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ショート回路
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塔の上から、赤い光がまたひとつ点いた。
低くうねるような警告音。
「有機活動物、発見」
「再構成ユニット、排除に向かう」
ガガッ、ガガガッ。
遠くから、また別のロボットが現れた。
さっきの虫とは違う。
二本脚で歩く、兵士のような形をしている。
胸部のプレートには焼け焦げた数字の列。
“収穫区域87-B”――何かを運ぶ役割でもあったのかもしれない。
でも今は、ただの殺し屋だ。
感情も、迷いも、ない。
「侵入個体、接近距離 15m」
金属の足音が、かつん、かつん、と響く。
冷たい視線。
足を止め、腕を上げた。
内蔵砲か?
撃たれる――そう思った。
でも、僕は一歩も動かなかった。
……いける。
たぶん、もう、いける。
さっきみたいに構えることもなく、
意識を向けただけで――
“それ”は、落ちた。
狙いは、ロボットの足元。
関節部に、ぴったりと着地する。
少しだけ、煙が上がった。
「――?」
ロボットが、一瞬止まる。
じゅっ、と焦げるような音。
続いて、バチンッ!と火花が飛ぶ。
関節部から内部の回路に入り込んだ“それ”の成分が、
導電性を帯びていたのか、
冷却機構が反応しないままショートした。
「……機能障害。異常――異常……」
ガクン、と膝をついたかと思うと、
次の瞬間、ロボットの頭が吹き飛んだ。
内部で電圧が暴走し、爆発。
残骸が火花を散らしながら、崩れ落ちた。
……やった。
僕は、やったんだ。
僕の“それ”で、機械を止めた。
目の前で崩れる巨体を見ながら、胸の奥が熱くなった。
生まれて初めて、“落とす”ことに意味が生まれた。
僕の身体は、この世界にとって異物だ。
でも――それが、この世界に風を起こせるなら。
冷たい風が吹く。
でも、心は静かだった。
僕は空を見上げる。
塔の上に、またひとつ、赤い目が灯った。
「来るなら、来い。僕は、何度でも落とせる。」
倒れたロボットの残骸が、じじっと焦げて沈黙した。
火花も止まり、辺りには静寂が戻る。
僕は小さく息をついて、辺りを見渡す。
空は灰色にくすんでいるけど――太陽は、まだあった。
ぼんやりした光の輪。でも、ちゃんと空に浮かんでる。
この世界に、ほんの少しの暖かさを残してくれている。
「……まだ、終わってないんだな」
ふと、足元に視線を落とす。
さっき、“それ”を落とした場所から――また、芽が出ていた。
小さな双葉。
土の中から、ひょっこり顔を出している。
戦いの中で踏まれなかったのが不思議なくらい、弱々しくて、でも、ちゃんと生きてる。
僕はしゃがんで、それを見つめる。
そして、お腹が鳴った。
「……はは」
緊張がほぐれたとたんに、空腹が一気に押し寄せた。
戦って、逃げて、落として、走って――
やっとひと息ついた今、僕の身体は、エネルギーを求めていた。
芽を見ながら、思わずつぶやく。
「君がもっと大きくなって……食べられる何かになったらいいのにな」
風がふわっと吹いた。
すると、芽が――ぐん、と伸び始めた。
「……え?」
目の前で、ぐんぐんと成長していく。
葉が広がり、茎が太くなり、つぼみができて――
ぱん、と咲いたのは、大きなひまわりだった。
その花は、まるで空に残った太陽の光を映すように、
堂々と、静かに咲いていた。
僕は言葉を失って見上げる。
すると――近くの土から、もうひとつ別の芽が生まれ、伸びはじめた。
その芽は、低い木になっていく。
やがて葉の下に、つややかな実をつけた。
「……カシューナッツ……」
間違いない。元の世界で、僕が大好きだったやつだ。
手に取って、匂いをかいで、そっとかじる。
「……うま……っ」
懐かしい味。
身体が芯からあたたかくなる。
ひと口ごとに、僕の中に力が戻ってくるのがわかる。
太陽の下で咲くひまわり。
そして、芽から生まれた栄養と希望。
僕は、ひとりきりだった。
でも今は――この世界に、芽と、実と、光がある。
「……ありがとう」
風がまた吹く。
花と葉が、ゆっくりと揺れる。
まるで、返事をするかのように。
ひまわりの影に隠れるように、ムサシは身を横たえた。
さっき育ったばかりのその芽は、もうしっかりとした根を張り、大地をつかんでいる。
根元には、カシューナッツがいくつか転がっていた。
ムサシはそのうちのひとつをつついて、くちばしで割り、ゆっくりと味わう。
「……うまい」
あの地獄のような黒い大地から、こんなものが生まれるなんて。
この世界にも、まだ救いがあるのかもしれない――そう思えた。
でも。
ギュ……ィィィィ……
耳に残っていた機械音。空気の振動が、背の羽毛をざわつかせた。
塔の赤い目が再び光を放つ。今までとは違う、強く鋭い光。
「……僕の“それ”で芽が育つ。それがバレたってことか」
太陽の光と、“それ”の力で芽が芽吹く。
自然の回復。それはこの世界にとって最も危険な行為なのだ。
やがて、地平線の向こうから新たな敵が現れる。
さっきの個体とは比べものにならない、大型の四足ロボット。
背中には煙突のような排気口。口元には、焼却炉のような構造がある。
「燃やすつもりか……芽ごと……」
ムサシはひまわりの足元に目をやる。
芽は、もうムサシの“それ”なしでも、自ら太陽に向かって成長しようとしている。
でも、敵の攻撃を受けたら――きっと、ひとたまりもない。
ムサシはくちばしを少し強く鳴らした。
その音に、ひまわりの葉がそっと揺れた気がした。
風か、それとも、別れの合図か。
「……守りたかったけど、僕がここにいたら、君たちが危ない」
ムサシは踵を返す。芽に背を向ける。
そして、敵の注意を引くように、あえて硬い地面を走った。
カツ、カツ、カツ――!
その音に、ロボットの赤い目がムサシの方を向く。
予想通りだ。敵は「芽」ではなく、「異物」であるムサシを最優先と認識した。
「こっちだよ、バカ!」
振り返らずに走る。
芽を、自然を、背中に置いて。ムサシはただただ走った。
風の中で、遠くから、葉が揺れる音が聞こえた。
それは――「また帰ってこい」という、静かな願いだったのかもしれない。
低くうねるような警告音。
「有機活動物、発見」
「再構成ユニット、排除に向かう」
ガガッ、ガガガッ。
遠くから、また別のロボットが現れた。
さっきの虫とは違う。
二本脚で歩く、兵士のような形をしている。
胸部のプレートには焼け焦げた数字の列。
“収穫区域87-B”――何かを運ぶ役割でもあったのかもしれない。
でも今は、ただの殺し屋だ。
感情も、迷いも、ない。
「侵入個体、接近距離 15m」
金属の足音が、かつん、かつん、と響く。
冷たい視線。
足を止め、腕を上げた。
内蔵砲か?
撃たれる――そう思った。
でも、僕は一歩も動かなかった。
……いける。
たぶん、もう、いける。
さっきみたいに構えることもなく、
意識を向けただけで――
“それ”は、落ちた。
狙いは、ロボットの足元。
関節部に、ぴったりと着地する。
少しだけ、煙が上がった。
「――?」
ロボットが、一瞬止まる。
じゅっ、と焦げるような音。
続いて、バチンッ!と火花が飛ぶ。
関節部から内部の回路に入り込んだ“それ”の成分が、
導電性を帯びていたのか、
冷却機構が反応しないままショートした。
「……機能障害。異常――異常……」
ガクン、と膝をついたかと思うと、
次の瞬間、ロボットの頭が吹き飛んだ。
内部で電圧が暴走し、爆発。
残骸が火花を散らしながら、崩れ落ちた。
……やった。
僕は、やったんだ。
僕の“それ”で、機械を止めた。
目の前で崩れる巨体を見ながら、胸の奥が熱くなった。
生まれて初めて、“落とす”ことに意味が生まれた。
僕の身体は、この世界にとって異物だ。
でも――それが、この世界に風を起こせるなら。
冷たい風が吹く。
でも、心は静かだった。
僕は空を見上げる。
塔の上に、またひとつ、赤い目が灯った。
「来るなら、来い。僕は、何度でも落とせる。」
倒れたロボットの残骸が、じじっと焦げて沈黙した。
火花も止まり、辺りには静寂が戻る。
僕は小さく息をついて、辺りを見渡す。
空は灰色にくすんでいるけど――太陽は、まだあった。
ぼんやりした光の輪。でも、ちゃんと空に浮かんでる。
この世界に、ほんの少しの暖かさを残してくれている。
「……まだ、終わってないんだな」
ふと、足元に視線を落とす。
さっき、“それ”を落とした場所から――また、芽が出ていた。
小さな双葉。
土の中から、ひょっこり顔を出している。
戦いの中で踏まれなかったのが不思議なくらい、弱々しくて、でも、ちゃんと生きてる。
僕はしゃがんで、それを見つめる。
そして、お腹が鳴った。
「……はは」
緊張がほぐれたとたんに、空腹が一気に押し寄せた。
戦って、逃げて、落として、走って――
やっとひと息ついた今、僕の身体は、エネルギーを求めていた。
芽を見ながら、思わずつぶやく。
「君がもっと大きくなって……食べられる何かになったらいいのにな」
風がふわっと吹いた。
すると、芽が――ぐん、と伸び始めた。
「……え?」
目の前で、ぐんぐんと成長していく。
葉が広がり、茎が太くなり、つぼみができて――
ぱん、と咲いたのは、大きなひまわりだった。
その花は、まるで空に残った太陽の光を映すように、
堂々と、静かに咲いていた。
僕は言葉を失って見上げる。
すると――近くの土から、もうひとつ別の芽が生まれ、伸びはじめた。
その芽は、低い木になっていく。
やがて葉の下に、つややかな実をつけた。
「……カシューナッツ……」
間違いない。元の世界で、僕が大好きだったやつだ。
手に取って、匂いをかいで、そっとかじる。
「……うま……っ」
懐かしい味。
身体が芯からあたたかくなる。
ひと口ごとに、僕の中に力が戻ってくるのがわかる。
太陽の下で咲くひまわり。
そして、芽から生まれた栄養と希望。
僕は、ひとりきりだった。
でも今は――この世界に、芽と、実と、光がある。
「……ありがとう」
風がまた吹く。
花と葉が、ゆっくりと揺れる。
まるで、返事をするかのように。
ひまわりの影に隠れるように、ムサシは身を横たえた。
さっき育ったばかりのその芽は、もうしっかりとした根を張り、大地をつかんでいる。
根元には、カシューナッツがいくつか転がっていた。
ムサシはそのうちのひとつをつついて、くちばしで割り、ゆっくりと味わう。
「……うまい」
あの地獄のような黒い大地から、こんなものが生まれるなんて。
この世界にも、まだ救いがあるのかもしれない――そう思えた。
でも。
ギュ……ィィィィ……
耳に残っていた機械音。空気の振動が、背の羽毛をざわつかせた。
塔の赤い目が再び光を放つ。今までとは違う、強く鋭い光。
「……僕の“それ”で芽が育つ。それがバレたってことか」
太陽の光と、“それ”の力で芽が芽吹く。
自然の回復。それはこの世界にとって最も危険な行為なのだ。
やがて、地平線の向こうから新たな敵が現れる。
さっきの個体とは比べものにならない、大型の四足ロボット。
背中には煙突のような排気口。口元には、焼却炉のような構造がある。
「燃やすつもりか……芽ごと……」
ムサシはひまわりの足元に目をやる。
芽は、もうムサシの“それ”なしでも、自ら太陽に向かって成長しようとしている。
でも、敵の攻撃を受けたら――きっと、ひとたまりもない。
ムサシはくちばしを少し強く鳴らした。
その音に、ひまわりの葉がそっと揺れた気がした。
風か、それとも、別れの合図か。
「……守りたかったけど、僕がここにいたら、君たちが危ない」
ムサシは踵を返す。芽に背を向ける。
そして、敵の注意を引くように、あえて硬い地面を走った。
カツ、カツ、カツ――!
その音に、ロボットの赤い目がムサシの方を向く。
予想通りだ。敵は「芽」ではなく、「異物」であるムサシを最優先と認識した。
「こっちだよ、バカ!」
振り返らずに走る。
芽を、自然を、背中に置いて。ムサシはただただ走った。
風の中で、遠くから、葉が揺れる音が聞こえた。
それは――「また帰ってこい」という、静かな願いだったのかもしれない。
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