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二人だけの秘密、だよ? 1

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待ちに待った休日。
ロアンは婚約者への手土産を選ぶために貴族街へ訪れていた。

顔を見て気の利いたことを言えなかったことを悔み、何か話題作りになるものがあればと思い立ったのだ。

先日は宝飾品を持って行ったが、かえって困らせてしまった。
花はどうだろうか。月のように輝く婚約者はどのような花を喜ぶだろうか……。

「────ロアン様」

花売りを視界に捕らえたまま考え込んでいたが、聞きなれた声によって我に返る。
はじかれるように振り向けば、ここのとろこよく顔を見ているアンナが走り寄って来た。

「あぁ、アンナ嬢か。こんなところで会うとは。マリアも一緒かな?」
「いいえ、一人ですの」

アンナの周囲を見回すが、探していた人物はいない。
それどことか、供の一人もいない状況に驚いた。

視線をもう一段階遠くへ向け、不審者がこちらを狙っていないか警戒する。

「それは危ない。いくら貴族街とはいえ」
「いえ、あの侍女には馬車の中で待つように私から伝えましたので」

馬車、と聞き
そういえば馬車道で停車する家紋のない馬車を見かけたことを思い出す。

なぜ家紋のない馬車を使ったのか聞きたいことはあるが、このままでは心配だ。
貴族街は王都の中で治安も良く、警ら隊もこまかく巡回しているものの令嬢の一人歩きはまだまだ不安が残る。

ただでさえアンナは人目を引く女性なのだ。
こうして見かけたのが自分でよかったとロアンは思った。

「では、馬車まで送ろう」
「いいえ! 用事が済めばすぐに戻りますので……」
「それはなぜ、いや目的の店はすぐなのだろうか?」

侍女のいる馬車に戻ろうとしないアンナに、ロアンは焦れた。
アンナは自分の危うさに無自覚なのだと結論付け、逃げようとするアンナの手を引き守れる間合いに引き入れる。

突然の行動に驚いたのか、アンナはビクリと身体を揺らし
猫の目のような若草色の瞳を丸くさせポカンとロアンを見上げている。

その目を見て、初めて会った時のアンナの男に怯えていた様子を思い出す。

「……あぁ、いや、怖がらせて申し訳ない。つい心配で」

ゆっくりと手を離し、半歩下がる。
咄嗟に手を引いた己の行動を振り返り、自分はどうやらアンナを庇護対象だと認識しているらしいと気付く。

アンナは婚約者の妹なのだから。己の妹同然である。だから────

「心配、してくださっているのですか?」

言い訳めいた思考がプツリと切れる。
アンナはロアンに触れられた手をギュッと胸に抱き、おずおずと長身の男を見上げた。

「もちろん。アンナ嬢のような令嬢が一人で歩くなど……」

「あら、わたくしは子どもではありません。一人でだって平気です」

「いや、そうじゃない。大人の女性だからこそ……、それに供が侍女一人では心もとない。何かあったらマリアも悲しむだろう」

子どものように頬を膨らませたアンナに、ロアンは眉を下げ説得した。
いつだったか、マリアはアンナのことを『とても可愛い自慢の妹』なのだと言っていた。おそらく自分も、その時のマリアと同じ表情をしているだろう。

アンナも大好きな姉を持ち出されては膨れていられなかったのか、マリアお姉様が……と呟き俯いてしまった。

やれやれ、と一息つき

再び馬車へ送ろうとするが、アンナはロアンの袖を少し引く。
おや?と、俯いた顔を覗き込もうと身を下げればアンナが勢いよく顔を向けた。

「ロアン様、ここでお会いしたことはお姉様に秘密にしてくださいますか?」

ともすれば近すぎてしまった距離を、身を逸らして離す。

「マリアに隠し事とは、いったいどうして……あぁ、また質問攻めにしてしまったな」

「ふふふ。では、ここでお会いしたロアン様にだけ、特別ですよ?」

機嫌が直ったのか、マリアは好奇心旺盛な猫のような目を輝かせ声を潜めた。
クイクイと肩を引かれ、幼い子供がする”内緒話”の仕草だと思い至る。

先ほど頬を膨らませた様子を思い出し、なんだか愉快な気分になって身を屈め耳をアンナの手へ寄せる。

しかし、ふわりと香るアンナの匂いや耳にかかる息遣いは十分大人の女性のものだった。

ドキリと一瞬胸が跳ね────

「この先にある、手芸店でブルーのリボンと白のレース糸を買いに行くのです」
囁かれた内容で、気が抜ける。

「ん?それが? 邸に商人を呼べば済むのでは?」

思わず疑問をそのまま顔に貼り付けアンナへ視線を向ければ、また頬を膨らませた。

「もうっ。そんなことをしてしまえばお姉様に知られてしまうではないですか」

その言い方がまた幼い少女のようで、さきほど感じた色気のようなものも霧散していった。

「幼い頃に読んだ物語の中に、ブルーの飾りを贈られた花嫁は幸せになるというジンクスがありまして。ですから内緒で準備をして、驚かせたいのです。だからどうか内緒にしておいてくださいませ」

そんな訳を聞いてしまえば、是と言わない男がいるだろうか。
しかしマリアに嘘はつけない。だから自分に出来るのは見なかった、聞かなかったことにするだけだと返そうとして、うっとりと小首を傾げこちらを見上げるアンナに視線を奪われる。

「────二人だけの秘密、ですね」

その響きにまた散らばっていた色香を感じ一瞬ドキリとする。
見間違いかと視線を逸らし、再び視線を向ければ、もうアンナはこちらを見ていなかった。

「残念、三人だね」
「……………………まぁ、ごきげんよう」

またもや補佐官であり、休日だというのにシュナウザー侯爵家へ行くと知れば同行すると言い出したクレインが、親しげにアンナの肩を抱いた。

さすがのロアンでもクレインの行動や態度で気付く。
そして、大人しく肩を抱かれるがままのアンナの気取らない表情でも、やはり感じ取るものがある。

ロアンは天性の勘の良さを持っている。
だからこそ魔獣討伐隊として功績を立て、王族の婚約者候補に名が上がりそうだったマリアと婚約を結ぶことができたのだ。

「アンナ嬢、安心していい。クレインは信用できる男だ。仕事ぶりもそうだが、私生活は寂しそうだからぜひアンナ嬢の護衛としても連れ出してやってくれないか」

ロアンのナイスアシストが光る。

「アンナの護衛なら楽しそうだ」
「…………それは心強いですわ」

そして、そのアシストを受けた補佐官はいつものように、確実に、獲物を捕獲する。
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