦手ね」
 そう話していると
「ミーン、大丈夫? 登ってる最中、結構息上がってたから」
 スティアが心配しに来た。
「呼吸を整えたからもう大丈夫よ。さあそろそろ日が真上に来るわ。噴火口の中心部に行きましょう」
 そう言って少し平らになった場所の真ん中に案内する。ここがこの山の元噴火口。今となっては平らになっている。全員が中心部を円で囲む。太陽が真上に来て日差しが中心部に当たる。するとそこから小さな炎の灯がひとつ現れた。その炎は目の前まで上がるとみるみるうちに大きくなり、両手ですくえるくらいの大きさになった。しばらく燃え続けた炎の中に小さな人影が見える。そして炎が少しずつ消えていき、中からは竜をモチーフにした赤い鎧の精霊が目を閉じて現れた。剣の柄を両手で握り仁王立ちをしている。そして
「スティア、この精霊があなたと契約する子よ。彼の前に立って、そして心を通わせて」
 ミーンに言われスティアは精霊の前に立った。まるで騎士のような見た目の精霊はそっと目を開ける。

 そして
「汝、我が力を欲する者か」
 と問いかけた。スティアは
「え、ええ。ただ私は精霊とか魔法とか、そういうことはよくわからない。けれども私があなたと契約しなければならない、そう言われたから。だから私はあなたと契約する必要がある。私に力を貸してほしいの」
 と正直に話した。しばらく沈黙が続く。そして精霊は口を開いた。それはさっきまでとは違い
「君の正直な気持ちを話してくれてありがとう。君の心を少し覗かせてもらいたいから、ほんの少し僕と目を合わせてほしいんだ」
 と子供っぽい口調で話しかけた。スティアは頷き精霊と見つめ合う。そして彼は
「うん、君の心に燃える炎を感じ取れた。君なら大丈夫だ。僕の力を貸そう」
 そう言って咳払いをした後、剣を右手で天高く持ち上げ、盾を左手で握りしめ
「我、パルディ・サラーム・ハスト! この剣と盾に誓い、この者と契約を交わす!」
 と言った。そして剣と盾を仕舞うと
「さあ、これが僕の精霊石だ。失くしたりしないで大事に持っているんだよ。それと壊れてしまうと契約破棄になる。その点も注意してほしい」
 そう言ってスティアの手に小さなコインほどの宝石のような透明な赤い石を渡した。スティアがその石を握ると熱い何かが全身を駆け巡った。
「これで僕との契約が成立して火の魔法が使えるようになったよ。火の魔法にも色々ある、攻撃だけじゃなく護ることも癒すことも、なんでもね。使える魔法は君次第だよ。じゃあよろしく!」
 そう言って姿を消した。スティアは握った手を開く。確かにそこには精霊石があった。
「これで、契約は終わりなの?」
「ええそうよ。精霊によって契約方法は変わるけど、彼の場合は騎士のような契約方法が趣味だったんでしょうね」
 契約と言うからには複雑な手順がありそうな気がしたが、見つめ合って納得した精霊から精霊石を受け取って、それで完了だったのである意味拍子抜けだった。
「趣味って……あーでも確かに口調が時々変わってたわね」
「あの子は役割を演じるのが好きみたいね。普段の口調は子供っぽいけど、テンション上がると騎士になりきる、そんな感じね」
 ミーンの話に
「そう言えば私、こうやって精霊と契約交わしたけど、いつも彼に見られてる感じなのかしら」
 と抱いた疑問を投げかけた。そして全員揃っているので、以前ナスティにも話した精霊たちが常に自分の側にいるわけではないことなど色々説明をした。こうして一行は山を下りてカルロの小屋へと戻った。
「お腹、ペコペコ……」
 しゅんとした様子で床に座り込むザント。
「そうね。昼に頂上に着くように向かって、日が暮れるまでには帰れるように急いだから昼食のタイミングが無かったわね。少し早いけど、夕食にしましょうか」
 ザントの隣にミーンが座り頭を撫でる。ザントはお腹が空きすぎて床に寝そべってしまった。
「昨日の狩りが成功すれば肉食わせられたんだが、昨日に限って獲物が見つからなかった。また明日狩りに行くか」
 カルロがそう言うと
「明日、大物持って帰ってきてくれたらちょっとパーティしましょう。控えめに食べてたからたまにはいっぱい食べたいし」
 とスティアが言うので
「おう、任せとけ! いいもの食わせてやるぜ!」
 とカルロは右腕でガッツポーズをした。こうしてミーンとスティアが食事を用意し腹を満たす。食べ終えたカルロは明日の狩猟のために弓と矢、そして槍の準備をしに小屋を出ていく。ヴィッツとスティアはカルロが出て行ったのを確認し、姫にもグレイもこの場にはいないことを確認すると、小屋の中にいる四人にサプライズの話をした。それを聞いて一番喜んだのは姫だった。
「彼、人前で食事しないのは『自分がいると場の空気が悪くなる。食事が不味くなる』って気にしていたから、皆さんがそう言って彼を歓迎してくれることを本当に嬉しく思います。あ、私がこの話を聞いたからと言ってグレイと融合していても伝わることは無いので安心してください。明日、とても楽しみです。きっと彼も楽しんで食事をしてくれると思います。その……国王陛下と私以外には寡黙な彼ですが、本当は誰かと話をしたいんです。ただそのきっかけを上手くつかみ取れなかった。不器用な人なんです」
 そう話す姫の言葉にスティアとヴィッツがうんうんと頷く。
「これはやっぱりチャンスだわ」
「カルロとグレイがようやく会話するチャンスだな。あいつ本当兄貴兄貴ってグレイの話になると止まらなくなる。まあグレイにも事情とかあるだろうがもうちっとは話してもいいと思うんだ」
 こうしてカルロとグレイに内緒でひっそりとパーティの準備が始まった。
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