悪魔と呼ばれる辺境伯様はツンデレ溺愛がすごい

千見るくら

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05.理解しました、ツンとデレってやつですね。

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観察対象:国境の悪魔ことシルヴァン・グランヴェール。

朝は紅茶派。角砂糖は5つ入れる。だいぶ甘党。
書類をめくる指がやけに綺麗。武人とは思えない美しさ。
人と話すとき、ほんの少しだけ視線を逸らす。滲み出るコミュ障。
無口で愛想はない。けど、使用人からは慕われているようだ。

(うーん。この人……冷たいんじゃなくて、ただの不器用イケメンでは?)

そんなふうに観察記録を脳内で更新していたある日の夕方。

いつものように、会話の少ない晩餐が終わったあと。
彼が席を立とうとした瞬間、思い切って声をかけた。

「あの、伯爵は……会話をするのはお嫌いですか?」

シルヴァンの動きが止まる。
ゆっくりとこちらを振り返り、赤い瞳がランプの光を受けてわずかに揺れた。

「……別に、そういうわけでは」

意外な返答に、思わず姿勢を正す。

「なら、もう少しだけお話しませんか? 私たち、お互いのことを、もっと知っておいた方がいいと思うんです」
「……」

短い沈黙。けれど、彼はすぐに使用人へ目を向けた。

「……紅茶を」

その一言で、侍女が静かにティーポットを下げ、すぐに香り立つ茶を新しく注ぐ。
話す気がある、ということだろう。

「……」
「……」

だけど――そこから先が続かない。
私が言い出したんだから、なにか話題を提供しなければ。必死に頭をひねった。

「お好きな食べ物はなんですか?」
「特にない」

「嫌いな食べ物はなんですか?」
「ない」

「ご趣味は?」
「ないな……」

即答。

(……はい、見事に撃沈)

投げた質問が全部豪速ストレートで返ってきて、会話がまるで壁打ちみたいだ。
いや、お見合いのテンプレみたいな質問しかできない私も悪い。
諦めずに笑顔を作る。

「……そうですか。あの、伯爵も私に、何か訊きたいことがあれば……」
「いや」

一拍の間もなく、あっさり。

(いやって……!?)

その瞬間、胸の奥が小さく沈んだ。
やっぱり私に、興味ないのかな。まあ、突然言い渡された見ず知らずの婚約相手ですもんね。
仕方ないとはいえ、ちょっとだけ、寂しい。

そんな私の心情を見透かしたように、シルヴァンが口を開いた。

「……私は世間で、悪魔と呼ばれているらしい」
「え?」

低く静かな声。
彼は紅茶を一口飲み、カップを置く。

「そんな男のもとに嫁げと言われて……不安だったのではないか?」

その言葉に、思わず息をのむ。

「えっと……」
「気を使わなくていい。正直に」

促されて、私は少しだけ視線を落とした。

「……確かに、最初は不安でした」

正直に言葉を選びながら続ける。

「でも、全然噂とは違って。屋敷の中の雰囲気はいいし、伯爵様も優しいし、ほっとしました」

その言葉に、彼がわずかに瞬きをした。
ほんの少し驚いたような顔。

「優しい……?」
「ええ」

「私が……?」
「はい」

「どこがだ」

その問いに、思わず笑ってしまう。

「今だって、私のことを気にしてくださっているじゃないですか」

彼は一瞬だけ言葉を失い、目を伏せた。

長い沈黙。

「……そんな、ふうに言ってくれるなんて……」

伯爵は言葉を途切れさせ、わずかに視線を逸らした。
表情は相変わらず無表情なのに、どこかぎこちなくて――照れているようにも見える。

(あれ? 照れてる……? もしかして、ちょっといい雰囲気……?)

と、思ったそのとき。





「――貴方は、救いようのない阿呆だ」





「…………え?」

一瞬、頭の中が真っ白になった。
今、なんて言った? 滑らかに暴言が聞こえたけど?

「別に、気になんてかけてないのに、とんだ勘違いだ。貴方のことなど、これっぽっちも興味はない。それなのに、一人で浮かれて滑稽だ」

「ん? ……ん?」

怒涛の勢いで罵倒された気がする。

(え、なに、急にどうした。今の流れでなんでそうなる? 待って、私なんかした!?)

空気が凍った。
頭の中でガラスが割れる音がした気がする。

(なにこれ。なにこの急転直下。やっぱり人の心のない引き籠り? 悪魔の名に恥じぬ所業ってやつ?)

「頭の中がお花畑だな。だから、こんな辺境に送られたのか?」
「はあぁ!?」

思わず立ち上がりかけた。
黙って聞いてりゃあ――! 怒鳴り返そうとしていた声が喉で止まる。

見ると、伯爵はハッとしたように目を見開き、口を手で覆っていた。
見る見るうちに顔色が青ざめていく。そして、口元を押さえてうつむいてしまった。

「え、えーと……伯爵様……今のは……」
「…………」

呼びかけると、彼の指先がわずかに強張った。
顔色が青く、唇が震えている。まるで、自分の発した言葉を恐れているみたいに。

(……え、なにその反応)

心なく暴言を吐き捨てた悪魔にしては、妙に挙動不審だ。
居心地悪そうにうつむいている。

しん、と空気が静まり返る。
遠くで時計の針がひとつ鳴った。

(いやいや、何? 何? どういう状況?)

一度整理しようと、心の中で深呼吸する。

――もしかして、これは。

“気になる子に調子に乗って意地悪を言ったら、相手が本気で怒ってきて焦っちゃう男子”――あのパターンなのか?

「あの……伯爵様?」
「……」
「ええっと……今のは、何かの間違いですよね」
「……」
「だ、大丈夫、怒ってない。怒ってないですよ~……」

気づけば、全力で“気にしてませんアピール”をしていた。
何をやってるんだ私は。相手は成人男性。悪魔の伯爵だぞ?

しかし、伯爵はおそるおそる顔を上げた。


上目遣いの形でこちらを見る。
その赤い瞳が驚いたように見開かれたあと、ほんの少し揺れる。

(うっ……顔がいい。なにその表情、ずるい)

しばらく視線がぶつかり合う。
けれど、伯爵は不意に視線を逸らした。――……真っ赤な顔で。

!?!?

(ん~~~~~~~こ、これは……ッッ!?)

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