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うちの子がこちらにお邪魔してませんか?

【閑話】うちの子は片思い中ですか?

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私は片思いをしている。
小学五年生ぐらいの時からだから、もう四年になる。片思いのプロだ。

プロの仕事は朝五時から始まる。

朝からシャワーを浴びて、髪の毛からシャンプーの香りがするように丁寧に洗う。
──汗臭いって思われたらいやだもん。

丁寧にブローもする。髪の毛がツヤツヤするように。
──触りたくなっちゃうかもしれないように。

最近、お姉ちゃんに教えてもらったスクールメイクを丁寧に施す。
──大人っぽく見えるように。

準備が整ったら、ちょうど二十分前に下駄箱に着くように家を出る。
朝日を浴びながら、すでにドキドキしている気持ちを抑える。
──ドキドキしすぎて変な態度になっちゃったらもったいないもんね。

校門を通って、下駄箱までゆっくり歩く。
──ほら、来た。

「あ、夏樹。おはよ」
「おはよう」
「今日も眠そうだね」
「うん。眠い」

「今日の数学、夏樹当てられちゃうね」
「あぁ、じゃあ起きてなきゃ……起きてられるかな」
「じゃあ、寝てたら起こすね」
「ん、頼む」

ほぼ毎朝、こんな風に話しながら並んでクラスまで歩く。
──この時間のためだけに、片思いのプロは朝五時に起きるのだ。

今日も夏樹はカッコいい。芸能人みたいに顔が良い。
眠そうなところもかわいい。

頼む、だって。
つい顔がニヤケてしまう。

夏樹は他の男子とは雰囲気が全然違う。背も高くて大人っぽいし、ガキみたいなバカなことをしないし。人気なのに女子にデレデレしないし、無愛想であんまり他の女子と話さないところもいい。

他の女子は知らないと思うけど、夏樹は仲の良い人には優しい。
ちゃんと返事もするし、友達として大事にしてくれる。そんなことを知らない女子を見ると、少し優越感を感じてしまう。まあ、女子の中では私が一番夏樹と仲が良い自信がある。

だって片思いのプロ四年目だからね。

「夏樹ー、おっす。お、ニシもいたのか」
「おっすー。なつきーニシー」
「おはよう。夏樹。錦(ニシキ)」

クラスメイトの小岩、平井、亀戸の登場により、夏樹との朝の幸せ時間もここで終了だ。

「なんだよ、夏樹眠そうじゃん」
「あー昨日、木曜だったもんなーマメだねー」
「姉ちゃん、元気だった?」

「うん。みほちゃん、元気だった」

先ほどまで気だるげな表情だったのに、”みほちゃん”の話題になったとたん夏樹はそれはそれは幸せそうに微笑んだ。

そう。夏樹も”みほちゃん”に片思いをしているプロ仲間だ。”みほちゃん”は私が夏樹のことを好きになる前から、夏樹の心を掴んでいたらしい。だからプロ歴で言えば、夏樹の方が先輩だ。

過去何度か夏祭りの日に並んで歩く二人を見たことがある。というか、有名人だ。夏樹に惚れた女子は、みんな”みほちゃん”とやらの情報を掴むと、夏に顔を拝みに行く。そして、二人でいる場を見てすごすごと退散するのだ。

毎年夏になると現れる”みほちゃん”は年上のお姉さんという感じで、色白で背が高く、モデルみたいに美人で私とは正反対の人だった。それに隣を歩く夏樹は、いつもは無表情で無感動みたいなのに、”みほちゃん”の前では全く違った。

みほちゃんの関心を自分に向けようと色々話しかけたり、自分から離れていかないようにするみたいにしっかり手を繋いで、みほちゃんが誰かにぶつからないように守って。
みほちゃんと目が合うと嬉しそうに、幸せそうに笑って。
みほちゃんが他の方を見てても、愛しそうな目でみほちゃんのことを見てニコニコしてて。

全身で、嬉しい! 好き! って言っているように見えた。

──あれを見ちゃったら、誰だって夏樹に好きって言えないよ。

私が夏樹に好きって言ったら、たぶん夏樹とは友達に戻れないと思う。きっと、話さなくなって、ずっとそのまま他人になる。

そうなるのが嫌で私は卑怯にも友達のまま、友達として近くをキープしている。他の女子よりも近く。みほちゃんより、はるか遠く。

「あー。魔女と電話するのが木曜、だっけ?」
「うん。みほちゃんの好きなテレビもやってない日で塾も休み。しかも一番疲れてる曜日」

「え、みほ姉のプロファイリングしてるの?」
「わかっちゃうだけ」
「愛の力で?」

ははは!と笑いながら夏樹は小岩、平井とクラスの中に入って行った。
愛の力、だって。

「──錦はまだ諦めないの」
「ほっといてよ」

その場に残った亀戸は動く様子も無く、私の顔をのぞき込んでニヤニヤ笑ってからかってくる。いつもそうだ。

「夏樹は姉ちゃんのこと昔から好きだからなー。姉ちゃんの方はよくわかんねえけど、待っても無駄だと思うよ。夏樹はしつこいし、なんだかんだ姉ちゃんはいつも夏樹に弱いし」

小岩、平井、亀戸は”みほちゃん”とも仲が良いらしい。その中でも亀戸はいつも”二人の仲をよく知っています”って顔で私に諭してくる。私は知っているんだぞ。小岩も平井もなんだかんだ”みほちゃん”に憧れていることを。だから二人は年上とばっかり付き合うんだってことを。ハイハイ、みんな”みほちゃん”が好きなんですね。

「無駄とかそういうのでやってないんで。プロ舐めんな」
「プロね。ハイハイ。確か小五から夏樹のこと好きなんだっけ?」
「そう。いじめられそうになってた転校生を助けた王子様に一目ぼれ」

小五で東京からこの地に引っ越してきた私は上手くクラスに馴染めず、いじめられそうになっていた。そこに、まだちょっとあどけなかった夏樹が「東京から来たの?」と話しかけてくれたのだ。

夏樹と東京のことを話すうちにクラスメイトも東京風吹かせやがってというような反発心が薄れたのか、次第に仲良くできるようになった。”みほちゃん”が東京に住んでいると知ったのは、暫く経ってからだが……!

とにもかくにも、それから私の心は夏樹に囚われたままだ。

「ま。その王子様も片思いしてるんだけど。しかもプロ歴先輩!」
「俺も、錦より先輩だよ」
「は? 亀戸も? 知らなかった! 誰に? 協力しようか?」

亀戸も片思い仲間だったとは知らなかった。急に親近感UPだ。いや、まて。お前も”みほちゃん”信者か?

「──俺、転校生に片思いしてんだ。四年」

違った。なんと、相手は転校生だった。頭の中で転校生たちの顔を洗い出す。

「小五の時に東京から転校生が来るって職員室覗きに行ったんだ。んで、そこで見た錦に惚れた。だから俺の方が先輩」
「え……!???!」
「協力、してくれるんだよな?」

亀戸は私の顔をのぞき込んで、一層嬉しそうに笑った。

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