《完結》追放令嬢は氷の将軍に嫁ぐ ―25年の呪いを掘り当てた私―

月輝晃

文字の大きさ
2 / 8

第2話 氷原の砦と、無愛想な将軍

しおりを挟む
 夜が明けきる前、砦の鐘が低く鳴った。氷を砕くような音が、薄い空気を震わせる。
 私はまだ冷たい寝台から身を起こし、毛布を整えて窓の油紙を持ち上げた。夜明けの光が雪の層を白く染め、空には薄青い筋が走っている。
 氷の砦――北辺最果ての防衛拠点にして、かつての“黒い光”の直撃地。
 ここに来て二日目。まだ息が痛い。

 ドアを叩く音。
「起きているか」
 あの低い声。セドリック・ヴァルグレイ将軍。

 扉を開けると、彼は完全武装の姿で立っていた。黒鉄の胸甲に雪が残り、腰には無骨な長剣。彼の灰色の瞳は相変わらず感情を映さない。

「視察に同行しろ。お前が鉱石の専門家だと聞いた」
「承知しました。ただ、道案内をお願いします。まだこの地形に慣れていないので」
「……足を取られるな」

 それだけ告げると、彼は歩き出した。
 廊下を抜けると、冷たい空気が頬を打つ。砦の外には白銀の世界。風が巻き上げる雪煙の向こうに、灰色の岩山が顔を出している。
 あれが、かつて「呪われた鉱山」と呼ばれた場所だ。
 二十五年前、そこから噴き上がった“黒い光”が王国中の鉱脈を枯らした――と伝えられている。

「まるで、山そのものが眠っているようですね」
「眠ってくれている間はいい。だが、もしまた目を覚ましたら……」
 セドリックの声は風に溶けた。
「二十五年前と同じ地獄が繰り返されるだけだ」

 その言葉には、ほんのわずか、痛みのようなものが混じっていた。
 私はその横顔を見上げた。頬の傷跡、整いすぎた眉、氷のように冷たい表情。けれど、どこか壊れかけたものを守るような硬さがあった。

「……将軍は、その時もここに?」
「いや。俺はまだ子供だった。だが、家族を失った」
 その一言で、すべてを察した。
 黒い光が放たれた夜、王都を含む北方の都市群が壊滅したと記録にある。あの災厄に、彼の人生も焼かれたのだ。

 私は立ち止まり、足元の雪を払った。
 黒い岩が一部、露出している。近づいて手袋を外し、そっと触れる。
 ひんやりとしているのに、指先に微かな熱が宿った。
 表面の粒が、淡い青光を宿している。

「これは……」
「触るな!」
 セドリックの声が鋭く響いた。彼は私の手を掴み、引き離す。
 雪煙が舞い、空気が震えた。
 彼の手は冷たくも熱くもない。ただ、異様に強かった。

「それは“汚染石”だ。二十五年前、あれが爆ぜて空を黒くした。触れた者は命を落とした」
「けれど……見てください。わずかに青い光を放っている。これは、まだ生きている鉱石です」
「何を――」
「毒ではありません。むしろ、自己浄化が始まっている。
 二十五年という時間で、鉱石そのものが変質し始めているんです」

 セドリックは一瞬、言葉を失った。
 私はペンダントを胸元から取り出す。母の形見。あの曇った石の中心にも、同じ青い筋が走っている。

「この石と同質です。もしかすると、この土地は“死んでいる”のではなく――再生しようとしているのかもしれません」

「再生?」
「ええ。二十五年周期で光と闇を繰り返す鉱脈。それが、王国全土の魔力循環を支えていたのだとしたら……」

 彼の瞳が細められた。
「つまり、今は“再生期”だと?」
「その可能性があります」
 私は微笑む。
「だから、もう一度掘るべきです。恐れではなく、観察で」

「……ふざけているのか?」
 セドリックは小さく舌打ちした。
「過去に何百人が死んだと思っている」
「わかっています。でも、真実を確かめない限り、この土地はずっと“呪い”の名で縛られる」

 雪が降り始めた。静かな音。
 私の言葉は、風に消えそうなほど小さかったが、彼は聞いていた。
 長い沈黙ののち、セドリックはゆっくりと背を向ける。

「……好きにしろ。ただし、砦の者は巻き込むな」
「ありがとうございます、将軍」

 そう言うと、彼は振り返らずに低く言った。
「俺は信じない。だが、お前のような目をした者を、二十五年前にも見た」

 その声に、かすかな震えがあった。
 彼が言う“二十五年前の誰か”――それはきっと、母のことだ。
 私は胸の石を握りしめ、唇を噛んだ。

「……なら、もう一度信じてもらえるようにします」

 砦に戻ると、雪の空は淡い夕色に変わっていた。
 私の中で、冷たい決意が光に変わり始めていた。
 二十五年前に終わったはずの物語を、私が掘り起こす。
 それが、母と私の――そして、この国の“次の光”を生むための始まりになる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

婚約破棄された伯爵令嬢は隣国の将軍に求婚され、前世の記憶を取り戻す

nacat
恋愛
婚約者である王太子に身に覚えのない罪を着せられ、婚約破棄された伯爵令嬢エリシア。 廷臣たちの嘲笑の中、隣国の若き将軍ライナルトが現れ、「ならば、俺が君を妻にしよう」と求婚する。 彼はただの救い手ではなかった。エリシアの“前世の記憶”と深く結びついた存在だったのだ——。 かつてすべてを失った令嬢が、今世では誰より強く、愛され、そしてざまぁを下す。 溺愛と逆転の物語、ここに開幕。

冷血公爵の契約花嫁、実は溺愛されていました〜氷の旦那様は、私にだけ甘すぎる〜

柴田はつみ
恋愛
「愛情は一切不要。これはあくまでも契約だ」 そのはずだった——。 没落寸前の伯爵家を救うため、冷血と恐れられるクロイツ公爵との契約結婚を受け入れた私、リーナ。 三年間だけ妻を演じれば、家族が救われる。 それだけのはずだった。 なのに。

悪役令嬢、婚約破棄されたので見返してみたら今さら溺愛されました

sika
恋愛
婚約者に裏切られ、婚約破棄された悪役令嬢リリアナ。 涙も枯れたそのとき、彼女は決意する。「もう誰にも侮られない」。 隣国で自立し、転生者の知識で成功を手にした彼女の前に、今さら後悔した元婚約者が現れる――。 これは、“ざまぁ”と“溺愛”が交差する、逆転恋愛ストーリー。 プライドを捨てた王子、傷ついても立ち上がる令嬢。 求め合う二人の行方は、赦しか、それとも別れか――。

悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました

ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。 王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている―― そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。 婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。 けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。 距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。 両思いなのに、想いはすれ違っていく。 けれど彼は知っている。 五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、 そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。 ――我儘でいい。 そう決めたのは、ずっと昔のことだった。 悪役令嬢だと勘違いしている少女と、 溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。 ※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました

ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!  フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!  ※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』  ……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。  彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。  しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!? ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています

処理中です...