《完結》狐と灯と、春待ちのもふもふ恋

月輝晃

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第4話 冬祭りと手のぬくもり

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 山の麓にある小さな村では、毎年冬の終わりに「雪祓い(ゆきはらい)」という祭りが行われる。
 長く厳しい寒さを祓い、春を呼ぶための古い風習。
 その日は村人たちが火を囲み、神に感謝を捧げる夜でもあった。

 「……白鷺様も、一緒に来ませんか?」

 社の前で灯がそう言うと、白鷺は金の瞳を細めて笑った。
 「人の祭りなど、我のような神が出てよいものか」
 「いいんです。だって、あなたこそ“春を呼ぶ神”でしょう?」

 灯の言葉に、白鷺はしばし考えこみ、
 やがて「ならば、少しだけ」と頷いた。

 村に着いたとき、ちょうど日が暮れかけていた。
 雪に染まる屋根からは白い煙が立ち上り、
 焚き火の橙の光が子供たちの笑顔を照らしている。
 人々の手には温かい酒と団子。
 山の冬には珍しい、明るく賑やかな音が響いていた。

 白鷺は人の姿で、灯の隣を歩いた。
 銀の髪が焔に照らされ、まるで月光のように輝いている。
 その姿に、行き交う人々が思わず目を奪われた。

 「……目立ちますね」
 「隠せと言うなら、狐の姿になるが?」
 「そっちのほうがもっと目立ちます!」

 くすりと笑うと、白鷺も少しだけ笑みを浮かべた。
 いつもの冷ややかな顔ではなく、どこか人間らしい柔らかさがあった。

 祭りの広場の中心では、大きな焚き火が燃えている。
 灯は手を合わせ、静かに祈った。

 ――どうか、この冬が終わりますように。
 ――どうか、この人が消えませんように。

 祈りを終えて顔を上げると、
 白鷺が火の向こうでこちらを見ていた。
 橙の炎に照らされた横顔は、どこか切なく美しかった。

 「……そんな顔をするな」
 「どんな顔ですか?」
 「まるで、今にも泣き出しそうな顔だ」

 白鷺は焚き火を回り込み、灯の前に立った。
 冷たい夜風の中で、彼の手が灯の頬に触れる。
 指先はひどく温かくて、胸の奥がじんと熱くなった。

 「お前の祈りは、届いている。春は……必ず来る」
 「……本当に?」
 「ああ。だがその春が来た時――我は」

 白鷺が言いかけた言葉を、灯はそっと遮った。
 「今はいいです。今は……ただ、このぬくもりを覚えていたい」

 その言葉に、白鷺の瞳が柔らかく揺れた。
 そして、彼はゆっくりと灯の手を握った。

 掌が触れ合う。
 雪明かりと炎の光の中、二人の影がひとつになった。

 夜更け、祭りの音が遠ざかるころ。
 帰り道、白鷺は灯の手を握ったまま、ぽつりと言った。

 「我は人ではない。お前と共に歳月を重ねることはできぬ」
 「それでも、いいです。あなたがいるこの冬を、私は好きです」

 白鷺は立ち止まり、静かに笑った。
 「……お前は不思議な娘だ。春よりも冬を愛すると言う者など、初めてだ」
 「冬の中に、あなたがいるからです」

 風が吹き抜け、雪の結晶が舞う。
 その中で白鷺は、灯の指を優しく包み込んだ。

 「――ならば約束しよう。
  春が来るまで、何があってもお前の傍を離れぬ」

 それは、神と人との境を越えた“恋の契約”のようだった。
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