悪魔と呼ばれる辺境伯様はツンデレ溺愛がすごい

千見るくら

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06.なんですかそれ、やっぱり悪魔なんですか?

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朝、執務室の前を通りかかったとき。
扉の隙間から、カリカリとペンを走らせる音が聞こえた。

(……今日もバリバリ働いてるなぁ。ほんと、悪魔っていうより社畜)

少しだけ覗くと、シルヴァンが書類の山と格闘している。
赤い瞳が細く、眉がわずかに寄っていて――真剣な横顔が、反則的にかっこいい。

その瞬間、彼が顔を上げた。

「……何か用か」
「い、いえっ! その、お茶をお持ちしようかと……」
「いらない」

即答。

うん、今日も安定の塩対応ありがとうございます。

でもそのあと、ほんの一瞬、彼の視線が空のティーカップに落ちた。
じっと見つめている。

(……ツンだな、今日も)

「すぐにお持ちしますね」

わざと明るく言うと、彼は驚いた顔をした後、少し眉をひそめた。

「……砂糖は、5つで」

やっぱり飲むんじゃん。
笑いをこらえて空のティーカップを回収すると、彼は咳払いをひとつ。

「……その服は?」
「え? 普通の服……ですけど?」
「派手だな」

今日の服は淡いピンクのワンピース。派手……?どこが?
あ、もしかして褒めたいのに褒め方がわからない?

「まぁ、辺境では珍しい色かもしれませんね」
「見慣れない色だ」
「なるほど。じゃあ、見慣れるまで毎日着ますね」
「……」

また驚いた顔。からの、だんまり。
そして、耳がほんのり赤い。

扉を閉める前に、もう一度だけ彼を見た。

視線がふと交わる。その一瞬だけ、彼の瞳がやわらかく揺れた。

(さりげないデレ……ふっ、転生者の私でなければ見逃してしまうわね……)

扉を閉めてから、私はそっと息を吐いた。

「いらない」と言いながら、子犬のようにじっとカップを見つめちゃって。
「派手だ」とか言いながら、耳は真っ赤に染めてるし。

(はい、やっぱり確定です。あの人、キャラ属性ツンデレです)

国境の悪魔と恐れられた男が、実はツン多め・デレ隠し味の可愛い男子だったなんて。
一体どこでそんな属性を身につけたのよ。けしからん。

阿呆で傲慢で意地の悪い皇太子に鍛えられた私にとって、このくらいのツンは屁でもない。
めんどくさ男耐性がついててよかった。ありがとう阿呆皇太子。

てか、小説のキャラなんだから、これくらい個性があった方がキャラが立って面白いってもんよ(モブだけど)

シルヴァンは言葉こそ乱暴で天邪鬼だけど、仕草も、表情も、他が全部正直で、むしろ思考が分かりやすすぎて気持ちがいい。

きっと、誰かを傷つけようとしてああいう言い方をしてるわけじゃない。
ただ、不器用で、うまく優しさを伝えられないだけなんだ。
屋敷の使用人たちも、ちゃんと、わかっているのだろう。
だから彼は慕われていて、屋敷の雰囲気がこんなにも穏やかなのだと思う。

(……ああ、なんか、かわいいな)

そこへ、廊下の角からエマがひょこっと顔を出す。

「お嬢様、どうかなさいました?」
「んーん。ちょっとね……母性本能と女性ホルモンの放出が止まらなくて」
「えっ……?」
「なんでもない。気にしないで」

悪魔と呼ばれた存在が、こんなに癒しになるなんて、いったい誰が想像できただろう。
思わず紅茶のカップを抱えたまま、頬が緩んだ。



---



シルヴァンに紅茶を届けたあとも、胸の奥には、まだ妙な高揚感が残っていた。

(……紅茶、嬉しそうな顔してたなあ)

思い出しただけで口元が緩む。

エマが怪訝そうに眉をひそめた。

――まずい。朝からずっとにやけている。貴族令嬢として、これは致命的にだらしない。

「……少し、外の空気を吸ってこようかな」
「お庭に行かれるんですか? 朝露が残っておりますよ」
「うん。でも、この屋敷の庭をまだちゃんと見ていないから」

玄関を出ると、冷たい空気が頬を撫でた。
霧がまだ地を這い、遠くで小鳥の声が響く。

(……静かで、きれい。王都とはまるで別世界みたいだなあ)

敷石の小道を抜けると、ふいに視界が開けた。

「わぁ……」

紫の海が、風に揺れていた。
一面に咲き誇るラベンダー。甘く清らかな香りが、胸の奥にまで染み込んでいく。
とても美しい紫の光景だった。悪魔の屋敷が、こんなにもやわらかな景色を持っていたなんて――。

「すごいです、お嬢様! まるで花の絨毯みたい」
「ほんとにね。これほど見事なラベンダー畑なんて滅多に見られないわ」

私はそっと花の近くに歩み寄り、香りをひとつ吸い込む。
朝露を纏った花弁が光を受けてきらめき、まるで小さな宝石のようだった。

そのとき、背後から低く落ち着いた声がした。

「――その香りは、好きか?」

振り返ると、朝の光を背にシルヴァンが立っていた。
黒髪が風に揺れ、紅の瞳がかすかな光を宿している。

「ええ、とても。穏やかで、落ち着きますね」

答えると、彼は静かに隣に膝をつき、ラベンダーの茎を数本摘み取った。
その仕草が驚くほど丁寧で、優しくて、思わず見入る。

「部屋に飾るといい。夜、安らかな眠りをもたらしてくれる」
「ありがとうございます」

花を受け取り、香りを確かめる。
深く吸い込むたび、胸の奥まで静けさが満ちていく。

その様子を見て、彼の口元がわずかに和らいだ。

「……花が似合うな」

一瞬、時が止まったように感じた。

胸の鼓動が跳ねる。
不意のストレートな褒めに、言葉が出てこない。

彼は何も言わず、視線を逸らして微かに笑った。
黒い外套が風に翻り、紫の海の中へと沈んでいく。

残された私は、手の中のラベンダーを見つめた。
ほのかな香りが指先に絡みつき、鼓動を静かにくすぐる。

(……突然の、特大デレ……)

脳内でゆっくり反芻する。
思い出すたび、顔の温度がどんどん上がっていく。

「なにそれ……なにそれ、ずるい……!」

私は思わずしゃがみ込んだ。
頬が熱い。息まで甘くなる。

(不意打ちデレとか反則でしょ……!)

風が吹き抜け、紫の花がざわめいた。

……シルヴァン・グランヴェールは、やっぱり悪魔なのかもしれない。

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