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第1章 出発~正しい選択
(2)器~虚飾の王
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その日、魔境王ガールダー・スルンはひどく慌てた様子で、中亜界へと飛び込んで来た。
「おはよー、早いね。どうした? 何かあったのかな?」
いつもひょうひょうとして、マイペースなレイオールはガールダーを見つめて問いかける。
「ああ、ちょっと、ヤバいことになってな。
悪いがすぐに、アドニスに会いたい」
アドニス・ペイル。聖霊王は中亜界の番人レイオール・ペイルの兄だ。一応、通行書代わりの指輪を確認する。
レイオールはガールダーを中亜界の一番上、聖霊国へと案内する。
中亜界は細く長く続く、無重力の空間だ。
番人は丸い結界の様なものを作り出すと、ガールダーの身体をすっぽりと包み込む。すると、ガールダー自身には重力が生まれ、行きたい国の入り口まで連れて行ってもらえる。
レイオール自身は、中亜界で身体が浮いても問題ない訓練をしたので、ごく普通にその空間に存在していた。
聖霊国の入り口はそのまま通り抜けると、謁見の間と繋がっていた。幸いにもアドニスはすぐにやって来た。
昨日の借りもあるし、ガールダーが血相を変えて会いに来ることなど皆無だから、何か大変な事態が起こったということだけは、容易に想像出来た。
「ガールダー、一体何があったんだ?」
昨日延々とゾルクをつっいていたアドニスは結局、ペットにしていつも連れ歩くことにした。
肩にちょこんと乗っかっているゾルクは、光の王には少し不釣り合いな気がする。
「かなりヤバい事態が発生して、緊急事態だよ。
俺の国には影の操作機関・ゾルドー騎士団があるんだが、その中の数人がヤバいものを持って行方をくらました」
「それって、いつの話だ?」
「それが、正確なことはわからん。ゾルドー騎士団は何かあった時の為に自国を守る為の組織として作成したんだが、お前のお陰で一応、平和なもんでな。仕事がないからよからぬことを考えるんだよ七国を混乱させるために、人の心を操ることの出来る魔剣だの、宝珠だのを作りだして、七国に潜り込んだ形跡がある」
分かってはいる。人には良い心も悪い心もある。
悪い心が勝てば人は悪になり罪を犯す。
「ガールダー、七国同盟が壊れれば、また戦いの日々が始まる。
力ある者は生き残れるかもしれないが、力なき罪もない者たちは血を流すことになる。それだけは何としても防がないと!」
遙か昔、自国保守の為に、全ての国が戦っていた。
あまりの効率の悪さに、ガールダーとアドニスは話し合い、絶対的な権力者として君臨している。
それは自分のエゴの為に世界を支配したいのではなく、他の七国が争うことを防止する為のストッパーの役割を担っているのである。
「ああ、それは分かっている。現状、七国の王たちは、お前の力は絶対という認識は変わらないと思う。
ただ、心を操る魔剣や宝珠を与えられた人間は、感情そのものが悪に変化してしまうからな」
確かにかなり厄介な事態になっていることは確かな様である。
「まあ、タムール国だけは除外しても良さそうだが」
聖霊王が聖霊獣を与えた王子が王になり、聖霊王女が護衛剣士になっている国。
知らなかったとしても、行った時点で返り打ちに合うのは目に見えている。聖霊獣は邪悪に敏感で、すぐに察知する性質がある。エメラの身体から出ることが出来なくても、助言だけはするはずである。
この時点でのふたりの王の認識はそんな感じだった。
まさか封印をすでに解くことができて、しかも七国の環境でもある程度は力を発揮することができるなど、想像もしていなかったのである。後にこれが、運命をプラスへと引き寄せることにはなるのだが、現状そんなことは知る由もない。
「ガールダー、頼みがある。丁度いい機会だから、アドベルを連れて行って欲しい。どうせ、自分で乗り出す気なんだろう?」
ガールダーの行動パターンをよく理解しているアドニスはそう言うと友を見つめる。
「お前には敵わないな。でも、どうしてアドベル王子を?
かなり危険なことは想像できると思うんだが」
「そろそろ、世代交代だからな。でもアドベルはこの国にしかいないから、知識が全くない。世界を知るには実践が一番だろう?
それに七国に行けば環境の変化がどの位か、肌で感じることが出来るし。」
アドニスの言い分は分かる。が、不安要素がない訳ではない。
「だが、これだけ情報がないと最悪、何かの拍子に死ぬことだってあり得るぞ。それでもいいのか?」
聖霊国次代の王子を殺してしまったら、それこそ世界の構図が変わる可能性だってある。
「大丈夫だよ。見てくれはかなり頼りないが、あいつの中の聖霊獣はなかなか強いし、滅多なことではガールダーの足で纏いにはならない自信はある。
それでももし、死んでしまったとしたら、それは仕方ない」
「おい! それは可哀想な言い方だぞ」
ガールダーの突っ込みに、笑みを向けるアドニス。
「聖霊国の王はそれくらいで死んでいたら話にならない。
私はあの子がそこまでバカだとは思っていないんでね」
息子に対する信頼が分かったところで、ガールダーはOKを出すことにしたのだが・・・・・・もうひとつの問題にも気がついた。
「あのさ、いいけど、例えばの話なんだが。結構な不可抗力でエメラと出くわすことになってもいいのか?」
いくらガールダーがお節介な人種でも、故意にふたりを引き合わせようとは思わないが、何となくトラブルの先にそれを解消するべく、彼女が動きだして来る気がしたのだ。
「そうだな。一応は言ってある。混血種の姉がいるってことを。
仮に出会ってしまっても、すぐにそうとは気付かないだろう。
エメラの聖霊獣は封印されている訳だし」
「だけどあの美形はどういう状況でも、良くも悪くも良く目立つ。
まあ、最悪、バレてもいいならいいさ。喜んで預かる」
ガールダーの言葉に、アドニスはホッとした表情を浮かべた。
「ネルフェ、アドベルをここへ」
(御意、スグニ御連レシマス)
ネルフェは黄金のたてがみに輝く身体。姿はライオンでその額には銀色に輝く角。その背には同じく黄金に輝く翼が付いている。
アドニスには相応しい聖霊獣だ。
「父上、その必要はありません。私ならここに」
まだうら若い少年の様な声がして、彼は姿を現した。
ショートカットの黄金の髪に白銀の瞳。
父親の血を受け継いでいる割にはひどく幼げで、あどけない印象だ。
側には聖霊獣ラルフェを従えている。
ラルフェは黄金の身体に銀色の模様のチーターの身体と銀色の角と黄金の翼を持っていた。
「これはこれはアドベル王子。少し見ないうちに大きくなられたな。相変わらず、その愛くるしさは健在の様だが」
ガルーダーの言葉にアドベルは苦笑する。
「別にいいですよ。まだ幼い顔をしているとおっしゃっても。
自分が一番よく分かっています。もう18にもなったのに見た目がこれなので、父上の心配もよく分かっています」
この王子、見てくれはともかくとして、かなり頭も切れるし、とっさの対応力にも長けている。
「アドベル、行儀が悪いな。私は盗み聞きなんて教えた覚えはないんだが?」
やんわりと釘を刺そうとするアドニスに、すぐ後ろを指さすアドベル。
「そのことでしたら、レイオールに言ってください。
私はレイオールに連れて来られたんですから」
「なるほど、分かった。もう何も言わなくていい。
要はガールダーの様子から、大体のことを想像して、手間を省いたといいたいのだろう?」
いつも何事にも動じず、ひょうひょうとしている弟はひどく頭がいい。
アドニスはどうして自分が聖霊王になってしまったんだろうと何度も後悔してきた。
「うーん、まあ、そんなところです」
「本当になんでお前が王にならなかったんだろうな?」
自嘲的に言うアドニスに、レイオールはやれやれと言いたげな表情をする。
「兄上、残念ながら私には王としての器はありませんよ。そんなの分かりきっていることじゃないですか。落ち込んだ時に逃げ腰になるのはいい加減にやめてください。
少なくとも、貴方の肩にこの世界の行く末がかかっている。
それはどんなに否定しても、変えることのできない事実です」
痛い所を平気で突いてくる弟に、アドニスは反論できない。
分かっている。生まれ落ちてからずっと、王になる為に教育されて来た。輝の王として正しくあろうと努力してきた。
ただ、正しくあろうと思えば思うほど、自分という存在が分からなくなる。
ひとめ見て恋に落ちてしまったシャンディ王妃にも迷惑をかけてしまった。
自分は誰よりも罪深き王なのだろう。
それでも虚飾で清い王を演じ続けなければならない。
それは自分の保身という為ではない。
この世界の平和の為に、輝の王という存在が必要不可欠だからだ。
「レイオール、虚飾の王でも、やはり必要なのだろうな。
この世界の平和を保つ為には」
アドニスの小さな呟き。その心情は察するにあまりある。
「兄上、どんなに貴方が苦しくても、貴方の替わりは他にいません。聞き分けてください」
「分かっている。分かっているよ。
アドベル、お前は私以上の清い王になれ。私など比べものにならないほど、清い王になれる器を持っているのだからな」
「父上?」
いつも褒めることなんてしたこともないアドニスが褒めてくれたので、アドベルは喜びよりも違和感の方が大きかった。
分かりやすい戸惑いの表情を見せる。
「アドベル王子は褒められることに慣れていないのだな。
貴方は次期王だし、王という立場上、なかなか思っていたとしても褒めるということはできないものだよ。
俺も王だからそこは分かる。俺に自分の子どもがいたとしたら、やっぱり褒めることはしないだろう。
だから、今は素直に喜んでもいいと思うが」
ガールダーの言葉にアドベルの表情が和らいだ。
「そうなんですね。じゃあ、今は素直に喜びます」
何となく話が途切れたところで、アドニスが言う。
「それではすまないが、ガールダー、アドベルのことをよろしく頼む」
「ああ、分かった。確かに預かった。それじゃあ、アドベル王子、行こうか」
ガールダーに促され、大きく頷くアドベル王子。
「はい! では父上、行ってきます」
中亜界でレイオールに見送られて、アドベル王子の初出国は無事に成功する。
「アドベル、気を付けて行って来てください」
アドベルはガールダーと共に聖霊国を後にする。
とりあえずは魔境国に行く。
しかし、この時点で正確な行き先は、まだ決まっていなかった。
「おはよー、早いね。どうした? 何かあったのかな?」
いつもひょうひょうとして、マイペースなレイオールはガールダーを見つめて問いかける。
「ああ、ちょっと、ヤバいことになってな。
悪いがすぐに、アドニスに会いたい」
アドニス・ペイル。聖霊王は中亜界の番人レイオール・ペイルの兄だ。一応、通行書代わりの指輪を確認する。
レイオールはガールダーを中亜界の一番上、聖霊国へと案内する。
中亜界は細く長く続く、無重力の空間だ。
番人は丸い結界の様なものを作り出すと、ガールダーの身体をすっぽりと包み込む。すると、ガールダー自身には重力が生まれ、行きたい国の入り口まで連れて行ってもらえる。
レイオール自身は、中亜界で身体が浮いても問題ない訓練をしたので、ごく普通にその空間に存在していた。
聖霊国の入り口はそのまま通り抜けると、謁見の間と繋がっていた。幸いにもアドニスはすぐにやって来た。
昨日の借りもあるし、ガールダーが血相を変えて会いに来ることなど皆無だから、何か大変な事態が起こったということだけは、容易に想像出来た。
「ガールダー、一体何があったんだ?」
昨日延々とゾルクをつっいていたアドニスは結局、ペットにしていつも連れ歩くことにした。
肩にちょこんと乗っかっているゾルクは、光の王には少し不釣り合いな気がする。
「かなりヤバい事態が発生して、緊急事態だよ。
俺の国には影の操作機関・ゾルドー騎士団があるんだが、その中の数人がヤバいものを持って行方をくらました」
「それって、いつの話だ?」
「それが、正確なことはわからん。ゾルドー騎士団は何かあった時の為に自国を守る為の組織として作成したんだが、お前のお陰で一応、平和なもんでな。仕事がないからよからぬことを考えるんだよ七国を混乱させるために、人の心を操ることの出来る魔剣だの、宝珠だのを作りだして、七国に潜り込んだ形跡がある」
分かってはいる。人には良い心も悪い心もある。
悪い心が勝てば人は悪になり罪を犯す。
「ガールダー、七国同盟が壊れれば、また戦いの日々が始まる。
力ある者は生き残れるかもしれないが、力なき罪もない者たちは血を流すことになる。それだけは何としても防がないと!」
遙か昔、自国保守の為に、全ての国が戦っていた。
あまりの効率の悪さに、ガールダーとアドニスは話し合い、絶対的な権力者として君臨している。
それは自分のエゴの為に世界を支配したいのではなく、他の七国が争うことを防止する為のストッパーの役割を担っているのである。
「ああ、それは分かっている。現状、七国の王たちは、お前の力は絶対という認識は変わらないと思う。
ただ、心を操る魔剣や宝珠を与えられた人間は、感情そのものが悪に変化してしまうからな」
確かにかなり厄介な事態になっていることは確かな様である。
「まあ、タムール国だけは除外しても良さそうだが」
聖霊王が聖霊獣を与えた王子が王になり、聖霊王女が護衛剣士になっている国。
知らなかったとしても、行った時点で返り打ちに合うのは目に見えている。聖霊獣は邪悪に敏感で、すぐに察知する性質がある。エメラの身体から出ることが出来なくても、助言だけはするはずである。
この時点でのふたりの王の認識はそんな感じだった。
まさか封印をすでに解くことができて、しかも七国の環境でもある程度は力を発揮することができるなど、想像もしていなかったのである。後にこれが、運命をプラスへと引き寄せることにはなるのだが、現状そんなことは知る由もない。
「ガールダー、頼みがある。丁度いい機会だから、アドベルを連れて行って欲しい。どうせ、自分で乗り出す気なんだろう?」
ガールダーの行動パターンをよく理解しているアドニスはそう言うと友を見つめる。
「お前には敵わないな。でも、どうしてアドベル王子を?
かなり危険なことは想像できると思うんだが」
「そろそろ、世代交代だからな。でもアドベルはこの国にしかいないから、知識が全くない。世界を知るには実践が一番だろう?
それに七国に行けば環境の変化がどの位か、肌で感じることが出来るし。」
アドニスの言い分は分かる。が、不安要素がない訳ではない。
「だが、これだけ情報がないと最悪、何かの拍子に死ぬことだってあり得るぞ。それでもいいのか?」
聖霊国次代の王子を殺してしまったら、それこそ世界の構図が変わる可能性だってある。
「大丈夫だよ。見てくれはかなり頼りないが、あいつの中の聖霊獣はなかなか強いし、滅多なことではガールダーの足で纏いにはならない自信はある。
それでももし、死んでしまったとしたら、それは仕方ない」
「おい! それは可哀想な言い方だぞ」
ガールダーの突っ込みに、笑みを向けるアドニス。
「聖霊国の王はそれくらいで死んでいたら話にならない。
私はあの子がそこまでバカだとは思っていないんでね」
息子に対する信頼が分かったところで、ガールダーはOKを出すことにしたのだが・・・・・・もうひとつの問題にも気がついた。
「あのさ、いいけど、例えばの話なんだが。結構な不可抗力でエメラと出くわすことになってもいいのか?」
いくらガールダーがお節介な人種でも、故意にふたりを引き合わせようとは思わないが、何となくトラブルの先にそれを解消するべく、彼女が動きだして来る気がしたのだ。
「そうだな。一応は言ってある。混血種の姉がいるってことを。
仮に出会ってしまっても、すぐにそうとは気付かないだろう。
エメラの聖霊獣は封印されている訳だし」
「だけどあの美形はどういう状況でも、良くも悪くも良く目立つ。
まあ、最悪、バレてもいいならいいさ。喜んで預かる」
ガールダーの言葉に、アドニスはホッとした表情を浮かべた。
「ネルフェ、アドベルをここへ」
(御意、スグニ御連レシマス)
ネルフェは黄金のたてがみに輝く身体。姿はライオンでその額には銀色に輝く角。その背には同じく黄金に輝く翼が付いている。
アドニスには相応しい聖霊獣だ。
「父上、その必要はありません。私ならここに」
まだうら若い少年の様な声がして、彼は姿を現した。
ショートカットの黄金の髪に白銀の瞳。
父親の血を受け継いでいる割にはひどく幼げで、あどけない印象だ。
側には聖霊獣ラルフェを従えている。
ラルフェは黄金の身体に銀色の模様のチーターの身体と銀色の角と黄金の翼を持っていた。
「これはこれはアドベル王子。少し見ないうちに大きくなられたな。相変わらず、その愛くるしさは健在の様だが」
ガルーダーの言葉にアドベルは苦笑する。
「別にいいですよ。まだ幼い顔をしているとおっしゃっても。
自分が一番よく分かっています。もう18にもなったのに見た目がこれなので、父上の心配もよく分かっています」
この王子、見てくれはともかくとして、かなり頭も切れるし、とっさの対応力にも長けている。
「アドベル、行儀が悪いな。私は盗み聞きなんて教えた覚えはないんだが?」
やんわりと釘を刺そうとするアドニスに、すぐ後ろを指さすアドベル。
「そのことでしたら、レイオールに言ってください。
私はレイオールに連れて来られたんですから」
「なるほど、分かった。もう何も言わなくていい。
要はガールダーの様子から、大体のことを想像して、手間を省いたといいたいのだろう?」
いつも何事にも動じず、ひょうひょうとしている弟はひどく頭がいい。
アドニスはどうして自分が聖霊王になってしまったんだろうと何度も後悔してきた。
「うーん、まあ、そんなところです」
「本当になんでお前が王にならなかったんだろうな?」
自嘲的に言うアドニスに、レイオールはやれやれと言いたげな表情をする。
「兄上、残念ながら私には王としての器はありませんよ。そんなの分かりきっていることじゃないですか。落ち込んだ時に逃げ腰になるのはいい加減にやめてください。
少なくとも、貴方の肩にこの世界の行く末がかかっている。
それはどんなに否定しても、変えることのできない事実です」
痛い所を平気で突いてくる弟に、アドニスは反論できない。
分かっている。生まれ落ちてからずっと、王になる為に教育されて来た。輝の王として正しくあろうと努力してきた。
ただ、正しくあろうと思えば思うほど、自分という存在が分からなくなる。
ひとめ見て恋に落ちてしまったシャンディ王妃にも迷惑をかけてしまった。
自分は誰よりも罪深き王なのだろう。
それでも虚飾で清い王を演じ続けなければならない。
それは自分の保身という為ではない。
この世界の平和の為に、輝の王という存在が必要不可欠だからだ。
「レイオール、虚飾の王でも、やはり必要なのだろうな。
この世界の平和を保つ為には」
アドニスの小さな呟き。その心情は察するにあまりある。
「兄上、どんなに貴方が苦しくても、貴方の替わりは他にいません。聞き分けてください」
「分かっている。分かっているよ。
アドベル、お前は私以上の清い王になれ。私など比べものにならないほど、清い王になれる器を持っているのだからな」
「父上?」
いつも褒めることなんてしたこともないアドニスが褒めてくれたので、アドベルは喜びよりも違和感の方が大きかった。
分かりやすい戸惑いの表情を見せる。
「アドベル王子は褒められることに慣れていないのだな。
貴方は次期王だし、王という立場上、なかなか思っていたとしても褒めるということはできないものだよ。
俺も王だからそこは分かる。俺に自分の子どもがいたとしたら、やっぱり褒めることはしないだろう。
だから、今は素直に喜んでもいいと思うが」
ガールダーの言葉にアドベルの表情が和らいだ。
「そうなんですね。じゃあ、今は素直に喜びます」
何となく話が途切れたところで、アドニスが言う。
「それではすまないが、ガールダー、アドベルのことをよろしく頼む」
「ああ、分かった。確かに預かった。それじゃあ、アドベル王子、行こうか」
ガールダーに促され、大きく頷くアドベル王子。
「はい! では父上、行ってきます」
中亜界でレイオールに見送られて、アドベル王子の初出国は無事に成功する。
「アドベル、気を付けて行って来てください」
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