悪魔と呼ばれる辺境伯様はツンデレ溺愛がすごい

千見るくら

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04.誰ですか、悪魔なんて言ったのは

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翌日。
私は辺境の悪魔の館で、目を覚ました。

窓の外はまだ薄暗く、霧が屋敷の庭を覆っている。
とても静かな朝だった。

与えられた部屋は想像以上に整っていた。
寝心地のよい寝具に、刺繍が美しいカーテン。家具もすべて高級品。壁の燭台は魔導式で、夜中でもほのかに光が揺れている。

(……普通に快適じゃない?)

悪魔の屋敷というより、貴族邸そのもの。しかも、王都の貴族邸よりも落ち着いた内装が、無駄な贅沢を感じさせず、趣味の良さを感じさせる。

「お嬢様、お目覚めですか?」

扉の外からエマの声がした。

朝の支度を手伝ってもらいながら話をする。

「よく眠れましたか?」
「うん。移動の疲れもあって朝までぐっすり。ベッドもすごいふかふかだった」
「それはよかったです。使用人のお部屋も、すごく綺麗でびっくりしました」

付いてきてよかったです、とエマははしゃいでいる。

そのとき、控えめなノックの音が響いた。

「失礼いたします。朝食のご用意ができております」

昨日の白髪の執事――グランヴェール家の使用人長だ。
低く落ち着いた声で告げるその姿には、一流の礼節が漂っていた。

「すぐに伺いますわ」

エマが私の肩を軽く払ってリボンを整える。
鏡に映る自分の顔は、思ったより落ち着いていた。

廊下を歩くと、朝の光が差し込み、石造りの床が淡く反射している。
人の手で丁寧に磨かれているのがわかる。

執事に案内されて案内されたのは、広い食堂だった。
長いテーブルの端に、シルヴァンが座っている。

黒い服に身を包み、無表情。
それでも、朝の光に透ける赤い瞳がやけに印象的だった。

「……おはようございます」

緊張で少し声が上ずった。

彼はちらりとこちらを見た。

「ああ、おはよう」

短い返事。
それだけで会話が終わった。

(……ですよね)

椅子を引いて腰を下ろすと、温かいスープの香りが漂ってきた。
シンプルだけれど丁寧な料理。焼きたてのパン、ハーブの香る紅茶。

(ちゃんと人間の朝食だ……)

そんなくだらないことを考えていると、向かいから低い声がした。

「眠れたか?」
「は、はい。とても快適でした」

慌てて笑顔を作ると、彼はわずかにまぶたを伏せた。
小さく口角が持ち上がる。安堵の気配が見える。

「そうか」

それだけ言って、彼は静かにスープを口にした。
その動作すらやけに整っていて、目が離せない。

私もそっとスープをすくい、口に運ぶ。柔らかな香草の香りが広がった。

(……おいしい)

「合わないものがあれば言ってくれ」
「えっ、い、いえ。どれもおいしそうです」
「そうか」

会話は短く終わった。
沈黙が続く。

(口数は少ない。……けど、冷たいわけではなさそうなのよね…… )

ちらりと視線を向ける。
相変わらず無表情だけど、その沈黙には不思議な落ち着きがあった。

(それにしても、顔が……良すぎる)

阿呆皇太子も顔だけは良かったけれど、シルヴァンも全然負けていない。
この静けさと気配の薄さが、まるで絵画の中の人物みたいに整っている。
それでいて――後ろ髪が少しだけ外にはねている。きっちりした印象の中に、ふと覗く無造作さが妙に可愛らしい。

(こんなに魅力的なモブがいていいの……?)

ついそんなことを考えていたら、彼の視線がこちらをかすめた。

「……本当に、口に合わないものはないか?」
「は、はい! 全部、とっても、おいしいです」

焦って答えると、彼はわずかに頷いた。

「そうか」

たったそれだけ。

けれど、その言葉は不思議と柔らかく聞こえた。



---




辺境での生活が始まって、数日。

(……うん、普通に平和)

結論。
悪魔の館はいたって普通。どこにもホラー要素はなかった。

屋敷の中はいつも静かで、使用人たちは礼儀正しく、掃除も行き届いている。
夜中にうめき声が聞こえるわけでも、廊下を亡霊が徘徊しているわけでもない。

「お嬢様、朝の紅茶をお持ちしました」
「ありがとう、エマ。……ねえ、ほんとに普通の屋敷だよね?」
「ええ。悪魔どころか、皆さん天使のように親切です」

その言葉に、私は思わず頷いた。

あることないこと好き放題……人の悪口でお茶を飲むのが貴族夫人たちの趣味なんだと、改めて思い知る。まったく、噂なんてあてにならない。

「――で、シルヴァン様とはうまくやっていけそうですか?」

エマの問いに、私はカップを持ったまま固まった。

「うまくやっていけそうか」と言われても、そもそも彼と会話らしい会話をしていない。


「どう、なんだろう……」

曖昧に笑ってごまかしながら、紅茶を一口。
ほんのり甘い香りが鼻に抜けた。

――この屋敷の主、シルヴァン・グランヴェール伯爵。

毎朝きっちり決まった時間に執務室へ入り、昼も夜もほとんど姿を見せない。
廊下ですれ違っても、短く「おはよう」とか「そうか」しか言わない。

「悪い人ではなさそうなんだけどなあ……」

口に出してみて、少しだけ胸の奥が温かくなった。確かに不愛想ではあるけれど、冷たさとは違う気がする。

会話が短いせいで、まだろくに相手のことを知れていない。

この突然の婚約関係は、阿保皇太子の私への嫌がらせだ。
彼は巻き込まれただけの被害者だ。突然、縁もゆかりもない令嬢を押し付けられて、きっと彼も戸惑っているはず。

(なのに文句ひとつ言わず、迎え入れてくれているなんて……)

お人好しなのか。無関心なのか。
興味を持ってもらえてないのかな、と思うと少し寂しく感じる。

思わず、カップの中の紅茶を見つめる。
揺れる琥珀色の液面に、自分の顔がぼんやり映った。

(…………もう少し、彼のことを知りたいな)

だから私は、観察を始めた。

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