《完結》狐と灯と、春待ちのもふもふ恋

月輝晃

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第3話 雪解けの約束

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 夜明け前の社は、凍てつくように静かだった。
 囲炉裏の火がぱちりと弾ける音だけが、木の壁に反響している。
 灯は湯気の立つ薬湯を注ぎながら、白鷺の横顔を見つめていた。

 雪明かりに照らされたその頬はどこか寂しげで、
 まるで遠いものを思い出すように目を細めている。

 「……白鷺様は、ずっとこの山で生きてこられたんですか?」
 「そうだ。人がまだ火を知らぬ時代から、ここを護ってきた」
 「では、ずっとお一人で?」

 白鷺は少し間を置いて、苦笑を浮かべた。
 「孤独など、山の神には縁のあるものだ。
  だが……お前が来てから、少し退屈しなくなった」

 灯の頬が一瞬で熱くなる。
 湯飲みを手にしたまま、何も言えずに俯いた。

 白鷺はそんな彼女の反応に気づいたのか、
 尾を一度だけ揺らし、わざとらしくあくびをした。

 「春を呼ぶには、“封印の儀”を修めねばならぬ。
  この地に流れる雪解けの水を清め、黎明(れいめい)の光を灯す。
  お前が巫女としてそれを行えば、山は再び目覚めるだろう」

 「……それは、危険なことですか?」
 「危険というより……代償が伴う」

 白鷺の声は静かだった。
 囲炉裏の火が、風に揺れて一瞬小さくなる。

 「代償?」
 「封印を解けば、我は再び神としての力を取り戻す。
  だが同時に、この世に長く留まれなくなる」

 灯は目を見開いた。
 「……消えてしまうんですか?」
 白鷺は答えず、ただ微かに笑った。

 その笑みが、あまりにも穏やかで、
 だからこそ胸が痛んだ。

 その夜、灯は眠れなかった。
 外では雪が音もなく降り続いている。
 囲炉裏の前で丸まって眠る白狐を見ながら、
 灯はそっと指先を伸ばした。

 ――ふわり。
 柔らかな毛並みに触れた瞬間、涙がこぼれた。

 「……あなたがいない春なんて、いらない」

 声に出した途端、胸の奥で何かがほどける音がした。
 白狐の耳が小さく動き、金の瞳が開く。

 「……灯」
 眠たげな声で呼ばれて、灯は息を止めた。
 白鷺は狐の姿のまま、彼女の膝に頭を乗せる。

 「泣くな。春は必ず来る」
 「……でも、あなたがいなくなるのは嫌」
 「約束しよう」

 白鷺の尾が、灯の手の上にふわりと重なった。
 「春が来る時、またお前の灯のもとへ戻る」

 その言葉は、静かな夜に染み込むように消えていった。
 雪が止み、外の空気がわずかに緩む。
 まるで、二人の約束を祝福するかのように。
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