《完結》追放令嬢は氷の将軍に嫁ぐ ―25年の呪いを掘り当てた私―

月輝晃

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第3話 凍てつく鉱山の青い脈

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 ――あの夜から、三日が過ぎた。

 氷原の朝は、息をするだけで肺が痛い。砦の塔の上から見下ろすと、世界のすべてが白一色に覆われていた。
 遠くの岩山の裂け目――そこが、私が目をつけた旧鉱山だ。
 誰も近づこうとしない“呪われた地”。だが、あの中に眠る青い光を確かめるまでは、引き下がれない。

 私は小さな麻袋に道具を詰めた。
 試薬瓶、魔力計、簡易ルーペ。そして胸元のペンダント。
 ペンダントの曇りの奥に、うっすらと青い筋が増えている気がした。まるで何かを呼んでいるように。

 廊下を出ようとしたとき、足音がした。
「どこへ行くつもりだ」
 セドリックが、いつもの黒外套姿で立っていた。

「鉱山へ。調査を」
「許可していない」
「あなたは“好きにしろ”と」
「……まったく、記憶力のいい女だ」

 彼は小さく溜息をつき、外套のフードを深く被る。
「行くなら俺も行く。お前一人では死体を拾いに行くようなものだ」
「頼もしい護衛ですね」
「皮肉は寒気より堪える」

 彼の歩幅に合わせて雪を踏む。風が強くなり、視界が白に溶ける。
 やがて岩肌がむき出しの場所に辿り着いた。地面にひび割れた鉱石が露出し、凍りついた坑道の入口が口を開けている。

 私は魔力計を取り出し、表面に触れる。針が微かに動いた。
「やはり……生きています」
「呪いの残滓かもしれん」
「それでも、力が循環している証拠です」

 坑道の中は、息をするたびに凍りつくほど冷たかった。
 足元の氷が砕け、音が反響して幾重にも響く。
 壁に手を当てると、そこから淡い青光が漏れ出していた。

「見てください。鉱脈が……呼吸している」
「呼吸?」
「ええ。二十五年前に止まった魔力の流れが、今、ゆっくり動き出しています。まるで大地が目を覚ますように」

 その瞬間、足元が低く唸った。
 ――ズズン、と地鳴り。
 壁の一部が崩れ、氷片が弾ける。
「下がれ!」
 セドリックが私を抱き寄せ、岩の影に飛び込む。氷の破片が頬を掠め、白い粉が舞い上がった。

 息が荒く、心臓が跳ねている。
 気づけば、彼の腕の中にいた。
 至近距離で見たその瞳は、いつもよりも温度を帯びていた。

「無茶をするな」
「……研究は、命がけの仕事です」
「なら、死ぬ前に結果を出せ」
 彼の声が少し震えていた。怒りではなく、焦りに近い。
 その響きが胸に残る。

 崩れた壁の奥――暗闇の中に、ひときわ強い光が見えた。
 私はセドリックの制止を振り切り、そこへ近づく。
 青白い鉱石が、規則的な脈動を放っていた。

「……これは、“黎明鉱”」
「なに?」
「母が残した資料に書かれていた再生鉱石。
 黒い光に侵された鉱脈が、二十五年の周期で“再構成”を起こすと……まさか、本当に存在したなんて」

 私は試験管に細片を採取しようとした。
 そのとき、奥の闇から低い唸り声が響いた。
 氷狼――。凍てついた毛並みを持つ白い獣が、光に惹かれて現れたのだ。

「下がれ、リゼル!」
 セドリックが剣を抜く。金属が冷気を裂く音が響く。
 獣が飛びかかる。私はとっさに手を伸ばし、黎明鉱の欠片を投げつけた。
 光が爆ぜ、氷狼が怯む。

「……光を嫌うのね」
「やるじゃないか」
 セドリックが一閃で獣を斬り伏せる。青い血が飛び散り、床の氷を焦がした。

 静寂が戻った後、彼は剣を収め、私に目を向けた。
「……死にたくなければ、俺の後ろを歩け」
「はい、将軍」

 砦へ戻る途中、私は黎明鉱の欠片を懐に収めながら問う。
「将軍。あの獣も、もしかすると鉱石の影響を受けて変異したのかもしれません」
「つまり、あれも二十五年前の残響……か」
 彼は黙り込んだ。
 雪の向こう、夕暮れの光がわずかに差し込む。

 その横顔を見て、私は思った。
 この人の中にも、何かが再生を始めている。
 氷のように固く閉ざされた心が、微かに音を立てて溶け始めている。

「……ありがとう、将軍」
「何に対してだ」
「命を救ってくれたこと。そして、私を信じかけてくれたことに」
 彼は一瞬だけ目を逸らし、冷たい風に紛れるように呟いた。
「……次は死ぬな。それだけだ」

 雪が舞う中、砦の灯が見えた。
 その光は、氷の世界に芽吹く最初の“黎明”のように、あたたかかった。
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