隠れんぼは終わりにしよう

ぐるもり

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見つけてくれて、ありがとうございました

きんきんと響く

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 幸せと、悲しさを味わった夜だった。汗で濡れたパジャマを洗濯機に入れて、昨晩を振り返る。

 急に現れた『ふたり』での生活に、私は戸惑っていた。
 『ふたり』を受け入れたようで、いつか来る『ひとり』に構える。私はいま、宙ぶらりんな生活をしていた。こんな時は無心になれる何かが欲しかった。

 炊飯器を開けて、ご飯をかき混ぜる。全部で、三合。朝ごはん、私のお弁当、そして有志のお弁当の分だ。
 お米の減りがいつもより早い。私は精米に行く日の都合をつける。今日は火曜日なため、お米屋はお休みだ。明日の出勤前に電話をしておけば、東さんが取りに来てくれるはずだ。そう算段しながら、大根おろしを作る。
 お出汁に下ろした大根を入れて、ひと煮立ちさせる。刻んだ油揚げを入れて味噌を溶く。グリルの中身がもう少しで焼ける。という時に電話が鳴った。時刻は七時。

 祖母が亡くなってから滅多に鳴らなくなった電話は、嫌な予感しかない。このまま放っておこうかとも思ったが、寝ている有志が起きてきてしまったらもっと都合が悪い。そう思った私は、足音を立てずに電話に近づく。


「……小村です」
「あ! やっと出た! 唯子ちゃん? 私よ。伯母の富士子よ!」

 十年ぶりの声に、思わず私は受話器を耳から離した。その間も、伯母は一方的に何かを話し続けている。きんきんと響く、伯母の声は苦手だった。一方的に話し、人の話を聞かない。

「唯子ちゃん? 聞いてる?」
「……あの、要件はなんでしょう?」
「あっ! ごめんなさいね? 端的に言うと……」


 伯母の話す内容は、とても受け入れがたいものだった。
 爪先から中心に向かって一気に冷えていく。唇が震え、涙がこぼれそうになった。けれども、そうなれば伯母の思うつぼ。私は必死で自分を奮い立たせた。



「ふぅわぁあぁぁ……ユイ、起きる時は起こせって言ったろ……? 朝起きて居なくてビビ……唯子?」

 電話を切ってから、しばらく私は立ち尽くしていたようだ。起きてきた有志に声をかけられて我に返る。振り返り、無理やり笑顔を作る。

「おはよう。ご飯食べられる?」
「……おう。つぅか平気か? 顔色、悪いぞ?」
「……そう? 昨日、寝れなかったせいかな」

 伯母の声がきんきんと耳に残っている。上手く話せているかどうかも分からない。しかし、言っていることは嘘ではない。昨日見た夢で、眠れていないのは確かだ。有志の手が頬に触れる。瞳が、私を心配していた。

「ご飯食べよう?」
「……食べるけどよ。……無理すんなよ?」
「ふふ、有志がちゃんと寝かせてくれれば大丈夫」

 頬に添えられた手に、自分の手を重ねる。
少しだけ真実を交えて有志を揶揄う。すると、今度は面白いくらいに有志の顔色が悪くなっていく。

「やべ、俺のせい? 唯子、辛かった? 二日にいっぺんで我慢してたけど、三日にいっぺん……いや、一週間……それだと俺が辛いから、四日にいっぺん……いや、にへん……さんへん……」

 真面目な顔でおかしな事を言う有志に、私は思わず笑ってしまった。笑うと、失っていた熱が戻ってくる。
 有志の、無意識に人を幸せにする人柄に何度助けられただろう。昨晩の夢も、今も、そして昔も・・
 今この人を失ったら……考えるだけで恐ろしい。けれども、いつか別れはきっと来る。私はそう思わざる得なかった。

 私を産んだ両親も。
 初めて、付き合った彼氏も。
 親友というくくりの名の友達も。
 そして、祖母も。

 生き死にはあれど、別れはやってきた。

 いつか来る、『ひとり』。その時に後悔しないように、『ふたり』でいる時の時間を大切にしたい。そして、後悔しないように。

「ねえ、有志」
「ん? 四日にいっぺんで都合つける?」
「ううん。それはいいんだけど」

 どさくさに紛れて私は有志に抱き寄せられる。もにもにとお尻を揉まれているが、それはもうスルーすることにした。

「この家、気に入ってくれてる?」
「ん? そりゃ、唯子もいるし……居心地がいいよなぁ」
「……うん。ありがとう。私も有志がいると、毎日が楽しい」
「おっ? おっ? 何だ、今日は唯子から誘ってくるのかな」

 有志がふざけているのか、本気なのかは分からない。けれども、今の私には有志がそばにいてくれるだけで、何でもできそうな気がした。

「分かった。私、頑張る」

 有志のこの家を守るために。もう、『ひとり』で後悔はしたくない。決意を固めるために、私は有志の背中に腕を回した。

「え?! 頑張るって……本気かよ」
「……ご飯にしましょう」
「……冗談だって……。ユイ、目が怖いですよー……」


 先生、私を見つけてくれて、ありがとうございました。
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