異世界うんこ英雄ムサシ

ディグ

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カプセルの楽園

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焼けた地面を走るムサシの足音が、廃墟の壁に反響する。
足元には砕けた瓦礫。かつてここに人の暮らしがあったことを感じさせる、わずかな名残。

「……ここも、全部、壊されたんだな」

瓦礫の隙間に、小さな草も、虫も、音もない。
あるのは、風と埃と、沈黙だけ。

ムサシは一つの建物の中へ身を滑り込ませた。
コンクリートが割れ、壁に大きな穴が空いている。かろうじて天井が残ったその空間。

その奥に――見慣れないものがあった。

透明なカプセルが、床にいくつも並んでいる。
それぞれに配線がつながれ、冷たい青白い光が灯っている。
中には、人間がいた。

「……人間?」

何十体もあるそのカプセルの中、すべてが同じ姿勢で、目を閉じて眠っている。
息をしているのか、それすらわからないほど静かだった。

冷たい金属の床。
ガラスの棺のように並ぶ無数のカプセル。
中には人間たちが、まるで永遠の眠りについているかのように静かに横たわっていた。

ムサシはその一つの上に立ち、黙って見下ろしていた。

「……眠ったまま、夢を見てるのか」

ここには自然の音も、風の流れも、命のざわめきもなかった。
ただ、止まった時間と、機械の脈動音だけが空気を満たしている。

だが、ムサシの腹の奥――
なにかが、静かにうずき始めていた。

(……ここにも、届くのかな。僕の……)

ゆっくりと腰を落とす。
感覚を研ぎ澄ませ、地面の気配を感じた。

「……ぷり」

音は小さく、湿った重みを持ってそこに落ちた。
ムサシの“それ”――それは、うんこだった。

しかし、それはただの排泄ではなかった。
それは命の種だった。

すると、そこから――

ピキ……ピキピキ……ッ

カプセルの透明な表面に、ひびが走った。
ムサシの“それ”から、細く、鋭く、緑の根が伸びていた。

ガラスを貫き、亀裂を押し広げながら、根が絡みついていく。

中の人間の瞼が、ぴくりと動いた。

根はさらに下へと侵食し、カプセルを締め付け、静かに、だが確実に、生命の力で機械の殻をこじ開けていった。

やがて、カプセルは“ぱきん”と音を立て、砕けた。

中の空気が一気に抜け、人間のまぶたが、ゆっくりと開いた。

「……ここは……? あれ……空……?」

崩れたカプセルの周囲には、芽吹いたひまわりの若芽が根を張り、柔らかく光を吸っていた。

「……この匂い……懐かしい……」

目覚めた人間は、芽から立ち上るほのかな香りに、思わず涙ぐんだ。
それは、人工の夢の中では決して再現できなかった、“本物の自然の匂い”だった。

ムサシは静かに振り返り、その場を離れようとした。

(……あれは、僕の中から出たんだ。やっぱり、ちゃんと生きてたんだ)

芽は確かに息づき、人を起こした。
そして、その始まりは――うんこだった。

「これが、“壊す”ってことじゃない。
……でも、目覚めるためには、それが必要なんだ」

崩れたカプセルのそばで、ひまわりの芽がわずかに揺れていた。
その根はまだ、生まれたてのように細いが、確かにこの場所に生きている。

「……君が、やったのか?」

声をかけてきたのは、目覚めたばかりの人間だった。
男。年齢は中年くらい。肌はやつれていたが、目だけは鋭く、何かを確かめるようにムサシを見ていた。

「うん、僕だよ」
ムサシは静かにうなずいた。
「君を起こしたのは……僕の、“それ”。芽が出て、カプセルを壊した」

男はそれを聞いても驚かず、ただ深く息を吸い込んだ。
「……懐かしい匂いだ。もう忘れかけてた。土の匂い、草の匂い……」

しばらく黙ったあと、男はポツリと語り出した。

「昔、この世界は……いや、“元”の世界は、もっと緑があった。
でも、人間が壊した。空も、土地も、作物も、すべて……」

「全部……なくなったの?」

「いや。正確には、“作られたもの”だけが残った。
人工の空。人工の食料。人工の空気。
人はそれで生きられると思っていた。でも……」

ムサシはじっと耳を傾けた。

「人は、自然の変化に耐えられなくなったんだ。
アレルギー、感染症、気候変動、飢え……
“安全”な夢を選んだのさ。自分たちで作ったシステムの中で、永遠に眠ることを。
それが、このカプセルだ」

「夢を見てる間は……死なないの?」

「そういう仕組みになってる。
でも……おかしくなってきてる。何百年も経った。
夢の中で自分が誰だったかすら、忘れてるかもしれない。
それでも、生きてるだけで満足しようとしたんだ」

ムサシは、芽の根元に目を落とした。
そこにはまだ、土のようにふくらんだ、“それ”が残っていた。

「……でも、僕の“それ”で、君は起きた」
「そうだな。間違いない。お前の中にある何かが、俺の中の何かを揺らした。
眠りのシステムが想定してない“もの”が、お前にはあるんだろうな」

「……命?」

「かもしれないし、“拒絶”かもしれない」
男は立ち上がり、芽を見下ろした。
「俺は……目覚めた以上、もう戻れないだろうな。
夢の中には、こんな匂いも、痛みも、なかったから」

「これからどうするの?」

「わからない。でも……探してみたい。まだ、誰かが起きるかもしれないし、
この匂いが、他の誰かにも届くなら……お前のような存在が、希望なのかもしれない」

ムサシは少しだけ尾をふった(※鳥なので、尾で感情表現する)。

「じゃあ……僕、行くね。まだ、眠ってる人がいる」

「名前は?」

「ムサシ。異世界から来たんだ。
でも、この世界には僕の“それ”が必要だったみたい」

男は少し笑って言った。

「ありがとう、ムサシ。お前の“うんこ”は、この世界のどんな機械よりも……本物だ」


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