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ルドルフ・ノンヴェールという男

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 ルドルフは『笑わない冷徹第一王子』、ヘンリーは『温和な第二王子』と貴族の間でそう呼ばれていた。

 ルドルフ・ノンヴェールという男の評判は二分にわかれた。強さと美しさを兼ね、下のものにも分け隔てなく接する、公平な人物。視察や隣国との紛争にもよく顔を出し、地方領主達にも人気があった。これは主に、騎士団に所属する者達の意見。そしてもう一つは、正当な血筋を持たない、卑しい身分。陛下に似てない容姿、故マリエル妃の血を濃く引き継いでいる。しかし、王家にもマリエル様のご実家であるフォルツァ男爵家の両方に、金髪をもつ人物はいない。マリエル様の不貞が疑われたが、陛下の一言で一掃された。曰く、「余の三代前の王妃が金の髮だったと。ルドルフは先祖返りだ。これ以上の噂は許さない」
 公式に発表され、表立った噂は収束向した。しかし、あくまで表立ったものだけだった。高貴な人間というものは、疑いに対して厳しい。幼少期、ルドルフは裏で相当な迫害にあっていたようだ。
 そして、第二王子であるヘンリーが正当な血筋である正妃様から生まれたということも、迫害に拍車がかかった。
 侍女達の噂や、エミリーからの話、ルドルフ本人の話を総合して、アリアナはそう結論づけた。

 ここの所は地盤固めのためなのか、ルドルフの即位を反対する貴族の元を訪問している。それがここ最近、最も噂されている内容だ。

 知れば知るほど、アリアナの中でルドルフの存在が大きくなる。あと三ヶ月ほどで奉公が終わるというのに、消え去る気配がない。
 情熱が激しく燃え上がり、誰にも消せない炎がアリアナの中にある。それが、一瞬にして消えるものではないことをもう知ってしまった。しかし、ルドルフはどうなのだろうか?一時のお遊びなのだろうか?そもそも、アリアナに興味を持った理由が「色調の変わる瞳」だ。飽きてしまったら、もう用無し。考えれば考えるほど、出口のない迷路の中をさ迷っているような。そんな不安定な想いを、アリアナは抱えていた。



「ルドルフ様が騎士訓練所で鍛錬をしていらっしゃるわ!」

 考えに耽っていたアリアナを、現実に戻す声が聞こえる。リリアーネを筆頭に数人の令嬢たちが騒いでいるのが目に入った。その通りを妨げないように、アリアナは端により礼を取る。そんなアリアナを目ざとく見つけたリリアーネが、取り巻きたちに目配せをした。すると、後部にいた令嬢たちが態とアリアナにぶつかってきた。

「あら、貧相な身体で見えませんでしたわ」

 豊満な胸を強調するようにリリアーネは、声高らかにアリアナを侮辱した。泥シーツや雑用の押しつけにめげないアリアナに対して、ここの所あからさまな言動が多くなっていた。
 ぶつけられた衝撃で、手に持っていたレースが転げ落ちた。

「やだあ! レースが汚れてしまうわ! ほんっと、グズな子ねぇ」
「リリアーネ様、そろそろ訓練所に……」
「あら、本当ね。では、ごきげんよう」

 今どき本当にやる人がいるのかと思うような高笑いをあげて、リリアーネが去っていく。その背中が見えなくなったところで、アリアナは転げ落ちたレースを拾い集める。掃除したての床だったため、汚れはない。バスケットの中にあるレースを数えながら、リリアーネの幼稚な嫌がらせに、心の中で大きくため息をついた。リリアーネは王太后付き侍女であるのだが、いつ仕事をしているのだろうか。心配になってしまうくらい、ルドルフに夢中のようだった。

「落としましたよ」
「えっ?」

 五、六……とレースの数を確認していたアリアナに背後から声がかけられた。振り返るとそこには、先日アリアナを迎えに来たコレットがいた。

「……見ていました。大変ですね」
「あっ、いえ……。この位、日常茶飯事ですので。レース、ありがとうございます」
「貴女はルドルフの稽古を見に行かないんですか?」

 バスケットにレースを入れたコレットが、アリアナにそう聞いてきた。その問に、アリアナは首を横に振る。

「仕事がありますから。他の方が行かれているようなので……」

 暗に、人手が足りないと匂わせた。すると、コレットはルドルフと同じ青い瞳を細めて、所作美しく笑った。騎士服に身を包み、ドレスを纏ってもいないが、コレットはとても美しい女性だった。

「ふふ、すまない。確かにそうだね。しかし、そのレースはきっと私のドレスに使われるものだ。忙しくさせて申し訳ない」
「……え?」

 このレースは、王妃様の生家であるバルベルデ公爵家のご令嬢に使用すると聞いていた。アリアナは、レース、コレット、レース、コレット……と、視線を行き来し、事態を理解した。目の前にいるのは、ルドルフの従姉妹にあたる、コレット・バルベルデ公爵令嬢だった。

「ま、ま、まことに! も、も、申し訳……」

 アリアナは一歩下がり最上級の礼を取ろうとした。しかし、それをコレットの言葉が遮る。

「いやいや。よしてくれ。ルドルフの友人だろう? それならば私の友でもある」

 しかもコレットは、慌てるアリアナの手を取り、甲に唇を落とした。まさかの展開に、アリアナの顔に熱が集まる。この国では珍しくない青い瞳でも、ルドルフやコレットのような美しい人間が持つだけで特別な存在になる。アリアナはそれを身を持って知っていた。

「ここここここ、コレット様!」
「ははは。鶏のようだね。さて、では行こう」
「……は?」
「いいところがあるんだ」

 レースの入ったバスケットを取り上げられ、コレットに手を引かれる。バスケットはどこに隠れていたのか、コレットの護衛である男性に手渡された。

「テオ。お前が持って行ってくれるか?」
「……コレット様、それは出来ません。私はコレット様の護衛騎士です。貴女の側を離れるなど……」
「テオバルド。私はアリアナ嬢と話がしたい。持っていけ」
「……かしこまりました」

 命令されては仕方が無いのだろう。騎士服に身を包んだテオバルドがくるりと踵を返した。似合わないバスケットを持ったテオバルドと去り際に目が合う。すると、親の仇でも見つけたかのように睨みつけられてしまった。

「……っ?!」
「……恥知らずめ」

 アリアナは、その視線に身をすくませる。そして、テオバルドはすれ違いざまにアリアナにしか聞こえない声で、そう呟いた。

「アリアナ嬢? 何か?」
「い、いえ」
「そうか。では行こう」

 誹謗中傷は、前世から慣れている。しかし、その理由が掴めないアリアナは、テオバルドの言葉が気になっていた。

(恥知らず……)

 色々な理由が思い当たるアリアナは、きっとこのままではいられないだろう。コレットに手を引かれながら、ぼんやりとそんな事を思っていた。

□□

「やあやあ。楽しそうだね。私も混ぜてくれないか?」
「……コレット」

 考え事をしていたせいか、アリアナはどこに連れていかれるのか見ていなかった。辿り着いた先は、リリアーネ達の集まる騎士訓練所。まずいと思った瞬間に、リリアーネから射抜かれそうな鋭い視線を貰う。

(……しまった)

 しかも、アリアナが連れてこられたのは外ではなく、訓練所の中。塀の外から令嬢たちの何故、どうして?と戸惑った声が聞こえた。

「……アリアナ?」

 今更だが、アリアナはコレットの後ろに隠れていた。しかし、目ざといルドルフにすぐに見つかってしまった。

「アリアナ」

 訓練用の軽装が鍛錬のせいか汗ばんでおり、ルドルフから妙な色気が滲み出ていた。そのうえ、蕩けるような笑みを浮かべていた。観衆や騎士、コレット迄が驚きで声を失っていた。『笑わない冷徹王子』と噂されるルドルフが、アリアナを見て笑みを見せたからだ。少し遅れて、あちこちから叫び声が聞こえる。

「……ルドルフ様が、笑った?!」
「ええ! どうして!」
「……あの小娘に?!」
「アリアナ・グラティッド……!」

 ああもうどこかに消え去りたい。アリアナは心底そう思っていた。
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