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うちの子は思春期ですか?

うちの子は思春期ですか?

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帰り道。私たちは、お互いにキスのことには触れなかった。
触れてしまったら、今のお互いの距離や何かが変わってしまいそうで、なんとなく、そのままにした。



「キス、しちゃった……」
「え」

頬を赤らめ、瞳を潤ませながら秘密を打ち明けたのは優子だ。私ではない。

「え! 大地さんと!? いつ!?」
「はぁ……。大地さん、しゅき」

何もない空をうっとりと見上げる優子は、すっかり恋する乙女だ。絵に描いたように恋している。恋する乙女は肌艶も良い。吐息の一ミリリットルでさえも桃色に見える。物思いにふけるような横顔が眩しい。

──優子の語るドラマチックに脚色された話を、スタイリッシュに無駄を省くとつまり、花火でイイ雰囲気になったので、隙だらけな大ちゃんの唇にキスをしたとのことだった。

「花火でイイ雰囲気」
「花火、海、夜! 最高のシチュエーションだったわ……。雰囲気に流された感は否めないけど、それこそが夏の醍醐味よね。我が生涯に一片の悔いなし」
「夏の、醍醐味……」

なるほど。
確かに、ドラマのような展開だった。

星空が陰り、神田さんの顔が降ってきた時。正直、避けようと思ったら避けられていた。神田さんも強引にことに及ぶわけでも無く、逃げられるように隙をくれていたのだ。さすが神田さんである。

でも、私は避けなかった。
──つまりそういうことなのだ。

「雰囲気って人を惑わすのね……」
「この夏に芽生えた気持ちを確かめるのが秋なのよ。きっと。それはそうとして、海帆は? 航貴さんとどうなったの?」
「どうもしてないよ。普通」

帰り道も普通。
その後、公園で会っても普通。

まるで何も無かったかのようだ。
お互いさまだけど。

「ふーーーん。ま、いいけど」

優子の訳知り顔な表情が気になるけど、心情を悟られたらお終いである。ここはキリッと表情を引き締め、耐える。耐える……!

「……海帆から話したくなったら是非聞かせてね」

耐える……!!

「それにしても今年の夏休みは楽しかったぁ! 明日から学校だし、すぐ文化祭だね」

敏腕刑事に執行猶予を貰い、キリッとした表情を崩す。

そうなのだ。明日から新学期が始まり、すぐ文化祭がやってくる。そして中央学園の文化祭は規模が大きい。高等部と大学部が同日に三日間開催される。関係者や、学園に興味を持つ一般も学園内の見学にやってくる一大イベントだ。卒業後の進路にも関係する企業も来たりするらしい。

「はぅん。大地さんも航貴さんも、同じ中央学園でよかった~。絶対に会いに行くもんね! あぁっ、テンションが上がって戻ってこないわ!」
「その前にテストだけどね」
「あ、テンション下がった」

優子の夢見る瞳が現実を取り戻した。
こうして私の夏休みは終わったのだった。



「──という訳で、全知全能神大地様! テストの過去問を愚かなる民にお与えください!」
「悪いが昔誰かに渡してそれっきり、だ」

無慈悲なり。

「そんな顔するな! 航貴が持ってんじゃねえか?」

新学期が始まり、いつもの公園で。大ちゃんに中央に伝わる隠れ伝統、”過去問を先輩にねだる”儀式が開催されていた。こと、夏休み明けのテストは入学から今までのテストとは比べものにならないほど範囲が広い。過去問を手に入れることが出来るか、出来ないか。それが運命の分かれ道なのである。高等部からの外部組の私は先輩との繋がりが薄い。夏が楽しすぎて忘れていた。どうやら、勝利の女神は私をまだ見捨ててはいないらしい。

むむむ。神田さんなら、確かにコピーをとって持っていそうだ。なんせ気が利く男だから。

「──海帆。お前、航貴となんかあったのか」
「……無いですけど。そういう大地さんは、ずいぶん楽しい夏だったみたいじゃないですか~?」

神田さんとのことを突っ込まれたくなくて、お返しとばかりに優子とのことをニヤニヤと軽く突っ込む。しかし、想像に反して大ちゃんはなんとも面倒だという顔をした。

「別に。いつもと変わんねえよ」
「優子はイイ子ですよ」
「だろうな。お前の友達だもんな」
「はい! この前も……」

「──お前は、航貴と付き合うのか」

優子の良いところを紹介しようとしたら、大ちゃんに遮られてしまった。
神田さんと付き合う? 私が?

「神田さんとなんで付き合うんですか。それに、私は彼氏とかいらないんで」
「いらない、か」
「はい。だってまだ16ですよ。子どもです」
「子ども、だって。誰かのこと好きになるだろ」

なんだなんだ。今日は恋愛話モードか? 大ちゃんに心を許されたみたいで嬉しいわ! あ、いけない。真剣な話をしてるんだから茶化しちゃダメね。

「──好きになると思いますよ。でも、私は付き合う意味がわからないんです。口約束というか言葉遊びというか、お互いの心が無ければ何の意味もないことじゃないですか。その場の気持ち一つで付き合ったり別れたり」

深く考えたことは無かった。自然と、私には、今の私には。男女交際はまだ早いと思っていたし。それに。

「私は多分、人一倍寂しがり屋というか……。別れが怖いんです」

スルリと言葉が出てきた。口に出して納得する。私は別れが怖いんだ。

「──だから、別れてしまうかもしれないものは最初から手に入れません。だから、付き合う……とか、彼氏彼女って名前にあんまり興味無いっていうか……」

うーん、と腕を組んで唸ってしまう。

「拗らせてんな」
「確かに」

同じく唸るような大ちゃんの声に続いて、神田さんの声が聞こえた。
ババッと振り返ると、神田さんも腕を組んで立っていた。

「か、神田さん!? 聞いてたんですか?!」
「ごめんね。声をかけられる雰囲気じゃなかったから」

いつから参加していたのか、突然現れた神田さんにその場の雰囲気を持っていかれ、予定していた大ちゃんの恋愛観や好みのタイプ、好きな人の名前を言うなどのお楽しみコーナーが流れてしまった。

エロテロリスト隠密眼鏡め!

「そうだ、航貴。お前一年の過去問持ってたよな」
「あぁ、その時期か。あるよ。いる?」
「いります。素敵! さすがです! ありがとうございますううう!」

ごめんなさい嘘です神田大明神様~~~~!!

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