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私だったらそんなことしないよ? 2
しおりを挟む「今日のアンナは熱が入ってたね」
「よくも邪魔したわね。それに、デートなんてしてないわ」
「そうだったかな」
「あぁ……!狙っていた方向とはずれた方向にすれ違ってしまったわ!」
「見てごらんよ、あの二人の幸せそうな顔。これこそ、君が見たかった姿だろ?」
先を歩くロアンとマリアは偶然にも振り返り、それぞれ補佐官と妹に……応援の視線を送った。
「……身に覚えのない期待を向けられているわ」
「幸せの中にいる人って、自分たちのお裾分けをしたがるものなんだよ」
クレインはあたかもその視線に応えたかのように、隣に立つアンナに向けて愛し気な視線を向けた。ように二人に見せた。これで満足するだろう。
アンナはギリギリと悔しそうな顔を隠そうとしないので、二人から見えないように立ち位置を替えておいた。
この表情を今見ているのは自分だけなのだと思うと変な気分になる。
「二人は幸せを願っているんだよ。妹の」
「殿方の言う『妹みたいなもの』という言葉はなんの意味もないわ。常識よ。妹みたいなものだから心配するなと言いながら機会があれば手を出すものなのよ」
この毎度アンナが呟いていく妙な知識はどこから来ているんだろうか。謎だ。
当たり前の顔をしてもう二人の世界に没入しはじめている二人の元へ近づこうとするアンナの手を握り、注意をこちらに戻す。
「アンナの知識の出所が心配だよ」
常日頃ロアンの虫よけをするロアンには女性が好む表情を作るという特技があった。
それを今日も繰り出してみるが、いつものようにアンナは興味なさげに鼻で笑う。
こんなやり取りが気に入って、休日もロアンについて来ているのかもしれない。
もちろん、アンナの意味不明な作戦が不発するように妨害するためでもある。
あの二人は大丈夫そうだが、なかなか疑り深い女だ。
その疑り深い女は珍しく、まっすぐとクレインを見上げていた。
「まるで他人事ね。あなたも何人”妹”がいるんだか」
自然とアンナの言葉を脳内で繰り返してしまう。今の質問は俺のことについてだろうか?
今まで暴走するばかりでアンナは俺に興味関心を抱いたことがあっただろうか?
いや、ない
「気になる?」
「全然」
なんのつもりなのか少し警戒してしまい、質問で返してしまった。
それが気に食わないのか、アンナの視線はまたプイッと隊長と姉の方へと戻ってしまった。
なんともおもしろくなく、アンナの視線の前に立ちふさがり……動揺する。
この自分の行動が注意を引きたい子どものようでやや恥ずかしく、いや、これはアンナの不機嫌そうな顔を二人に見せないためであって……!
アンナは鬱陶しそうに視線をクレインへ戻し、傲慢な女王のように腕を組んだ。
姉の前でも隊長の前でもそんな態度をとらないくせに、なぜ俺の前では……と、思わないこともないが、以前俺の腕の中で泣いていた様子を思い出し溜飲を下げた。
────アンナもあの二人のことではなく、目の前の俺と自分のことで慌てふためけば良いのだ。
クレインのスイッチが入った様子を感じ取ったのか、アンナの肩がピクリと揺れる。
「ちなみに7人の良い人もいないし、妹も姉もいないよ。隊長も、俺も」
「聞いてないわ」
7人の良い人のくだりは初対面でアンナがクレインに抱いた印象である。
あれは何度思い出しても散々な言い様だ。
組んでいる手をほどき、あの時のように手を握り持ち上げる。
何をするのかとアンナの目が言っているが、そのまま持ち上げ指にキスをする。
「────でも、俺にとってアンナは妹じゃない」
アンナの息をのむ音が聞こえた。
若草色の瞳が零れ落ちそうなほど丸く開き、その驚いた表情はどこか幼げに見えた。
それも一転、半目になる。
どうやらまだまだ足りないらしい。
「じゃあ何よ」
次に驚いたのはクレインだった。
アンナから2度目の質問が来たからだ。
思わず楽しいと感じているのが顔に出てしまい、口角が持ち上がっていく。
隠そうと手で覆ってみるが、間に合わなかったらしい。
笑ってしまったクレインをしっかり見逃さなかったアンナは拗ねたように身をひるがえして邸に帰ろうとしている。
それを逃がすクレインではない。
「気になるんだろ」
逃げようとするアンナを引き留め、わざと耳元でそう言えば
「全然!」
裏返ったようなアンナの声と、赤く染まった小さな耳が金の髪の隙間から見えた。
胸を内側からくすぐられているような気恥ずかしさに耐えるようにクレインも二の次が出せず、無言となってしまう。しかし、アンナは逃げるのを止めたようで背を向けたまま立っている。
沈黙を破ったのはアンナが先だった。
背を向けたままだったが。
「……とにかく、まだまだなんですからね!今に見てなさい」
「またアンナの悔しがる顔が見れるなんて嬉しいな」
クレインも今振り向かれたら困るな、と必死に表情を戻そうとしていたことにアンナは気付かない。
────この二人の一部始終をロアンとマリアがぬるーい目で見ていたことを、二人は知らない。
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