満月~満月の贈りもの/檻の中の月

桜野 みおり

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檻の中の月

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「こら、暴れるな!」

2人の警察官に両脇を抱えられ、無理矢理引きずられ、俺は檻の中へと押し込まれる。

「そこで頭を冷やせ!」

これで何度目だろうか?
酔ったあげくに暴れて警察のお世話になるのは・・・

「犬や猫じゃねーぞ」

叫んでみても始まらない。檻の中は三方は壁でかなり狭い。当然、寒さもかなりある。
部屋の隅で両膝を抱えて体育座り。
唯一小さな窓があるが、そこからは、丸い月がめーいっぱいの大きさで覗いていた。

「なんだよーお前だって檻の中にいるんじゃないかよー」

俺の目から見れば、月が小さな檻にギュウギュウに入っている様にしか見えない。
でもその光は何だかとてもむかついた。
まるで小馬鹿にしている様に、その時の俺には見えてしまったのだ。
どんなに怒っても、月は何も言わない。当然の事だが。

何が狂ってしまったのか・・・親父のリストラ。
そして親父は毎日、酒で憂さを晴らす様になった。丁度、今の俺みたいに。

母は家計を支える為、パートに出た。そのうち、親父は暴れて妹に手を出す様になった。
すったもんだのあげく、親父とおふくろは離婚。
妹と俺の親権はおふくろが持ち、俺たちは小さなぼろアパートに引っ越し。
俺は大学に行く事も出来なくなり、中退。

全ての歯車が狂って行く・・・
俺は親父と同じように、酒で憂さを晴らす様になった。

現実はいつも残酷だ。職探しするも、いつも長続きせず、何もかもが嫌になった。
親父のせい、おふくろのせい、あげくの果てには、まだ中学生の妹のせい。

ずっと、ずっと人のせいにした。
今までそこそこ幸せだった分、逆の時の絶望も大きい。
警察で世話になっている俺を迎えに来て、おふくろはいつも、警察官に頭を下げて謝った。小さな肩を丸めて、痛々しいまでのその姿が、俺は逆に腹立たしい。

あんたのせいでこうなったと大声で叫びたくなる。
こんなんじゃ駄目だと解っている。でも、何をやっても上手くいかない。
その苛立ちが俺を追い詰めて行く。
どうすればいい?誰も答えを教えてくれない。

ひんやりとしたコンクリートに包まれて、朝を迎えた。
さすがに酔いは完全に冷めていた。罪悪感が頭をもたげる。
また、おふくろに心配をかける・・・

「おーい、酔いは冷めたか?・・・うん、お前何度目だ?いい加減にしろ。少しは酒の飲み方を考えろ」

小言を言われ、檻から出してもらった。

「すみません」

とにかく、謝ってうなだれる。

「迎えが来とるぞ」

そう言われてついて行くと、そこにはいつものおふくろの姿はなく、セーラー服姿の妹の
姿があった。
一瞬固まる。

「何で?おふくろは?」

俺を見つけた途端、妹はズカズカと歩み寄りパチンと1発、俺の頬を思いっきりひっぱた
いた。

「何すんだよ!」

思わず頬を押さえて抗議する俺に、妹は言った。

「母さん、倒れたのよ。今、病院」

「えっ、嘘だろ・・・で、どうなんだよ」

俺の問いには一切答えず、妹は俺の手を引くと、周りにいた警察官に頭を下げる。
そしてそのまま、警察署を後にする。

「どこに行くんだよ」

家とは逆の方向に、問いかける俺。

「病院に決まってるでしょう。母さんとっても心配して、兄さんに会いたがっているのよ」

「おふくろ・・・」

それから妹と二人無言だった。何かしゃべったら、泣ける気がした。
泣きたくないから、無言を貫いた。

警察署からさほど遠くない病院で、おふくろはたくさんのチューブを付けて横たわってい
た。脳梗塞だった。もう少し遅かったら死んでいたらしい。

「おふくろ、大丈夫か?」

問いかける俺に、おふくろはほんの少しだけ、右手を動かす仕草をした。
そして目から涙が溢れる。
幾筋も幾筋も流れて行く涙を見た時、今までの自分がいかに愚かな事をしてきたのかを心の奥で悟った。

「おふくろ、ごめん、ごめんよ。俺、俺」

言葉にならなくて、そのまま取りすがって、泣きじゃくる。
もう大人なのにみっともない。心の中ではそう思うのに、どうにも止められなかった。

誰かのせいにして、でも,一番悪いのは俺、俺自身だ。
本当はもうずっと前から解っていた。親父は確かに悪い。
でも、それと同じ事をしている俺はもっと悪い。
しかも警察の世話にまでなって。

その日、俺はずっとおふくろの側にいた。おふくろを病気にしてしまったのは、きっと俺
だ。だから今度は、俺がおふくろと妹を守らなきゃ。
ようやくそう決心した時、日はすでに傾き、夜になっていた。

そして俺の目にそれが飛び込んで来る。
すぐ側の大きな窓に丸い月。

綺麗だな・・・
檻の中の月を見た時はひどくむかついたのに、今こうして見ている月はとても綺麗で、心が洗われて行く気さえしてくる。

不思議だ。何でだろう?

その日の月はいつまでも優しく、穏やかに、俺とおふくろをその光で包み込んでくれていた。

それから俺は人生をやり直した。とにかく出来る仕事を探して、一生懸命に働いた。
そのうちに社長に見込まれ、役職も与えられる様になった。
学歴はない俺だけど、とにかく懸命に仕事に打ち込んだ。

辛い時は窓の外、輝く月を見上げた。不思議とあの日以降、月はいつも優しく見守ってい
てくれる様に思えた。

月はもしかして、鏡なのだろうか。
自分の心の中を写し出す鏡。

悪い心で悪い行いをした時には、月は小馬鹿にする。あの檻の中の月の様に。
そしてちゃんとまともに生きている時は月は応援してくれる。今の様に。

なら、このままずっと、月に優しく見守って貰える様な人間でありたい。
これから先も、おふくろと妹を守れる様に。
そしていつか家族を持って、その家族をちゃんと守っていける様に。

今日は満月――
月は満面の笑みで俺を見つめている。
だから俺も満面の笑みを浮かべた。
どんな時でも笑顔を忘れない様に・・・
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