年下幼馴染から逃げられない

南ひかり

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21話 食事

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 エントランスに出ると不機嫌そうな笹桐さんに迎えられ、私は乾いた笑みを浮かべるしかできなかった。
 けれど体調の戻った悠を見て、安心している様子だった。
 せめて運転ぐらいは、と思い運転席に回り込んだが笹桐さんに阻まれ結局いつもの助手席に座る。
 幸い今日のスケジュールは全て都内だ。順調にいけば夜遅くになることはないだろう。





 予定通り本日の予定を終え、会社に帰ってきた。
 定時は超えているが後は簡単な書類整理さえ終えれば仕事は終わる。
 するとスマホが振動し、画面が光った。

『仕事はどうだ? 今夜空いてるか?』

(斎賀さんだ……!)
 思わず口元が緩む。少しずつこっちの仕事に慣れていたとはいえ、やはり斎賀さんからの連絡は嬉しい。

(今日は早く仕事も終わりそうだし大丈夫かな)

『順調です。20時でもよろしければ是非』

『了解。じゃあ20時にな』

 短く返事をして、スマホをバッグに戻す。
 思わぬ誘いにほっと口元が緩む。
(斎賀さんとご飯……)
 この前は私のせいで予定がなくなってしまった。仕方がなかったとはいえ、やはり上司からのせっかくの誘いを断らなければいけないのは心苦しかった。

「ちーちゃん? 急にニヤついてどうしたの?」
「い、いえなんでも!」

 まるで全てを見透かされているかのような笑顔が恐ろしい。
 悠にバレたらめんどくさいことになりそうだ。斎賀さんとは一悶着あったことを思い出す。
 さすがに悟られるわけにはいかないと冷静を装い、残りの書類を終わらせた。






(まずい、ちょっと過ぎてる……!)
 思いのほか、時間がかかってしまった。次の駅で降りるとはいえ、時計の針は二十時を過ぎている。
 電車のドアが開くと人混みをかき分けて足早にホームの階段を降りた。
 東口改札を出てあたりを見回すと、一際背の高い斎賀さんが見えた。
 斎賀さんもこちらに気づき、ひらひらと手を振ってくれる。

「遅くなってすみません!」
「俺もさっき来たとこ。何か食べたいもんあるか?」
「いえ、なんでも大丈夫です」
「じゃあ近くに美味いイタリアンの店があるから、そこでいいか?」
「はい!」


 斎賀さんに連れてきてもらったお店は、普段仕事帰りに来るような店とは正反対の雰囲気だった。
 照明が暗く落ち着いた店内は、バーカウンターとソファ席がある。騒がしいサラリーマンもおらず、案内されたテーブルにはキャンドルライトが灯っていた。
(ちゃんとお洒落してくればよかった……)
 絵になる斎賀さんとは違って、髪はぼさぼさ、服はいつものスーツ。
 一応、化粧はちゃんと直してきたとはいえどう見てもこの雰囲気には釣り合わない。
 メニューを差し出されて思わず目を見張る。
(カクテル1,800円……パスタ2,400円……)
 いくら東京とはいえ、普通の店では考えられない価格に絶句する。
 油断した。てっきり以前のように会社近くの居酒屋コースかと勘違いしていたのだ。

「好きなの食べろよ」

「ありがとうございます……」
 もしかして斎賀さんにとっては、こういう店が普通なのだろうか。
 私からすれば友達の誕生日祝いぐらいにしか来ないような店だ。
 悩みに悩んでようやく選んだのは、一番安いパスタと前菜だ。
 だが斎賀さんは反対に高い料理を次々と注文していく。
(お、お金足りるかな……)
 さすがにこの場で財布の中身を確認する勇気はない。いざとなればカード払いで済ませよう。
 ウェイターが下がると、斎賀さんは足を組み替えて、ふっと笑みを浮かべた。

「そんなに固くなるな。お前に払わせるわけないだろ」

 顔に出てしまっていたのだろうか。からかうようにくすくすと笑われる。

「で、でも……!」
「いいから。大人に甘えとけ」

 うっと言葉に詰まる。ここで断るのも失礼だと思い、ぺこりと頭を下げる。

「ではお言葉に甘えて……」
「ああ。それでいい」

 久しぶりの斎賀さんにほっとする反面、初めての二人きりでの食事にほんの少し緊張していた。
 会話の糸口を探そうと頭をうならせるが、何も思い浮かばない。

「調子はどうだ? 慣れない仕事で大変だろ」
「ええまあ……なんとかやってます。斎賀さんの方は……?」
「まだ慌ただしいな。ま、やりきれる範囲だよ」
「すみません……忙しい時期に抜ける事になってしまって」
「謝るのは俺の方だ。助けてやれなくて悪かったな」

 苦しそうな表情で斎賀さんが苦笑いを浮かべる。
 斎賀さんが謝ることはない。きっと最後まで、反対してくれていたのは分かっている。

「気にしないでください、斎賀さんのせいではありません。それにーー」
「それに?」
「最近は……ちょっと吹っ切れたというか、なんというか。放っておけないんですよね、あいつ」
「……あの社長か?」
「はい。最初の頃は本当に仕事もやる気なくて、どうしてこんな目にって悲観的にもなってたんですけど……あいつの気持ちを知ったらちゃんと向き合わなきゃいけないと思って」

 自分のことばかり考えて、この数年間を悠がどんな思いで過ごしていたのか知る事さえしなかった。
 向き合いたくなかった。あの時の軽はずみな言葉で、自分が悠の人生を狂わせてしまったかもしれないなんて。
 けれど、ちゃんと真っ直ぐ向き合ってみれば、それは案外思っていたよりも良いものだったのかもしれない。 

「ハワイ行きを諦めたわけじゃないんです。でも今は、出来る限りのことをやろうと思います」

 迷いのない瞳でまっすぐ斎賀さんを見つめる。

「……そうか。お前らしいな」

 けれど斎賀さんは複雑そうな色を瞳に浮かべていた。

「斎賀さん?」
「俺はやっぱ、お前が傍にいてくれた方がいいな」
「私にはもったいないお言葉ですよ」

 斎賀さんの周りには仕事ができる人がたくさんいる。私なんかでは足元にも及ばないぐらいだ。
 カクテルと料理が運ばれて、静かに乾杯する。グラス越しに映る斎賀さんの瞳はほんのすこし寂しそうだった。





「今日は本当にごちそうさまでした」

 久しぶりに会った斎賀さんと何を話そうかとばかり悩んでいたが、昔と何も変わらない。仕事の話をして、思いをぶつけて、斎賀さんはいつもそれを真剣に聞いてくれる。気づけばあっという間に時間が経っていて、終電がなくなる前に駅へと向かっていた。

「気にするな。久しぶりにお前の笑顔が見れて良かったよ」
「な、なに言ってるんですか!」

 悪戯に笑う斎賀さんを知る人は、きっとほんの一握りだろう。
 私はその笑顔が好きだった。
 有澤ロイヤルに未練がないと言えば嘘になる。いくら上層部に裏切られたとはいえ、やっぱり私は斎賀さんのことを尊敬しているし、この人の元で働けたことが何よりも誇りだった。もう少しだけ、この人の元で頑張りたかったという気持ちもある。
 食事ぐらいいつでも行けるのに、今日が終わってしまうのが少し名残惜しい。
 そう思った時だった。
「へ?」

『22時40分頃、JR上野駅にて発生しました人身事故のため現在運転を見合わせており――』

「嘘……!」
 さっきまでの感傷は吹き飛び、一瞬で現実に引き戻される。
(どうしよう……)
 ここからだと自宅まで結構な距離がある。タクシーで帰るぐらいなら、駅前のホテルに泊まった方が安そうだ。
 しかし考えることはみんな一緒だったのか、すでに駅前のホテルは満室になっている。
 ここはやはり、大金はたいてでもタクシーで帰るべきか。
 ぐるぐると頭を悩ませていると、斎賀さんが私の顔を覗きこんだ。

「うちに泊まるか?」

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