影武者の天下盗り

井上シオ

文字の大きさ
46 / 99
第7章:天下の仮面

第46話:失われた書

しおりを挟む
 夜半、安土城の蔵に忍び込んだ影があった。

 その手には燻った蝋燭と、絹で包まれた一巻の文書。

 「これは……元亀元年、信長公の直筆……!」

 その文は、十兵衛が“影武者”として初めて演じるよりも、遥か以前に記されたもの。
 花押も筆跡も、確かに本物の信長のものだった。

 文の中にはこう記されていた――
 〈この身に何かあらば、影武者・十兵衛なる者を用いる可し〉

 ──すなわち、「影武者の存在を示す唯一の証」。

 文を発見したのは、近習の中でも“旧信長派”と密かに呼ばれる者たちだった。

 「……これを公に出せば、“今の信長様”が、影であると証明されてしまう」

 だが、彼らは迷っていた。
 天下が安定し、人心が“今の信長”を信じている中で、この事実はあまりにも危うい。

 「影であれ、我らは“今の信長”に仕えてきた。ならば……この文は?」

 その時、蔵の戸がきしんだ。

 「その文を……渡してもらおうか」

 姿を現したのは、明智家の遺臣・左馬助。
 裏切り者と噂された彼は、生き延び、密かに“本物の信長”を探していた。

 「お前たちは間違っている。“影”が国を治めるなど、天が許すはずがない!」

 斬り結ぶ音が、闇に響いた。

 ──

 翌朝、蔵は火事で焼けた。

 残された者は、燃え残った灰の中に、微かに残る“花押”を見つけた。

 「もう……証はない。記憶だけが、俺たちの中に残る」

 その場にいた旧信長派の家臣たちは、誰もが口をつぐんだ。

 そして同時に、決めたのだった。

 “信長”とは誰か、もう問うまい。

 十兵衛の知らぬところで、唯一の“記録”が消された夜。

 影と本物の境は、さらに曖昧となっていく。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...