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第3章 結集~最強の布陣とは?
(2)誤算~変則対応術
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食事も無事に終わり、少し落ち着いた様子のタムール国班。
「分かったぞ。どうやら王は本当におかしいらしい。
そして誰も近づけない牢屋に実の娘を監禁しているらしい」
「マジか、ヤバいなそれ。エリオル大丈夫だろうな?」
ヘルンはそこがネックなのか、やたらと心配している。
「大丈夫だ。まあ、予想通りの組み立てをしていたがな。
明日一番でキールとネビィスがタムール国の使いとして王に目通りするらしい」
「やっぱり呪術師を疑っているのか?」
ライアスはすぐにそれに気付いた。
「まあ、妥当ではあるが。正確には分からんらしい。
キルシュをその塔の中に送りこんで、自分は野盗と一緒に捕まるだとさ」
「はあ~? 大丈夫か?」
「あっ、そうだ! 喜べヘルン。エリオルからお前にたっての願いごとだ。
捕らえられた旅人は剣士や騎士の練習の為に広場に集められるらしい。そこで惨殺劇場になる訳だが、俺やエリオルたちが剣士や騎士の気をそらしているうちに、大きな結界を張ってくれだとさ」
「なるほど、旅人全員を助ける為には、それしかない訳か」
さすがにヘルンもそこにはすぐに気がついた。
「エリオルの頼みだしな。がんばらん訳にはいかねえよな」
「そう言うことだ。すまねえががんばってくれ。
アーメル、悪いが俺らと一緒に捕まって牢屋に入ってくれ」
「了解。いいわよ」
「もしかしたら、女と間違われて、王の側に送られる可能性もあるが、それならそれで、状況を報告して欲しい。
どうにか助ける方法を考えてみる」
声さえ聞かなければ女にしか見えないので、その可能性は十分に考えられる。
「そうね。それもありね。バレたらおしまいだから、絶対とは言えないけど、そうなったら何とかがんばってみるわ」
アーメルの言葉に大きく頷くハワード。
現状としてはここまでしか対応できない。
「それにしても、お前らすごいな。俺は感心するよ。
俺が何も言わなくても、ちゃんと対応できてるしな」
ライアスが感心した様子を見せる。
「いや、エリオルにコンタクト取れって言ってくれたじゃないか」
「いや、ハワード。そもそも想定済みだったろう?
状況が分からないから、ためらっていただけで、まあ、でもこういうのが理想的なんだよな。俺は最高の臣下に恵まれているよな」
しみじみと語るライアスに悪い気はしない。
「とにかく、明日、がんばるからよ」
ハワードの言葉にライアスはニッコリ微笑む。
「頼りにしてるよ、ハワード。勿論、アーメルもヘルンも」
こうしてタムール国班は比較的ゆったりと時間を過ごし、明日に備えた。
翌日
まだ朝日が出るか出ないかの頃、キールとネビィスは準備万端で行動開始をしようとしていた。
「では、エリオル。何か分かり次第、話かけますので、よろしくお願いいたします」
キールがエリオルに最終確認をする。
「分かった。とにかく、ふたりとも気をつけて。ヤバかったら、すぐに撤収してくれていいから」
「ええ、分かっています。それでは」
「行って来ます」
ふたりは元気に隠れ家を出ると、ラバット国の正門まで移動する。
一応、小道具として、ライアス王からの書簡も作成してみた。
その方がよりリアルに感じると思ったからだ。
「キール、途中で剣士の襲撃に遭いますかね?」
「さあ、でもそれを回避する為にこんなに早い時刻に移動しているんだから、すんなり行かせて欲しいところですよね。
なるべく体力温存しといた方が後が楽ですから」
キールの頭の中でのシミュレーションは完璧だった。
その願いが通じたのか、誰にも見咎められることなく城の門の前まで到着した。
「意外に簡単にここまでこれましたね。逆にこの時間帯、誰かいるんでしょうか?」
ネビィスは誰にも会えないとそれはそれで大変なので、少しだけ危惧する。
「一応、国なんで、誰かと出くわしますよ。このまま、行ってみましょう」
キールの言葉に頷くネビィス。そのままふたりで城の門をくぐり、先へと進む。
しばらく進むとまた、門が現れ、そこには騎士がふたり立っていた。
「朝早くにすみません。私はラミンナ国次期王の命でこの国にやって参りました。呪禁師のキール・スティンと申します」
「同じく剣士長のネビィス・ビルドです」
「我が王に関しましては、事前連絡はしてないのですが、こちらの王様にお目通りさせて頂くことは可能でしょうか?」
「それはご苦労様です。しばらくお待ち頂けますか?
すぐに上の者に確認を取ります」
騎士なので、やたらと鉄板パーツを身に付けている為、顔色もあまりよく分からないのだが、結構慌てている様子は確認出来た。
仕えている人は普通か?
しばらくして、ひとりの人物がやって来た。
その人を見たふたりはさすがに一瞬、言葉を失った。
見た目はまだ若そうな青年という感じで、屈託のない笑顔を浮かべていた。容姿は白銀の長い髪を束ね、耳は若干尖っている。
漆黒の瞳はパッと見た感じは分からないのだが、怖いほどの狂気を宿していた。
キールは魔境王に会っている。この人物が魔境国の人間なのは間違いない。ただし、ひとめ見ただけで、この人物が悪い意味で危ない部類の人種だということは本能的に感じた。
「朝の早くからはるばる、よくお越し下さいました。
私はこの国で執務全般を担っております、カストマ・イザールと申します」
「ご丁寧な挨拶をありがとうございます。私はタムール国次期国王付きの呪禁師でキール・スティンと申します。
こっちは剣士長のネビィス・ビルドです」
「お初にお目にかかります。ネビィス・ビルドです。
よろしくお願いいたします」
ふたりは一応、それらしく話を合わせた。
「あのー、カストマ様はもしかして、魔境国の方でしょうか?」
キールが丁重に問いかける。
「アハハハ、様なんていりませんよ。私はただの雑務に過ぎないので。魔境国の人間なんて見ることないですよね?
まあ、いろいろとありまして、今はここが自分の国です」
「そうなんですね。髪も瞳もとても素敵で、すみません。
見とれてしまいました。男性の方にこんなことを言っても嬉しくはないかもしれないですが、本当にキラキラしていて羨ましいです」
なるべく好意的であることを示す為に、キールはとりあえず褒めちぎる。
「いやー、普通に嬉しいですよ。容姿なんて褒めてくれる人いないですから」
「えー、そうですか? 皆さん、どこに目をつけていらっしゃるんでしょうね?」
人は力がなくても、本能的に危険を察知することがある。
確かに美しいが、危険要素の方が高すぎて、本能的にヤバいと感じるはずである。
ここの王もそれは感じたはずである。問題は、この人物が魔境国の人間だということだ。
さすがに危ないと本能的に思ったとしても、表立って否定することは魔境国を敵に回しかねない。
魔境王の性格からすると、これはあり得ないから、多分独断なんだろう。しかしこれは、かなり難しい案件と言えるだろう。
「朝から、すごくありがたいお言葉をいただき、嬉しいです。
で、本題なのですが、タムール国の王様からはどう言ったお話でしょうか?」
「すみません。つい本題が遅れました。この度、タムール国の国王が代替わりをされることになりました。
これは我が国で前国王と王妃、三長老の許可を受け、正式に決定いたしました。
とりあえず、隣国の王様には、いち早くご報告する方がいいのではないか。ということになりまして、私たちはこちらに伺わせて頂いた次第です。
そしてこれがライアス王より預かりました、書簡にございます」
「それはそれは、おめでたいことですね。では、これは私から王にお渡ししますね。王との謁見は取り計らわさせていただきますが、少し早い時間帯なので、お部屋を準備させていただきます。
しばらくそこでご休憩と朝食をお取りください」
カストマは、表向きは対応もきちんとしていた。
「申し訳ないです。なんせ私たち、他の国に行くことが初めてなもので、張り切って早くから出て来たまでは良かったのですが、まさかこんなに早く着くと思っていなくて、本当に申し訳ありません」
まことしやかに早く着いてしまった理由を述べるキール。
「なるほど、でもそれは仕方ないですよ。初めての遠出なら、気は張っていても、身体は思った以上にお疲れかもしれませんよ。
少し身体を休めてください。
それではお部屋に関しては、女官長のシンシアが勤めさせていただきます」
「ご丁寧にありがとうございます。よろしくお願いいたします」
いつの間にか、すぐ後ろに控えていた女官長は一礼すると、案内を始めた。
「それでは、こちらです。ついてきてください」
キールはカストマに一礼すると、女官長の後に続く。
ネビィスも同じ様に一礼してその後に続いた。
しばらく入り組んだ廊下を歩き、ひとつの大きな部屋の前で女官長は止まった。
「こちらです」
扉を開けるとかなり広い部屋だと分かる。
「あの、本当にいいんですか? ふたりだけですよ」
不釣り合いな部屋の大きさに、キールが一応、問いかける。
「はい、ご心配なさらなくても、お客様用のお部屋はこのサイズが一番小さいので。朝食はまだ出来ておりませんので、しばらくおくつろぎください。それでは失礼致します」
「ああ、そうなんですね。ありがとうございます」
一応ちゃんと礼を言って、さてどうしたものかと考える。
「せっかくなんで、ベットに横になってみますか」
ネビィスに言われ、そのままふたりで横になる。
客用だけあって、なかなかにいいクッションだ。
キールは一応に呪術的なものを感じないかをチェック。
とりあえずは大丈夫そうだ。
「困りましたね。まさか、魔境国の方とは」
「これからどうしますか?」
ネビィスの問いにキールは本気で考える。
「分かりませんね。現状報告をエリオルにして、意見をもらいます」
「まあ、それが妥当でしょうね」
ふたりの意見が一致したので、キールはエリオルとの交信を計る。
(エリオル、聞こえますか? キールです)
(キール、良く聞こえる。何かあんまりいい、イメージじゃないな)
心情の方も流れてしまうのか、すぐにエリオルはそう言った。
(ええ、最悪かもしれないですよ。首謀者とおぼしき人物なんですが、魔境国の人でカストマ・イザールと名乗っていました)
(あっ、そっち系か・・・・・・なるほど。じゃあ、魔境王が乗り出して来るかもしれないな。あの人、口はともかく、ちょっと過激だけど曲がったことは大嫌いみたいだから。
もしかしてまだ、気が付いてないのか?)
エリオルは大して気にした様子もなくそう言うと続ける。
(じゃあ、そのまま、しばらく居座ると言ってくれる?)
(居座ればいいんですか?)
(ああ、効果があるか分からないが、大っぴらに惨殺できなくなる可能性はあるだろ?)
この時キールは心底、エリオルという人物の能力の高さに感心した。勿論ハワードが付きっきりで育て上げた人物である。
その能力が折り紙付きなのは当然と言えば、当然だった。
(了解しました。せいぜい城の中を探検しておきますね)
明るい口調のキールにエリオルは楽しげに返す。
(本当にキールはすごいよな。速攻で対応してくれる。
何かハワード来たら、終わってたりして)
(エリオル、残念ながら、それはないです。ちゃんとハワードたちも合流してもらってください。まだ早いので王に会っていません。
王に会った時点で再度、交信します)
(了解! くれぐれも気を付けて)
(はい、でもそれはエリオルの方こそですよ)
なんちゃって、しっかり、しゃっかり釘を刺す辺りもハワードみたいで笑える。
(はい! 心して任務遂行に当たるよ。じゃあ、また後で)
そしてエリオルの交信は途絶えた。
「ここに居座ればいいそうです」
開口一番、キールの言葉の意味をネビィスは速攻で考える。
「王ならともかく、私たちの地位くらいの客で、惨殺行為が止まりますか? 怪しい気がするんですが」
さすがにネビィス。エリオルの意図はちゃんと理解していた。
「でも一応、剣士長に呪禁師だし、王の使者は強調してるんだから若干、意識するんじゃないですか? まあ、ここの王様を助ける状況にあればいいんですがね」
「それこそ、危ない話ですよ。原因が魔境国がらみなら、こっちは全く手が出せませんよ」
ネビィスの危惧は確かなのだが、とりあえずこっちにはエリオルがいる。魔境王にさえ勝つことができた最強の剣士が。
「大丈夫、エリオルが何とかしてくれます。
最悪、魔境王を連れて来るかもしれませんね。
まあ、それも面白いですよね」
絶対的な自信をもって、キールが言う。
「あの、キール。エリオルは一体、何者なんでしょうね?」
あまり詮索が好きではないネビィスも、こればかりは気にかかっている様子だ。
「さあ、ハワードに何度聞いてもはぐらかされるから、かなりな地位の持ち主ではないかと思いますが。結局、良く分かりません」
キールは素直に言った。
「キールでも知らないなら、仕方ないですよね。
ライアス様は詮索出来ないですし」
護衛剣士になる為の条件に詮索しないことが入っているので、どうすることも出来ない。
「まあ、ライアス様はそういうの全く気にしないタイプだから、エリオルが護衛剣士になってくれて、ただ普通に嬉しいだけだと思いますね」
ずっと側にいるキールの感覚は正確だ。
「じゃあ、とりあえず、のんびりしますか。
二度とこんなにゆったり出来ないかもしれないですから」
「そうですね。では、休むとしましょうか」
ふたりはそのまま、少し休息を取ることにした。
~~~~~~
一方、ハワードたちもすでにタムール国を出発していた。
かなり早いペースでラバット国へと向かう。
(ハワード、今どこ?)
エリオルの交信が入る。
(分からんが、かなりなペースで進んでいることは確かだな)
(ふん、で、少し残念なお話なんだけど。さっきキールから交信があって、首謀者が魔境国のカストマ・イザールだそうだ)
(はあ、なるほど。それはまた、誤算と言えば誤算だな)
呪術のイメージから、自分たちの国の誰かかもと予測していたのだが、あっさり外れた。
(でも作戦は発動してしまったから、このまま予定通り行ってみる。ハワードたち、捕まったらそのまま大人しく待っててくれ。
夜になったら、キルシュを牢屋に入れてから捕まって、合流する)
(OK! じゃあ夜に)
交信を終えたハワードはふたりを見つめる。
「今、エリオルから交信があった。非常に言いにくいが、相手は魔境国のカストマ・イザールという人物らしい。行動は予定通りでいいそうだ」
「何、魔境国がなんで? 七国が邪魔とか?」
ヘルンがさすがに顔色を変えた。アーメルはいたって冷静だ。
「まあ、そういうこともあるわよ。でもそうなると、あの魔境国の王様、やって来るんじゃない?」
アーメルの言葉に、ヘルンはちんぷんかんぷんだが、ハワードは笑い出す。
「ハッハッハ、多分それはエリオルも考えていると思うぜ。
少し前に魔境王と会って、エリオルはやり合って勝っちまったらしい」
ザックリとヘルンに説明するハワード。
「マジか! そりゃあ凄いな。まあ、あの身軽さにはついて行けないよな。へえーじゃあ、最悪はその王に交渉できるかもな」
「あの王様なら、もう俺たちよりも先に、完全に気配を消して潜り込んでいるかもな。何だか知らないうちに、最強の布陣が出来上がる可能性もあるな」
ひどく楽しそうなハワード。
「お前、完全にこの状態を喜んでいるだろう。
エリオルが心配じゃないのか?」
「まあ、無茶苦茶なやつであることは認めるが、あいつの力は俺が知っているからな。てか、俺の全てを教え込んだんだから、大丈夫に決まっているじゃないか」
「はい、はい。言った俺が悪かった。にしても、何も来んな」
捕まるつもり満々の三人なのだが、意外にも誰も襲って来ない。
「まだ、早い時間帯のせいかしら?」
アーメルの指摘にふたりも考える。
「それはあり得るかもしれんな。ちょっとこの辺で時間つぶしに朝食でも食べるか?」
ハワードが呑気な感じで提案する。
「えっ、今それ?」
ヘルンはさすがにちょっと驚いている。
「他に何がある? ごく自然にこんな辺鄙なところで動かない理由」
確かにハワードの言う通りで、目的が捕まることでも、それを悟られる訳にはいかない。
「仕方ない、食べるか。干し肉、めちゃくちゃうまいよな」
ヘルンもその気になって、一旦停止の三人。
「ちゃんと干し肉あるわよ。たくさん食べてね」
アーメルが手渡すと、嬉しそうな様子のヘルン。
「ありがとう。こんなに呑気でいいのかね?」
当初、速攻捕まることも想定していたのだが、そんな感じは微塵もなく、位置的にはもうすぐでラバット国というところまで辿り着いていた。
見渡す限りのゴツゴツとした岩肌は、それはそれでいい風景と言えなくもない。
「うめー、俺、タムール国でも生きて行けそうな気がする」
嬉しそうに干し肉を食べているヘルンを、ハワードが冷たい目で見つめる。
「お前の場合、どこでも生きては行けるだろう。紋章師でもトップクラスなんだからよ」
「どうかな? 特殊過ぎて、逆に使い道がない。まあ、こんな事態になることはまずないし、逆に毎日こうだともうそれは、この世界の終わりを意味する」
「まあ、とりあえず、聖霊王と魔境王がいる限りそれは大丈夫そうよね? 今回もおお事にならないといいけど」
アーメルの言葉に頷くハワード。
「まあ、結局は出たとこ勝負だな。現状詳しい様子も分からんし、首謀者の能力も見えないしな」
「お前とエリオルの交信を知られるってことはないのか?」
「ああ、それはない! 仕組みがあっち経由のやつだから」
あっち経由が何か。アーメルにはさっぱり分からないが、ヘルンには分かる。
エリオルの中にいる聖霊獣を通しての交信手段は、それこそ特殊な為、誰にも知られることはない。
仮に魔境獣を使って知ろうとしても、そもそもの獣の性質が違う為、無理なのである。
ただし、これを使うとエリオル自身がかなり体力を消耗する。
あまり好んで使えないことは事実である。
「あっ、何かいい感じ?」
アーメルが小さく声を出す。
剣士らしき者たちが周りを取り囲んでいる。
「ようやくお出ましか」
ハワードの言葉に、ヘルンは残っている干し肉を口の中に入れ込む。
「もう少し待ってくれりゃあいいのに」
ブツブツ言いながらも、ある意味、臨戦態勢は完璧だ。
こうして三人は見事に、いや確実に剣士たちに捕まり、牢獄行きとなった。
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その頃のエリオルたちは、みんなで最終シミュレーションの真っ最中だった。
「今夜は新月だ。ここしか確実にキルシュを牢に送り込める日がない。月明かりがなくて暗いからこそ、闇に紛れて行動できる」
「でもエリオル、それだと弓矢も無理じゃないか?
かなり小さな窓だぞ、光なしでどうやって?」
キルシュの指摘は当然、正しいものだった。
「そこは、ちゃんと想定してるよ。昨日、マクアスとどれだけ練習したことか。大丈夫だよ。
捕まるのが二班に分かれることにはなるが、そこ上手くやってくれるか」
野盗のお頭であるクルドに問いかけるエリオル。
「それくらいお安いことだが、本当にこんなんで大丈夫かな?」
不安要素満載なので、若干心配な様子だ。
「想定はあくまで、想定に過ぎない。
本番に何が起こるか予測は不能だが、最強の布陣で臨めば大抵は上手く行く。今回、オレは最強の布陣だと思っている。
みんなそれぞれ、自信を持ってくれ」
「分かった。お前らもいいな」
「おー」
野盗さんチームの結束力の堅さは筋金入りだ。それはエリオルも感心するほどに。大人数で動く時は統率されているかどうかが全てを左右する。
これまでを総合的に考えて、最強の布陣と考える見方もあるが、単純に今このチームは結速力においてナンバーワンと言える。
「そう言えば、キールたちから何かないのか?」
キルシュがそこに気づく。
「ああ、とりあえず、潜り込めたみたいだが、王との謁見はまだらしい。謁見が済み次第、交信が入る」
あえてみんなには魔境国のカストマの話はしなかった。
動揺は失敗しか招かないことをよく知っているから。
「ハワードたちは予定通り、捕まったみたいだ。
アーメルが女性と間違われて、どこかに連れて行かれたらしい。
少し経てば、何か分かるかもしれないな。
まあ、状況がどうでも、今夜の行動は変わらない。
本番一発勝負、みんなよろしく頼む!」
エリオルの言葉に、それぞれが決意を新たにする。
実際の決行まではかなり時間があった。
「分かったぞ。どうやら王は本当におかしいらしい。
そして誰も近づけない牢屋に実の娘を監禁しているらしい」
「マジか、ヤバいなそれ。エリオル大丈夫だろうな?」
ヘルンはそこがネックなのか、やたらと心配している。
「大丈夫だ。まあ、予想通りの組み立てをしていたがな。
明日一番でキールとネビィスがタムール国の使いとして王に目通りするらしい」
「やっぱり呪術師を疑っているのか?」
ライアスはすぐにそれに気付いた。
「まあ、妥当ではあるが。正確には分からんらしい。
キルシュをその塔の中に送りこんで、自分は野盗と一緒に捕まるだとさ」
「はあ~? 大丈夫か?」
「あっ、そうだ! 喜べヘルン。エリオルからお前にたっての願いごとだ。
捕らえられた旅人は剣士や騎士の練習の為に広場に集められるらしい。そこで惨殺劇場になる訳だが、俺やエリオルたちが剣士や騎士の気をそらしているうちに、大きな結界を張ってくれだとさ」
「なるほど、旅人全員を助ける為には、それしかない訳か」
さすがにヘルンもそこにはすぐに気がついた。
「エリオルの頼みだしな。がんばらん訳にはいかねえよな」
「そう言うことだ。すまねえががんばってくれ。
アーメル、悪いが俺らと一緒に捕まって牢屋に入ってくれ」
「了解。いいわよ」
「もしかしたら、女と間違われて、王の側に送られる可能性もあるが、それならそれで、状況を報告して欲しい。
どうにか助ける方法を考えてみる」
声さえ聞かなければ女にしか見えないので、その可能性は十分に考えられる。
「そうね。それもありね。バレたらおしまいだから、絶対とは言えないけど、そうなったら何とかがんばってみるわ」
アーメルの言葉に大きく頷くハワード。
現状としてはここまでしか対応できない。
「それにしても、お前らすごいな。俺は感心するよ。
俺が何も言わなくても、ちゃんと対応できてるしな」
ライアスが感心した様子を見せる。
「いや、エリオルにコンタクト取れって言ってくれたじゃないか」
「いや、ハワード。そもそも想定済みだったろう?
状況が分からないから、ためらっていただけで、まあ、でもこういうのが理想的なんだよな。俺は最高の臣下に恵まれているよな」
しみじみと語るライアスに悪い気はしない。
「とにかく、明日、がんばるからよ」
ハワードの言葉にライアスはニッコリ微笑む。
「頼りにしてるよ、ハワード。勿論、アーメルもヘルンも」
こうしてタムール国班は比較的ゆったりと時間を過ごし、明日に備えた。
翌日
まだ朝日が出るか出ないかの頃、キールとネビィスは準備万端で行動開始をしようとしていた。
「では、エリオル。何か分かり次第、話かけますので、よろしくお願いいたします」
キールがエリオルに最終確認をする。
「分かった。とにかく、ふたりとも気をつけて。ヤバかったら、すぐに撤収してくれていいから」
「ええ、分かっています。それでは」
「行って来ます」
ふたりは元気に隠れ家を出ると、ラバット国の正門まで移動する。
一応、小道具として、ライアス王からの書簡も作成してみた。
その方がよりリアルに感じると思ったからだ。
「キール、途中で剣士の襲撃に遭いますかね?」
「さあ、でもそれを回避する為にこんなに早い時刻に移動しているんだから、すんなり行かせて欲しいところですよね。
なるべく体力温存しといた方が後が楽ですから」
キールの頭の中でのシミュレーションは完璧だった。
その願いが通じたのか、誰にも見咎められることなく城の門の前まで到着した。
「意外に簡単にここまでこれましたね。逆にこの時間帯、誰かいるんでしょうか?」
ネビィスは誰にも会えないとそれはそれで大変なので、少しだけ危惧する。
「一応、国なんで、誰かと出くわしますよ。このまま、行ってみましょう」
キールの言葉に頷くネビィス。そのままふたりで城の門をくぐり、先へと進む。
しばらく進むとまた、門が現れ、そこには騎士がふたり立っていた。
「朝早くにすみません。私はラミンナ国次期王の命でこの国にやって参りました。呪禁師のキール・スティンと申します」
「同じく剣士長のネビィス・ビルドです」
「我が王に関しましては、事前連絡はしてないのですが、こちらの王様にお目通りさせて頂くことは可能でしょうか?」
「それはご苦労様です。しばらくお待ち頂けますか?
すぐに上の者に確認を取ります」
騎士なので、やたらと鉄板パーツを身に付けている為、顔色もあまりよく分からないのだが、結構慌てている様子は確認出来た。
仕えている人は普通か?
しばらくして、ひとりの人物がやって来た。
その人を見たふたりはさすがに一瞬、言葉を失った。
見た目はまだ若そうな青年という感じで、屈託のない笑顔を浮かべていた。容姿は白銀の長い髪を束ね、耳は若干尖っている。
漆黒の瞳はパッと見た感じは分からないのだが、怖いほどの狂気を宿していた。
キールは魔境王に会っている。この人物が魔境国の人間なのは間違いない。ただし、ひとめ見ただけで、この人物が悪い意味で危ない部類の人種だということは本能的に感じた。
「朝の早くからはるばる、よくお越し下さいました。
私はこの国で執務全般を担っております、カストマ・イザールと申します」
「ご丁寧な挨拶をありがとうございます。私はタムール国次期国王付きの呪禁師でキール・スティンと申します。
こっちは剣士長のネビィス・ビルドです」
「お初にお目にかかります。ネビィス・ビルドです。
よろしくお願いいたします」
ふたりは一応、それらしく話を合わせた。
「あのー、カストマ様はもしかして、魔境国の方でしょうか?」
キールが丁重に問いかける。
「アハハハ、様なんていりませんよ。私はただの雑務に過ぎないので。魔境国の人間なんて見ることないですよね?
まあ、いろいろとありまして、今はここが自分の国です」
「そうなんですね。髪も瞳もとても素敵で、すみません。
見とれてしまいました。男性の方にこんなことを言っても嬉しくはないかもしれないですが、本当にキラキラしていて羨ましいです」
なるべく好意的であることを示す為に、キールはとりあえず褒めちぎる。
「いやー、普通に嬉しいですよ。容姿なんて褒めてくれる人いないですから」
「えー、そうですか? 皆さん、どこに目をつけていらっしゃるんでしょうね?」
人は力がなくても、本能的に危険を察知することがある。
確かに美しいが、危険要素の方が高すぎて、本能的にヤバいと感じるはずである。
ここの王もそれは感じたはずである。問題は、この人物が魔境国の人間だということだ。
さすがに危ないと本能的に思ったとしても、表立って否定することは魔境国を敵に回しかねない。
魔境王の性格からすると、これはあり得ないから、多分独断なんだろう。しかしこれは、かなり難しい案件と言えるだろう。
「朝から、すごくありがたいお言葉をいただき、嬉しいです。
で、本題なのですが、タムール国の王様からはどう言ったお話でしょうか?」
「すみません。つい本題が遅れました。この度、タムール国の国王が代替わりをされることになりました。
これは我が国で前国王と王妃、三長老の許可を受け、正式に決定いたしました。
とりあえず、隣国の王様には、いち早くご報告する方がいいのではないか。ということになりまして、私たちはこちらに伺わせて頂いた次第です。
そしてこれがライアス王より預かりました、書簡にございます」
「それはそれは、おめでたいことですね。では、これは私から王にお渡ししますね。王との謁見は取り計らわさせていただきますが、少し早い時間帯なので、お部屋を準備させていただきます。
しばらくそこでご休憩と朝食をお取りください」
カストマは、表向きは対応もきちんとしていた。
「申し訳ないです。なんせ私たち、他の国に行くことが初めてなもので、張り切って早くから出て来たまでは良かったのですが、まさかこんなに早く着くと思っていなくて、本当に申し訳ありません」
まことしやかに早く着いてしまった理由を述べるキール。
「なるほど、でもそれは仕方ないですよ。初めての遠出なら、気は張っていても、身体は思った以上にお疲れかもしれませんよ。
少し身体を休めてください。
それではお部屋に関しては、女官長のシンシアが勤めさせていただきます」
「ご丁寧にありがとうございます。よろしくお願いいたします」
いつの間にか、すぐ後ろに控えていた女官長は一礼すると、案内を始めた。
「それでは、こちらです。ついてきてください」
キールはカストマに一礼すると、女官長の後に続く。
ネビィスも同じ様に一礼してその後に続いた。
しばらく入り組んだ廊下を歩き、ひとつの大きな部屋の前で女官長は止まった。
「こちらです」
扉を開けるとかなり広い部屋だと分かる。
「あの、本当にいいんですか? ふたりだけですよ」
不釣り合いな部屋の大きさに、キールが一応、問いかける。
「はい、ご心配なさらなくても、お客様用のお部屋はこのサイズが一番小さいので。朝食はまだ出来ておりませんので、しばらくおくつろぎください。それでは失礼致します」
「ああ、そうなんですね。ありがとうございます」
一応ちゃんと礼を言って、さてどうしたものかと考える。
「せっかくなんで、ベットに横になってみますか」
ネビィスに言われ、そのままふたりで横になる。
客用だけあって、なかなかにいいクッションだ。
キールは一応に呪術的なものを感じないかをチェック。
とりあえずは大丈夫そうだ。
「困りましたね。まさか、魔境国の方とは」
「これからどうしますか?」
ネビィスの問いにキールは本気で考える。
「分かりませんね。現状報告をエリオルにして、意見をもらいます」
「まあ、それが妥当でしょうね」
ふたりの意見が一致したので、キールはエリオルとの交信を計る。
(エリオル、聞こえますか? キールです)
(キール、良く聞こえる。何かあんまりいい、イメージじゃないな)
心情の方も流れてしまうのか、すぐにエリオルはそう言った。
(ええ、最悪かもしれないですよ。首謀者とおぼしき人物なんですが、魔境国の人でカストマ・イザールと名乗っていました)
(あっ、そっち系か・・・・・・なるほど。じゃあ、魔境王が乗り出して来るかもしれないな。あの人、口はともかく、ちょっと過激だけど曲がったことは大嫌いみたいだから。
もしかしてまだ、気が付いてないのか?)
エリオルは大して気にした様子もなくそう言うと続ける。
(じゃあ、そのまま、しばらく居座ると言ってくれる?)
(居座ればいいんですか?)
(ああ、効果があるか分からないが、大っぴらに惨殺できなくなる可能性はあるだろ?)
この時キールは心底、エリオルという人物の能力の高さに感心した。勿論ハワードが付きっきりで育て上げた人物である。
その能力が折り紙付きなのは当然と言えば、当然だった。
(了解しました。せいぜい城の中を探検しておきますね)
明るい口調のキールにエリオルは楽しげに返す。
(本当にキールはすごいよな。速攻で対応してくれる。
何かハワード来たら、終わってたりして)
(エリオル、残念ながら、それはないです。ちゃんとハワードたちも合流してもらってください。まだ早いので王に会っていません。
王に会った時点で再度、交信します)
(了解! くれぐれも気を付けて)
(はい、でもそれはエリオルの方こそですよ)
なんちゃって、しっかり、しゃっかり釘を刺す辺りもハワードみたいで笑える。
(はい! 心して任務遂行に当たるよ。じゃあ、また後で)
そしてエリオルの交信は途絶えた。
「ここに居座ればいいそうです」
開口一番、キールの言葉の意味をネビィスは速攻で考える。
「王ならともかく、私たちの地位くらいの客で、惨殺行為が止まりますか? 怪しい気がするんですが」
さすがにネビィス。エリオルの意図はちゃんと理解していた。
「でも一応、剣士長に呪禁師だし、王の使者は強調してるんだから若干、意識するんじゃないですか? まあ、ここの王様を助ける状況にあればいいんですがね」
「それこそ、危ない話ですよ。原因が魔境国がらみなら、こっちは全く手が出せませんよ」
ネビィスの危惧は確かなのだが、とりあえずこっちにはエリオルがいる。魔境王にさえ勝つことができた最強の剣士が。
「大丈夫、エリオルが何とかしてくれます。
最悪、魔境王を連れて来るかもしれませんね。
まあ、それも面白いですよね」
絶対的な自信をもって、キールが言う。
「あの、キール。エリオルは一体、何者なんでしょうね?」
あまり詮索が好きではないネビィスも、こればかりは気にかかっている様子だ。
「さあ、ハワードに何度聞いてもはぐらかされるから、かなりな地位の持ち主ではないかと思いますが。結局、良く分かりません」
キールは素直に言った。
「キールでも知らないなら、仕方ないですよね。
ライアス様は詮索出来ないですし」
護衛剣士になる為の条件に詮索しないことが入っているので、どうすることも出来ない。
「まあ、ライアス様はそういうの全く気にしないタイプだから、エリオルが護衛剣士になってくれて、ただ普通に嬉しいだけだと思いますね」
ずっと側にいるキールの感覚は正確だ。
「じゃあ、とりあえず、のんびりしますか。
二度とこんなにゆったり出来ないかもしれないですから」
「そうですね。では、休むとしましょうか」
ふたりはそのまま、少し休息を取ることにした。
~~~~~~
一方、ハワードたちもすでにタムール国を出発していた。
かなり早いペースでラバット国へと向かう。
(ハワード、今どこ?)
エリオルの交信が入る。
(分からんが、かなりなペースで進んでいることは確かだな)
(ふん、で、少し残念なお話なんだけど。さっきキールから交信があって、首謀者が魔境国のカストマ・イザールだそうだ)
(はあ、なるほど。それはまた、誤算と言えば誤算だな)
呪術のイメージから、自分たちの国の誰かかもと予測していたのだが、あっさり外れた。
(でも作戦は発動してしまったから、このまま予定通り行ってみる。ハワードたち、捕まったらそのまま大人しく待っててくれ。
夜になったら、キルシュを牢屋に入れてから捕まって、合流する)
(OK! じゃあ夜に)
交信を終えたハワードはふたりを見つめる。
「今、エリオルから交信があった。非常に言いにくいが、相手は魔境国のカストマ・イザールという人物らしい。行動は予定通りでいいそうだ」
「何、魔境国がなんで? 七国が邪魔とか?」
ヘルンがさすがに顔色を変えた。アーメルはいたって冷静だ。
「まあ、そういうこともあるわよ。でもそうなると、あの魔境国の王様、やって来るんじゃない?」
アーメルの言葉に、ヘルンはちんぷんかんぷんだが、ハワードは笑い出す。
「ハッハッハ、多分それはエリオルも考えていると思うぜ。
少し前に魔境王と会って、エリオルはやり合って勝っちまったらしい」
ザックリとヘルンに説明するハワード。
「マジか! そりゃあ凄いな。まあ、あの身軽さにはついて行けないよな。へえーじゃあ、最悪はその王に交渉できるかもな」
「あの王様なら、もう俺たちよりも先に、完全に気配を消して潜り込んでいるかもな。何だか知らないうちに、最強の布陣が出来上がる可能性もあるな」
ひどく楽しそうなハワード。
「お前、完全にこの状態を喜んでいるだろう。
エリオルが心配じゃないのか?」
「まあ、無茶苦茶なやつであることは認めるが、あいつの力は俺が知っているからな。てか、俺の全てを教え込んだんだから、大丈夫に決まっているじゃないか」
「はい、はい。言った俺が悪かった。にしても、何も来んな」
捕まるつもり満々の三人なのだが、意外にも誰も襲って来ない。
「まだ、早い時間帯のせいかしら?」
アーメルの指摘にふたりも考える。
「それはあり得るかもしれんな。ちょっとこの辺で時間つぶしに朝食でも食べるか?」
ハワードが呑気な感じで提案する。
「えっ、今それ?」
ヘルンはさすがにちょっと驚いている。
「他に何がある? ごく自然にこんな辺鄙なところで動かない理由」
確かにハワードの言う通りで、目的が捕まることでも、それを悟られる訳にはいかない。
「仕方ない、食べるか。干し肉、めちゃくちゃうまいよな」
ヘルンもその気になって、一旦停止の三人。
「ちゃんと干し肉あるわよ。たくさん食べてね」
アーメルが手渡すと、嬉しそうな様子のヘルン。
「ありがとう。こんなに呑気でいいのかね?」
当初、速攻捕まることも想定していたのだが、そんな感じは微塵もなく、位置的にはもうすぐでラバット国というところまで辿り着いていた。
見渡す限りのゴツゴツとした岩肌は、それはそれでいい風景と言えなくもない。
「うめー、俺、タムール国でも生きて行けそうな気がする」
嬉しそうに干し肉を食べているヘルンを、ハワードが冷たい目で見つめる。
「お前の場合、どこでも生きては行けるだろう。紋章師でもトップクラスなんだからよ」
「どうかな? 特殊過ぎて、逆に使い道がない。まあ、こんな事態になることはまずないし、逆に毎日こうだともうそれは、この世界の終わりを意味する」
「まあ、とりあえず、聖霊王と魔境王がいる限りそれは大丈夫そうよね? 今回もおお事にならないといいけど」
アーメルの言葉に頷くハワード。
「まあ、結局は出たとこ勝負だな。現状詳しい様子も分からんし、首謀者の能力も見えないしな」
「お前とエリオルの交信を知られるってことはないのか?」
「ああ、それはない! 仕組みがあっち経由のやつだから」
あっち経由が何か。アーメルにはさっぱり分からないが、ヘルンには分かる。
エリオルの中にいる聖霊獣を通しての交信手段は、それこそ特殊な為、誰にも知られることはない。
仮に魔境獣を使って知ろうとしても、そもそもの獣の性質が違う為、無理なのである。
ただし、これを使うとエリオル自身がかなり体力を消耗する。
あまり好んで使えないことは事実である。
「あっ、何かいい感じ?」
アーメルが小さく声を出す。
剣士らしき者たちが周りを取り囲んでいる。
「ようやくお出ましか」
ハワードの言葉に、ヘルンは残っている干し肉を口の中に入れ込む。
「もう少し待ってくれりゃあいいのに」
ブツブツ言いながらも、ある意味、臨戦態勢は完璧だ。
こうして三人は見事に、いや確実に剣士たちに捕まり、牢獄行きとなった。
~~~~~~~~
その頃のエリオルたちは、みんなで最終シミュレーションの真っ最中だった。
「今夜は新月だ。ここしか確実にキルシュを牢に送り込める日がない。月明かりがなくて暗いからこそ、闇に紛れて行動できる」
「でもエリオル、それだと弓矢も無理じゃないか?
かなり小さな窓だぞ、光なしでどうやって?」
キルシュの指摘は当然、正しいものだった。
「そこは、ちゃんと想定してるよ。昨日、マクアスとどれだけ練習したことか。大丈夫だよ。
捕まるのが二班に分かれることにはなるが、そこ上手くやってくれるか」
野盗のお頭であるクルドに問いかけるエリオル。
「それくらいお安いことだが、本当にこんなんで大丈夫かな?」
不安要素満載なので、若干心配な様子だ。
「想定はあくまで、想定に過ぎない。
本番に何が起こるか予測は不能だが、最強の布陣で臨めば大抵は上手く行く。今回、オレは最強の布陣だと思っている。
みんなそれぞれ、自信を持ってくれ」
「分かった。お前らもいいな」
「おー」
野盗さんチームの結束力の堅さは筋金入りだ。それはエリオルも感心するほどに。大人数で動く時は統率されているかどうかが全てを左右する。
これまでを総合的に考えて、最強の布陣と考える見方もあるが、単純に今このチームは結速力においてナンバーワンと言える。
「そう言えば、キールたちから何かないのか?」
キルシュがそこに気づく。
「ああ、とりあえず、潜り込めたみたいだが、王との謁見はまだらしい。謁見が済み次第、交信が入る」
あえてみんなには魔境国のカストマの話はしなかった。
動揺は失敗しか招かないことをよく知っているから。
「ハワードたちは予定通り、捕まったみたいだ。
アーメルが女性と間違われて、どこかに連れて行かれたらしい。
少し経てば、何か分かるかもしれないな。
まあ、状況がどうでも、今夜の行動は変わらない。
本番一発勝負、みんなよろしく頼む!」
エリオルの言葉に、それぞれが決意を新たにする。
実際の決行まではかなり時間があった。
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