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第6章:偽帝国の胎動
第38話:血を流さぬ戦
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安土城の御前の間。
朝餉を前に、十兵衛――“信長”は文を見つめていた。
その筆跡は、あまりに古風で、武骨で、だがまっすぐだった。
差出人は、柴田勝家。
「忠義はまだ、殿の御心に宿っておられるや」と記されている。
十兵衛は、静かに笑った。
「忠義、か……それを一番欲していたのは、俺だったのかもしれん」
傍らに控える森蘭丸が、目線を動かさずに問う。
「お返事は、どうされますか」
「――出さん」
「は」
「勝家がどこに向かうか、試してみたい。血を流さず、心を試す。それが今の戦よ」
蘭丸は頭を下げた。
この男は、誰より冷たく、誰より“熱い”。それが“影”の正体だ。
一方その頃、前田利家は城下の寺に忍んでいた。
そこには、山中鹿之助に似た風貌の若者がいた。
名は山本一兎(いっと)、明智の元家臣で、いまは浪人の身。
「俺に、役目を?」
「名は伏せたままでいい。だが、ある“文”を届けてほしい」
利家が差し出した封書は、見慣れぬ印で封がされていた。
「受け取る先は?」
「信長様が、かつて愛したある女だ。――名は、おみよ」
「……女?」
「彼女は、“本当の名”を知っている。だが、それを語らぬ限り、我らは“影”を受け入れるしかない」
一兎は封書を受け取り、深く頷いた。
「わかった。戦に出る前に、俺も一度、“本物”の姿を見ておきたかった」
その夜、十兵衛は夢を見た。
焼けた村。
すすけた面(おもて)。
名もなく、ただ“使い捨て”と呼ばれた己。
だが、いま目覚めたその手には、天下が握られている。
――血を流す戦は終わった。
だが、血より濃い記憶と忠義が、静かに剣を抜き始めている。
朝餉を前に、十兵衛――“信長”は文を見つめていた。
その筆跡は、あまりに古風で、武骨で、だがまっすぐだった。
差出人は、柴田勝家。
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十兵衛は、静かに笑った。
「忠義、か……それを一番欲していたのは、俺だったのかもしれん」
傍らに控える森蘭丸が、目線を動かさずに問う。
「お返事は、どうされますか」
「――出さん」
「は」
「勝家がどこに向かうか、試してみたい。血を流さず、心を試す。それが今の戦よ」
蘭丸は頭を下げた。
この男は、誰より冷たく、誰より“熱い”。それが“影”の正体だ。
一方その頃、前田利家は城下の寺に忍んでいた。
そこには、山中鹿之助に似た風貌の若者がいた。
名は山本一兎(いっと)、明智の元家臣で、いまは浪人の身。
「俺に、役目を?」
「名は伏せたままでいい。だが、ある“文”を届けてほしい」
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「受け取る先は?」
「信長様が、かつて愛したある女だ。――名は、おみよ」
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一兎は封書を受け取り、深く頷いた。
「わかった。戦に出る前に、俺も一度、“本物”の姿を見ておきたかった」
その夜、十兵衛は夢を見た。
焼けた村。
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名もなく、ただ“使い捨て”と呼ばれた己。
だが、いま目覚めたその手には、天下が握られている。
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だが、血より濃い記憶と忠義が、静かに剣を抜き始めている。
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