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どの世界もめんどくせ!
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アリアナとして目覚めてから三ヶ月。医者から、もう何も問題は無いと太鼓判をもらった。こけていた頬もすっかり元通りになり、誰が見てもアリアナは健康的な身体になっていた。痩せていた時には気がつかなったが、見た目も美しい少女だった。鏡を見ると『神に愛された印』を否が応でも目の当たりしてしまう。その事に少し憂鬱な気持ちを抱きながらアリアナは毎日を過ごしていた。
「アーリーアーナーさーまー!」
「はーい!」
日課となった朝の散歩の最中に、ニーナに呼ばれる。ニーナに見つかる前にと、朝露を含んだ布靴を脱ぎ捨て、裸足で地面を踏みしめる。艶のある髪を風に乗せ、朝日と湿り気を帯びた空気を全身で感じる。アリアナにとってこの瞬間がかけがえのない時間だった。
生きている。と、実感出来た。
この習慣を始めた時に、屋敷の人々にひどく心配された。しかし、アリアナの身体が回復すると同時に、心配の目は無くなっていった。
朝日を浴び、白い肌が化粧を施したように美しく色づく。昇る朝日と、草を映し出した瞳は、大地の恵みの色を纏う。艶の出てきた髪と風がダンスし、ひゅうひゅうと喜びの音楽を奏でた。
アリアナが一歩進むと、ワンピースの裾と風除けのショールが風を受け舞いあげる。すると細くか細い首筋が顕になり、少女の中の大人が顔を見せる。
誰もが目を見張る美しい少女だった。
「アリアナ様! バジリオ様がお呼びです!」
「……え?」
父であるバジリオからの呼び出しだと叫ぶニーナにアリアナは驚く。こうしてかしこまった呼び出しは初めてだったからだ。
齢、十八。アリアナ・グラティッド。この日を境に運命が大きく動き出した。
□□
「えっと、それで……アリアナが元気になったことが多方面にしられてな。あちこちから声がかかっているんだ」
「あのね! 私達もホントはこんなことしたくないんだけれど。元気になったのであれば……あの、そのぉ」
しどろもどろになる父バジリオと母ジュディ。アリアナは両親より聞いた話を頭の中で纏めていた。
「つまり……婚活しろってことですか?」
「「コンカツ?」」
同時に首を同じ方向に傾けた両親は、長年連れそってきたせいか、表情までよく似ていた。婚活は一般的な言葉ではなかった。アリアナはすぐさま自身の言葉を「なんでもありません」と、取り消した。
「あの、ここは王族が手を出せない不可侵の森があって。私達はそれを護っていく必要があるの。私達には……アリアナしか子がいないから……」
母ジュディが言いにくそうにもごもごと口篭りながらそう告げた。
なるほど。と、アリアナは頷く。つまり、自分は跡取りを残す義務がある。そういう事だと理解した。
「嫌です」
「だよね! だよね! 僕達もそれでいいと思うの! だってアリアナは元気になったばかりだし! まだまだ僕達のところにいたらいいよ」
「けれどもそういう訳にもいきませんもんね」
「……え?」
アリアナの否定に、二人が喜びに顔を染めた。しかしすぐ様、二人同時に顔に絶望の色が浮かぶ。結局どちらなのだと言いたくなったが、ぐっとこらえる。
二人の娘になったのであれば、それなりの責任が生まれる。この短期間で学んだ付け焼き刃の知識だが、貴族であれば後継を残していくことも必要だと感じていた。
この世界に来て、きちんと笑えるようになった。食べられるようになった。眠れるようになった。アリアナにとってそれだけで十分だった。十分に自由を謳歌した。ここからは生きるための『義務』を果たす必要があった。
(いきなり婚活とはハードルが高いけど。頑張ってみないと。ある意味働く方が楽かもしれないわね……)
思わず出そうになったため息をぐっと飲み込む。そんなアリアナの様子に目の前の二人が目に見えて慌て始めた。
「……アリアナ」
「それで。私はどうすればいいんでしょうか?」
慌てる二人を窘めるように冷静に問う。そんなアリアナの様子に明らかにほっとした二人が色々と提案をしてきた。
「えっと、夜会に出る。お見合いをする。それから、王城で働く」
「え?! 働く?!」
「嫌だよね! そうだよね! あの、行儀見習いみたいな。あの、お相手を見つけたり、その……公的なお見合いみたいな……」
机を叩いて立ち上がったアリアナに、両親たちがおののく。アリアナの頭の中は『働く』というワードで占められていた。自由を望んだアリアナだったが、ダンスやマナー講座、女の嗜みである刺繍など……最初は楽しんでいたが、変わらない毎日に少し飽きていた。そしてハードルの高そうな婚活に対して始まる前からうんざりしていた。そんなアリアナにとって、『労働』は朗報だった。
「私、働きに出ます!」
「え?!」
「あ、でもお相手が見つからなかったら」
「それは大丈夫! よくある事だし、半年の期限付きだ。見つからなかったら戻ってくればいい」
アリアナは歓喜に湧いた。アリアナを生まれ変わらせたであろうナディーン神に初めて感謝をした。働きに行く事ができ、かつ、お相手が見つからなくても帰ってこれる。しかも両親の顔を立てることも出来る。ずる賢い考えだったが、アリアナにとって働くことは今更苦ではない。貴族のお嬢様が働く場所だ。前世のようなことになるはずが無い。
アリアナは手を組み空に向かって感謝の祈りを捧げる。
「お父様! 私、働きに出ます!」
「う、うん。が、がんばってね」
□□
「アリアナ様! 次はこちらをお願い!」
「はい。かしこまりました!」
バジリオに提案されて直ぐにアリアナは王城に奉公に出た。トントン拍子で進んでいく話に、アリアナが働きに出ることをバジリオが見透かしていたと思わずにいられなかったほどだ。
「アリアナー。今日も疲れたね」
「エミリー。相変わらず疲れた顔をしてる」
「だあってー」
アリアナは、王族の衣装部屋に配属された。主に衣装の点検、運搬、管理、発注、お針子との連携……などなど。中々の肉体労働だったが、以前の会社に比べれば軽いものばかりだった。朝八時から十八時。途中、昼休憩が二時間、お茶休憩が一時間。ホワイト企業も驚きの高待遇だった。しかもお茶休憩の時には温かいお茶と甘いお菓子。日常の中に溶け込む優しい時間にアリアナはここでも幸せを感じていた。
そして、裏切りばかりの前世と違い、友人が出来た。同じ衣装部屋に配属となった、エミリー・キルデア。国を代表する商人の娘らしく、お金を積んで働きに出てきたと初対面の時に語られた。貴族との繋がりが欲しかったのと、あけすけに語るエミリーにアリアナが面食らったのは言うまでもない。けれども、裏表のないエミリーに、アリアナはすぐに打ち解けた。今では敬称もなく名前を呼び合う仲となっていた。
「今日もご令嬢たちににねちねち言われたのよ」
「こら、エミリー! 聞こえるわよ」
騒がしい食堂とはいえ、誰が聞いているか分からない。友人の腕を肘で小突く。エミリーはぺろりと舌を出した。その態度から、反省しているようには全く見えない。お互いがお互いを少し見つめて、同時に吹き出した。
アリアナは、働きに出て良かったと心底思っていた。友人もできて、誰かの役になっているという充実感。刺繍やダンスでは感じることの出来ない充足感にアリアナは今日も神に感謝した。それに、労働の後は食事がとても美味しい。たとえ、それが半分乾いた硬いパンが主食であっても。
両親には頑張ってお婿さんを探してきます!と出てきたアリアナだったが、心の中では結婚など出来なくても問題ないと思っていた。『湯元麻衣』であったときから生粋の処女であるアリアナには、色恋沙汰はハードルが高かった。もしいい人がいれば……などと、思いもしたが現実は違った。
「しかし、アリアナも大変よねぇ」
「でもここに来て七日経つけれども、もう私に構ってくる男なんていないでしょ?」
子爵令嬢や男爵令嬢など、他にも行儀見習いは沢山居る。アリアナはその中の一人になる予定だった。しかし、周りがそうもいかなかった。
アリアナ・グラティッドの住むグラティッド領は、古来より神の住む森を管理している貴族だ。普通ならば王族由縁の爵位を賜る所だが、王族も不可侵ということで、現在も子爵領の一部となっている。その歴史は長く、語り出すと一日かかっても足りない……が、要約すると「王族に近くなると利権とか絡んで面倒だから、そのままでいいよね」ということだ。アリアナは叩き込まれた知識を思い返す。ここでもご都合主義な世界に、少しだけめまいを覚えたのは内緒だ。
しかし、本人は子爵とはいえ、神の森を持つグラティッド領の一人娘が、城に行儀見習いとして来ている。それはあっという間に城内に広がった。
王族すら一目置く、神の森を領地に持つグラティッド家の娘が婿を探しに来ている。
そう噂されるまでに時間はかからなかった。アリアナが思っている以上にアリアナの身分は魅力的だった。どこぞの次男やら三男やら騎士伯やら時には位が上の男やら。様々な男達がアリアナに粉をかけてきた。しかし、当のアリアナはそれに全く靡かない。恋に奥手なのは勿論だが、あからさまな領地狙いの音や、権力を盾にした横暴な振る舞いなど。アリアナの心が動くような人物が一人もいなかった。
前前世で様々なセクハラにも耐えてきたアリアナは見事なスルースキルを発揮する。すると、男達はすぐに見切りをつけたようだった。
しかし、アリアナのその態度に問題があったのだろう。一つ大きな弊害が出てしまった。
「アリアナ様、それ、運んでおいてくださる?」
明らかにわざと汚されたシーツ類がアリアナの目の前に放り出された。
それは、男達にちやほやされているというくだらない理由から始まった嫌がらせだった。
クスクスと徒党を組む女達の先頭にいるのは、リリアーネ・ガロン伯爵令嬢。アリアナと同じく行儀見習いに来ている。見習いの中で一番身分が高いのを盾に、いつも取り巻きを連れて優雅にお茶などをしていることをアリアナは知っていた。
そんなリリアーネのここ最近の仕事といえば、アリアナいびりだ。
本来ならば、下女等が行う洗濯物や掃除を侍女頭が見ていないところでアリアナに押し付ける天才だった。一度無視したところ、下女達に八つ当たりをしているのを目撃し、それ以来アリアナは逆らうことをやめた。
社畜として働いていた前前世に比べれば、こんな嫌がらせはそよ風が吹く位のものだった。アリアナは泥に汚れたシーツを持ち上げる。かしこまりました。と若干の嫌味も忘れずに。
「……田舎モノには泥がお似合いよ!」
悲観的な反応を示さないアリアナに、リリアーネが怒鳴った。そして、綺麗な金髪を翻し、その場を去っていった。ピンと伸びたリリアーネの背中に、「リリアーネ様のところも結構な田舎ですよ」と、心の中で言い返す。
姿が見えなくなったところで、アリアナは大きなため息をつく。こんなことはいじめのカテゴリーにも入らないが、毎日毎日続くのは正直面倒くさいと思ってしまった。
「どの世界もめんどくさいなぁ!」
シーツの入ったバスケットを抱え、アリアナは真っ青な空に向かって思い切り愚痴を吐いた。
「アーリーアーナーさーまー!」
「はーい!」
日課となった朝の散歩の最中に、ニーナに呼ばれる。ニーナに見つかる前にと、朝露を含んだ布靴を脱ぎ捨て、裸足で地面を踏みしめる。艶のある髪を風に乗せ、朝日と湿り気を帯びた空気を全身で感じる。アリアナにとってこの瞬間がかけがえのない時間だった。
生きている。と、実感出来た。
この習慣を始めた時に、屋敷の人々にひどく心配された。しかし、アリアナの身体が回復すると同時に、心配の目は無くなっていった。
朝日を浴び、白い肌が化粧を施したように美しく色づく。昇る朝日と、草を映し出した瞳は、大地の恵みの色を纏う。艶の出てきた髪と風がダンスし、ひゅうひゅうと喜びの音楽を奏でた。
アリアナが一歩進むと、ワンピースの裾と風除けのショールが風を受け舞いあげる。すると細くか細い首筋が顕になり、少女の中の大人が顔を見せる。
誰もが目を見張る美しい少女だった。
「アリアナ様! バジリオ様がお呼びです!」
「……え?」
父であるバジリオからの呼び出しだと叫ぶニーナにアリアナは驚く。こうしてかしこまった呼び出しは初めてだったからだ。
齢、十八。アリアナ・グラティッド。この日を境に運命が大きく動き出した。
□□
「えっと、それで……アリアナが元気になったことが多方面にしられてな。あちこちから声がかかっているんだ」
「あのね! 私達もホントはこんなことしたくないんだけれど。元気になったのであれば……あの、そのぉ」
しどろもどろになる父バジリオと母ジュディ。アリアナは両親より聞いた話を頭の中で纏めていた。
「つまり……婚活しろってことですか?」
「「コンカツ?」」
同時に首を同じ方向に傾けた両親は、長年連れそってきたせいか、表情までよく似ていた。婚活は一般的な言葉ではなかった。アリアナはすぐさま自身の言葉を「なんでもありません」と、取り消した。
「あの、ここは王族が手を出せない不可侵の森があって。私達はそれを護っていく必要があるの。私達には……アリアナしか子がいないから……」
母ジュディが言いにくそうにもごもごと口篭りながらそう告げた。
なるほど。と、アリアナは頷く。つまり、自分は跡取りを残す義務がある。そういう事だと理解した。
「嫌です」
「だよね! だよね! 僕達もそれでいいと思うの! だってアリアナは元気になったばかりだし! まだまだ僕達のところにいたらいいよ」
「けれどもそういう訳にもいきませんもんね」
「……え?」
アリアナの否定に、二人が喜びに顔を染めた。しかしすぐ様、二人同時に顔に絶望の色が浮かぶ。結局どちらなのだと言いたくなったが、ぐっとこらえる。
二人の娘になったのであれば、それなりの責任が生まれる。この短期間で学んだ付け焼き刃の知識だが、貴族であれば後継を残していくことも必要だと感じていた。
この世界に来て、きちんと笑えるようになった。食べられるようになった。眠れるようになった。アリアナにとってそれだけで十分だった。十分に自由を謳歌した。ここからは生きるための『義務』を果たす必要があった。
(いきなり婚活とはハードルが高いけど。頑張ってみないと。ある意味働く方が楽かもしれないわね……)
思わず出そうになったため息をぐっと飲み込む。そんなアリアナの様子に目の前の二人が目に見えて慌て始めた。
「……アリアナ」
「それで。私はどうすればいいんでしょうか?」
慌てる二人を窘めるように冷静に問う。そんなアリアナの様子に明らかにほっとした二人が色々と提案をしてきた。
「えっと、夜会に出る。お見合いをする。それから、王城で働く」
「え?! 働く?!」
「嫌だよね! そうだよね! あの、行儀見習いみたいな。あの、お相手を見つけたり、その……公的なお見合いみたいな……」
机を叩いて立ち上がったアリアナに、両親たちがおののく。アリアナの頭の中は『働く』というワードで占められていた。自由を望んだアリアナだったが、ダンスやマナー講座、女の嗜みである刺繍など……最初は楽しんでいたが、変わらない毎日に少し飽きていた。そしてハードルの高そうな婚活に対して始まる前からうんざりしていた。そんなアリアナにとって、『労働』は朗報だった。
「私、働きに出ます!」
「え?!」
「あ、でもお相手が見つからなかったら」
「それは大丈夫! よくある事だし、半年の期限付きだ。見つからなかったら戻ってくればいい」
アリアナは歓喜に湧いた。アリアナを生まれ変わらせたであろうナディーン神に初めて感謝をした。働きに行く事ができ、かつ、お相手が見つからなくても帰ってこれる。しかも両親の顔を立てることも出来る。ずる賢い考えだったが、アリアナにとって働くことは今更苦ではない。貴族のお嬢様が働く場所だ。前世のようなことになるはずが無い。
アリアナは手を組み空に向かって感謝の祈りを捧げる。
「お父様! 私、働きに出ます!」
「う、うん。が、がんばってね」
□□
「アリアナ様! 次はこちらをお願い!」
「はい。かしこまりました!」
バジリオに提案されて直ぐにアリアナは王城に奉公に出た。トントン拍子で進んでいく話に、アリアナが働きに出ることをバジリオが見透かしていたと思わずにいられなかったほどだ。
「アリアナー。今日も疲れたね」
「エミリー。相変わらず疲れた顔をしてる」
「だあってー」
アリアナは、王族の衣装部屋に配属された。主に衣装の点検、運搬、管理、発注、お針子との連携……などなど。中々の肉体労働だったが、以前の会社に比べれば軽いものばかりだった。朝八時から十八時。途中、昼休憩が二時間、お茶休憩が一時間。ホワイト企業も驚きの高待遇だった。しかもお茶休憩の時には温かいお茶と甘いお菓子。日常の中に溶け込む優しい時間にアリアナはここでも幸せを感じていた。
そして、裏切りばかりの前世と違い、友人が出来た。同じ衣装部屋に配属となった、エミリー・キルデア。国を代表する商人の娘らしく、お金を積んで働きに出てきたと初対面の時に語られた。貴族との繋がりが欲しかったのと、あけすけに語るエミリーにアリアナが面食らったのは言うまでもない。けれども、裏表のないエミリーに、アリアナはすぐに打ち解けた。今では敬称もなく名前を呼び合う仲となっていた。
「今日もご令嬢たちににねちねち言われたのよ」
「こら、エミリー! 聞こえるわよ」
騒がしい食堂とはいえ、誰が聞いているか分からない。友人の腕を肘で小突く。エミリーはぺろりと舌を出した。その態度から、反省しているようには全く見えない。お互いがお互いを少し見つめて、同時に吹き出した。
アリアナは、働きに出て良かったと心底思っていた。友人もできて、誰かの役になっているという充実感。刺繍やダンスでは感じることの出来ない充足感にアリアナは今日も神に感謝した。それに、労働の後は食事がとても美味しい。たとえ、それが半分乾いた硬いパンが主食であっても。
両親には頑張ってお婿さんを探してきます!と出てきたアリアナだったが、心の中では結婚など出来なくても問題ないと思っていた。『湯元麻衣』であったときから生粋の処女であるアリアナには、色恋沙汰はハードルが高かった。もしいい人がいれば……などと、思いもしたが現実は違った。
「しかし、アリアナも大変よねぇ」
「でもここに来て七日経つけれども、もう私に構ってくる男なんていないでしょ?」
子爵令嬢や男爵令嬢など、他にも行儀見習いは沢山居る。アリアナはその中の一人になる予定だった。しかし、周りがそうもいかなかった。
アリアナ・グラティッドの住むグラティッド領は、古来より神の住む森を管理している貴族だ。普通ならば王族由縁の爵位を賜る所だが、王族も不可侵ということで、現在も子爵領の一部となっている。その歴史は長く、語り出すと一日かかっても足りない……が、要約すると「王族に近くなると利権とか絡んで面倒だから、そのままでいいよね」ということだ。アリアナは叩き込まれた知識を思い返す。ここでもご都合主義な世界に、少しだけめまいを覚えたのは内緒だ。
しかし、本人は子爵とはいえ、神の森を持つグラティッド領の一人娘が、城に行儀見習いとして来ている。それはあっという間に城内に広がった。
王族すら一目置く、神の森を領地に持つグラティッド家の娘が婿を探しに来ている。
そう噂されるまでに時間はかからなかった。アリアナが思っている以上にアリアナの身分は魅力的だった。どこぞの次男やら三男やら騎士伯やら時には位が上の男やら。様々な男達がアリアナに粉をかけてきた。しかし、当のアリアナはそれに全く靡かない。恋に奥手なのは勿論だが、あからさまな領地狙いの音や、権力を盾にした横暴な振る舞いなど。アリアナの心が動くような人物が一人もいなかった。
前前世で様々なセクハラにも耐えてきたアリアナは見事なスルースキルを発揮する。すると、男達はすぐに見切りをつけたようだった。
しかし、アリアナのその態度に問題があったのだろう。一つ大きな弊害が出てしまった。
「アリアナ様、それ、運んでおいてくださる?」
明らかにわざと汚されたシーツ類がアリアナの目の前に放り出された。
それは、男達にちやほやされているというくだらない理由から始まった嫌がらせだった。
クスクスと徒党を組む女達の先頭にいるのは、リリアーネ・ガロン伯爵令嬢。アリアナと同じく行儀見習いに来ている。見習いの中で一番身分が高いのを盾に、いつも取り巻きを連れて優雅にお茶などをしていることをアリアナは知っていた。
そんなリリアーネのここ最近の仕事といえば、アリアナいびりだ。
本来ならば、下女等が行う洗濯物や掃除を侍女頭が見ていないところでアリアナに押し付ける天才だった。一度無視したところ、下女達に八つ当たりをしているのを目撃し、それ以来アリアナは逆らうことをやめた。
社畜として働いていた前前世に比べれば、こんな嫌がらせはそよ風が吹く位のものだった。アリアナは泥に汚れたシーツを持ち上げる。かしこまりました。と若干の嫌味も忘れずに。
「……田舎モノには泥がお似合いよ!」
悲観的な反応を示さないアリアナに、リリアーネが怒鳴った。そして、綺麗な金髪を翻し、その場を去っていった。ピンと伸びたリリアーネの背中に、「リリアーネ様のところも結構な田舎ですよ」と、心の中で言い返す。
姿が見えなくなったところで、アリアナは大きなため息をつく。こんなことはいじめのカテゴリーにも入らないが、毎日毎日続くのは正直面倒くさいと思ってしまった。
「どの世界もめんどくさいなぁ!」
シーツの入ったバスケットを抱え、アリアナは真っ青な空に向かって思い切り愚痴を吐いた。
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