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うちの子がこちらにお邪魔してませんか?

うちの子がこちらにお邪魔してませんか? 7

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あの後、乾燥機の方へと向かった神田さんを俊足で追い越し、人質(下着)を乾燥機から救出した。ズボンも貸してもらって防御力アップ。そして、安全運転で家まで送っていただいた。

家で出迎えてくれた母は、神田さんを見るなり異様なテンションになっていた。まるで家にスターが来たかのような熱烈歓迎だった。すっかり神田さんの外ヅラに騙されている。お母さん。今でこそ紳士的な顔しているけど、さっきまで娘に不埒なことをしようとしてたんですよ、その人。



暫くして、浴衣のクリーニングが終わったから渡したいと神田さんから連絡があった。

公園で会った時にでも受け取ると言ったのに、それじゃあ悪いから持って行く、ついでに食事をおごる。それだけじゃもったいないから映画でも……と、まんまと神田さんの巧みな話術に操られ、夏休み最終日に神田さんと並んで映画を見ている。ペアシートで。

「ペアシートって恋人たちが使うものですよね?」と聞いたら、「俺たちが使っても大丈夫なんだよ」と返って来た。えっと? まあ、そうか、普通の席がくっついて広くなっているだけか……?
クッションにもたれかかり、神田さんに腰を引き寄せられ超密着してるけど使用法はこれで合ってる?

上演前に甲斐甲斐しくブランケットをかけてくれたが、その中で手を握られてたまに妖しくいやらしく触られていますが、これで合ってる?

絡ませた手を神田さんの親指が優しく撫でるように動くと、ただ手を繋いでいるだけなのに変なことをしている気分になった。猥褻物陳列罪で逮捕されやしないだろうか。

しかし、映画が超絶怒涛の展開を見せたことにより、手のことなんてスッカリ頭から抜けた。

夫が事故で行方不明になって、やっと戻って来たと思ったら見知らぬ女を連れて帰ってきて……! 夫が見つかるまで無事を信じて家を守ってきたのに、あんなの不憫すぎる! 記憶を無くしているとはいえ、妻に向かって「妻気取りか」なんて言い放った時なんて、つい熱くなってしまって神田さんの手を強く握ってしまった。潰していたらどうしよう。

最後に泣いてしまった時には、気が利く男の代名詞・神田さんがハンカチで拭いてくれた。ありがとう。手、握り潰してごめんね……!

そして、流れるように景色の良い場所へ連れられソフトクリームを食べながら映画の感想を言い合う。つい熱が入ってしまい、ソフトクリームが少し溶けて指まで溶けて流れて来た。

「あぁあ~!」

またもや気が利く神田さんはソフトクリームを持ってくれたので、その隙にティッシュを出そうとバックに手をかけたら。浮かせていた指に柔らかい感触が這った。感触に驚き視線を戻すと、神田さんの赤い舌が指を撫で、白い液を舐めとっていた。

「んな!? な、舐めないでください!」
「んー? 舐めろってことかと思ったよ」

そんな訳ないじゃない!
きっと赤くなっている顔を隠すように怒った顔をしても、神田さんはご機嫌でニコニコしていた。もう!

……なんか、これって、もしかして。デートっぽいような。



神田さんの流れるようなエスコートにより美味しい食事も済ませ、我々は腹ごなしにドライブへと進み夜景スポットへ来た。こんな展開、良い雰囲気になるのは火を見るより明らかだ。

会話が途切れがちになり、繋いでいた手を手繰り寄せられ腕の中へ閉じ込められる。地上に瞬く星のような夜景を背景に神田さんの顔が近づき……

「──いやいやいや、これじゃあデートじゃないですか」
「デートでしょ?」
「デートだったんですか?」

「好きな子と出かけたら、もうデートでしょ」

神田さんは良い雰囲気を中断させられても、ほほえんでいる。尋常じゃない色気を放出しながら。

──はて。好きな、子?
つい、ポカーンとしてしまった。

「え、そこから?」
「いえ、あ、まさかハッキリ言うとは思わなくて」

そう、今まで神田さんから私のことを好きだのなんだのとは一度も言われてこなかった。ただ「かわいい」といつも言ってきて、キスをしてくる軽い人という認識だった。口説くときに「かわいい」と言う男はタラシなのだから気をつけろと誰かが言っていた。神田さんも例に漏れず、そうやって寄ってくる女性たちを沼に落としていったに違いない。

このデートをする原因となった、あのお姉さんもなんとなあーくこんな感じで沼に沈んで行ったと思われる。沼は一度入ってしまうと、なかなか自力で出てこれない怖いところだ。

神田さんはわかってて沼を作っているのか……いや、無自覚か。

「……確かに、初めて言ったかも。まぁ、でも、伝わってると思ってたよ」
「まぁ……そうかなって思う時もありましたけど……」

正直、私のこと好きなのかな? と思わせるのが沼への招待状かと思ってました。私のこと好きなはずなのにハッキリしたことは言わないし、なんでだろう? どうして? もっと! と次第に深みへとはまっていくのだ。恐ろしい。

「──海帆ちゃんの気持ちが決まるまで待ってるのも楽しかったんだけど、待ってるだけじゃなかなか落ちてこなかったから。捕まえに来たんだ」

私を抱き込む腕の力が少しだけ強くなった。いつもの、あの神田さんの香水を胸に吸い込む。

「それに、海帆ちゃんの番犬くんに持って行かれちゃいそうで焦ったのもあるかな」
「番犬って……もしかして、なっちゃんのことですか?」
「違った?」

……違わないかもしれない。

神田さんがクスクスと笑った振動が伝わってくる。いつの間にかくったりと体を預けている自分に気づく。

「俺の目には、もう落ちてきそうに見えたんだけど。覚悟は決まった?」

神田さんの体が少し離れ、顔を覗き込まれた。私は、今、どんな顔をしているだろうか。視線をそろりと持ち上げると、あの目が私を射抜いた。食べられてしまいそうな、あの目。

吸い込まれそうになる──



「……ダメ、です」
「ダメかぁ」

神田さんは、わかっていたという雰囲気で続きを待ってくれている。ぐっ……と、喉が詰まりそうになり視線を逸らした。
実を言うと、告白(?)されたのは前世と今世合わせても初めてである。前世の夫とは上司の紹介、いわばお見合い結婚だ。今世は言わずもがな、そんな場合ではないとここまで来た。初めての告白が神田さんとは恐れ多い。そして、申し訳ないこと山のごとしである……!

「わ、私っ。こう見えて重たい女なんです。自分と同じ愛の量を求めちゃう女なんです! だから……だから、気軽に男女交際を楽しめる女じゃないんです! だからダメです! 覚悟が決まりません! ごめんなさい!」

「はは、知ってるよ。それにニブいこともね。──俺って意外と一途なんだ。こう見えて。だから今日はここまで。また海帆ちゃんの隙に付け込んで落ちてくるの待とうかな」

そう言いつつも、いまだ腕の力は緩まない。ここまでって言ったじゃないか!

「す、隙なんてありません!」
「ないの?」
「ありませ……」

ちゅ、とキスが降って来た。

「んな!!!」
「あったね。隙」

驚いて固まっていると、またクスクスと笑う振動が伝わってきた。からかわれてる!!


こんな冗談か冗談じゃないのかわからないやり取りの後、神田さんは私の前に姿を現さなくなった。



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