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第十二章 獣人の平原 Anthro's Meadow
第12-3話「Natural Death」
しおりを挟むここで失敗すれば、ララを含め獣人たちが全員、皆殺しになる。
なのに――
『待ってくれ、リーダー』
兵士のひとりが、獣人の住処の一つから出てきた。
「いやあああああ!! 助けて!!!」
ケモミミの少女の声。
数時間前まで話をしていた、ラムだった。
耳を強引に引っ張り、男が憤怒する。
『この集落、獣人がいます! あの男が言っているのは嘘――』
言葉を待たず、早苗は即座に連弩で兵たちを撃った。
ラムを救出しようと駆け寄るが――
『この野郎が――ッ!!』
チェインメイルが、殆どの矢をはじいていた。
兵士は、ラムを手放していない。
(――くそっ!)
毒矢が効くまで時間がかかる。
即座に森の中へ駆け出し、退避した。
兵士たちの声が響く。
『あの野郎は敵だ!! 殺せ!!!』
『どうせモグリだ!! ネルソン様は文句言わねぇよ!』
(……ネルソン? 王国の西の公国か)
公国は、王国の属国のハズ。なんでここに……
木々のざわめきの中に、ラムの悲鳴の声が響く。
「いやだあああ! 助けて!! 救世主さま!!」
色は黒だった。
暴れて噛みつこうとするラムの喉元を、男が刺す。
『くそ!! やっちまった! 死んだら価値がねぇのによ!』
暗い赤、濃い血。
刺された首元から、溢れるように鮮血が垂れた。
次第に動脈から、スプレーのように血が吹き出る。
「あ、ああ……」
ラムは痛みに顔を歪ませ、バタリと倒れた。
「……う、ぅ、そ……きゅう、せいしゅ、さ……」
声は掠れていて、聞き取りにくい。
喋るたびに、喉の切り口から、血の泡が立つ。
「……わたし……し、にたく、な、ぃ……」
そして、ゆっくりと息絶えていく。
「………かぞく、ほし……かった……」
動かなくなった屍の目が、まっすぐこちらを見ていた。
(……くそ!!)
間に合わなかった。ラムだけじゃない。
次々と住処に兵が入っていっては、悲鳴が上がっている。
(クソっ! ララは……!!)
心底、恐怖を感じた。
人が死んだ。自分の仲間だった。このままでは、他のみんなも……
と――
「戦うんだ!! 閣下に誓った! 姉さんを――王妃を守れ!!!」
ララの住処の付近では、ラルクたちが槍を持って交戦していた。
獣人たちの身体能力は高い、が――
「クソッ! 鎧を貫通できない」
ガラン、と鈍い鉄の音が響く。
兵士のチェインメイルや重い盾が、木の槍を弾いていた。
(……戦況は不利だ)
早苗は毒矢を装弾し、ララの住処に走っていった。
滑り込むように中に入る。
周囲を探ると、すぐにララが抱きしめてきた。
「早苗さま……!!」
「ララ、無事か!」
確認すると、すぐに袋から銀の板を取り、出口の隙間から出す。
「……それハ?」
「磨いた銀。鏡で敵を見てる」
ラルクたちは? 接戦している。
だが――
「――マズいっ!」
ララを引っ張り、すぐに奥へ避難する。
瞬間、爆音――
燃え盛る炎の音とともに、熱風が、真上を通った。
「あ、あつイ……!!」
「ララ、大丈夫か!?」
「――うん!? な、なにガ!?」
「5人ほど、魔術師がいた」
獣人たちが焼かれ、死にゆく悲鳴が響く。
鏡越しに見ると、逃げ遅れた獣人の子供が、絶命して炭と化していた。
(……これ以上、犠牲は出させない)
布の袋にガラス瓶を入れる。
そして壁に叩きつけ、粉々に。
王都エフレでも、似たような方法を使った。
『………おい!』
大胆に顔を出した。
瞬間、気づいた魔術師らが、一斉に手を伸ばす。
「みんな、隠れろ!!」
獣人たちにだけわかるよう、大声でいう。
黒い霧が、魔術師たちの周辺に集まった、その瞬間。
「―――っ!!」
ぶん――っ、と力強く。
袋を魔術師たちに投げ、ララの手を引いて奥に退避した。
瞬間、爆発が起こる。
先ほどとは違う爆音。
一気に破裂して、即時に音は収まった。
爆発だ。王国語で、悲鳴が響いてきた。
『……あああ!! い、いでぇよぉ』
『め、目が見えない……!』
魔術師たちは、無力化されていた。
体中にガラスの破片が刺さり、パニック状態に……
「今だ!! 反撃しろ!!」
ラルクの命令が聞こえ、獣人たちの雄叫びが轟いた。
◇
最後の敵兵が倒れ、落ち着いたころ、ラルクが顔を出す。
「閣下、敵を殲滅しました」
「よくやった」
「閣下がすぐに気づいたおかげです」
生き残った獣人たちを見渡す。
そのほとんどが、仲間の死を嘆いていた……
「閣下、姉さん、こちらへ」
ララと一緒について行く。
そこには、縄で縛られた魔術師がひとり。
「捕虜か。よくやった」
「これも閣下のおかげです。今まで我々は、一方的に虐殺されていました!」
「……武器の差と、魔法の有無の差か」
その差をこれから、なくさないといけない。
「それより、負傷者の手当てを。ララ、手伝って」
「うン!」
「閣下、案内します」
結果として……
公国兵は死者17人。
獣人(ラー族)は死者27人、負傷者16人となった。
「無力だ……」
今日だけで30人近くの仲間が死亡した。
残った獣人たちは、60人。
「これ以上は、失うわけにはいかない」
必ず、誰もが犠牲にならないような、巨大国家にしてみせる。
◇
チリチリと、炎が燃え盛っていた。
戦死した獣人たちの遺体を、火葬していたのだ。
「……もうこんな光景は、見たくないものだ」
「閣下」
炎に照らされたラルクが、小走りで近づく。
「……捕虜から情報を得ました。やつらは、公国の私兵です。獣人を捕らえ、奴隷として売っているようで」
「そうか」
「ここからが、重要なのですが……」
重たい顔もちのラルクが続ける。
「彼らは、ただの偵察です。7日後に、今の10倍の兵士たちが、侵攻しに来ます……」
「10倍?」
今回は19人だったから、190人。
200人だと思っていいだろう。
今の武器と、残った60人の獣人たちでは、まったく太刀打ちができない。
「……他の獣人たちに、協力を要請するのは?」
「力を示せば可能ですが、今は難しいです」
「そうか……」
このままだと7日後、全滅するのは避けられない。
早苗だけじゃない。ララも当然死ぬ。
もはや、心菜を助ける以前の問題だ……
「さ、早苗さま……」
「大丈夫。心配しないで」
早苗は意を決して、ララとラルクに伝えた。
「すぐに拠点を作り、ドワーフたちを勧誘して、武装する。軍事革命を起こす」
急がないといけない。
7日以内に、外敵に対抗できるだけの力を得る。
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