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出会いは酒の香りとともに
しおりを挟むユモトインダストリーの依頼も無事終わり、スクラップ11に帰ってきた。これでひと段落、と思った時、ふと気づく。俺、全然操縦してなくね?と。
「なあポンコツ、俺、全然操縦してないんだけど。艦長なのに、操縦してないんですけど。」
「艦長であるなら、艦長席でどっしりと構えていればいいではないですか。脳波コントロールが機能している以上、操縦してる、とも言えますし、現状、艦長が操縦する意味を見つけられません。艦長席ではなく操縦席に座っているだけで十分なのでは?」
「……いや、まあ、確かにその通りなんだけどさ。
でもせっかく俺、いろいろ訓練とかしたんだよ?前世のゲームで」
「それは訓練とは呼びません。娯楽の範疇です。
艦長の主な役割は、判断と責任の一手に集約されます。操縦はAIに任せるのが合理的です」
「じゃあ俺、いらなくね?」
「それは違います。艦長がいないと、私が自由意志で暴走する可能性があります。
艦長は、そのための“リミッター”です」
「ちょっと待て、それ怖くね? それもう“AIが本体”じゃん」
「ようやく理解が追いつきましたね。成長を喜びます」
「喜ぶな、ポンコツ」
「いや、でもさ。たまには俺も自分の手で操縦してみたいわけよ。こう……ぐわーっとスラスター噴かして、ズドーンって着地決めてみたいんだよな」
「艦長、操縦はAIに任せたほうが百倍安全で効率的です。過去の操縦ログを参照すれば、艦長の手動操作による被弾率は──」
「やってねぇよ!脳波コントロールなんだから!比較対象ないだろ!」
「その通りです。だから今後も“ゼロ”で維持しましょう」
「……お前ほんと、ポンコツって呼ばれるために生まれてきたんじゃねぇのか?」
「ポンコツ扱いされるのは遺憾です。
──それでは、艦長の要望により当艦からの退艦処理を実行します」
「ちょ、待て、おい、今なんて──」
ブシュウゥウウゥウウ……
強制エアロック展開。俺は次の瞬間にはドッグ内に放り出されていた。
「……マジで追い出された」
目の前のパネルに、ポンコツからのメッセージが浮かぶ。
『操縦ご希望とのことでしたので、ギルドのシミュレーター施設を予約しておきました。
成績が良ければ、艦長に操縦権を一時的に移譲する可能性も検討します。──完璧AIより』
「おいィ……俺の艦だぞコレ……?」
完全に“艦に主導権を奪われている艦長(仮)”だった。
とぼとぼと、俺はギルドへの通路を歩いていた。
頭の中は、俺を追い出したポンコツAIの声でいっぱいだ。
──「操縦希望なら、外で練習してきてください」って、なんなんだよ……
ちょっとやってみたいって言っただけじゃんか。俺、艦長だぞ?
そんな文句を心の中でぶつぶつ言いながら、自動ドアをくぐった――そのときだった。
「うわっ、とと……!」
ゴスッと軽い衝撃。思いっきり人とぶつかった。
「す、すみません! 大丈夫ですか!?」
慌てて目の前を見ると、地面にぺたんと尻もちをついている女の子。
金髪のショートヘアに、緩いジャケット。目はぱっちりしてて、顔立ちはかなり整っている。
──正直、かわいい。めちゃくちゃ可愛い。
「……あはは、こっちこそごめんなさーい。ちょっと、足元ふらついちゃって……」
そう言いながら、彼女はにへらっと笑い、俺が差し出した手を取った。
「ありがとうございます~」
……うん、かわいいんだけど。
「……すごい、酒臭いんだけど」
「えっへへ~、バレました~?」
いや、バレるというか、むしろ“香ってくる”レベルなんだが。
見た感じ、俺と同い年くらい? 銀河法じゃ18歳から飲酒OKだから、違法ってわけじゃないけど……
──昼からこれはどうなのよ。
「もしかして……酔ってる?」
「いやー? 酔ってない酔ってない。……たぶん?」
完全に酔ってるやつのセリフじゃねぇか。
彼女はそのまま、立ち上がってフラッとよろめきながら俺の肩に手を置いてきた。
「ありがと~助かったぁ~……あれ? 君新人? ギルドの」
「……ああ。まあ、一応」
「へぇー。なんか地味そうな顔してるけど、意外と優しいのねぇ?」
「地味って……」
「まあいっか! じゃ、またね~新人くん!」
そう言って、彼女はふらふらとギルドの奥へと消えていった。
──なんだあれ。
かわいいけど、すっごいクセがある。
でも、なぜだろう。
あの酔っ払い、ただの一般人には見えなかった。
(ギルド内であんなに堂々と酔ってるってことは、もしかして……)
──また、変な奴に出会っちまった予感がする。
ギルド内の訓練ルームは、意外なほど広かった。
壁沿いにズラリと並んだシミュレーター・ブースには、それぞれ「空戦」「索敵」「強襲」「護衛」などのラベルが付けられていて、各訓練項目に分かれているらしい。
「……おお、意外とちゃんとしてる」
俺は手近な『空間戦闘・初級』のブースに入って、操縦席に座った。
中はコクピットとほとんど同じ構造で、慣れてるはずなのに、妙に緊張する。
「よし、俺の実力見せてやる……!」
気合を入れてスタートしたものの──結果は、普通オブ普通だった。
敵艦撃破数、平均。被弾回避率、平均。スコアも、ギルドの“初級レベル卒業ライン”すれすれ。
つまり──ごくごく凡庸な「訓練生クラス」。
「……はぁ。これが俺の実力かよ」
脳波コントロールができなければ、こんなもんか。
俺は深いため息をついて、シミュレーターから出る。
ハイペリオンでは勝ってるのに、これはこれで、なんか悔しい。
「へぇ。意外と凡庸?」
「……ん?」
声をかけられて振り返ると、そこには──
「またあんたか」
「またあたしだよー、地味くん」
さっきの、酒臭い美人だった。
「ここ、飲酒禁止じゃないのか?」
「大丈夫大丈夫。これくらい、飲んだうちに入らないから~」
そう言って彼女は、ジャケットの中から銀色のパック酒を取り出し、ストローでちゅーっと飲み始めた。
……完全アウトだこの人。
「でさ~、君のスコア、見せてみ?」
「いや、別に見せるほどのもんでも──」
「ほらほら~、地味くんの実力チェックしちゃうぞ~?」
そう言いながら、あっという間に端末を操作して、俺のスコア履歴を勝手に呼び出していた。
「ふむふむ……おぉ、初級コースの卒業ラインギリギリ。ぷぷっ、君、実戦じゃ強いくせにシミュレーターは凡庸ってやつか~。逆のパターンはよく見るけど、これはレアだね~」
「……うっせぇ。誰が地味で、誰が凡庸だ」
「いやいや事実だし~。じゃ、あたしのスコアも見せてあげるよ。びっくりして腰抜かすなよ~?」
彼女はぴっと自分のIDを入力した。
──その瞬間、ブースの端末に表示された。
ランク:トップ3位
全カテゴリ平均スコア:98.6
最速タイム、最多撃破、最小被弾──すべてがトップクラス。
「……マジ?」
「うん、マジ。すごいでしょ~?」
その口調はフワフワしてるくせに、データはガチガチのトップスペック。
酒臭い。ふにゃふにゃしてる。けど、強い。──ギャップがすごい。
「てことは、あんたも艦長なのか?」
俺がそう聞くと──彼女の目が、スッと泳ぎ始めた。
「えーと……まぁ……艦長、かなぁ。一応」
「一応?」
「うん……艦は……無いけど……今は……」
だんだん声が小さくなり、後半はほとんど聞き取れなかった。
「艦が無い……のに艦長?」
「ち、違うよ!ちゃんとあったし!元はあったし!……今はちょっと、無いだけで……」
「ちょっとってレベルじゃねぇだろ」
「うるさいっ、地味くんのくせにっ!」
彼女は頬を膨らませてむくれているけど、酒パックはしっかり口にくわえている。
──なんなんだこの人。
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