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第5章 魔境王の企みと力の在処
(3)惨殺劇場の行方
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剣士や騎士たちが慌ただしく動き始める。
すでにエリオルたちは牢屋に逆戻りで、スタンバイは完璧だった。
「毎回、いうのが急なんだよな」
「対応する俺らの身にもなって欲しいよな」
「こんなんで、うちは大丈夫かね?」
牢屋に来た騎士たちがぼやいている。
まあ、それでも仕事なんで、仕方ないというところだろう。
「よし、みんな、出ろ!」
言われるままにゾロゾロと出る。
魔境王に聖霊王子、ハワードにヘルン。エリオルに野盗さんたちご一行。かなりな面子がいることを騎士たちは知らない。
言われるままに、大人しく付いていく。細くて暗い地下道の様なところを抜けると、開けた場所に出る。
片側に客席があり、後は本当にただ広い空間。
いわゆる競技場の大きいバージョンの様だった。
これだけの広さがあれば、かなりな人間が収容できる。
「旅人のみなさん、ようこそ我が国へ」
客席から声をかけて来た人物がカストマであろうことはすぐにわかった。魔境国の人間の特徴そのままなので分かりやすい。
「これから王様と大切なお客様がここで見聞されます。
あなた方には騎士や剣士の相手をしてもらいます。
まあ、死ぬことはないと思いますが、少しくらいのケガはあるかもしれないです。ご容赦ください。
用が済めばちゃんと旅の続きができますので、がんばってくださいね」
悪びた様子は微塵も見せないで、ニコニコとした表情を浮かべたままで言うカストマ。
「相変わらず、食えんやつだ」
小声でボソッと魔境王がぼやく。
「早くここから出してくれ!」
「そうだ、そうだ。俺たちは何も悪いことはしていないぞ!」
「こんなこと不当だろう!」
それっぽくヤジを飛ばしてくれる野盗さんたち。
なかなか、演出が上手い。
「黙れ! お前たちに逃げ場はない。
大人しく言うことを聞くんだな」
騎士のひとりがそう言って、他の者たちが取り上げた武器の山を持って来る。まあ、あくまでも旅人なんで必ずしも武器があるとは限らないが、護身用として小さなものでも携帯するパターンはよくある。
「自分の武器を持て!」
丸腰を殺すのはただの殺人なので、いわゆる面目を保つには武器を返す必要がある。
そんなことをすれば、こちらの思うつぼではあるのだが、そこは知らないので仕方ない。
ゾロゾロと武器の周りを取り囲み、自分のものを探す。
似た様なものが多いので、分かりにくい。
エリオルの剣だけは特殊なのですぐに探し出せるが、他はみんな探すのに苦戦していた。
それでも何とか探し出す。
一応に身に付けても騎士や剣士たちは強いとは思っていないだろう。
この時、ヘルンはコソコソと地面に文様を書いて行く。
まあまあの人数なので、上手い具合に隠してくれて、魔法文字が書き上がる。
「王様とお客様がお見えになる。ちゃんと拍手しろ!」
騎士が命令するが、普通こんなんで言うこと聞くか?
と疑問が湧くが、あえて無視することにする。
赤い髪をなびかせて、頭に王冠を付けたいかにも王様っぽい人が現れ、その様子に納得する。
確かに死んでる身体を操っている感じも否定できない様子ではある。腰に差している剣も確かに邪悪なものを感じるが、エリオルには身体の中の魔境獣の姿が見えていた。
上手に同化している。引き剥がすにしても大変そうだ。
その後ろからキールとネビィスが顔を出す。
三人は中央の席に移動すると、座った。
とりあえず言われたので拍手する。
茶番にしか見えなさそうだが、もう少し大人しくしている必要はある。
「全体、進め!」
かけ声とともに騎士と剣士が入場してくる。
思ったより人数が少ない。
もっといることを想像していたエリオルは拍子抜けした。
「ハワード、こんなに人いらなかったな」
ボソッと隣のハワードに声をかける。
ハワードは苦笑で返す。
「全体、止まれ!」
自身満々な顔たちを見ると笑いそうになる。
これから大変なことになことなど知りもしない面々は意気揚々とそこにいた。
「カストマ、これはどういう志向ですか?」
早速、キールが問いかける。
「剣士や騎士をいざという時にきちんと作動させたいなら、実践あるのみです。あの者たちはみな、何かしら悪いことをした者たちで、懲らしめの意味も込めて、罰として剣士や騎士の相手をさせています」
いけしゃあしゃあと、カストマは嘘情報をまことしやかに述べた。
「えっ、でも、殺したりしないですよね?
いくら悪人でも殺すのはダメですよ」
「勿論です。キールはお優しいですね。大丈夫、少し実践の相手をしてもらうだけですから」
カストマの言葉に安心した表情のキール。
全てを知った上での芝居もなかなか疲れる。
「良かったです。でも方法としてはいいかもしれないですね。
ネビィス、うちもどうですか?」
「この発想はなかったので、やってみる価値はありそうですね」
ネビィスも同意して、カストマは嬉しそうな表情になる。
「ゆっくり、見学してくださいね」
「はい、ありがとうございます。でも、カストマは私の隣にいてくださいね。何かお伺いする時、近くな方がいいでしょ?」
整合性のありそうな理由がこれしか思い付かなかったのだが、カストマ自身は嬉しそうな顔で頷いているのでいいとした。
予定通りキールとネビィスでカストマを挟み込む形になった。
当然、離れてはいても、誰がどこにいるかは分かるので、エリオルは隠れてニッコリする。
「それでは、これから実践練習を始めます」
騎士も剣士も一斉に剣を引き抜いて身構える。
一応にこちら側もみんな剣を引き抜くのだが、一定人数だけは壁の役割をしてもらい、キルシュの存在を隠してもらう。
「ハワードどうする? 体力温存にふたりだけでいいか?」
「だな。それでいいと思うぜ。何ならお前ひとりでもいいけど」
「そうだな。OK!」
ふたりの会話に騎士や剣士たちは訝しむ。
「何だこいつら? 何寝ぼけてる?」
呟いた瞬間、エリオルは残像になると、次々に倒して行く。
騎士は甲冑の隙間を、剣士は剣を持っている手を狙って、少しだけケガを負わせる。
ものの数分で全ての騎士や剣士がやられていた。
しかもたったひとりに。
「な、何だ? カストマ、どうなっとる?」
初めて見た光景なのか、ジルドラ王は完全にパニックで思わす立ち上がって、二、三歩前に出た。
その瞬間をキルシュは見逃さなかった。隠してくれている野盗さんの隙間をぬって、月刃刀を投げつける。
「いけ! 月刃刀。王の剣を打ち砕け!!」
すぐに、放たれた月刃刀の存在に気付いたカストマが、阻止しようと動き出す。その瞬間、キールがすかさず手を取り引っ張る。
「カストマ危ない!」
とっさに庇う振りをして身体を引き寄せ、自分の身体で覆い隠す。
動きを封じるには最適だった。
すぐにバリンとど派手な音がして、王の剣が粉々に砕かれる。
キルシュの剣はブーメランの様に回転すると、キルシュの手の中に戻る。
「カストマ、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
キールがパニクった様子で語りかける。
「はい、大丈夫です。キールは大丈夫ですか?」
一応にカストマはキールの心配をした。
「はい、でも怖かったです。あっ、王様の剣が」
キールの言葉にカストマは王を見つめ、愕然とする。
見事に剣は粉々に打ち砕かれ、王は放心状態になっていた。
「王様、大丈夫でしょうか?」
キールのその問いかけよりも、いつもと同じ状況にならないことに不安を覚えるカストマ。
その時、フードを被った人物が三人、真っ直ぐにやってくる。
「随分と好き勝手やってる様だな」
かなりドスを効かせたその声をカストマは知っている。
「そんなバカな・・・・・・」
「カストマ、どうなさいました?」
何も知らない振りのキールが問いかける。
その返事をする場合ではないらしく、カストマは瞬間的に追い詰められることを悟り、態度が豹変する。
「畜生! お前ら道連れだ!!」
叫びながら、小さな筒の様なものを、野盗さんの集団に向けて投げつける。
「エリオス! 強力魔法陣!」
瞬間、ヘルンの魔法陣が発動。爆発はするものの、人的被害は起こらない。このタイミングでレイモンドは後ろに広げていた風景を撤収。実際の捕まっていた人間がかなり少ないことに驚くカストマ。
「バカだな。この俺が対策もなしに乗り込んで来るとでも思ったか」
魔境王の言葉にひとことも言い返せないカストマ。
「お前はこれから魔境国へ強制送還だ。
二度とこんなバカなことを考えない様にしっかりと鍛え直してやるから覚悟しとけ!」
そこで今度はキールの身体を引き寄せると、短剣を首筋に押し当てる。
「来るな! こいつの命はないぞ!」
その様子に魔境王は笑いだす。
「ハッハッハ、こりゃ最高だ。やれるもんならやってみるがいい」
「どう言う意味だ?」
丸っきり事態を把握できていないカストマが訝しむ。
「こういうことです。呪禁師キール・スティンが命じる。
かの者を戒めよ!」
元々呪禁師は対象が近ければ、近いほどその拘束効力を発揮する。
瞬間、カストマは身動きすることができなくなり、身体が完全に固まった。動こうとするのだが、びくともしない。
「無駄ですよ。体力消耗するだけですから、大人しくしてくださいね。呪禁師は魔術師の中でも拘束力に優れているんですよ」
カストマから悠々と離れるとニッコリと笑うキール。
「魔境王、お渡ししますね」
「すまんな。世話になった。ガーリャ、こいつを頼む」
「御意」
ガーリャはそのままカストマに近づくと、頭の角から光を出す。
それは光の檻となってカストマを閉じ込める。
「端から魔境王とつるんでいたのか」
忌々しい口調で言うカストマ。
「いいえ、私たちはあくまで、ライアス王の命を受けて動いています。たまたま魔境王と途中合流にはなりましたが、まあ目的は同じだったので、合流する運びになっただけです」
「ガーリャ、目障りだからそいつを魔境国に連行してくれ」
「御意」
そのまま、ガーリャは檻を引きずりながら去って行く。
同時進行でエリオルと聖霊王子はジルドラ王の側に行く。
「大丈夫ですか?」
聖霊王子の語りかけにも反応なし。
「身体の中に魔境獣がいると思うのですが、それを引き離すことは可能ですか?」
エリオルの問いかけに少し考える仕草の聖霊王子。
「ラルフェ、この王の身体の中にいる魔境獣を引きはがせるか?」
まだ身体の中にいる聖霊獣に話かける。
「デキナイ事ハナイデスガ、王ヲ助ケル事ガデキルカハ謎デス」
その聖霊獣の言葉を聞きながら、エリオルは王の身体を確認する。
一応、呼吸はしているので死んではいない。
ただし、ハワードが可能性として言っていた、仮死状態に近いことは事実の様なので、王を助ける方法を模索したい。
「どんな様子だ?」
ハワードとヘルンがやって来る。
「私では王を助けることができない可能性があります。
そもそも、私は女性ではないので」
「どう言う意味だ?」
聖霊王子の言葉の意味が分からず問いかけるエリオル。
「ああそれ、お前には話してなかったんだが、聖霊国の直系の王族で女性だけが、完璧な癒やしの力を持っているんだそうだ。
だが、もう何十年も女の子どもは産まれていないらしい」
ハワードの言葉に意味を理解する。
エリオルの場合、一応半分は聖霊王の直結の王女という位置になる。どう考えても半分だけなら完璧ではないはずだが、それでも一応に癒やしの力はあって、かなりなリスクを伴うが、辛うじて扱えるまでにはなっている。
「そう言うことか。だからあんなに必死になって隠そうとしたんだな」
過去の自分に想いをはせる。かなり無茶苦茶だったが、とにかくどんな状況になっても生きていて欲しいとの想いがあったであろうことは理解できた。
「つまりこの流れだと、そう言うことだよな?」
一応、ハワードに問いかける。
「まあ、そうだろうな。ただし、お前次第だがな」
いつぞやの仕返しか?
と突っ込みたくなるのを押さえて、エリオルはため息をつく。
「オレだって、嫌って言う訳ないだろう。てかそこ、言っちゃあダメだろう」
選択肢がない以上、リスクを犯すしかない。
「姉上、無理はなさらないでくださいね」
聖霊王子の言葉にビックリするエリオル。
「知ってたのか。あの人よくそんなこと言ったな」
自分の汚点となる様なことを、よもや喋るとは思ってもみなかったのである。
「父上は貴女をこよなく愛していますよ。たぶん息子の私よりもね」
思い描く愛情とはかなりかけ離れているので、そこは定かではない。
少なくともエリオルにとっての父は凄く綺麗で冷たい。
愛情の欠片もない人だから。
「よし、やるか。ハワード、倒れたら後は頼む。
それからギャラリーの視界の遮断を頼む」
「了解! 事前にレイモンドにこの場所の作りを聞いて、作ってもらっていたんだ。確実に光を遮断する画像を」
ハワードはそれをすぐに広げると、エリオルたちが見えない様に遮断する。
「あっ、ヘルン。頼みがある。ロザリオ姫を連れて来てくれ。
オレが倒れる前なら、潰された目を治せるかもしれない」
「了解、速攻対応する」
ヘルンは駆け出して行く。
そう、ワンチャンスにふたり。
リスクはかなり高い。
そのタイミングで魔境王が合流する。
「こっち完了したぞ。野盗のみんなには剣士や騎士の介抱とここ自体の解放を手伝ってもらっている。
レイモンドに権限は委ねた。キールとネビィスもそっちに合流してもらっている」
さすが魔境王、適材適所の人選が素晴らしい。
てか、全てエリオルと一緒にシュミレーションした結果ではあるのだが。
「ありがとう。もしもオレが倒れたら、後のことは頼む」
「すいません。私では無理そうです」
その言葉で何をするかは理解できたが、さすがに想定外だったのでそこは素直にビックリする。
「おい、嘘だろ? 封印されているよな?」
「ああ、どうみても封印されてるだろう?
オレ黄金に輝いてないし」
「でも姉上はとても綺麗な方だと思いますよ。私は単純にこんな方が姉上で嬉しいです。頭も相当に切れるし、剣の腕もすごいんですよね?」
無邪気な弟の態度にどう接すればいいか分からないエリオル。
「ああ、まさに最強だな。どれを取っても非の打ち所がない」
魔境王までが褒めちぎる。
「どうでもいいが、それはちゃんと全てが終わってからにしてくれるか? 悪いが失敗する可能性もゼロではない。
まあ、あの時とは違って、聖霊獣を解放するから率は高くなるはずだが、この七国の環境だと解放時間が短いもので」
あの時とは、魔境王との初対面の時を指す。
ガーリオの目の壊死を取り除いた時は、聖霊獣は解放していない。
エリオルの身体でもある程度の癒やしは可能にできている為である。
「分かった。最悪、あの時の様に俺が力を送りこんでやろう。
回復が早くなっただろう?」
そう、そんなこともあった!
「その節はいろいろとお世話になりました。じゃあ、今回もよろしく!」
一応に礼を言ってから、頼み込む。
「連れてきたぞ!」
このタイミングでヘルンとレイモンドが姫君を連れて来る。
「ありがとう。初めまして、エリオル・リアスです。
少し触ってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
姫君は明らかに戸惑っている様子だったが、素直にOKしてくれた。
両目に手をかざし、状況確認。
「ハワードこれなら、今の状態でも何とか行けるかも。
魔境王、彼は呪術に長けていたのかな?」
「ああ、少し。だから呪術師の類いが大好きだったんだよ。
呪術を極めれば、神になれるとでも思ってんだろうな」
「なるほど、見た感じそこまでガッツリじゃなさそうだから、こっちから行く」
そう言うとエリオルは姫君の両目に手のひらを完全に置く。
次の瞬間、黄金の光が溢れ出す。
「何かしら? とっても暖かくて不思議な感じがする」
ロザリアが思ったまんまを口にする。
見ている周りの人間の方がもっと不思議な気持ちだろう。
その光はひどく優しくて、人の心を揺さぶる何かを秘めていた。
しばらくすると光はだんだんと弱くなり、最後は完全に消えた。
そっと手をどける。
「姫君、ゆっくりと目を開けてみてください。
決して慌てずにゆっくりです。いいですか?」
エリオルの問いかけに素直に頷くと、ゆっくりと目を開いていく。
風景と色彩がゆっくりと視界に反映されていくのが分かる。
「えっ、嘘・・・・・・見える?!」
ロザリアの瞳から濁りは完全に消え、アメジストの美しい瞳が見事に復活していた。
見渡す顔で分かるのはレイモンドだけなのだが、それを見た瞬間、見えているという実感が湧いたのだろう。
大粒の涙を流して喜んだ。
「凄い! 見えているわ。レイモンドあなたがハッキリ見える」
「ロザリア様、よろしゅうございましたね。
エリオル様、本当にありがとうございます」
「レイモンド、悪いが姫君を連れて撤収してくれ」
そう、エリオルにとってはこれからが本番!
そして多いギャラリーは後々面倒なことになる。
レイモンドは事前のハワードとの会話からそのことは理解できていたので、すぐに対処してくれた。
「分かりました。王様をよろしくお願いいたします」
「了解した」
そしてエリオルは何の反応も示さない王の元へ行く。
その胸に手のひらを押し当て、一応、感覚を探る。
「これだと何かよく分からないな。でもここに何かいて、かなり主張しているのは分かる」
エリオルはフーと一息つくと、ゆっくりと仮面を外す。
中からは、ビックリするほど綺麗な顔が現れる。
「ありゃー、マジ絶世の美女に成長してるな」
ヘルンが嬉しそうに言う。
「そりゃ、どうも。今はそこ、食いつくところじゃないから」
ヘルンに苦情を言ってから、エリオルは朗々と言葉を発する。
「我が内に眠りし聖霊獣よ。聖霊王女エメラ・ペイルが命ず。
その姿・形を我の前に示せ! いでよ、聖霊獣オルフェ」
瞬間、エリオルの胸の辺りから、黄金に輝くユニコーンが飛び出て来る。その背には大きな翼。かなり強そうな聖霊獣だ。
それに比例するかの様にエリオルの髪は黄金色へと変化していく。
「我ガ君、オ呼ビデショウカ?」
オルフェは側でかしずいている。漆黒の髪から完全に黄金の髪へと変化を遂げたエリオル。これが本来の姿な訳だが、あまりに美し過ぎて、作り物ではないかと疑ってしまいそうになる。
「この王の体内にいる魔境獣を王から引き剥がす。
方法は何でもいい。魔境獣を殺してもいいが、王の命を何とか死守して欲しい。できるか?」
「御意。ナルベク早クオワラセマス」
オルフェはすぐに王の身体の中にダイブする。
すぐに王の身体が黄金に輝き始める。
漆黒と黄金が中で絡みながら戦っているのが分かる。
「大丈夫か? まさか七国のこの環境で封印を破るとはな。
正直、お前を甘く見ていたよ。悪かった」
魔境王は心配しながらも、完全に脱帽しているのが分かる。
「これはオレの力というより、ハワードの力だよ。
封印の解き方を研究してくれたし、この環境で解放しても大丈夫な様に試行錯誤してくれたんだから」
「よせよ。俺は自分の仕事をしただけで、別に褒められることはしてねーよ。方法論を教えても実際にやってくれなきゃ意味ねーだろ?
それを素直にしたお前の力だよ」
ハワードはそう言ってニッコリ微笑む。
その時、輝きが一気に大きくなると、断末魔の声が聞こえる。
すぐに光は消えて、オルフェが王の身体から飛び出て来る。
どうやら無事に魔境獣を仕留めた様子だ。
「完了シマシタ」
「ご苦労様、オルフェ。いつも閉じ込めてばかりでごめん。
ありがとう」
エメラはそう言うと、優しく頭を撫でた。
「我ガ君。オ気ニナサラズ。貴女トトモニ居ラレル空間ハ、何処デアロウト幸セデス」
「オルフェは本当にいい子だな」
そう言ってから、王の様子を伺う。まだ、意識は戻っていない。
「少し力を送り込むか?」
エメラはそう言うと、さっきと同じ様に手のひらを王の身体にくっつけると力を放つ。
放たれた黄金の光はひどく優しく、王様の身体に浸透していく。
さすがにちょっと、顔色が怪しくなってくる。
「エメラ、そろそろヤバいかもな」
ハワードはエメラのすぐ後ろでスタンバイ。
「あれ・・・・・・ここはどこだ?」
少し小さい声だが、ちゃんと王様が声を発していた。
「お目覚めですか、ジルドラ王。身体の調子はいかがですか?」
エメラの問いかけに、ジルドラ王はビックリした顔をして、固まる。普通に考えて、聖霊国の住人であろう容姿の人が目の前にいたら、それは驚くだろう。
しかも絶世の美女となれば、頭がついていかないのも、分からなくはない。
「あの・・・・・・何があったのでしょうか?」
「すみません。オレには時間がないので、先に体調は大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」
そう言うとゆっくりと身体を起こす。
どうやら問題はなさそうだ。
「オルフェ、我が元に」
「御意」
次の瞬間、側にいたオルフェはエメラの身体の中へとダイブ。
同時進行でエメラの髪も黄金から元の漆黒へと変化する。
外していた仮面を付けると完全にエメラからエリオルに戻った。
「ハワード、疲れた」
本心を呟いて、身体が崩れる。
想定済みのハワードがすかさず、抱き抱える。
「よくがんばった。とりあえず休ませてやらんとな」
ハワードはそのまま立ち去ろうとする。
「私も一緒に行きます。姉上が心配ですから」
聖霊王子はそう言うと、ハワードの後に続く。
一連の流れる様な動作をポカンと見つめるジルドラ王。
「あの、何事でしょうか?」
あまりに衝撃的な光景を見たので、記憶が混乱しているのか、自分のことを全く理解していない王が魔境王に問いかける。
「今まで自分が何をしていたか、覚えていないか?」
静かな魔境王の問いかけ。
ジルドラ王は考える仕草をしてから、ハッと何かに思い当たる。
そこから顔色が急に蒼白になり、ガタガタと震え出す。
「ロザリアは? サーフェス、マリアノは?」
パニックは見て取れた。
「私は自分で自分の国を壊してしまったのか?」
どうやら完全に魔境獣に支配されていて、その間の記憶は存在しない様に思われる。
「この度はうちのバカが大変迷惑をかけた。申し訳ない」
「いいえ、とんでもありません。魔境獣は私の身体から消えたのでしょうか?」
「ああ、さっきの美女が自分の聖霊獣を使って魔境獣を消滅してくれた。もう、操られることはない。
サーフェス王子とマリアノ王妃は元々無事だし、ロザリア姫もキルシュと聖霊獣によって助け出されて、光を失った目については、さっきの美女が治してくれた」
「本当ですか!」
「ああ、本当だ。安心するがいい」
魔境王の言葉にジルドラ王は人目をはばからず、号泣する。
変わっていく自分に抗うこともできず、何とか策を考えてもらおうと、思い付くことはしたつもりだが、そこから先が全然、記憶自体が存在しない。
「レイモンドをはじめ、お前の家族は凄いぞ。
ちゃんと的確な対応をしていたからな」
魔境王はジルドラ王の背中をさすりながら、静かな口調で語る。
「魔境王、ありがとうございます」
「いいや、礼ならむしろ、タムール国の次期王・ライアス王に言えばいい。さっきの美女をはじめ、相当いろいろと画策してもらった」
それは魔境王の本音だ。結果的にタムール国の派遣組が大いに活躍してくれたことは公然の事実だ。
「そうなんですね」
ジルドラ王がそう呟いた時、サーフェス王子とマリノア王妃が駆け込んで来る。
「ジルドラ!」
「父上!」
「ああ、ふたりとも、ありがとう。よく耐えてくれた。
本当にありがとう」
感動の再会と言うのは、いつ見ても感動する。
意外にも魔境王が少しだけもらい泣きをしていた。
「では、この空間はもう、撤収して大丈夫でしょうか?」
ハワードと一緒について行きたいのを我慢して、最後まで大人しく控えていたヘルンが魔境王に問いかける。
「ああ、そうだな。お前がいてくれて非常に助かった。
礼を言う」
「いいえ、とんでもないです。こちらこそ、お会いできて光栄です」
お互いに会釈をしてから、ジルドラ王を見る。
ふたりに両脇を支えられ、ジルドラ王はぐらつきながらも立ち上がり、少しずつ歩み始める。
ようやく事態は収束を迎えようとしていた。
第5章 完結
すでにエリオルたちは牢屋に逆戻りで、スタンバイは完璧だった。
「毎回、いうのが急なんだよな」
「対応する俺らの身にもなって欲しいよな」
「こんなんで、うちは大丈夫かね?」
牢屋に来た騎士たちがぼやいている。
まあ、それでも仕事なんで、仕方ないというところだろう。
「よし、みんな、出ろ!」
言われるままにゾロゾロと出る。
魔境王に聖霊王子、ハワードにヘルン。エリオルに野盗さんたちご一行。かなりな面子がいることを騎士たちは知らない。
言われるままに、大人しく付いていく。細くて暗い地下道の様なところを抜けると、開けた場所に出る。
片側に客席があり、後は本当にただ広い空間。
いわゆる競技場の大きいバージョンの様だった。
これだけの広さがあれば、かなりな人間が収容できる。
「旅人のみなさん、ようこそ我が国へ」
客席から声をかけて来た人物がカストマであろうことはすぐにわかった。魔境国の人間の特徴そのままなので分かりやすい。
「これから王様と大切なお客様がここで見聞されます。
あなた方には騎士や剣士の相手をしてもらいます。
まあ、死ぬことはないと思いますが、少しくらいのケガはあるかもしれないです。ご容赦ください。
用が済めばちゃんと旅の続きができますので、がんばってくださいね」
悪びた様子は微塵も見せないで、ニコニコとした表情を浮かべたままで言うカストマ。
「相変わらず、食えんやつだ」
小声でボソッと魔境王がぼやく。
「早くここから出してくれ!」
「そうだ、そうだ。俺たちは何も悪いことはしていないぞ!」
「こんなこと不当だろう!」
それっぽくヤジを飛ばしてくれる野盗さんたち。
なかなか、演出が上手い。
「黙れ! お前たちに逃げ場はない。
大人しく言うことを聞くんだな」
騎士のひとりがそう言って、他の者たちが取り上げた武器の山を持って来る。まあ、あくまでも旅人なんで必ずしも武器があるとは限らないが、護身用として小さなものでも携帯するパターンはよくある。
「自分の武器を持て!」
丸腰を殺すのはただの殺人なので、いわゆる面目を保つには武器を返す必要がある。
そんなことをすれば、こちらの思うつぼではあるのだが、そこは知らないので仕方ない。
ゾロゾロと武器の周りを取り囲み、自分のものを探す。
似た様なものが多いので、分かりにくい。
エリオルの剣だけは特殊なのですぐに探し出せるが、他はみんな探すのに苦戦していた。
それでも何とか探し出す。
一応に身に付けても騎士や剣士たちは強いとは思っていないだろう。
この時、ヘルンはコソコソと地面に文様を書いて行く。
まあまあの人数なので、上手い具合に隠してくれて、魔法文字が書き上がる。
「王様とお客様がお見えになる。ちゃんと拍手しろ!」
騎士が命令するが、普通こんなんで言うこと聞くか?
と疑問が湧くが、あえて無視することにする。
赤い髪をなびかせて、頭に王冠を付けたいかにも王様っぽい人が現れ、その様子に納得する。
確かに死んでる身体を操っている感じも否定できない様子ではある。腰に差している剣も確かに邪悪なものを感じるが、エリオルには身体の中の魔境獣の姿が見えていた。
上手に同化している。引き剥がすにしても大変そうだ。
その後ろからキールとネビィスが顔を出す。
三人は中央の席に移動すると、座った。
とりあえず言われたので拍手する。
茶番にしか見えなさそうだが、もう少し大人しくしている必要はある。
「全体、進め!」
かけ声とともに騎士と剣士が入場してくる。
思ったより人数が少ない。
もっといることを想像していたエリオルは拍子抜けした。
「ハワード、こんなに人いらなかったな」
ボソッと隣のハワードに声をかける。
ハワードは苦笑で返す。
「全体、止まれ!」
自身満々な顔たちを見ると笑いそうになる。
これから大変なことになことなど知りもしない面々は意気揚々とそこにいた。
「カストマ、これはどういう志向ですか?」
早速、キールが問いかける。
「剣士や騎士をいざという時にきちんと作動させたいなら、実践あるのみです。あの者たちはみな、何かしら悪いことをした者たちで、懲らしめの意味も込めて、罰として剣士や騎士の相手をさせています」
いけしゃあしゃあと、カストマは嘘情報をまことしやかに述べた。
「えっ、でも、殺したりしないですよね?
いくら悪人でも殺すのはダメですよ」
「勿論です。キールはお優しいですね。大丈夫、少し実践の相手をしてもらうだけですから」
カストマの言葉に安心した表情のキール。
全てを知った上での芝居もなかなか疲れる。
「良かったです。でも方法としてはいいかもしれないですね。
ネビィス、うちもどうですか?」
「この発想はなかったので、やってみる価値はありそうですね」
ネビィスも同意して、カストマは嬉しそうな表情になる。
「ゆっくり、見学してくださいね」
「はい、ありがとうございます。でも、カストマは私の隣にいてくださいね。何かお伺いする時、近くな方がいいでしょ?」
整合性のありそうな理由がこれしか思い付かなかったのだが、カストマ自身は嬉しそうな顔で頷いているのでいいとした。
予定通りキールとネビィスでカストマを挟み込む形になった。
当然、離れてはいても、誰がどこにいるかは分かるので、エリオルは隠れてニッコリする。
「それでは、これから実践練習を始めます」
騎士も剣士も一斉に剣を引き抜いて身構える。
一応にこちら側もみんな剣を引き抜くのだが、一定人数だけは壁の役割をしてもらい、キルシュの存在を隠してもらう。
「ハワードどうする? 体力温存にふたりだけでいいか?」
「だな。それでいいと思うぜ。何ならお前ひとりでもいいけど」
「そうだな。OK!」
ふたりの会話に騎士や剣士たちは訝しむ。
「何だこいつら? 何寝ぼけてる?」
呟いた瞬間、エリオルは残像になると、次々に倒して行く。
騎士は甲冑の隙間を、剣士は剣を持っている手を狙って、少しだけケガを負わせる。
ものの数分で全ての騎士や剣士がやられていた。
しかもたったひとりに。
「な、何だ? カストマ、どうなっとる?」
初めて見た光景なのか、ジルドラ王は完全にパニックで思わす立ち上がって、二、三歩前に出た。
その瞬間をキルシュは見逃さなかった。隠してくれている野盗さんの隙間をぬって、月刃刀を投げつける。
「いけ! 月刃刀。王の剣を打ち砕け!!」
すぐに、放たれた月刃刀の存在に気付いたカストマが、阻止しようと動き出す。その瞬間、キールがすかさず手を取り引っ張る。
「カストマ危ない!」
とっさに庇う振りをして身体を引き寄せ、自分の身体で覆い隠す。
動きを封じるには最適だった。
すぐにバリンとど派手な音がして、王の剣が粉々に砕かれる。
キルシュの剣はブーメランの様に回転すると、キルシュの手の中に戻る。
「カストマ、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
キールがパニクった様子で語りかける。
「はい、大丈夫です。キールは大丈夫ですか?」
一応にカストマはキールの心配をした。
「はい、でも怖かったです。あっ、王様の剣が」
キールの言葉にカストマは王を見つめ、愕然とする。
見事に剣は粉々に打ち砕かれ、王は放心状態になっていた。
「王様、大丈夫でしょうか?」
キールのその問いかけよりも、いつもと同じ状況にならないことに不安を覚えるカストマ。
その時、フードを被った人物が三人、真っ直ぐにやってくる。
「随分と好き勝手やってる様だな」
かなりドスを効かせたその声をカストマは知っている。
「そんなバカな・・・・・・」
「カストマ、どうなさいました?」
何も知らない振りのキールが問いかける。
その返事をする場合ではないらしく、カストマは瞬間的に追い詰められることを悟り、態度が豹変する。
「畜生! お前ら道連れだ!!」
叫びながら、小さな筒の様なものを、野盗さんの集団に向けて投げつける。
「エリオス! 強力魔法陣!」
瞬間、ヘルンの魔法陣が発動。爆発はするものの、人的被害は起こらない。このタイミングでレイモンドは後ろに広げていた風景を撤収。実際の捕まっていた人間がかなり少ないことに驚くカストマ。
「バカだな。この俺が対策もなしに乗り込んで来るとでも思ったか」
魔境王の言葉にひとことも言い返せないカストマ。
「お前はこれから魔境国へ強制送還だ。
二度とこんなバカなことを考えない様にしっかりと鍛え直してやるから覚悟しとけ!」
そこで今度はキールの身体を引き寄せると、短剣を首筋に押し当てる。
「来るな! こいつの命はないぞ!」
その様子に魔境王は笑いだす。
「ハッハッハ、こりゃ最高だ。やれるもんならやってみるがいい」
「どう言う意味だ?」
丸っきり事態を把握できていないカストマが訝しむ。
「こういうことです。呪禁師キール・スティンが命じる。
かの者を戒めよ!」
元々呪禁師は対象が近ければ、近いほどその拘束効力を発揮する。
瞬間、カストマは身動きすることができなくなり、身体が完全に固まった。動こうとするのだが、びくともしない。
「無駄ですよ。体力消耗するだけですから、大人しくしてくださいね。呪禁師は魔術師の中でも拘束力に優れているんですよ」
カストマから悠々と離れるとニッコリと笑うキール。
「魔境王、お渡ししますね」
「すまんな。世話になった。ガーリャ、こいつを頼む」
「御意」
ガーリャはそのままカストマに近づくと、頭の角から光を出す。
それは光の檻となってカストマを閉じ込める。
「端から魔境王とつるんでいたのか」
忌々しい口調で言うカストマ。
「いいえ、私たちはあくまで、ライアス王の命を受けて動いています。たまたま魔境王と途中合流にはなりましたが、まあ目的は同じだったので、合流する運びになっただけです」
「ガーリャ、目障りだからそいつを魔境国に連行してくれ」
「御意」
そのまま、ガーリャは檻を引きずりながら去って行く。
同時進行でエリオルと聖霊王子はジルドラ王の側に行く。
「大丈夫ですか?」
聖霊王子の語りかけにも反応なし。
「身体の中に魔境獣がいると思うのですが、それを引き離すことは可能ですか?」
エリオルの問いかけに少し考える仕草の聖霊王子。
「ラルフェ、この王の身体の中にいる魔境獣を引きはがせるか?」
まだ身体の中にいる聖霊獣に話かける。
「デキナイ事ハナイデスガ、王ヲ助ケル事ガデキルカハ謎デス」
その聖霊獣の言葉を聞きながら、エリオルは王の身体を確認する。
一応、呼吸はしているので死んではいない。
ただし、ハワードが可能性として言っていた、仮死状態に近いことは事実の様なので、王を助ける方法を模索したい。
「どんな様子だ?」
ハワードとヘルンがやって来る。
「私では王を助けることができない可能性があります。
そもそも、私は女性ではないので」
「どう言う意味だ?」
聖霊王子の言葉の意味が分からず問いかけるエリオル。
「ああそれ、お前には話してなかったんだが、聖霊国の直系の王族で女性だけが、完璧な癒やしの力を持っているんだそうだ。
だが、もう何十年も女の子どもは産まれていないらしい」
ハワードの言葉に意味を理解する。
エリオルの場合、一応半分は聖霊王の直結の王女という位置になる。どう考えても半分だけなら完璧ではないはずだが、それでも一応に癒やしの力はあって、かなりなリスクを伴うが、辛うじて扱えるまでにはなっている。
「そう言うことか。だからあんなに必死になって隠そうとしたんだな」
過去の自分に想いをはせる。かなり無茶苦茶だったが、とにかくどんな状況になっても生きていて欲しいとの想いがあったであろうことは理解できた。
「つまりこの流れだと、そう言うことだよな?」
一応、ハワードに問いかける。
「まあ、そうだろうな。ただし、お前次第だがな」
いつぞやの仕返しか?
と突っ込みたくなるのを押さえて、エリオルはため息をつく。
「オレだって、嫌って言う訳ないだろう。てかそこ、言っちゃあダメだろう」
選択肢がない以上、リスクを犯すしかない。
「姉上、無理はなさらないでくださいね」
聖霊王子の言葉にビックリするエリオル。
「知ってたのか。あの人よくそんなこと言ったな」
自分の汚点となる様なことを、よもや喋るとは思ってもみなかったのである。
「父上は貴女をこよなく愛していますよ。たぶん息子の私よりもね」
思い描く愛情とはかなりかけ離れているので、そこは定かではない。
少なくともエリオルにとっての父は凄く綺麗で冷たい。
愛情の欠片もない人だから。
「よし、やるか。ハワード、倒れたら後は頼む。
それからギャラリーの視界の遮断を頼む」
「了解! 事前にレイモンドにこの場所の作りを聞いて、作ってもらっていたんだ。確実に光を遮断する画像を」
ハワードはそれをすぐに広げると、エリオルたちが見えない様に遮断する。
「あっ、ヘルン。頼みがある。ロザリオ姫を連れて来てくれ。
オレが倒れる前なら、潰された目を治せるかもしれない」
「了解、速攻対応する」
ヘルンは駆け出して行く。
そう、ワンチャンスにふたり。
リスクはかなり高い。
そのタイミングで魔境王が合流する。
「こっち完了したぞ。野盗のみんなには剣士や騎士の介抱とここ自体の解放を手伝ってもらっている。
レイモンドに権限は委ねた。キールとネビィスもそっちに合流してもらっている」
さすが魔境王、適材適所の人選が素晴らしい。
てか、全てエリオルと一緒にシュミレーションした結果ではあるのだが。
「ありがとう。もしもオレが倒れたら、後のことは頼む」
「すいません。私では無理そうです」
その言葉で何をするかは理解できたが、さすがに想定外だったのでそこは素直にビックリする。
「おい、嘘だろ? 封印されているよな?」
「ああ、どうみても封印されてるだろう?
オレ黄金に輝いてないし」
「でも姉上はとても綺麗な方だと思いますよ。私は単純にこんな方が姉上で嬉しいです。頭も相当に切れるし、剣の腕もすごいんですよね?」
無邪気な弟の態度にどう接すればいいか分からないエリオル。
「ああ、まさに最強だな。どれを取っても非の打ち所がない」
魔境王までが褒めちぎる。
「どうでもいいが、それはちゃんと全てが終わってからにしてくれるか? 悪いが失敗する可能性もゼロではない。
まあ、あの時とは違って、聖霊獣を解放するから率は高くなるはずだが、この七国の環境だと解放時間が短いもので」
あの時とは、魔境王との初対面の時を指す。
ガーリオの目の壊死を取り除いた時は、聖霊獣は解放していない。
エリオルの身体でもある程度の癒やしは可能にできている為である。
「分かった。最悪、あの時の様に俺が力を送りこんでやろう。
回復が早くなっただろう?」
そう、そんなこともあった!
「その節はいろいろとお世話になりました。じゃあ、今回もよろしく!」
一応に礼を言ってから、頼み込む。
「連れてきたぞ!」
このタイミングでヘルンとレイモンドが姫君を連れて来る。
「ありがとう。初めまして、エリオル・リアスです。
少し触ってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
姫君は明らかに戸惑っている様子だったが、素直にOKしてくれた。
両目に手をかざし、状況確認。
「ハワードこれなら、今の状態でも何とか行けるかも。
魔境王、彼は呪術に長けていたのかな?」
「ああ、少し。だから呪術師の類いが大好きだったんだよ。
呪術を極めれば、神になれるとでも思ってんだろうな」
「なるほど、見た感じそこまでガッツリじゃなさそうだから、こっちから行く」
そう言うとエリオルは姫君の両目に手のひらを完全に置く。
次の瞬間、黄金の光が溢れ出す。
「何かしら? とっても暖かくて不思議な感じがする」
ロザリアが思ったまんまを口にする。
見ている周りの人間の方がもっと不思議な気持ちだろう。
その光はひどく優しくて、人の心を揺さぶる何かを秘めていた。
しばらくすると光はだんだんと弱くなり、最後は完全に消えた。
そっと手をどける。
「姫君、ゆっくりと目を開けてみてください。
決して慌てずにゆっくりです。いいですか?」
エリオルの問いかけに素直に頷くと、ゆっくりと目を開いていく。
風景と色彩がゆっくりと視界に反映されていくのが分かる。
「えっ、嘘・・・・・・見える?!」
ロザリアの瞳から濁りは完全に消え、アメジストの美しい瞳が見事に復活していた。
見渡す顔で分かるのはレイモンドだけなのだが、それを見た瞬間、見えているという実感が湧いたのだろう。
大粒の涙を流して喜んだ。
「凄い! 見えているわ。レイモンドあなたがハッキリ見える」
「ロザリア様、よろしゅうございましたね。
エリオル様、本当にありがとうございます」
「レイモンド、悪いが姫君を連れて撤収してくれ」
そう、エリオルにとってはこれからが本番!
そして多いギャラリーは後々面倒なことになる。
レイモンドは事前のハワードとの会話からそのことは理解できていたので、すぐに対処してくれた。
「分かりました。王様をよろしくお願いいたします」
「了解した」
そしてエリオルは何の反応も示さない王の元へ行く。
その胸に手のひらを押し当て、一応、感覚を探る。
「これだと何かよく分からないな。でもここに何かいて、かなり主張しているのは分かる」
エリオルはフーと一息つくと、ゆっくりと仮面を外す。
中からは、ビックリするほど綺麗な顔が現れる。
「ありゃー、マジ絶世の美女に成長してるな」
ヘルンが嬉しそうに言う。
「そりゃ、どうも。今はそこ、食いつくところじゃないから」
ヘルンに苦情を言ってから、エリオルは朗々と言葉を発する。
「我が内に眠りし聖霊獣よ。聖霊王女エメラ・ペイルが命ず。
その姿・形を我の前に示せ! いでよ、聖霊獣オルフェ」
瞬間、エリオルの胸の辺りから、黄金に輝くユニコーンが飛び出て来る。その背には大きな翼。かなり強そうな聖霊獣だ。
それに比例するかの様にエリオルの髪は黄金色へと変化していく。
「我ガ君、オ呼ビデショウカ?」
オルフェは側でかしずいている。漆黒の髪から完全に黄金の髪へと変化を遂げたエリオル。これが本来の姿な訳だが、あまりに美し過ぎて、作り物ではないかと疑ってしまいそうになる。
「この王の体内にいる魔境獣を王から引き剥がす。
方法は何でもいい。魔境獣を殺してもいいが、王の命を何とか死守して欲しい。できるか?」
「御意。ナルベク早クオワラセマス」
オルフェはすぐに王の身体の中にダイブする。
すぐに王の身体が黄金に輝き始める。
漆黒と黄金が中で絡みながら戦っているのが分かる。
「大丈夫か? まさか七国のこの環境で封印を破るとはな。
正直、お前を甘く見ていたよ。悪かった」
魔境王は心配しながらも、完全に脱帽しているのが分かる。
「これはオレの力というより、ハワードの力だよ。
封印の解き方を研究してくれたし、この環境で解放しても大丈夫な様に試行錯誤してくれたんだから」
「よせよ。俺は自分の仕事をしただけで、別に褒められることはしてねーよ。方法論を教えても実際にやってくれなきゃ意味ねーだろ?
それを素直にしたお前の力だよ」
ハワードはそう言ってニッコリ微笑む。
その時、輝きが一気に大きくなると、断末魔の声が聞こえる。
すぐに光は消えて、オルフェが王の身体から飛び出て来る。
どうやら無事に魔境獣を仕留めた様子だ。
「完了シマシタ」
「ご苦労様、オルフェ。いつも閉じ込めてばかりでごめん。
ありがとう」
エメラはそう言うと、優しく頭を撫でた。
「我ガ君。オ気ニナサラズ。貴女トトモニ居ラレル空間ハ、何処デアロウト幸セデス」
「オルフェは本当にいい子だな」
そう言ってから、王の様子を伺う。まだ、意識は戻っていない。
「少し力を送り込むか?」
エメラはそう言うと、さっきと同じ様に手のひらを王の身体にくっつけると力を放つ。
放たれた黄金の光はひどく優しく、王様の身体に浸透していく。
さすがにちょっと、顔色が怪しくなってくる。
「エメラ、そろそろヤバいかもな」
ハワードはエメラのすぐ後ろでスタンバイ。
「あれ・・・・・・ここはどこだ?」
少し小さい声だが、ちゃんと王様が声を発していた。
「お目覚めですか、ジルドラ王。身体の調子はいかがですか?」
エメラの問いかけに、ジルドラ王はビックリした顔をして、固まる。普通に考えて、聖霊国の住人であろう容姿の人が目の前にいたら、それは驚くだろう。
しかも絶世の美女となれば、頭がついていかないのも、分からなくはない。
「あの・・・・・・何があったのでしょうか?」
「すみません。オレには時間がないので、先に体調は大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」
そう言うとゆっくりと身体を起こす。
どうやら問題はなさそうだ。
「オルフェ、我が元に」
「御意」
次の瞬間、側にいたオルフェはエメラの身体の中へとダイブ。
同時進行でエメラの髪も黄金から元の漆黒へと変化する。
外していた仮面を付けると完全にエメラからエリオルに戻った。
「ハワード、疲れた」
本心を呟いて、身体が崩れる。
想定済みのハワードがすかさず、抱き抱える。
「よくがんばった。とりあえず休ませてやらんとな」
ハワードはそのまま立ち去ろうとする。
「私も一緒に行きます。姉上が心配ですから」
聖霊王子はそう言うと、ハワードの後に続く。
一連の流れる様な動作をポカンと見つめるジルドラ王。
「あの、何事でしょうか?」
あまりに衝撃的な光景を見たので、記憶が混乱しているのか、自分のことを全く理解していない王が魔境王に問いかける。
「今まで自分が何をしていたか、覚えていないか?」
静かな魔境王の問いかけ。
ジルドラ王は考える仕草をしてから、ハッと何かに思い当たる。
そこから顔色が急に蒼白になり、ガタガタと震え出す。
「ロザリアは? サーフェス、マリアノは?」
パニックは見て取れた。
「私は自分で自分の国を壊してしまったのか?」
どうやら完全に魔境獣に支配されていて、その間の記憶は存在しない様に思われる。
「この度はうちのバカが大変迷惑をかけた。申し訳ない」
「いいえ、とんでもありません。魔境獣は私の身体から消えたのでしょうか?」
「ああ、さっきの美女が自分の聖霊獣を使って魔境獣を消滅してくれた。もう、操られることはない。
サーフェス王子とマリアノ王妃は元々無事だし、ロザリア姫もキルシュと聖霊獣によって助け出されて、光を失った目については、さっきの美女が治してくれた」
「本当ですか!」
「ああ、本当だ。安心するがいい」
魔境王の言葉にジルドラ王は人目をはばからず、号泣する。
変わっていく自分に抗うこともできず、何とか策を考えてもらおうと、思い付くことはしたつもりだが、そこから先が全然、記憶自体が存在しない。
「レイモンドをはじめ、お前の家族は凄いぞ。
ちゃんと的確な対応をしていたからな」
魔境王はジルドラ王の背中をさすりながら、静かな口調で語る。
「魔境王、ありがとうございます」
「いいや、礼ならむしろ、タムール国の次期王・ライアス王に言えばいい。さっきの美女をはじめ、相当いろいろと画策してもらった」
それは魔境王の本音だ。結果的にタムール国の派遣組が大いに活躍してくれたことは公然の事実だ。
「そうなんですね」
ジルドラ王がそう呟いた時、サーフェス王子とマリノア王妃が駆け込んで来る。
「ジルドラ!」
「父上!」
「ああ、ふたりとも、ありがとう。よく耐えてくれた。
本当にありがとう」
感動の再会と言うのは、いつ見ても感動する。
意外にも魔境王が少しだけもらい泣きをしていた。
「では、この空間はもう、撤収して大丈夫でしょうか?」
ハワードと一緒について行きたいのを我慢して、最後まで大人しく控えていたヘルンが魔境王に問いかける。
「ああ、そうだな。お前がいてくれて非常に助かった。
礼を言う」
「いいえ、とんでもないです。こちらこそ、お会いできて光栄です」
お互いに会釈をしてから、ジルドラ王を見る。
ふたりに両脇を支えられ、ジルドラ王はぐらつきながらも立ち上がり、少しずつ歩み始める。
ようやく事態は収束を迎えようとしていた。
第5章 完結
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