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第1章 スプリング×ビギニング

第24話 ナマエ

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「いつまでそうしてるのにゃ?」

そう声をかけられ俺は伏せていた顔を上げた

見上げた先には柔らかく微笑む美少女の顔

え?天使?

その可憐な笑顔に一瞬気が遠くなる

あれ?俺、一体何を・・・
そう思って自分が掴んでいるものを見下ろす

手の中にあったのは少女の白い肌を晒す足先だった

あ、そうか

俺はこの少女の靴下を脱がしている途中だった

現れた足先があまりにもすべすべで愛らしかったから
つい、その足の甲に口づけしてしまってたんだった

・・・・・ホントに?

え?俺、変態?

「まだそうしてるのにゃ?」

もう一度少女がそう言った

えーと、この天使なネコミミ美少女は誰だっけ?

よく知ってる気がするけど思い出せない

見上げた彼女の背には銀色に輝く大きな満月

俺達は幻想的な青白い光に満ちた場所にいた

周りは古びたフェンスに囲まれている

どこかの屋上だろうか?

「次はまだかにゃ?」

あ、そうか。俺はこの少女の靴下を脱がしてる途中だった

まだ片方残ってた

彼女の履いてる靴下はフトモモまである
オーバーニーハイソックスだ

オーバーニー

ニーハイ

ニーソ

どう略すべきか議論の余地はあろうが俺はニーソ推しだ

そんな事を考えながら片方残ったニーソに手を伸ばす

フトモモとニーソの間に指を差し入れ優しく滑り降ろす

「ふにゃにゃ」

少女がくすぐったそうに身をよじる

その声に微かな興奮を覚えながら膝を越え
脛、ふくらはぎと・・・

やっと両方終わった

ふう、これで一安心だ

あれ?

俺、なんでこの娘の靴下脱がしてたんだっけ?

「次はまだかにゃ?」

少女がまた同じ事を言ってきた

え?でも、両足とも終わったけど・・・

困惑する俺の前でネコミミ少女は
屈託のない笑顔で微笑みながら、

「次は・・・これじゃないのかにゃ?」

と言いながら・・・

スカートの裾を摘むと

それをゆっくりと持ち上げていった・・・

ジリリリリリリリリリリリリリリ!!!!!!!!!!!

「またこのパターンかよ!!!!」

俺は絶叫しながらベッドの上で身を起こした

・・・・あれ?

俺は今、何に対してツッコミを入れていたんだ?

だが、沸々と・・・何者かに対する
怒りの感情が湧き起こってくる

あともうちょっとだったのに

だから何が!?

俺はモヤモヤした物を抱えながら布団から抜け出た

◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆

心の奥底にモヤモヤを抱えながら
俺はいつもの通学路を歩いていた

テスト期間も明け、何も憂いは無いはずなのに、
この焦れるような感覚はなんなんだ

「経吾」

駅前から公園の遊歩道に入る手前

背後からの声に振り返る

園崎が笑顔で走ってくるのが見えた

制服の上着で窺うことは出来ないが、その下では
二つの大きな膨らみが跳ね回っているはずだ

足元には浅黄色の縞ニーソ

ああ、なんでこう狙いすましたように
俺の好みのど真ん中なのか・・・

そんな園崎の姿に先刻まで心にわだかまっていたモヤモヤが霧散していく

それに代わって別の感情が沸き立つが、それを気取られぬよう
努めて冷静な態度で片手を挙げる

「よ、偉いな今日も遅れなかったじゃないか」

「くふふ、当然だ。僕が本気を出せばわけもない」

そう言って園崎は自慢げに胸を反らした

俺はついつい目をやってしまうその部分から視線を逸らし、
苦笑で誤魔化しまた歩を進めた

隣に並んだ園崎がしばらく歩いた後、思い出したように口を開いた

「あ、そうだ経吾。きのう叔母がウチに来たんだが、お土産に
柚子羊羹を貰ったんだ。経吾食べたいか?」

「・・・・・・・・・。」

俺は無言で園崎にその顔を向けた

「け、経吾?」

俺の発する謎の気迫に園崎が一瞬怯む

「・・・・・・・マジか?すげえ食いたい!」

「そ、そうか?じゃあ今日、ウチに食べに来ないか?
持ってきても良かったんだが好きかどうか解らなかったし・・・
どうせなら煎れたてのお茶と一緒の方がいいだろう?」

「いいのか?すげえ楽しみだ」

柚子羊羹なんてコンビニやスーパーなんかじゃ手に入らない

デパ地下とか老舗の和菓子屋にでも行かなきゃ目にすることはないだろう

羊羹は好物だが、あれは過去にも数えるほどしか食べたことはない

そんな俺の妙なテンションに園崎が相好を崩す

「くふ、よかった、柚子とか苦手なやつもいるからな」

「んー?でも俺は好きだぜ、柚子」

「・・・・・・・・・・!?」

「ん?」

俺の言葉に園崎が突然歩みを止めた

「そ、そう、なの?経吾、好き、なんだ?・・・・ゆずのこと」

何故か顔を伏せ確認を求めてくる

「ん?ああ、好きっていうか、大好きだな柚子は」

「ふあぁ・・・・そう、なんだ?」

顔を上げた園崎は耳たぶまで真っ赤になっていた

「?・・・。ほら、柚子っていい匂いするだろ?
もう愛していると言っても過言じゃないな」

「うくぅ・・・・あ、い・・・してる・・・・の?」

大丈夫か?
園崎なんか目がマンガみたいにぐるぐるになってるけど・・・

愛してるは大袈裟だったか?

だが柚子の素晴らしさは食材だけに留まらないところだ

「あと、お風呂とかもいいよなあ。柚子の入ったお風呂」

「お、ふ、ろぉ!?」

「ポカポカして気持ちいいし、そのあと
すぐベッドに直行できればもう言うことないなあ」

「ベッ!?・・・・はぁう・・・ゴメン経吾、ちょっと待って・・・
脳の許容値越えそう・・・鼻血出ちゃう・・・・」

そう言って園崎がその場にへたりこむ

「え!?だ、大丈夫か?園崎?」

なんかこの前から鼻血よく出してるし、
今も突然顔真っ赤になってるし、どっか具合悪いんじゃないだろうな?

「・・・こ、堪えた。もう、平気」

落ち着きを取り戻した園崎がそう言って立ち上がる

「大丈夫か?無理はするなよ」

「うむ、平気だ、心配無い。
・・・ふ、己の過剰な想像力がたまに疎ましくなるよ」

そう言った園崎がニヤリと微笑む

・・・いや、想像力過剰だからこそ中二病なんだろ?

はあ、この中二病をなんとかしないと園崎とは
恋愛どころか告白すらままならないよな

そんな事を考えながら再び歩きだそうとした俺達に走り寄ってくるものがいた

「おはようございます。先輩方。なんの話題で盛り上がってらっしゃったんですか?」

言うまでもなく名も知らぬ後輩女子だ

「よお、おはよう。いやなに、俺が柚子が大好きだって話」

「くはあああああぁぁ!?」

俺のセリフに何故か後輩女子はその身体を錐揉みさせながら数歩後ずさった

・・・・朝からテンションの高い奴だなあ

「なんですか!?会っていきなりノロケですか?
ラブ度アピールですか?いい加減にして下さいよ!」

そんな訳の解らない事を喚く後輩女子

「こふんこふん・・・、か、柑橘類の柚子だ。柑橘類の」

園崎がそう言って謎の興奮状態に陥った後輩女子を嗜める

ん?柑橘類以外に柚子って何かあるか?

「はあぁ・・・朝から興奮させないでくださいよ」

いや、勝手に興奮しだしたのは君だろ?

「そういえば今日は犬の散歩は?もう終わったのか?」

「はい、ウチのプリッツは気まぐれでして、今日は明け方に起こされました。こういう日は遅刻で怒られることはないんですけど、そのかわり居眠りして怒られます」

・・・難儀なやつだなあ

俺はげんなりした視線を送る

「あ、そういえば柚子で思い出しましたけど、
ウチの裏庭にも生えてますよ。柚子の木」

「へえ」

それは羨ましいな、柚子風呂入り放題じゃないか

「じゃあ実がなったら先輩方にもお分けしますね。
あ、でも柚子って結構危ないんですよ」

「危ない?」

「ハイ、枝に棘があるんです。不用意に素手で実を取ろうとすると怪我するんですよ」

「ふーん、それは知らなかったな」

美しい薔薇には棘があるって言葉は有名だけど・・・

柚子にも棘があるとは知らなかったな
覚えておこう

三人でそんな会話を交わしながら公園の中から出たとき委員長とばったり会った

「やあ、おはよう委員長」

「お、おはよう義川くん・・・それと園崎さん」

「ふふん、やあ委員長。今朝も待ち伏せかな?」

「なっ!?ち、違うって言ったでしょう」

こらこら、会って早々喧嘩するなよ

「園崎、今のはお前が悪いぞ」

俺がそう注意すると園崎は口を尖らせてそっぽを向いた

やれやれ、拗ねた顔も可愛く見えて始末に悪いな

とりあえず俺の言葉に委員長は溜飲を下げてくれたようだ

「あら、義川くん。こちらの子は?」

委員長が園崎の傍らに立つ後輩女子に気付いた

「ああ、この子か?この子は一年生の・・・・・・・・。」

「・・・・・。」(園崎)

「・・・・・。」(委員長)

「・・・・・?」(後輩女子)

「・・・・・なんだっけ?名前」

「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

また錐揉みしながら数歩下がる後輩女子

「なんですかそれ!?忘れるとか酷過ぎません?」

「はは・・・、すまん」

忘れるも何も最初から知らないんだけどな・・・・

「そうですかそうですか・・・、他の女の子には興味無いって訳ですか?いいですよもう・・・こほん、私は一年の佐久間桃果(サクマモモカ)です。よろしくお願いします。先輩」

そう言って後輩女子、サクマは委員長に向かって頭を下げた

「えーと、サクマ。こっちは俺のクラスの委員長で松・・・。」

「・・・・・。」(園崎)

「・・・・・。」(後輩女子)

「・・・・・?」(委員長)

「松・・・、なんだっけ?」

「・・・・・・え?・・・・ええぇ!?
よ、義川くん?あたし達一年から同じクラスよね?」

「す、すまん委員長。いつも委員長って呼んでたから・・・、
ちょっと・・・忘れた」

俺のセリフに委員長が絶句し、背後で園崎が笑いを噛み殺している

「まあ、仕方あるまい委員長。
経吾は【興味のない】ものにはとても無関心な奴だからなあ」

やめろ園崎、火に油を注ぐな

委員長が片頬を引き攣らせてぷるぷると小刻みに身を震わす

こ、怖いぞ

「ククク・・・だが委員長。まあそう気を落とすな。僕はちゃんと覚えてるぞ。何しろ委員長の苗字は僕が密かに憧れている戦国武将と同じだからな」

「ほわあ、そうなんですか?」

後輩女子改めサクマが感心した表情を作る

「ああ、松永弾正久秀といってな・・・・」

「それ将軍足利義輝を殺害したり
東大寺の大仏殿焼き討ちしたりした人よね!?」

「さすが委員長は博識だな。うむ、斎藤道三や宇喜多直家などと共に戦国時代の三大梟雄とも称される偉大な人物だ」

「ふわあ、凄いです。〈ぴかれすくろまん〉ですねえ」

「嬉しくないわよおぉぉぉぉ!!」

「お、落ち着け委員長。こら、サクマ。
お前も園崎のノリに合わせるんじゃない」

俺は何とか委員長をなだめにかかる

「あ、でもマツナガといえばやっぱり〈白い狼〉じゃないですか?」

「おお、シンか!?渋いな。
ジョニーに比べれば地味だがそこが通好みというか・・・」

なんだこいつら?変なノリで気が合ってるぞ

「だがカッコイイ名前といえば僕の知る限りではやよいさんが最強だな」

「ほわぁ、そうなんですか?」

え?それってこの前の甘味処の店員さんだよな?

「やよいって・・・旧暦の3月の『弥生』じゃないのか?」

名前としては結構ポピュラーな方だと思うけど

「やよいさんの名は超カッコイイぞ・・・こういう字だ」

園崎は取り出したノートにボールペンでスラスラと書いて俺たちに見せてきた

夜宵真昼

「こう書いて『やよいまひる』と読む」

「ほわぁあ、カッコイイですねえ」

「せ、姓と名で矛盾してるわね・・・・」

和服の似合うあのやよいさんは無駄に中二病的な本名だった・・・

(つづく)

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